悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

文字の大きさ
90 / 160

第90話 過去の記憶・脱出(1)

しおりを挟む


 「いやぁ本当にレヂに帰るのかい? イーリちゃん。寂しくなるなぁ」
 「ふふ、みんなありがとう。でもそろそろ帰らないとママに怒られちゃうわ」
 「うんうん、そうだよなぁ~こんな可愛い娘がいたらそりゃおっかさんも心配するさ。だからこそヴァルやウェンみたいなゴツイ奴が一緒だったんだろう?」


 リドミンゲル滞在の最終日。
 ランチタイムが終わってもカイリは酒場の常連客に囲まれていた。
 不動の看板娘となったカイリが稼ぎあげたランチタイムの売上はこの先何十年と破られることのない偉業となる。
 
 そんなカイリは頬に指先を当てて、誰が見ても可愛らしくこてんと首を傾げた。
 
 
 「あら? 私、こう見えても強いから平気よ?」
 「はっはっは、そうかそうか! 可愛くて強いんならもう男は立つ瀬がねぇな! おい、ヴァルにウェン! ちゃんとイーリちゃんを家まで送り届けろよ!」
 「えぇぇぇー? そいつならひとりで帰れるって~ほんと強いもんー」
 「ばっっきゃろーが! こんな可愛い女の子を一人にするとか、オメー、さては玉なしだな?!」
 「仮にもそいつを女扱いするならそんな言葉使うなよオッサン。嫌われるぜ」
 「こりゃあ旦那! 若造どもに一本取られたな!」

 
 酒場にドッと笑いが起こる。
 残念ながら、皆が愛する看板娘イーリは女の子どころか立派な成人男性で、しかも敵国の軍人なのだが最後までそれに気付く不幸者はいなかった。
 
 名残惜しげに引き止めてくる常連客と店主をなんとか躱して酒場を後にしたエドヴァルトらは、レヂ公国への帰国手続きを取り荷物を預け、予め手配していた人間と入れ替わる。
 事が事なので、深紅みくを連れて戻る旨はザールムガンド帝国にいる友人でもあるアティナニーケだけには伝えてあった。
 
 次代皇帝を担うアティナニーケ・ザールムガンド。
 そんな彼女にモニター通信でリドミンゲル皇国の聖女を攫うと伝えれば、アティナニーケはホログラムモニターの向こう側で驚いた様子も見せずに、ただ、ゆるりと微笑んだ。


 『それは君の祖国に仇なす行為ではないのかい? エドヴァルト・
 「!?」

 心臓が止まるかと思った。
 今日こんにちまで義両親と一握りの人間しか知らなかったエドヴァルトの名前をさらりと口にしたアティナニーケは、戴冠前だというのにすでに”皇帝”の目で彼を見据えてくる。
 驚愕に目を見開くエドヴァルトに対し、彼女は実に愉しげに笑った。


 『ふふふ、何故驚くんだい? 私が自身の身の周りの人間の事を調べないとでも?』
 「……結構、うまく隠してたはずなんだけど」
 『そうだね。うまく隠されすぎていたから暴きたくなった。私の達は実に優秀なんだ。ミーアが怪我を負わなければ彼女も私の影に勧誘しただろうよ』
 「……ミーアクラスの諜報員が何人もいるってならそりゃ精鋭揃いですこと。で、そのミーアは元気?」
 『相変わらず心配性だね、君は。日常生活なら問題ない。軍から離れる様子はなかったから非戦闘職にでも配属されるはずだよ』
 
 
 そう言って笑ったアティナニーケは足を組みかえてから話を続けるよう促した。
 エドヴァルトはリドミンゲル皇国が何故聖女召喚を行っているのか、召喚された聖女がどうなるのかを彼女に説明したが、その影とやらにある程度調べさせていたのだろうアティナニーケが驚くことはなく、ただ小さく頷く。


 『――話は分かった。いいだろう。元々、我が国にとっても聖女は目の上のたんこぶだったからね。厳重に保護すると約束する。聖女さえこちらにあれば次の聖女召喚をする前にこの下らない戦争も終結するだろう。私の代でそう出来るのなら願ってもないことだ』
 「ありがとう、ニケ」
 『だが、本当にいいのだな』
 「……何が?」

 再度確認するようにアティナニーケはエドヴァルトの青い瞳を見つめた。
 初めて会った時から、かなり型崩しではあったがエドヴァルトの体に染みついていたのは、平民でも貴族でもなく、皇族としての立ち振る舞い。だから、同じ皇族のアティナニーケは彼の正体にはすぐ察しがついたのだ。

 そして彼がただのリドミンゲル皇族ではないのだと、のちの調査で判明する。


 『現リドミンゲル皇帝ファインツ・リドミンゲルは……お前の実母、先代聖女でもあるキーラ姫の実兄だろう?』

 
 そこまで調べが付いているのかとアティナニーケの持つ影の優秀さとやらに涙が出そうである。
 ファインツはエドヴァルトにとって26も年離れた実の伯父だ。

 当時の皇帝の血筋ならまだ残っているが、初代聖女を迎えた皇弟の血筋はいまやファインツとエドヴァルトのふたりだけ。
 だがそこになんの問題もありはしない。

 エドヴァルトと血を分けた実の伯父ファインツは、あの日、あの12年前のあの日に、実妹である母を見殺しにしたのだ。
 全てはリドミンゲル皇国の為。イエットワーの為にと。

 そう、エドヴァルトの母はリドミンゲル皇国の闇を知ったから死んだのではない。
 リドミンゲルの繁栄の為に、溢れんばかりの光の粒子となって"聖女"として死んだのだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人生の攻略本を拾いました~彼女の行動がギャルゲー感覚で予測できるので、簡単にハーレム……とおもいきや誰かが死んでしまうらしい~

星上みかん(嬉野K)
恋愛
ギャルゲーマスターに攻略本を与えた結果。 この作品は、 【カクヨム】 【ノベルアップ+】 【アルファポリス】 に投稿しております。 ☆ 会話が苦手で、女性と楽しく話すなんて縁がない主人公。 ある日『人生の攻略本』と書かれた本を拾う。その本には学校でもトップクラスの美少女4人の攻略法が示されていた。まるで未来予知のように、彼女たちの行動が示されていたのである。 何を言えば好感度が上がるのか。どの行動をすれば告白されるのかまで、詳しく書かれていた。 これを使えば簡単に彼女およびハーレムが作れる、と浮足立つ主人公。 しかし攻略本を読み進めていくと、どうやらとあるキャラクターが死んでしまうようで。 その人の死は回避したい。しかし誰が死んでしまうのかはわからない。 ということで、全員と仲良くならないといけない。 仕方がなく、やむを得ず、本意ではないけれどハーレムを作ることになってしまう。 あくまでも人命救助に必要なだけですよ。

お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

処理中です...