21 / 45
21.ビスケット
しおりを挟む
「あなた……」
安堵の涙を流した清子が、信二のそばに走り寄ろうとした時だった。
「ビスケットをくれ!」
信二が、叫んだ。
「え…?」
最初は、信二が何を言っているのか、清子は理解できなかった。
信二が、もう一度叫ぶ。
「ビスケットを、こっちに投げろ!」
なぜなのか理解できないまま、清子は、スーツケースからビスケットを取り出した。
ビスケットは、紘一が自分用に、と日本から大量に買ってきたものだった。
このビスケットが、紘一は幼少のころから大好きだった。
清子は、ビスケットの箱を信二にも見えるように、振った。
「そうだ!封を開けて、こっちに投げろ!」
訳が分からないまま、清子は封を開けて、信二の近くに投げる。
「あぁ!俺のだぞ!」
と、紘一が叫んだ。
バサッ、と目の前に落ちてきたビスケットに、カゼは驚き、飛びのいた。
「大丈夫。お前へのお礼だよ、カゼ」
と、信二が優しく語り掛ける。
だが、カゼは注意深く、フンフンと、匂いを嗅ぐだけだった。
「大丈夫。毒なんか入ってないよ」
と、ビスケットを口にしないカゼの目の前で、信二は落ちたビスケットを口に入れた。
口の中に石や砂が、ビスケットと一緒に入ってくる。
だが、それらも飲みこみ、吐き出さないようにした。
(吐き出したら、カゼが毒だと思うかもしれない)
信二は、笑顔で、できる限り美味そうに、砂だらけのビスケットを食べた。
それでも注意深そうにしていたカゼだったが、やがて、パクリと一口食べた。
そして、カゼは、上目遣いに、信二を見た。
信二は、必死に上体を起こして、またビスケットを食べる。
ついに、カゼは、ボリボリとビスケットを食べ始めた。
清子はじめ、みんなは、信二とカゼの食事を黙って見つめていた。
紘一は、投げ捨てたカメラを拾ってくると、この不思議な食事会をカメラに収めた。
やがて、ビスケットを食べ終わり、満足そうに舌なめずりしたカゼを見て、信二が紘一に声をかけた。
「起こ…してくれ。
カゼを…驚かさ…ない…よう、ゆっくりと……」
紘一、オニャンゴが、信二を助け起こそうとしているのを見て、ケムワが近寄ると、カゼは牙をむき出し、唸声を上げて威嚇する。
「嫌われたな」
と、紘一に笑われ、ケムワは、両手を上げて離れた。
カゼをそれ以上刺激しないように、オニャンゴと紘一だけで、信二を車椅子に座らせた。
その様子をカゼは、興味深そうに見ていた。
信二は、長時間寝ころんでいたせいで呼吸が苦しいのだろう、肩で息をしていた。
信二の口の周りについた砂を、オニャンゴが丁寧に拭いた。
「カゼ…」
と、ささやかな声で、信二が話しかける。
信二とカゼの間は、数メートルは離れているだろう。
だが、カゼには、信二の言葉が届いているようだった。
なぜなら、カゼは、その場に座ったのだ。
思わず、紘一とオニャンゴは、顔を見合した。
「明日も…この木…で…待って…る。
明日も……こ…ここに…来て…くれ」
その言葉を言い終わるかどうか、わからないうちに、スティーブンスが、信二に酸素マスクを当てる。
その様子を見ていたカゼは、やがて立ち去った。
少し、うつろな目になりながらも、信二は、カゼの後姿を見ていた。
カゼは、一度も振り返らず、草原の彼方に消えた。
安堵の涙を流した清子が、信二のそばに走り寄ろうとした時だった。
「ビスケットをくれ!」
信二が、叫んだ。
「え…?」
最初は、信二が何を言っているのか、清子は理解できなかった。
信二が、もう一度叫ぶ。
「ビスケットを、こっちに投げろ!」
なぜなのか理解できないまま、清子は、スーツケースからビスケットを取り出した。
ビスケットは、紘一が自分用に、と日本から大量に買ってきたものだった。
このビスケットが、紘一は幼少のころから大好きだった。
清子は、ビスケットの箱を信二にも見えるように、振った。
「そうだ!封を開けて、こっちに投げろ!」
訳が分からないまま、清子は封を開けて、信二の近くに投げる。
「あぁ!俺のだぞ!」
と、紘一が叫んだ。
バサッ、と目の前に落ちてきたビスケットに、カゼは驚き、飛びのいた。
「大丈夫。お前へのお礼だよ、カゼ」
と、信二が優しく語り掛ける。
だが、カゼは注意深く、フンフンと、匂いを嗅ぐだけだった。
「大丈夫。毒なんか入ってないよ」
と、ビスケットを口にしないカゼの目の前で、信二は落ちたビスケットを口に入れた。
口の中に石や砂が、ビスケットと一緒に入ってくる。
だが、それらも飲みこみ、吐き出さないようにした。
(吐き出したら、カゼが毒だと思うかもしれない)
信二は、笑顔で、できる限り美味そうに、砂だらけのビスケットを食べた。
それでも注意深そうにしていたカゼだったが、やがて、パクリと一口食べた。
そして、カゼは、上目遣いに、信二を見た。
信二は、必死に上体を起こして、またビスケットを食べる。
ついに、カゼは、ボリボリとビスケットを食べ始めた。
清子はじめ、みんなは、信二とカゼの食事を黙って見つめていた。
紘一は、投げ捨てたカメラを拾ってくると、この不思議な食事会をカメラに収めた。
やがて、ビスケットを食べ終わり、満足そうに舌なめずりしたカゼを見て、信二が紘一に声をかけた。
「起こ…してくれ。
カゼを…驚かさ…ない…よう、ゆっくりと……」
紘一、オニャンゴが、信二を助け起こそうとしているのを見て、ケムワが近寄ると、カゼは牙をむき出し、唸声を上げて威嚇する。
「嫌われたな」
と、紘一に笑われ、ケムワは、両手を上げて離れた。
カゼをそれ以上刺激しないように、オニャンゴと紘一だけで、信二を車椅子に座らせた。
その様子をカゼは、興味深そうに見ていた。
信二は、長時間寝ころんでいたせいで呼吸が苦しいのだろう、肩で息をしていた。
信二の口の周りについた砂を、オニャンゴが丁寧に拭いた。
「カゼ…」
と、ささやかな声で、信二が話しかける。
信二とカゼの間は、数メートルは離れているだろう。
だが、カゼには、信二の言葉が届いているようだった。
なぜなら、カゼは、その場に座ったのだ。
思わず、紘一とオニャンゴは、顔を見合した。
「明日も…この木…で…待って…る。
明日も……こ…ここに…来て…くれ」
その言葉を言い終わるかどうか、わからないうちに、スティーブンスが、信二に酸素マスクを当てる。
その様子を見ていたカゼは、やがて立ち去った。
少し、うつろな目になりながらも、信二は、カゼの後姿を見ていた。
カゼは、一度も振り返らず、草原の彼方に消えた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる