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和解
王妃は王太子妃教育の辞意を認めるため、ティファナ・アズラーを呼び出した。
「ティファナ、辞意を認めます。これまでの働き、誠に感謝している」
「恐れ多きお言葉にございます。大変お世話になりました」
ティファナは感謝の意を込めて、深く頭を下げた。自分にはない華やかさ、一瞬にして目を惹く存在感、見事な語学力を持つ、アン・オールソン王妃陛下。
憧れるなという方が難しい存在だった。私と比べる者もいたが、何も分かっていないと、何度も素晴らしさを伝えた。そのことを嫌味にとる者もいたようだが、王妃様を見れば分かるはずだ。
ルアンナの"アン"は恐れながら王妃様を思い、王妃様のようになりますようにと思い込めて名付けた。今となっては伝えなくて良かったとすら思っている。
公爵令嬢であったアンと伯爵令嬢であったティファナ、全ては周りの言葉に翻弄され、歪んだ関係になってしまっていただけであった。
「で、お堅いことはここまでにして。この前、リールとの不貞のことは話さなかったのは、わざとね」
「はい、不貞は私の口から話すことではないと思ったからです」
「申し訳なかったわね」
「いえ、誘ったのはルアンナですから、こちらこそ申し訳ございませんでした」
不貞を犯した母親同士である、不毛な謝罪である。
「誘いに乗ったリールも悪いわ。離縁したの?」
「はい、アズラー侯爵家は納得しての結果でございます。ルアンナは既に領地で義姉であります、スーミラ・コドルが監視しております」
「スーミラ夫人とは、背筋が凍るようね」
王妃よりスーミラの方が年上で、とても威厳のある女性である。言っていることは正論であるため、反論は出来ない。だが、冷たい女性ではない、情に厚い女性だと思っている。ただし、容赦はない。
「ルイソード・クリジアンへはリールが対応するそうだから、アズラー侯爵家はそちらはそちらで対応するといいわ」
「はい。恐れながら、罰とは別に、王家、王太子妃殿下への謝罪はどのようにしたらよろしいでしょうか」
「王家へはお互い様ですから、王家の招待客からルアンナだけは外すことになったわ。サリーは、何も要らないというの。私も聞いたのよ、好きにしたらいいと」
「それでは示しがつきません」
ルアンナは貴族社会に戻ることはないと判断していたので、外されていなくても、二度と参加させる気は一切なかった。
「サリーはね、公にすることも、慰謝料も、離縁も望んではいなかった。ただ相応しいと言った者に、責任を取らせたかっただけなんですって。ミアローズが代理になったでしょう?あれも同じ理由だったの。ミアローズは謝罪もしないままよ?でもね、サリーはそれでいいんですって」
「辛さを知って欲しいということでしょうか」
王太子の婚約者、王太子妃という重圧を受けながら、簡単に代わりが出来るという者がいれば、不愉快であろう。
「やれるものなら、お前がやればいい。口悪く言えば、そんな感じかしらね」
「そうでしたか」
「ええ、誰が立っても絶対にサリーと比べられる。特にきちんとした価値の分かる者なら、近付くことすらないかもしれない。煽りに行く者はいるかもしれないけどね」
「はい、エモンド公爵令嬢には概ね、そのような雰囲気でした」
誕生祭では評判が悪くなっていたミアローズがいる間、国内の貴族は誰も近づくことすらなかった。早々に退場させられたので、皆がこれ以上、恥を晒すなとエモンド公爵以外は思っていたことだろう。
「アズラー侯爵家に処罰はありません。被害者がそう言っているのだから、私には何も言えないわ。だから爵位を返上なんてことは止めて頂戴ね。アズラー侯爵にはこれからも頑張って貰わないと、嫡男は結婚もまだでしょう?しっかりなさい」
「ですが…」
夫妻は先祖にも両親にも申し訳が立たないが、償いきれない場合は、爵位を返上しようと考えていた。おそらく、ルトアスも分かっている。
「これは、王家が同意した、サリー王太子妃の言葉ですよ。分かりますね?」
「はいっ、ありがとうございます…」
「あと、ティファナなら分かっていると思うけど、ペルガメント侯爵家に謝罪は一切止めて頂戴ね。サリーが面倒なことになってしまうから」
「やはりそうでしょうか」
暴言と暴力はペルガメント侯爵令嬢時代の話である。ペルガメント侯爵にも謝罪をする必要はあるが、そのことで妃殿下に迷惑を掛けることになってはいけないと思い、まだ何も動いてはいなかった。
「ええ、食い物にされるだけよ。あなたたちが償うのはサリーでしょう?ペルガメント侯爵は関係ない。皮肉だと思わない?お世辞にもいい両親とは言えないペルガメント侯爵夫妻、でも兄君もサリーも優秀で、悪事も行っていなければ、倫理に反したこともしていない。子育てには成功していると言えるのよ。情けなくなるわ」
「いえ、王妃様は私とは違います」
「同じよ。私は自分とリールを守ることばかりで、何も見えていなかったわ。サリーが今回の件で、何か悪いことをした?いいえ、代理を指名しただけ。理由を訊ねに来た者に、その理由を話しただけだもの、わざわざ話に行ったわけでもない。元王太子妃教育の担当として、何か咎めるところはあるかしら?」
「いいえ、何もございません」
王妃はサリーのしたことを改めて考えたが、咎める部分は一つもなかった。代理は権利で、理由も嫌味は含まれているが事実を書いただけ、理由を聞きに来ていないミアローズ、エモンド公爵家には何も話していない。
正直、うまく出来た誘導で、サリーにしか出来ないことだっただろう。
「私が言うのも説得力がないけれど、今からでも向き合いなさい。生きている内は何か出来ることがあるはずよ」
「っはい、肝に銘じます」
王妃はようやくティファナとも疑念のない心で向き合うことが出来た。きちんと見れば、ティファナは自身を慕ってくれていることはよく分かった。
「ティファナ、辞意を認めます。これまでの働き、誠に感謝している」
「恐れ多きお言葉にございます。大変お世話になりました」
ティファナは感謝の意を込めて、深く頭を下げた。自分にはない華やかさ、一瞬にして目を惹く存在感、見事な語学力を持つ、アン・オールソン王妃陛下。
憧れるなという方が難しい存在だった。私と比べる者もいたが、何も分かっていないと、何度も素晴らしさを伝えた。そのことを嫌味にとる者もいたようだが、王妃様を見れば分かるはずだ。
ルアンナの"アン"は恐れながら王妃様を思い、王妃様のようになりますようにと思い込めて名付けた。今となっては伝えなくて良かったとすら思っている。
公爵令嬢であったアンと伯爵令嬢であったティファナ、全ては周りの言葉に翻弄され、歪んだ関係になってしまっていただけであった。
「で、お堅いことはここまでにして。この前、リールとの不貞のことは話さなかったのは、わざとね」
「はい、不貞は私の口から話すことではないと思ったからです」
「申し訳なかったわね」
「いえ、誘ったのはルアンナですから、こちらこそ申し訳ございませんでした」
不貞を犯した母親同士である、不毛な謝罪である。
「誘いに乗ったリールも悪いわ。離縁したの?」
「はい、アズラー侯爵家は納得しての結果でございます。ルアンナは既に領地で義姉であります、スーミラ・コドルが監視しております」
「スーミラ夫人とは、背筋が凍るようね」
王妃よりスーミラの方が年上で、とても威厳のある女性である。言っていることは正論であるため、反論は出来ない。だが、冷たい女性ではない、情に厚い女性だと思っている。ただし、容赦はない。
「ルイソード・クリジアンへはリールが対応するそうだから、アズラー侯爵家はそちらはそちらで対応するといいわ」
「はい。恐れながら、罰とは別に、王家、王太子妃殿下への謝罪はどのようにしたらよろしいでしょうか」
「王家へはお互い様ですから、王家の招待客からルアンナだけは外すことになったわ。サリーは、何も要らないというの。私も聞いたのよ、好きにしたらいいと」
「それでは示しがつきません」
ルアンナは貴族社会に戻ることはないと判断していたので、外されていなくても、二度と参加させる気は一切なかった。
「サリーはね、公にすることも、慰謝料も、離縁も望んではいなかった。ただ相応しいと言った者に、責任を取らせたかっただけなんですって。ミアローズが代理になったでしょう?あれも同じ理由だったの。ミアローズは謝罪もしないままよ?でもね、サリーはそれでいいんですって」
「辛さを知って欲しいということでしょうか」
王太子の婚約者、王太子妃という重圧を受けながら、簡単に代わりが出来るという者がいれば、不愉快であろう。
「やれるものなら、お前がやればいい。口悪く言えば、そんな感じかしらね」
「そうでしたか」
「ええ、誰が立っても絶対にサリーと比べられる。特にきちんとした価値の分かる者なら、近付くことすらないかもしれない。煽りに行く者はいるかもしれないけどね」
「はい、エモンド公爵令嬢には概ね、そのような雰囲気でした」
誕生祭では評判が悪くなっていたミアローズがいる間、国内の貴族は誰も近づくことすらなかった。早々に退場させられたので、皆がこれ以上、恥を晒すなとエモンド公爵以外は思っていたことだろう。
「アズラー侯爵家に処罰はありません。被害者がそう言っているのだから、私には何も言えないわ。だから爵位を返上なんてことは止めて頂戴ね。アズラー侯爵にはこれからも頑張って貰わないと、嫡男は結婚もまだでしょう?しっかりなさい」
「ですが…」
夫妻は先祖にも両親にも申し訳が立たないが、償いきれない場合は、爵位を返上しようと考えていた。おそらく、ルトアスも分かっている。
「これは、王家が同意した、サリー王太子妃の言葉ですよ。分かりますね?」
「はいっ、ありがとうございます…」
「あと、ティファナなら分かっていると思うけど、ペルガメント侯爵家に謝罪は一切止めて頂戴ね。サリーが面倒なことになってしまうから」
「やはりそうでしょうか」
暴言と暴力はペルガメント侯爵令嬢時代の話である。ペルガメント侯爵にも謝罪をする必要はあるが、そのことで妃殿下に迷惑を掛けることになってはいけないと思い、まだ何も動いてはいなかった。
「ええ、食い物にされるだけよ。あなたたちが償うのはサリーでしょう?ペルガメント侯爵は関係ない。皮肉だと思わない?お世辞にもいい両親とは言えないペルガメント侯爵夫妻、でも兄君もサリーも優秀で、悪事も行っていなければ、倫理に反したこともしていない。子育てには成功していると言えるのよ。情けなくなるわ」
「いえ、王妃様は私とは違います」
「同じよ。私は自分とリールを守ることばかりで、何も見えていなかったわ。サリーが今回の件で、何か悪いことをした?いいえ、代理を指名しただけ。理由を訊ねに来た者に、その理由を話しただけだもの、わざわざ話に行ったわけでもない。元王太子妃教育の担当として、何か咎めるところはあるかしら?」
「いいえ、何もございません」
王妃はサリーのしたことを改めて考えたが、咎める部分は一つもなかった。代理は権利で、理由も嫌味は含まれているが事実を書いただけ、理由を聞きに来ていないミアローズ、エモンド公爵家には何も話していない。
正直、うまく出来た誘導で、サリーにしか出来ないことだっただろう。
「私が言うのも説得力がないけれど、今からでも向き合いなさい。生きている内は何か出来ることがあるはずよ」
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