悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第159話 悪夢のしあわせ

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 「だから、はーなーしーて――!」
 「ヤだ」


 顔を真っ赤にして暴れる姿さえ愛おしくて、エドヴァルトは泣き顔に近い笑みを浮かべて尚も強く抱きしめる。
 喪失と後悔を重ねた13年。
 そんな時間が瞬く間に砂になるくらい、腕のぬくもりは優しかった。


 「……深紅みく


 エドヴァルトが名前を呼べば、ぴたりと抵抗が止む。
 体温を確かめるようにエドヴァルトの手が深紅の頬に触れれば、戸惑う瞳がエドヴァルトを見上げた。
 手から伝わる柔らかな肌と、確かな体温。
 
 ――深紅が生きてる。

 ただそれだけで、こんなにも幸せだなんて。


 「何、よ……」
 「うん? やっぱり深紅のことが好きだなぁって。ねぇ、深紅は? 俺のことすき?」
 「はぁ?! こ……っ、こんな公衆面前でいきなり何言い出してんのよバカぁぁぁぁ!」


 全身茹でだこになった深紅が思いきりエドヴァルトを引っぱたく。
 まるで子供のような喧嘩なのに、それでも二人はどこまでも楽しげに見えた。

 
 「……唯舞いぶ


 騒ぐ深紅達をよそ目に、アヤセが唯舞の名を呼ぶ。あれほど長く綺麗だった唯舞の髪は今や肩にさえ届かない。
 それでも穏やかな笑みを浮かべる唯舞に、ようやくアヤセも瞳を緩ませて引き寄せるように抱きしめた。
 
 ――唯舞が生きている。
 
 ただそれだけで、もう他に何もいらなかった。

 互いのぬくもりを抱きしめながら、ふと感じた気配にアヤセらが視線をあげる。
 
 
 「……おや、君がくだんのエドの姫君かい?」


 残骸と化した大開口の正面扉から現れたのは、ザールムガンド帝国皇帝アティナニーケ、その人だった。
 その後ろには普段帝国から離れぬ大将ルイス・バーデンの姿まである。

 ほぼ半壊した、かつては荘厳で美しかったはずのリドミンゲル大聖堂。
 そしてそこにいるアルプトラオムと、彼らの手元に大事そうに守られる二人の異界人を見て、アティナニーケは全てが終わったのだと悟った。

 
 「その男はずっと君への想いを拗らせて実に面倒だった。どうか遠慮なく引きとってくれると我々としてもとても助かるよ」

 
 むすっとするエドヴァルトには触れずに、アティナニーケは口元に微笑を浮かべてゆっくりと歩みを進める。
 
 唯舞と深紅。
 二人の異界人聖女に視線を向けたアティナニーケは、今、己がこの世界で最も尊い身分であることを理解した上で彼女達に頭を垂れた。
 
 
 「っ!?」
 「100年にも及ぶ戦争も君ら異界人のお陰でようやく幕引きだ。この世界を守ってくれたこと、イエットワーの民を代表してこのアティナニーケ・ザールムガンドが感謝する」


 皇帝が頭を下げる意味が分からぬ唯舞達ではない。
 さすがのエドヴァルトらもアティナニーケのこの行動には目を丸くしたが、彼女は気にしなかった。
 数多の世界を巻き込み、星の再生と、100年続いた戦争が聖女達の手により終わりを迎えたのだ。
 
 
 「さて、詳しい話も聞きたいところだが今しばらくは休むといい。……ところでエド、ファインツ皇帝は?」
 「……星に、還ったよ」


 エドヴァルトの言葉に、そうか、と答えてアティナニーケは数秒だけ追悼の意を込めて瞳を閉じる。
 色々な思いはあるが、嫌いな男ではなかった。
 彼の星を守る判断は皇族としては正しく、恐らくはアティナニーケも同じ道を選んだに違いない。
 
 残された者に出来るのは、彼が夢見た世界を導くこと。ただそれだけだ。


 「ならば、エド」
 「やだ」
 「……君は本当にうちの2歳児に良く似てるね」
 
 
 ごねるようなエドヴァルトに、アティナニーケは視線だけでルイスを呼ぶと柔らかな顔で微笑む。


 「心配するなエドヴァルト。本当は嫌だが、新米皇帝のお前の為にルイスをやろう。古きリドミンゲルの民同士、手を取り合い頑張るといい。それが戦後処理というものだ」
 「ほっんと嫌なんだけど! ……ねぇルイス先せ……」
 「さて、エドヴァルト様。いちゃつく時間は後で差し上げますから仕事をいたしましょうか」
 「鬼!」
 「鬼で結構。むしろ鬼なら容赦はいりませんな、愛しい蜜月もなしとしましょう」
 「うそでしょ?! ちょ、ちょっ本気?!」


 エドヴァルトの抵抗虚しく、手馴れた様子で首根っこを掴み引きずっていくルイスはさすがの元侍従長であり、恩師であり、エドヴァルトの保護者だ。
 そんな二人を背中で見送ったアティナニーケはカイリとオーウェンに向き直る。


 「さて、と……あの通りしばらくエドを借りるよ。形だけでも皇帝になってもらわねばいけないからね。……その子のことはお前達に任せる」
 「えぇ大丈夫。任せて」

 
 そう言葉を交わし、アティナニーケを見送ったカイリとオーウェンの胸に軽くて温かい衝撃が走る。
 目線を落とせば、抱きつくように二人の胸に飛び込んできた深紅がいた。

 深紅だけが時間に取り残され、大人になってしまったカイリ達。
 それでも。
 小さな温もりは、あの日と何一つ変わらない。


 「よぉミク。おかえり」
 「おかえりなさい。……ずっと、逢いたかったわ」


 そう涙ぐむカイリに、深紅もつられ泣きそうになりつつ満面の笑みを浮かべる。
 

 「――ただいまっ!」

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