【完結】あわよくば好きになって欲しい（短編集）

もう二度と

１０

「どうしたらいいんだろうな…」
「せめて会うことが出来れば、違うんでしょうけど…難しいわよね。再婚となったら、もっと難しくなってしまうわよね」

　早く新しい妻に、母親に慣れさせようと、会わせて貰えないだろう。

「そうだよな…我々が動いても、脅されているように感じてしまうだろうし。ますます会わせない方がいいと思われたら」
「余計なことをして会えなくなったら、困るものね。何か出来ることがあると良いのだけれど…」

　男爵家からすれば、侯爵家が何を言っても、否定することは出来ないだろう。母親にも大事な子どもだが、父親にも大事な子どもには変わりない。

「落ち着いた頃に、彼女に会ってみるか…それでもし、出て行きたいなら、その方がいいんじゃないか…」
「そうね…息子さんを思いながら生きていく方が、幸せかもしれない。シュアン様はあなたがフォローして差し上げて」
「そうだな…」

　冷静な二人は慎重に動こうと、期限のことは、ミファラに直接訪ねてみるのがいいのではないかということになった。

　シュアンにもレーリアの意見を伝えて、様子を見ることになった。

　まさに一進一退の日々ではあったが、なるべくシュアンは視界には入らないようにしながら、見守り続けた。

　シュアンは好きな物を買ったらいい、要らないと言ったが、ミファラは翻訳の仕事で得たほぼ全てお金をロークロア家に全て入れた。

　僅かに残ったお金で、買いに行ったのはレターセット。

　その際に、皮肉にもミファラはノラに会ってしまった。酔っぱらっていたので、名前は覚えていなかったが、顔は覚えていた。

　ミファラは機敏な動きでノラに近寄り、付き添っていた使用人は驚いたが、止める間もなかった。

「以前はありがとうございました」
「いえ、いいのよ。もう大丈夫なの？」
「あなた様に、生きている価値がないと言われて、死ぬことを思い出せたんです。大変感謝しています」
「そ、そんなこと言ってないわ」

　ノラは夫と出掛けており、買い物をしている夫を待っている間の出来事であった。

「嘘だったこともあったようですが、あなたが思い出させてくれました。価値がない、うじうじした、恥ずかしい存在だと、分からせて貰いました」

　周りに買い物客もいるので、ミファラの言葉にギョッとした顔をしている。

「そういった意味で言ったんじゃないわ」
「価値のない人間に、生きている意味があるのって、仰ったではありませんか。その通りだと思いました。あなた様みたいに価値があって、生きている意味のある人に言われると説得力があります」

　さらに注目を浴びているが、ミファラは気付いておらず、ノラも頭に血が上って、周りを見る余裕がなくなっていた。

「馬鹿にしてるの！」
「どうしてですか？あなた様が仰ったんじゃないですか」
「ノラ！！」

　夫であるリッシュ・マグナーが様子に気付いて、声を上げた。

「あなた…」
「何をしているんだ！周りを見ろ」
「…あ」

　周りがノラに怪訝な目を向けていることにようやく気付いた。まるで、年下の女性を虐げているようではないか。

「どなただ？」
「生きている価値のない人間です」
「は？」
「奥様にそう思い出させていただいた者で、感謝を申し上げておりました。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。では失礼します」

　ミファラは用事は済んだとばかりに帰ろうとしたが、ノラはこのまま返すわけにはいかないと、待ってと手首を掴んだ。

　しかし、騎士でもあるノラと、十分な栄養も足りず、酒を飲み、邸で運動もせず、翻訳をしているミファラの手首は、強く握り過ぎて、激しい痛みが走った。

「痛っ」

　ミファラが声を上げ、悲痛な顔をすると、手首は力なく、おかしな方向に曲がり、さすがに使用人たちもも飛び出した。