【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ

文字の大きさ
72 / 203
番外編1

グリズナー・トラス2

しおりを挟む
「あなたなんかに王太子妃が務まるのかしら」
「でしたら、私ではなく、陛下に伝えてはいかがでしょうか」
「っな、なぜ陛下に」
「王太子の婚約者が不満だと伝えるのは、陛下にではありませんか」

 時折、サリーが言い返すのも感情的ではなく、非常に事務的であり、腹立たしい存在となっていた。

 それから再婚しても、味わい続けた快感は忘れられず、殿下とも不仲だという噂も聞き、側妃を娶ったこともサリーが悪いと、会う度に見下すようになっていた。

 そもそも、侯爵令嬢に、王太子殿下の婚約者、王家の関係者への口の利き方ではない。驕り高ぶり、まさに精神がおかしかったのだと思う。

 だが、代理の指名で一気に代償を払うことになってしまった。文のあて名を見て、瞬間的に血の気が引いた。これはきっと悪いものだと、良いものであるはずがない。一番よく分かっていた。一緒にクスクス笑っていた夫人たちも、冷遇されていると母から聞いた。妃殿下ではなく、殿下が行ったのだろう。

 それでも、謝れば許してもらえるはずだと信じて、対峙したサリーは圧倒的な力を纏っているように思えた。吹っ切れたようにペラペラと話し出して、呆然とした。

 なぜ、あの時ではなく、今なのかと、心の傷に時効なんてない、私が決めることではないのに、そう思っていた。

 自身の発言の全てを憶えてはいないが、凄まじい記憶力で、憶えのある発言ばかりだった。どうにか回避しようと必死で、あまり憶えていないというのが一番都合がいいと判断したが、自身の言った恥ずかしい発言が投げ返されるだけであった。

 私のためにわざわざ謝罪に行ってくれた夫にも、両親にも知られてしまった。

 今思い出せば、関係を持った相手は結婚相手と殿下と再婚相手だけだったのに、まるで何人もと経験を持った阿婆擦れ、娼婦のような発言だったことは分かる。

 でも当時の私は殿下に欲望をぶつけられていただけなのに、愛されていると、勘違いしていた。こんなに求められているのだから、私は特別な存在だと思い込んでいた。受けなければ、割り切らなければならなかった。

 なんて愚かで恥ずかしい女だったのだろうか。

 娘・フェアリーが学園に入る前に、母親に何があったかを説明がされたことを、また母から聞いた。顔を合わせることはないが、もう同じ敷地にいることすら不快かもしれない、そう思うようになった。

 しばらくすると、私は両親と領地にある子爵家に戻ることになった。いつかそんな日が来るのではないかと思っていた、むしろここまでよく伯爵家に置いてくれたものだとすら思う。父は顔も見たくないと、ほとんど顔を合わすことはなかったが、母だけは月に一度は伯爵家に会いに来て、向き合ってくれた。

「フェアリーが嫌がったのね」
「…ええ」
「母親が王太子妃殿下にあんなことを言っていたと知ったら、当たり前よ」

 妃殿下の評価は上がる一方だと聞いている。語学の強みに加えて、そのおかげで外交にも役立っており、私も母が持って来てくれた『コルボリット』を読んだが、本当に素晴らしかった。クレインもフェアリーも大好きだと聞く。

「今となっては狂っていると思うわ、まさに精神的な病だわ。でも当時の私には妃殿下を見下すことが快感だったの。本当に愚かだった」
「反省はしているんでしょう?」
「ええ、もうそれしか残っていないもの」
「フェアリーが辛くなってしまったようなの」
「え、どうして…」

 私が大人しくしていれば、伯爵家に処罰はなく、娘も責められることはないと聞いていたはずなのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

処理中です...