乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、公式カプ(ヒロイン×王子)を全力で推しますわ!

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6.「アレクシ・ルフェーヴル」

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「次の授業は王国の歴史ですね、セレスティン様」

 入学式から一週間が経ちました。
 本日も私は、エリナ様とともに、次の授業のため校舎の外に出て、別棟の教室へ向かっております。
 一週間……ということは、たしか、そろそろ“アイツ”が登場する頃のはず。
 三人目の攻略対象、アレクシ・ルフェーヴル。騎士団の家系を持ち、学生とは思えない屈強な体格の持ち主。
 ゲームでも“筋肉ゴリラ枠”をほぼ一手に担っていた、あの男ですわ。
 本来なら、彼に対しても例のプランBを発動するところなのですが……。
 ……さて、ゲームではアイツ、どうやって登場しましたかしら?
 七年という歳月ブランクと、他男子ルートをまともにプレイしてこなかったせいで、どうにも記憶が曖昧なのです。

 いえ、正直に申しますと――
 エリナ様×レオナール様以外の三ルートのエンドなんて、前世では思い出したくもない黒歴史。
 あまりの精神ダメージに、記憶から消去するため電柱へ何度も頭を打ちつけて忘れようとしたほどですわ。

 ……ここで一つ、私の乙女ゲームプレイスタイルを説明しておきますわね。
 これを言うと、驚かれるかもしれませんが、実は私が推すカップリングの傾向は常に一貫しております。
 少女漫画なら、主人公×メインヒーロー。
 少年漫画なら、主人公×メインヒロイン。
 ――そう、私は“主人公×メインキャラの公式カプ絶対主義者”。
 ですから乙女ゲームでも当然、主人公×メインヒーロー一択。そこをクリアしたら、たいていそれ以上プレイするつもりは毛頭ありません。
 だって誰が好き好んで、地雷カプのルートなんてプレイしますの?
 自分から足を滑らせて地雷原に突っ込む真似、普通はしませんでしょう?
 なので本来なら、この世界の基となるププライでも、エリナ様×レオナール様ルートを終えたら即終了。
 ……そのはずだったのですが。
 ある日、幼馴染の光凛が満面の笑みでこう言ったのです。

『聞いて○○! ププライってね、全ルートクリアすると――
 なんと“隠しエンド”でエリナ様×レオナール様の後日談が見られるんだよ!!』

 ……そんなこと聞いたら、やるしかないじゃありませんの。
 もちろん渋々でしたけれど、私はコントローラーを手に取り、他ルートのプレイを開始したのです。
 ただし、会話文はほぼ読まないうえ、スチルと選択肢の場面すらボタンの高速連打で突破するという、“世界一やる気のない攻略方法”でしたけれど。
 それでも、エリナ様が他の男子とイチャイチャしていく光景は本当にきつく……。
 常に涙目で歯を食いしばりながらプレイしていた覚えは、奇しくも鮮明に残っております。
 そして苦闘の末、全ルートをクリア。
 いざ、お楽しみの“公式カプ後日談”をと期待していたところ。
 ――なかったのです。
 後日談なんて、影も形も。

「なぜ、私を騙した! 光凛よぉおおおおおおおおおおおお!!」
「貴様のせいで私は三度――いや、闇堕ちエリナ様ルートも含めれば四度は脳を破壊された気分だ!!」

 そう問い詰めると、光凛はこう言ったのです。

「いや、○○っていつも主人公×メインヒーローしか遊ばないじゃん?
 そんなの、正直ちょっと“もったいない”と思ってさ。
 だから――他ルートの男子たちも、めちゃくちゃ尊いって知ってほしくて……」

 ……というわけで、
 このププライだけは、光凛の策略によって “全ルートをクリアした唯一の乙女ゲーム” というわけなのです。
 当時は光凛を恨みましたけれど、こうして今この世界に転生した以上、結果として全ルートの大まかな記憶を持っているのは……まあ、逆に良かったのかもしれませんわね。
 四度脳を破壊されたとはいえ。

(とはいえ、エリナ様とアレクシの出会いだけは、どうにも思い出せませんのよね……)
(たしか、エリナ様が何かの拍子にピンチに陥って――そこへアレクシが颯爽と現れ、その太すぎる腕で“お姫様抱っこ”しながら救い出す……そんな場面だった気がいたしますけれど……)
(……うっ、ヤバい……思い出すだけでちょい吐き気が……)
「……セレスティン様? 大丈夫ですか? 顔色が少し悪いですよ?」

 エリナ様が心配そうに声をかけてくださった、その直後――

「よ! 義姉ねぇさん!」

 校舎の角から妙に爽やかで、やたらシャキッとした声が響いた。
 そして、目の前にフェランが勢いよく飛び出してきた。
 いつもなら“怠いオーラ”をまとっている彼だが……今日はやけに目元がキリッとしている。
 いっそ別人のようにすら見えた。

「げっ! フェラン! どうしてここに?」
「げっ! ってなんだよ。げっ! って……傷つくなぁ。いや、義姉ねぇさん見かけたから声かけただけでさ」

 ……どういうこと?
 エリナ様×フェランルートのフラグは、この前きっちり“へし折った”はず。……まさか、まだ続いているというの? フェランルートのフラグが?
 私が内心ガタガタしていると――

「……いや、その……あー……まあ……ちょっと、な。特に用ってほどの用でもないんだけどよ……」

 なぜか頬をかきながら、しどろもどろに言葉を続けるフェラン。
 その顔も心なしか赤く見える。
 そして、ふいに真っ直ぐ私を見つめ――

「先週の義姉ねぇさんの言葉。あれが刺さってよ。……ちょっと本気出すのも悪くねぇなって思ってさ。
 だから、これだけ言いに来た。サンキュー」
「……フェラン……あんた……」
 お礼を告げた後も、彼の綺麗なサファイアのような青い瞳はまっすぐ私へと向けられたまま。
 妙に真剣で、妙に素直で――その場の空気がふっと変わった気さえした。
 ……いや、ちょっと待って。

(……えっ!? 何この空気……まさか、正史ゲームと違ってフェランが好青年に進化した?)

 思いがけない展開に私が戸惑っていると、フェランは今度はエリナ様へと顔を向け――

「あんた、義姉ねぇさんの友達?」
「えっ? 友達……?」

 一瞬戸惑ったエリナ様だったが、すぐにふわりと微笑んだ。

「……はい。少なくとも、私は友達だと思っています。セレスティン様のことを」
「エリナ様……」

 ……尊い。尊すぎる。
 相変わらずの天使っぷりに、私の目の奥がじわじわと熱くなってくる。
 するとフェランは満足げに頷き――

「そっか! なら義姉ねぇさんのこと頼むわ!
 コイツ容量悪い女だから危なっかしくてさ。世話してくれると助かる!!」
「……は?」

 しれっと私の悪口を言い放ってきた。
 おいちょと待てコラ。

「……じゃあな義姉ねぇさん! 俺も次の授業あるし。またな!!」

 言いたいことだけ言って、フェランはかっこつけてフェードアウトしていった。

「……はぁ? な、なんなのアイツ!! 人のこと容量悪いとか言って! 自覚はあるけど!!」

 そういえば、最近フェランが真面目に授業を受けるようになったという噂を耳にした。
 元々一定以上できるせいで、やる気ゼロで寝ていても怒られなかったというのに……
 それが今では“人が変わったように”真剣だとか。
 少しは見直したと思った。思った、けれど――

(――結局、口は悪いままですのね!!)

 そこだけは一ミリも変わっていなかった。

「……セレスティン様……その……お聞きするのは差し出がましいのですが……」
「うん?」

 もじもじと私を見るエリナ様。そんな仕草まで可愛いってどういうこと。私がやったら挙動不審で通報されるのに。

「その……セレスティン様は……私のこと……どう思っているのでしょうか?
 その……友達とか……思ってくれているのでしょうか?」
「……えっ?」

 今の質問……聞いた瞬間、私の顔が熱くなるのがわかった。

(私にとってのエリナ様!?)

 そんなもの、考えるまでもなく答えは決まっている。

「わ、私にとってのエリナ様は――」

 言いかけた、その瞬間――
 ――ガシャン!!
 空から、大きな物音が降ってきた。

(あれは……大きな木材!?)

 私とエリナ様めがけて、巨大な木材が落下してくる。
 その時――

「危なぁあああああいいいぃぃぃ!!」

 大声を張り上げ、後方からこちらへ走り込んでくる赤髪の男子。

(あれは……アレクシ・ルフェーヴル!? 
 そうだ……思い出したわ! アレクシルートのフラグが!!)

 そう正史ゲームでは、このイベントでアレクシがエリナ様をお姫様抱っこして救い出す。
 それが二人の出会いとなる――はず、なのだけれど。

(ならば――この場でプランBを発動するには――)

 ――ガシッ。
 私は反射的にエリナ様の手を取り、そのまま力任せに引っ張り退避した。
 振り返りながら、私はアレクシに向けてほくそ笑む。

(フフ……どうです? エリナ様を助けたのは、あなたではなく“私”。これでアレクシルートは――)

 そう確信した、その瞬間だった。

「……えっ?」

 アレクシは、私の予想外の行動に驚いたのか、一瞬フリーズしたように立ち止まってしまった。
 まさに落下物が迫っている、その真下で。
 このままでは、彼が当たってしまう――。

「きゃああ!」

 エリナ様の叫びが響く。
 私はほとんど衝動のままに走り出し――
 ――ガシャァアン!!
 木材が地面へ激突した。
 誰もいない、私がアレクシを突き飛ばして空けた地面へと。
 気がついたとき、私はアレクシに飛びかかる形で彼を押し倒し、間一髪よけることに成功していた。

「……ハァ。なんとか助かりましたわ……怪我はございませんか?」
「セレスティン様!」

 後方から駆け寄ってくるエリナ様の声が聞こえた。

「……はっ!? お、俺は……?」

 アレクシもようやく状況が呑み込めたらしい。

「これはすまん! 君たちを助けようとしたのに……逆に俺が助けてもらうなんて……ああ、本当にどう礼を言えば……!」
(そんな。礼を言われる筋合いはありませんわ……。
 本来の正史ゲームでは誰も傷つかず、あなたがエリナ様を救うイベントだったのに……。
 私のエゴで流れを変えようとしたせいで、あなたに危険が及ぶなんて――)

 今になって、胸が痛むほどの後悔が押し寄せる。

「君、怪我はないか?」

 私の思惑など知る由もないアレクシは、倒れたままの私を案じる。

「いえ……私は大丈夫ですわ……それより、あなたこそご無事ですか? 状況が状況とはいえ、押し倒してしまい……いっ、痛っ!?」

 起き上がろうとした瞬間、右の足首にズキンと痛みが走った。
 咄嗟にアレクシを助けた時、捻ったらしい。

「大丈夫ですかセレスティン様!? 応急処置くらいの回復魔法なら私が――」

 エリナ様が申し出た、そのとき。
 アレクシは、燃え盛るルビーのような赤い瞳で私を見つめたまま、言った。

「いや、君がどれほど回復魔法を使えるか知らないが……専門家に見てもらうのが確実だろう」

 そして、次の瞬間――

「近くに保健室がある。そこまで俺が運ぼう。命の恩人に対して、少しでも礼をしたい」
 ――ひょい。

「えっ!?!?」

 アレクシはそのまま私を抱き上げた。まさかの“お姫様抱っこ”。

「ええっ!!? ちょっ……ま、待っ……!」
「しっかり捕まっててくれ」

 返事を待つこともなく、彼は走り出した。
 男の人に抱き上げられるのは初めてで、周囲の視線も相まって、顔が一気に熱くなる。

「自己紹介が遅れたな……俺はアレクシ・ルフェーヴル。君の名は?」
「……あっ、私はセレスティン・オートです……」
「セレスティンか……あらためて言うが、助けてくれてありがとう!」

 走り出しながら、アレクシが私に顔を向けて自己紹介する。
 お姫様抱っこされている上に、こちらへ顔まで近づけてくるのだ。
 揺れるたびに距離が近づき、運動後の汗の匂いがかすかに届いて――思わず心臓がドキッと跳ねた。

(そんな……私はレオナール様とエリナ様の推しなのに……他の人にときめくなんて……そんなのありえない!)

 そんな私の葛藤をよそにアレクシは話を続ける。

「しかし……なぜ木材なんて落ちてきたんだろうか? 危険にも程がある」
(あっ、それは……)

 木材が落ちた経緯――
 美術部が製作中の大道具を屋上に置いていたところ、新入生がはしゃいでぶつかり、柵の隙間から落下したという正史ゲームの設定が頭をよぎる。
 だが、それをそのまま説明すれば、“なぜ詳しい事情を知っているのか?”と怪しまれるだけ。
 ここは知らないふりが一番。私は口をつぐんだ。
 するとアレクシは、ふいに真剣な声で言った。

「……なあ、セレスティン。こんな状況で言うのもなんだが……その怪我が治ったら、君も騎士団部に入らないか?」
「……えっ!?」

 騎士団部とはアレクシが所属している部活だ。
 正史ゲームでは、エリナ様がそこへマネージャーとして入ってアレクシルートに進む――そのはずだったのに。
 よりにもよって、私が騎士団部へ?

「鍛えた俺の足腰すらも吹き飛ばす脚力(スピード)と腕力(パワー)。
 なにより、自分の危険を顧みず俺を助けようとした勇気(ハート)……。
 それらを活かさないのはもったいない」
「いえ……令嬢の私が騎士なんて、そんな」

 実は私は七年もの間、密かに体を鍛えてきた。
 エリナ様がアレクシに惚れてしまった場合、彼をしばく必要があるかもしれない――という理由で。
 もちろん、そんな本音など言えるはずもない。
 華奢な体とはいえ、そこらの女子には負けない筋力はある。
 だが、それでも騎士団なんて――。

「君なら絶対に将来騎士として活躍できるだろう!
 いや、騎士にならなくても、スポーツとして鍛えるのは楽しいぞ!」

 ……アレクシは私の遠慮など一切気づいていないのか、目を輝かせて勧誘し続ける。
 その後、アレクシに抱えられたまま保健室へ運ばれ、治療が終わった後日――。
 ことあるごとにアレクシから騎士団部への勧誘を受けるようになったのは、言うまでもない。
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