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22.仕返し
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「ここが、今日からお世話になるところですよ」
と、オニャンゴが、車から降りながら、言った。
そこは、平屋でありながら、かなり大きい建物だった。
「てっきり、ホテルだと思っていたわ」
と、清子が言うと、
「まあ、ホテルもあるんだけど。
こういう場所のほうが、いろいろ融通が利くんでな」
と、紘一が答えた。
「ここは、もともと学校でした。
だから、給食を作る場所もあります」
と、オニャンゴが、付け加えた。
アフリカでは、収入の低い家庭も多い。
そのため、給食目当てで、学校に来る子供もいる。
だが、どんな目的であれ、教育を受ける機会が増えるのはよいことだ。
そのような考えで、アフリカでは、給食を提供しようと考えている学校は多い。
ケムワが、車椅子を組み立てると、信二を乗せて、中に進んだ。
驚くのは、建物に入るのに、階段の横にスロープがあり、部屋(教室)の出入り口にも段差がないことだった。
信二は、日本の学校より、バリアフリーが進んでいるように感じた。
その後、スティーブンスの診断を受け、信二の体に異常がないことを知った清子は、ホッとした。
診察の時もケムワは、信二につきっきりで、診察が終わると、信二の部屋まで車椅子を押してくれた。
どうやら、ケムワは、先ほどのことを気にしているようだった。
献身的に働くケムワを見て、清子が紘一に耳打ちした。
「気にしなくていい、って言ってあげて。
何もなかったんだから」
「本人のやりたいように、させてやるさ」
と、紘一は笑った。
信二と清子の部屋に着くと、部屋は広く、ダブルサイズのベッドが、二つ並んでいた。
それ以外は、洋服をかける棒が、部屋の端から端にわたっているだけ、という質素さだった。
ケムワを退室させて、窓を開けた。
その窓から、開放的な空と草原が見える。
この光景の前には、どんなに高級なホテルでも味わえない贅沢さがあった。
その風景を堪能していた時、突然オニャンゴの
「ランチー!」
と言う、叫び声が響き渡った。
「昼飯だってさ。早いな」
と、信二は笑って、清子の腕時計に目を落とした。
時計の針は、まだ十一時を過ぎたばかりだった。
「ケニア時間なのよ」
と、清子も笑った。
そして、清子は、信二の乗った車椅子を押し、食堂に向かう。
「ねえ、やっぱり、私が押すほうがいいでしょ?」
と、ふざけたように、清子が言う。
「おまえ、ケムワに嫉妬してるのか?」
と、信二がふざけ返す。
「まさか。あなたみたいなおっさんをめぐって、取り合いなんかするもんですか」
と、清子がケラケラと笑った。
その笑い声に、信二の笑い声が重なつた。
食堂に着いた。
大きな木製の机が真ん中にあり、スタッフ皆が囲むように、座っていた。
カメラマンによっては、黒人スタッフとは、同じテーブルで食事をとらないものもいる。
しかし、紘一は、以前からスタッフと同じテーブルで食事をしていた。
もちろん、信二や清子も、この光景に違和感を感じることもなく、テーブルに着く。
信二の車椅子をテーブルにつけた清子は、珍しいものを見た。
なんと、テーブルから離れた鉄板の上で、オニャンゴが、お好み焼きを焼いて配っていたのだ。
鉄板の下では、薪の炎が躍っていた。
両手一杯に、お好み焼きが盛られた皿を持ってきた紘一が、
「アフリカでも小麦は焼いて食うんだ。
いきなり本格的な日本料理より、スタッフも抵抗ないと思ってさ」
と、手に持ったお好み焼きを両親に渡した。
すべてのスタッフにお好み焼きが行き渡った。
早速、目の前のお好み焼きを切り分け、信二に食べさせようとした清子の手を紘一が止めた。
「お袋。ちょっと待ってくれ。
親父には、まだ食べてもらうものがあるんだ」
その声を聞いて、スタッフが、必死に笑いをこらえている
真面目そうなスティーブンスさえ、今にも笑い出しそうだった。
いぶかしげな信二の前に、オニャンゴが、料理を持ってきた。
それは、ぶつ切りにした豆腐だった。
そう、それは〔伝説の冷ややっこ〕だった。
唖然とした信二の顔を見て、そこにいた全員が、弾けるような笑い声を上げた。
どうやら、紘一がみんなに〔伝説の冷ややっこ〕事件を吹聴したらしい。
たった一人だけ、笑わない信二を見て、紘一が言った。
「ざまあみろ。やっと、親父に伝説をくらわしてやったぜ」
「アフリカにも、豆腐なんて、売ってるのね」
と、清子が、笑いながら尋ねた。
「売ってるさ。でも、〔伝説の冷ややっこ〕は、日本製じゃないと意味がない」
と、紘一が答えると、オニャンゴが、冷蔵庫の中から紙袋を持ってきた。
それは、空港で、紘一がオニャンゴに渡した紙袋だった。
オニャンゴが、紙袋の中身を見せる。
そこには、お好み焼きソースや醤油、マヨネーズ、だしの素や乾燥昆布に交じって、豆腐が数パック入っていた。
「親父。あの時は、『なぜ、俺の豆腐を食わないんだ』と、怒ってたな。
じゃあ、俺も言わせてもらうぜ。なぜ、俺の用意した豆腐を食わないんだ?」
紘一の言葉をオニャンゴが通訳し、またみんなは大笑いした。
最後は、信二も笑っていた。
この笑顔のためだけに、紘一は日本から豆腐を持ってきたのだった。
と、オニャンゴが、車から降りながら、言った。
そこは、平屋でありながら、かなり大きい建物だった。
「てっきり、ホテルだと思っていたわ」
と、清子が言うと、
「まあ、ホテルもあるんだけど。
こういう場所のほうが、いろいろ融通が利くんでな」
と、紘一が答えた。
「ここは、もともと学校でした。
だから、給食を作る場所もあります」
と、オニャンゴが、付け加えた。
アフリカでは、収入の低い家庭も多い。
そのため、給食目当てで、学校に来る子供もいる。
だが、どんな目的であれ、教育を受ける機会が増えるのはよいことだ。
そのような考えで、アフリカでは、給食を提供しようと考えている学校は多い。
ケムワが、車椅子を組み立てると、信二を乗せて、中に進んだ。
驚くのは、建物に入るのに、階段の横にスロープがあり、部屋(教室)の出入り口にも段差がないことだった。
信二は、日本の学校より、バリアフリーが進んでいるように感じた。
その後、スティーブンスの診断を受け、信二の体に異常がないことを知った清子は、ホッとした。
診察の時もケムワは、信二につきっきりで、診察が終わると、信二の部屋まで車椅子を押してくれた。
どうやら、ケムワは、先ほどのことを気にしているようだった。
献身的に働くケムワを見て、清子が紘一に耳打ちした。
「気にしなくていい、って言ってあげて。
何もなかったんだから」
「本人のやりたいように、させてやるさ」
と、紘一は笑った。
信二と清子の部屋に着くと、部屋は広く、ダブルサイズのベッドが、二つ並んでいた。
それ以外は、洋服をかける棒が、部屋の端から端にわたっているだけ、という質素さだった。
ケムワを退室させて、窓を開けた。
その窓から、開放的な空と草原が見える。
この光景の前には、どんなに高級なホテルでも味わえない贅沢さがあった。
その風景を堪能していた時、突然オニャンゴの
「ランチー!」
と言う、叫び声が響き渡った。
「昼飯だってさ。早いな」
と、信二は笑って、清子の腕時計に目を落とした。
時計の針は、まだ十一時を過ぎたばかりだった。
「ケニア時間なのよ」
と、清子も笑った。
そして、清子は、信二の乗った車椅子を押し、食堂に向かう。
「ねえ、やっぱり、私が押すほうがいいでしょ?」
と、ふざけたように、清子が言う。
「おまえ、ケムワに嫉妬してるのか?」
と、信二がふざけ返す。
「まさか。あなたみたいなおっさんをめぐって、取り合いなんかするもんですか」
と、清子がケラケラと笑った。
その笑い声に、信二の笑い声が重なつた。
食堂に着いた。
大きな木製の机が真ん中にあり、スタッフ皆が囲むように、座っていた。
カメラマンによっては、黒人スタッフとは、同じテーブルで食事をとらないものもいる。
しかし、紘一は、以前からスタッフと同じテーブルで食事をしていた。
もちろん、信二や清子も、この光景に違和感を感じることもなく、テーブルに着く。
信二の車椅子をテーブルにつけた清子は、珍しいものを見た。
なんと、テーブルから離れた鉄板の上で、オニャンゴが、お好み焼きを焼いて配っていたのだ。
鉄板の下では、薪の炎が躍っていた。
両手一杯に、お好み焼きが盛られた皿を持ってきた紘一が、
「アフリカでも小麦は焼いて食うんだ。
いきなり本格的な日本料理より、スタッフも抵抗ないと思ってさ」
と、手に持ったお好み焼きを両親に渡した。
すべてのスタッフにお好み焼きが行き渡った。
早速、目の前のお好み焼きを切り分け、信二に食べさせようとした清子の手を紘一が止めた。
「お袋。ちょっと待ってくれ。
親父には、まだ食べてもらうものがあるんだ」
その声を聞いて、スタッフが、必死に笑いをこらえている
真面目そうなスティーブンスさえ、今にも笑い出しそうだった。
いぶかしげな信二の前に、オニャンゴが、料理を持ってきた。
それは、ぶつ切りにした豆腐だった。
そう、それは〔伝説の冷ややっこ〕だった。
唖然とした信二の顔を見て、そこにいた全員が、弾けるような笑い声を上げた。
どうやら、紘一がみんなに〔伝説の冷ややっこ〕事件を吹聴したらしい。
たった一人だけ、笑わない信二を見て、紘一が言った。
「ざまあみろ。やっと、親父に伝説をくらわしてやったぜ」
「アフリカにも、豆腐なんて、売ってるのね」
と、清子が、笑いながら尋ねた。
「売ってるさ。でも、〔伝説の冷ややっこ〕は、日本製じゃないと意味がない」
と、紘一が答えると、オニャンゴが、冷蔵庫の中から紙袋を持ってきた。
それは、空港で、紘一がオニャンゴに渡した紙袋だった。
オニャンゴが、紙袋の中身を見せる。
そこには、お好み焼きソースや醤油、マヨネーズ、だしの素や乾燥昆布に交じって、豆腐が数パック入っていた。
「親父。あの時は、『なぜ、俺の豆腐を食わないんだ』と、怒ってたな。
じゃあ、俺も言わせてもらうぜ。なぜ、俺の用意した豆腐を食わないんだ?」
紘一の言葉をオニャンゴが通訳し、またみんなは大笑いした。
最後は、信二も笑っていた。
この笑顔のためだけに、紘一は日本から豆腐を持ってきたのだった。
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