カゼとサバンナの物語~カゼとともに~

ヤナキュー

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21.ビスケット

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「あなた……」
 安堵あんどの涙を流した清子が、信二のそばに走り寄ろうとした時だった。
「ビスケットをくれ!」
 信二が、叫んだ。
「え…?」
 最初は、信二が何を言っているのか、清子は理解できなかった。
 信二が、もう一度叫ぶ。
「ビスケットを、こっちに投げろ!」
 なぜなのか理解できないまま、清子は、スーツケースからビスケットを取り出した。
 ビスケットは、紘一が自分用に、と日本から大量に買ってきたものだった。
 このビスケットが、紘一は幼少のころから大好きだった。
 清子は、ビスケットの箱を信二にも見えるように、振った。
「そうだ!封を開けて、こっちに投げろ!」
 訳が分からないまま、清子は封を開けて、信二の近くに投げる。
「あぁ!俺のだぞ!」
 と、紘一が叫んだ。
 バサッ、と目の前に落ちてきたビスケットに、カゼは驚き、飛びのいた。
「大丈夫。お前へのお礼だよ、カゼ」
 と、信二が優しく語り掛ける。
 だが、カゼは注意深く、フンフンと、匂いをぐだけだった。
「大丈夫。毒なんか入ってないよ」
 と、ビスケットを口にしないカゼの目の前で、信二は落ちたビスケットを口に入れた。
 口の中に石や砂が、ビスケットと一緒に入ってくる。
 だが、それらも飲みこみ、吐き出さないようにした。
 (吐き出したら、カゼが毒だと思うかもしれない)
 信二は、笑顔で、できる限り美味そうに、砂だらけのビスケットを食べた。
 それでも注意深そうにしていたカゼだったが、やがて、パクリと一口食べた。
 そして、カゼは、上目遣いに、信二を見た。
 信二は、必死に上体を起こして、またビスケットを食べる。
 ついに、カゼは、ボリボリとビスケットを食べ始めた。
 清子はじめ、みんなは、信二とカゼの食事を黙って見つめていた。
 紘一は、投げ捨てたカメラを拾ってくると、この不思議な食事会をカメラに収めた。
 やがて、ビスケットを食べ終わり、満足そうに舌なめずりしたカゼを見て、信二が紘一に声をかけた。
「起こ…してくれ。
 カゼを…驚かさ…ない…よう、ゆっくりと……」 
 紘一、オニャンゴが、信二を助け起こそうとしているのを見て、ケムワが近寄ると、カゼは牙をむき出し、唸声うなりごえを上げて威嚇いかくする。
「嫌われたな」
 と、紘一に笑われ、ケムワは、両手を上げて離れた。
 カゼをそれ以上刺激しないように、オニャンゴと紘一だけで、信二を車椅子に座らせた。
 その様子をカゼは、興味深そうに見ていた。
 信二は、長時間寝ころんでいたせいで呼吸が苦しいのだろう、肩で息をしていた。
 信二の口の周りについた砂を、オニャンゴが丁寧ていねいに拭いた。
「カゼ…」
 と、ささやかな声で、信二が話しかける。
 信二とカゼの間は、数メートルは離れているだろう。
 だが、カゼには、信二の言葉が届いているようだった。
 なぜなら、カゼは、その場に座ったのだ。
 思わず、紘一とオニャンゴは、顔を見合した。
「明日も…この木…で…待って…る。
 明日も……こ…ここに…来て…くれ」
 その言葉を言い終わるかどうか、わからないうちに、スティーブンスが、信二に酸素マスクを当てる。
 その様子を見ていたカゼは、やがて立ち去った。
 少し、うつろな目になりながらも、信二は、カゼの後姿を見ていた。
 カゼは、一度も振り返らず、草原の彼方に消えた。
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