【完結】あわよくば好きになって欲しい（短編集）

私の恋、あなたの愛

３１

「事実を言っただけなのに、パリム子爵に責められています。今、ご迷惑になるから場所を変えようと提案して、怒鳴られたところです」
「パリム子爵、場所を変えなさい」
「ですが、娘は泣ているんですよ」
「嘘泣きでしょう？涙の後すらないじゃない」

　ソフィーはキューミュアをじっと見つめ、キューミュアは目を逸らした。

「場所を変えなさい！パリム子爵、いいな？」

　ウィロー伯爵に言われて、パリム子爵は渋々頷いた。皆の前で貶めたい後妻・ランダーはここで話すと言ったが、通用することはなく、シエル、ルノー、ソフィー、ウィロー伯爵夫妻、パリム子爵一家とと共にフロランツア侯爵家が借りている部屋に向かった。

　部屋の前にはシエルの顔見知りの護衛がおり、顔パスというより、髪色パスで通して貰える。部屋に入ると、フロランツア侯爵が嬉しそうに、シエルの名前を呼んだ。

「シエル！」
「叔父様、パリムが突っかかって来ました」
「なに？」
「っあ、フロランツア侯爵様…」

　部屋に入ったマランは、まさかフロランツア侯爵がいると思っておらず、慌てた。

「お前、約束を破ったのだな？明日、弁護士を寄こす。汚い顔を見せるな」
「何ですって！約束って何よ」
「何だ、その女は…妻を変えたのか？」
「私は番のランダーです！」

　フロランツア侯爵は怪訝な顔でランダーを見たが、眉間に皺を寄せた。

「こんな醜女だったか？まあいい、約束は約束だ」
「いえ、あの待ってください…」
「シエル、証人はいるな？ええ、こちらの義母上もウィロー伯爵夫妻もおりましたし、側にいた人も沢山見てらっしゃると思います」

　ルノー、ソフィー、ウィロー伯爵夫妻も内容は分からないが、何か約束をしており、パリム子爵が窮地に陥っていることだけは分かった。

「そうか、なら間違いないな。いいな、パリム子爵」
「…はい」
「何なのよ、約束って」
「サインしただろう？フロランツア侯爵家及び、シエルには一生近付かない、話し掛けないと」
「そんな昔の話…」
「死ぬまでという約束だった、持参金を返さなくてはならない」

　ようやくルノー、ソフィー、ウィロー伯爵夫妻も離縁の際にそういった約束で、持参金を返金しなくていいということになっていたのだろう。

「そんな！っていくらなの？大丈夫よね…」
「いや、足りないくらいだ…ああ」
「そんな！侯爵様、どうか、もう破りませんので」
「いいや、私は姉上の様に優しさなどお前たちには持っていない。後は弁護士と話してくれ」

　離縁時に持参金を返すように言えば、パリム子爵家は没落することになるため、シルフィーが持参金は返さなくていいと言ったのだ。だが、前侯爵夫妻も現侯爵も、ならば接触したら返して貰うことを約束させていた。

　そしてシエルに近付かない様にいつも側にいた。

　夫妻は愕然としたが、約束を破ったのは二人の方である。だが、キューミュアはそんな窮地に陥っていることは、全く聞いておらず、シエルを睨み付けていた。

「ちょっと、お義姉様、謝ってよ！」
「何を？」
「太っていること、番に逃げられたと言ったことよ！」
「どうして謝らなきゃならないの？」
「酷いことを言ったのよ！」
「太っているのは事実じゃない、番のことはかもしれないと言ったはずよ？まさか、本当に逃げられていたの？」

　シエルは既に番に逃げられていたのか？と思った。

「逃げられているはずないじゃない！」
「じゃあ、怒ることはないじゃない？迎えに来てくれるのでしょう？」
「そうよ！私には王子様がいるんだから！」

　パリム子爵家はこれで没落寸前となることだろう。キューミュアは、より一層その王子様とやらが来るのを待ち続けるのだろうと、冷めた目で見つめた。