2 / 2
#2 苦手な先輩が、実は優しい人でした。
しおりを挟む次の日の朝。
目覚ましより早く目が覚めた。
昨日のギターの音が、頭の中でぐるぐるしてる。
壁、薄すぎ問題。
これ、マジでどうすんの。
着替えて、恐る恐る部屋を出る。
廊下に出た瞬間——
ガチャッ。
隣の部屋のドアが開いた。
「……おはよ」
蒼先輩が、寝ぐせついたまま出てきた。
うわ、朝からエンカウント。
しかも、寝起きの姿とか見たくなかった……!
「お、おはようございます」
声、上ずった。最悪。
先輩は、イヤホンつけたまま階段を降りていく。
会話終了、早っ。
***
リビングに行くと、麻里さんが朝ごはんを作っていた。
「おはよう美月ちゃん!トースト?ごはん?」
「ト、トーストでお願いします」
テーブルに座ると、向かいには先輩。
スマホ見ながら、黙々とトーストを食べてる。
……気まずい。
この沈黙、どうしたらいいの。
「蒼、美月ちゃんと話しなさいよ」
麻里さんが、ちょっと怒った声で言う。
でも先輩は、スマホから目を離さずに——
「……何話せばいいの」
って、ボソッと返した。
あー、もう!
この人、ほんっとに感じ悪い!
でも、麻里さんは笑ってる。
「蒾ね、人と話すの苦手なだけなのよ。悪い子じゃないから」
……苦手、ねぇ。
それにしたって、もうちょい愛想よくできないの?
***
学校までの道のり。
一応、一緒に行くことになった。
でも、先輩は3メートルくらい前を歩いてる。
イヤホンつけたまま。
……これ、一緒に行ってる意味ある?
校門に着いた瞬間、周りの視線が集まる。
「え、神崎先輩と一緒?」
「あの子、誰?彼女?」
「まさか、神崎先輩に彼女とかできるわけないじゃん」
ヒソヒソ声が聞こえてくる。
え、なに。
この人、学校で有名人なの?
「……じゃ」
先輩は、そう一言だけ言って、さっさと校舎に入っていった。
置いてかれた。
「あの子、神崎先輩と知り合いなの?」
後ろから声をかけられて振り返ると、ショートカットの女の子が立っていた。
「あ、えっと……家が、近くて」
嘘じゃない。同じ家だけど。
「へー!いいなー。神崎先輩、バンドやってて超かっこいいんだよ!」
……バンド?
そういえば、昨日ギター弾いてたっけ。
「でも近寄りがたいよね。いつもイヤホンつけてて、誰とも喋らないし」
ああ、納得。
あの態度じゃ、そりゃ近寄りがたいよね。
***
昼休み。
購買でパンを買って、中庭のベンチに座る。
知らない土地、知らない学校。
友達、できるかな……。
そんなこと考えてたら——
「……そこ、座っていい?」
聞き覚えのある低い声。
顔を上げると、蒼先輩が立っていた。
「え、あ、はい……」
隣に座る先輩。
イヤホンを外して、おにぎりを取り出す。
……沈黙。
気まずい。
なんか話さなきゃ。
「あの、先輩って……バンド、やってるんですか?」
そう聞くと、先輩がちらっとこっちを見た。
「……誰に聞いた」
「朝、クラスの人が」
「…ああ」
また沈黙。
やっぱり、この人と話すの無理だわ。
でも、次の瞬間——
「昨日、うるさかったろ。ギター」
先輩が、ぽつりと言った。
「え……」
「壁、薄いから。気をつける」
そう言って、おにぎりをかじる先輩。
……あれ?
もしかして、気にしてくれてた?
「い、いえ!全然大丈夫です!綺麗な音でした」
思わず言ってしまった。
先輩が、少しだけ目を見開いて——
「……そう」
ちょっとだけ、口元が緩んだ気がした。
もしかして。
この人、見た目怖いだけで——
悪い人じゃない……のかも?
***
その日の夜。
部屋で宿題をしていると、また壁越しにギターの音。
今日は、昨日より優しい音色。
そっと壁に耳を当てる。
綺麗だな。
こんな音、弾けるなんて。
しばらく聴いていると、音が止まった。
「……美月」
え!?
壁越しに、名前を呼ばれた。
「は、はい!?」
慌てて返事する。
「明日も、一緒に学校行く?」
……え。
心臓が、ドクンと跳ねた。
先輩から、誘ってくれるなんて。
「行きます!」
即答してしまった。
壁の向こうから、小さく笑う声が聞こえた気がした。
「じゃ、8時に玄関で」
……ずるい。
そんな優しい声、反則でしょ。
ベッドに倒れ込んで、枕に顔を埋める。
あー、どうしよう。
苦手だと思ってたのに。
ちょっとだけ、ドキドキしてる。
これって——まさか。
いやいやいや!
そんなわけない!!
でも、明日が楽しみなのは事実で。
心臓が、まだドキドキしてる。
苦手な先輩が——
少しだけ、気になり始めてる。
次回予告:
#3 壁越しの秘密、聞いちゃいました。
蒼先輩と少しずつ距離が縮まってきた、ある夜。
壁越しに聞こえてきたのは——先輩の、切ない独り言だった。
「……もう、音楽やめようかな」
え? あんなに綺麗な音を奏でる先輩が?
思わず、壁をコンコンと叩いてしまった私。
次の瞬間、先輩の部屋のドアがノックされて——
(つづく)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる