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【冷却魔法】
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2巻、水玉合戦後、冷却魔法を実験バージョンです。
――――――――――――――――――――
「あー、楽しかった」
イエナさんが笑いながら荷物の元へ移動して、革袋を手に取った。
「あら、そう言えば水は飲みきってしまったんだったわね」
お昼ご飯の時に飲み干したので、逆さまにされた革袋からは、一滴の水も出てこない。それを見た私はサラとの約束を思い出して、イエナさんへ小走りに走り寄った。
「イエナさん、それの蓋を開けて貸してくださいな」
「あら、水を出してくれるの?」
「はい」
手渡された革袋を落とさないように下に置いて固定して、私は注ぎ口に手を翳した。
「湧水《ガッシュウォーター》」
注ぎ口が狭いからから多少こぼれてしまったけど、革袋に水が満たされる。
「ありがとう」
「いえいえ。ついでにちょっと試したい魔法があるんですけど、いいですか?」
「今度は何を思いついたんです?」
ブルムさんがやって来て、私の手元を覗き込む。
「少し前に、冷却の魔石についての文献を読んだんです。今の冷却方法って、水の魔石が変異した冷却の魔石か、水属性の魔力をたくさん使って作り出した氷を使いますよね」
「え、保冷箱の冷却の魔石って、水の魔石だったのか!?」
「そうですよ」
「商魂たくましい魔術師が生み出したものだよ」
驚いたガイにブルムさんが頷いて肯定し、私はそれに補足した。
「ある日魔石に水の魔力をチャージする事を生業としていた魔術師が、同業他者との差別化を図るために、少しでも多くの魔力を一つの安い魔石に入れる事が出来ないか試したんだって。で、臨界突破した魔石が冷気を発し始めたのが、冷却の魔石の始まりね」
「ずいぶん砕けた解釈ですが、まあそんな感じですね。ちなみに冷却の魔石となった水の魔石は、宿した魔力をゆっくりと消費しながら冷気を発し続けます」
「でも一度冷却の魔石になったら他の水魔法は使えなくなっちゃう上に、冷却の魔石として再チャージ出来るのも、あと一回だけになるんだって」
「へー、なんかもったいないな」
私とブルムさん、二人で交互に冷却の魔石について講義すると、ガイは一言で感想を纏めてくれた。私はついでに、氷作りを作り出した魔術師の話もしておく。
「氷の方はね、貴族のお抱え魔術師が最初に作ったんだよ」
「宮廷魔術師じゃないんだ」
「うん。違うの。冷却の魔石のおかげで食べ物の保存が長く出来るようになったし、冷たい物がいつでも食べたり飲んだり出来るようになったんだけど、冷たーい物が大好きになった貴族のとある方が、お抱えの魔術師に命じたの。もっともっと冷たい飲み物を持って来いって」
「ひょっとして、水に冷却の魔石を放り込んだのか?」
「さすがに水に直接入れたりはしないよ。冷やした水は、貴族が飲むんだもの」
ガイの発想に、とんでもないと私は首を横に振った。
魔石は魔物や魔獣の核だからね。飲食物への異物混入はいくない。バレたら首が飛んじゃう。
「コップの周りを冷却の魔石で囲ったりしたみたいだね。それだけじゃなくて、わざと魔石に容量以上の魔力を込める事で変質するのを参考に、水を冷やす魔法をかけ続けたの」
「そしたら凍ったのか」
「うん。突然表面が固まって、魔術師は驚いてそれを取り除こうとしたの。異物だと思ったんだろうね。ところが異物はとっても冷たくて、手に持ったらそこから溶けて水に戻ってしまう。もう一度冷やすと、また表面が固まる。魔術師はその塊が出来はじめる直前まで冷やした水に、別のコップで作ったそれを砕いて混ぜてみたのね」
「うわ、冷たそう!」
氷水だから、知覚過敏だったら悶絶必至だ。
「でも魔法はイメージが大事なのに、氷を知らない魔術師がどうしたらそうなったんだろうな」
「精霊は、時に人族の知らない事を教えてくれるのですよ」
ガイの疑問に答えたのは、ブルムさんだった。
「精霊には国の違いも北も南も関係ありませんからね。北の国の冬は寒く、湖の水が寒さのあまりに凍り付く事を知っていて、魔術師の求める冷たい水に、これはどうかと提案してくれたのだと思います」
件の魔術師は精霊の声を聞く事の出来ない人だったらしいけど、水の精霊に気に入られていたんだろうね。もしくは、悩んでる姿がかわいそうで、よっぽど見るに見かねたか。
「で、わざわざ冷却の手段を確認するって事は、そいつを冷やすのか」
私はケビンさんに頷いて、実験の方向性を明かした。
「水魔法じゃなくて、火魔法でやってみようと思ってるんです。加熱《ヒーティング》は熱を加える魔法ですけど、逆に熱を奪う魔法は出来ないかなって」
「それは……可能となれば、冷却の手段が増えますね」
「動いた後は、冷たーいお水をキュッと一杯飲みたいですよね」
「なんだか酒飲み的表現だが同感だ。水に濡れて涼しいと言えば涼しいんだが、走ったせいで暑い……」
我が意を得たりと勢い込んでブルムさんに言えば、ケビンさんが微妙な表現で同意してくれた。
酒飲みの表現? なんの事かわかりませんねぇ。私、六歳なんで。
さらりとスルーして、男性二人の同意は得た事にする。
「イエナさん、革袋が壊れちゃったら弁償しますから、やってみていいですか?」
「本当に魔法が好きなのね。いいわよ、やっちゃって。弁償もしなくていいわ。結構古いから、そろそろ買い替え時かと思ってたくらいだし」
気前のいい回答に、ではさっそくとサラを呼ぼうとした私の口は、目の前に突き出されたコップで遮られた。
「その前に、ぬるくてもいいから一杯だけ飲みたい」
ガイだった。
「……うん、ゴメンね?」
いけないいけない、つい好奇心に突き動かされて、配慮に欠けるところだった。
解説に乗って質問を挟んで来たガイだけど、晴天の下《もと》、防御に魔法の使えないガイは人一倍走り回っていた。うちのチームの主なターゲットはブルムさんだったけど、思い出したように飛来する水球《ウォータボール》を避けていたガイは、喉が渇いているだろう。
「顔が随分赤いけど、熱出てない?」
注いだ水を一気飲みしたガイの額に手を当て、私の熱と比べてみる。熱中症になってたら大変だ。
「大丈夫」
ガイは首を振って、私の手を振り払った。
「それより、ミラも飲んどけよ」
「うん」
ガイに突き出されたコップを受け取って、私はイエナさんに水を注いで貰った。
大人達も水分摂取を済ませてから、私は再び革袋に水を満たしてサラを呼ぶ。
「じゃあやってみるよ、サラ」
『おー!』
私は革袋を両手に持って目を閉じた。
いつだったか、熱という物は分子運動の激しさを示しているのだという文章を読んだ事がある。
物理の教科書だったのか、ネットの文章の一部だったのかは覚えていない。詳しい内容も覚えていないけど、要するに電子レンジは水の分子運動を加速させる事で、急激に物質の温度を上げているってのが結論だったかな。
なら逆に、水の分子運動を減速させれば固体化――氷になる過程をたどれるのではないかと私は考えたわけだ。
電子レンジの真逆だね。科学では実現出来てなかったんじゃないかな。
そして魔法のあるこの世界では、分子の存在が認識されていない。
加熱《ヒーティング》は炎の熱を纏う魔法であって、んなややこしい事を考えてるわけじゃなかった。
実際分子運動云々でやっていたら、私のドライヤー魔法は手を構成している細胞の水分子を振動させる事になる。
(それってなんだか怖くない?)
イメージの手がかりにはなるから、中途半端な前世知識でも役に立つけれど、足を引っ張る事もあるんだよね。重力や慣性の法則無視の飛行停止が出来なかったみたいに。
だけど今回干渉する物質はただの水だ。分子運動を減速させるイメージをしても問題ないだろう。
革袋越しに、手の平に水を感じ取る。流れる水。動く水。
息を整え、魔力を体内で循環させてから両手に送った。
朱金の円陣に燃えさかる炎の紋が魔法陣として描かれる。しかし求める結果はその魔法陣がもたらすイメージとは真逆。
「サラ、熱を奪え。水の動きを止めよ。停止」
すぅっと、手元から冷気が漂う。
(いける?)
幸いな事に火属性の魔法騎士が同席してくれているけれど、暴走させないに超した事はない。失敗して発動しないならともかく、魔法が指定範囲を外れては大変だ。その点だけは注意しないと。
決意を新たにした数分後、私は指先に触れる革袋の冷たさに手を離した。
「ミラ、どうだ?」
肩越しに覗き込んでくるガイに、私は曖昧に笑う。
「とりあえず、革袋を触ったら冷たいよ。中の水が冷えたかどうかは、わからないけど」
「どれどれ」
興味津々で伸ばしたガイの手が革袋に触れた。
「ほわー、きもちー。オレ、これを抱き枕にして寝たい」
「風邪引くよ」
さすがにそれはダメでしょ。
「では中身が冷えているか、飲んでみましょうか」
ブルムさんが栓を開けて中身をコップに注ぎ、そのコップをケビンさんへ。
「おいちょっとまて」
「どうした」
「なぜオレ?」
「火属性だから、だな」
「火属性ならオレもだよ?」
「「……」」
ガイが手を上げて主張するのに対し、大人二人はちらりと見下ろして無言。そしてお互いに顔を見合わせ、再びブルムさんが突き出したコップはケビンさんに受け取られた。
「ま、仕方ないわな」
彼はそう言うと、一気に中身を煽った。
え、なんか劇薬的扱いされてますけど、それただの水ですよ? そりゃあ、この世界にはない知識で冷やしてみましたけどね。
魔法は革袋から手を離した時点で解除している。以降は温度の高い方から低い方へと熱エネルギーが移動――つまり外気温の影響を受けて暖まっていくのだから、水の分子運動は再び活発化するのだ。魔法で冷やした水を飲んだからといって、その人の分子運動まで減速させるような効果は見込めないはず。うん、多分大丈夫。
てか毒味なら作りだした本人、つまり私がすべきなんじゃ……
みんなが緊張の面持ちで見守る中、ケビンさんはゆっくりとコップを持った手を下ろした。
よ、よし。そのまま凍り付いたりはしなかったね。
(良かったー。まかり間違って最悪の事態になったら、暗殺魔法になっちゃうよ!)
「どう? ケビン」
無言の婚約者の腕に触れたイエナさん。ケビンさんは彼女に頷き、勢いよくブルムさんにコップを突き出した。
「もう一杯!」
「美味かったならそう言え!」
飲ませたものの、しばらく無言だったケビンさんの様子に不安を煽られていたらしいブルムさんは、叫ぶやいなやコップをひったくった。
「まったく」
「いやー、いい感じに冷たくて美味かったぜ」
口端を歪めるブルムさんに、ケビンさんは悪びれる事なくカラリと笑う。トクトクトクと、再びコップに水が満たされた。
「サンキュー」
と言ってそれを受け取ろうとしたケビンさん。けれどコップは彼の手をすり抜け、ブルムさんの口元へ。
「おい」
「ああ。火属性だから問題なしだったわけでもないようだな」
一口飲んでそう呟いたブルムさんは、残りをグッと飲み干した。そして私達に向かって、「飲んでみますか?」と革袋を掲げてみせる。
もちろん私達は頷いた。
イエナさんはブルムさんからコップを譲り受け、私とガイは残る二つのコップを受け取る。注がれた水は無色透明。冷やす前と何ら変わらず、匂いに変化もなし。私達はゆっくりとコップに口を付けた。
「うまい! もう一杯!」
「本当ね。冷たさが心地いいわ」
一口飲むやいなや勢いよく飲み干して、お代わりを叫ぶガイ。イエナさんはゆっくり味わうように飲み干した。私もよく冷えた水をゆっくり飲むと、ほっと息を吐き出す。
「いやー、いいなこの魔法。ミラちゃん、この魔法、俺にも使えるかね?」
「……火魔法ですから、イメージとか理屈を受け入れて貰えれば出来ると思いますが……」
「ん? 歯切れが悪いようだが、説明が難しいのか?」
水の分子運動なんて、どう説明したもんだろうか。
「えと、加熱《ヒーティング》は炎の熱を対象へ与える魔法で、水は熱を与えられると湯気になりますよね」
「ああ、そうだな」
「なら、逆に湯気から熱を奪えば水に。水から氷になるんじゃないかと推測したんです」
実際は推測じゃなくて、前世知識だけど。
「詠唱は『熱を奪え』と、『水の動きを止めよ』、『停止』だったか」
良く覚えてますね。
感心しつつ、コクリと頷く。さてどうやって説明したものかと、口元に手を添えて考え込んだ。
「熱ってのは水が持ってる熱だな」
「はい。氷よりは水の方が温かいですよね」
「まあ、氷に比べりゃな。だから熱を奪えはなんとなく理解出来る。だが止めると停止がわからん」
「えーと。……水は液体で流れますけど、氷は固体で固まってて、動きませんよね?」
そのまんまだ。けど物質は分子で構成されていますなんて、言えるわけがない。第一分子ってどうやったら見えるんだったっけ? 顕微鏡……じゃ無理だよね?
「うーん。なんとなく……わかったような?」
ケビンさんは腕を組んで首を捻った。
ごめんなさい。人様に説明出来るような知識の持ち合わせはないんです。
火球《ファイヤーボール》の収束は実体を伴っていたからか、キーナン隊長はあっさり真似出来たんだけどねぇ。
分子運動の減速なんて、見えないものはいかんともしがたい。
ああ、この魔法も正式な協会登録は無理だろうか。私が考える生活魔法は、収入にならない魔法が多いな。
しばらく二人で首を捻っていたら、パンと軽く手を打ち合わされる音がした。
「ケビン、気持ちはわかるがそろそろ昼休憩も終わりだろう。練兵場に戻れ。ミラさんも飛行魔法を再び使えるようになるために、訓練しなければならないからな」
「ん、そうだったな。邪魔して悪い」
彼はブルムさんにそう言って、私の頭をくしゃりとなでた。
「ヒントありがとうな。さっきの魔法は開発中として協会に登録するんだろう? 協力は惜しまないから俺の名前を出しといてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
異常魔力と異世界知識で魔法を考える私は、この世界の一般的な魔術師にも使える魔法か試して貰う必要がある。好意的な協力者はありがたい。
「明日にでも行ってきますね」
「ああ。じゃあ俺は訓練に戻る」
「私も帰るわ。ケビン、途中まで一緒に行きましょ」
「おう」
「じゃあね、ミラちゃん、ガイ君」
イエナさんはヒラヒラと手を振って、ケビンさんと腕を組んで帰って行った。
――――――――――――――――――――
「あー、楽しかった」
イエナさんが笑いながら荷物の元へ移動して、革袋を手に取った。
「あら、そう言えば水は飲みきってしまったんだったわね」
お昼ご飯の時に飲み干したので、逆さまにされた革袋からは、一滴の水も出てこない。それを見た私はサラとの約束を思い出して、イエナさんへ小走りに走り寄った。
「イエナさん、それの蓋を開けて貸してくださいな」
「あら、水を出してくれるの?」
「はい」
手渡された革袋を落とさないように下に置いて固定して、私は注ぎ口に手を翳した。
「湧水《ガッシュウォーター》」
注ぎ口が狭いからから多少こぼれてしまったけど、革袋に水が満たされる。
「ありがとう」
「いえいえ。ついでにちょっと試したい魔法があるんですけど、いいですか?」
「今度は何を思いついたんです?」
ブルムさんがやって来て、私の手元を覗き込む。
「少し前に、冷却の魔石についての文献を読んだんです。今の冷却方法って、水の魔石が変異した冷却の魔石か、水属性の魔力をたくさん使って作り出した氷を使いますよね」
「え、保冷箱の冷却の魔石って、水の魔石だったのか!?」
「そうですよ」
「商魂たくましい魔術師が生み出したものだよ」
驚いたガイにブルムさんが頷いて肯定し、私はそれに補足した。
「ある日魔石に水の魔力をチャージする事を生業としていた魔術師が、同業他者との差別化を図るために、少しでも多くの魔力を一つの安い魔石に入れる事が出来ないか試したんだって。で、臨界突破した魔石が冷気を発し始めたのが、冷却の魔石の始まりね」
「ずいぶん砕けた解釈ですが、まあそんな感じですね。ちなみに冷却の魔石となった水の魔石は、宿した魔力をゆっくりと消費しながら冷気を発し続けます」
「でも一度冷却の魔石になったら他の水魔法は使えなくなっちゃう上に、冷却の魔石として再チャージ出来るのも、あと一回だけになるんだって」
「へー、なんかもったいないな」
私とブルムさん、二人で交互に冷却の魔石について講義すると、ガイは一言で感想を纏めてくれた。私はついでに、氷作りを作り出した魔術師の話もしておく。
「氷の方はね、貴族のお抱え魔術師が最初に作ったんだよ」
「宮廷魔術師じゃないんだ」
「うん。違うの。冷却の魔石のおかげで食べ物の保存が長く出来るようになったし、冷たい物がいつでも食べたり飲んだり出来るようになったんだけど、冷たーい物が大好きになった貴族のとある方が、お抱えの魔術師に命じたの。もっともっと冷たい飲み物を持って来いって」
「ひょっとして、水に冷却の魔石を放り込んだのか?」
「さすがに水に直接入れたりはしないよ。冷やした水は、貴族が飲むんだもの」
ガイの発想に、とんでもないと私は首を横に振った。
魔石は魔物や魔獣の核だからね。飲食物への異物混入はいくない。バレたら首が飛んじゃう。
「コップの周りを冷却の魔石で囲ったりしたみたいだね。それだけじゃなくて、わざと魔石に容量以上の魔力を込める事で変質するのを参考に、水を冷やす魔法をかけ続けたの」
「そしたら凍ったのか」
「うん。突然表面が固まって、魔術師は驚いてそれを取り除こうとしたの。異物だと思ったんだろうね。ところが異物はとっても冷たくて、手に持ったらそこから溶けて水に戻ってしまう。もう一度冷やすと、また表面が固まる。魔術師はその塊が出来はじめる直前まで冷やした水に、別のコップで作ったそれを砕いて混ぜてみたのね」
「うわ、冷たそう!」
氷水だから、知覚過敏だったら悶絶必至だ。
「でも魔法はイメージが大事なのに、氷を知らない魔術師がどうしたらそうなったんだろうな」
「精霊は、時に人族の知らない事を教えてくれるのですよ」
ガイの疑問に答えたのは、ブルムさんだった。
「精霊には国の違いも北も南も関係ありませんからね。北の国の冬は寒く、湖の水が寒さのあまりに凍り付く事を知っていて、魔術師の求める冷たい水に、これはどうかと提案してくれたのだと思います」
件の魔術師は精霊の声を聞く事の出来ない人だったらしいけど、水の精霊に気に入られていたんだろうね。もしくは、悩んでる姿がかわいそうで、よっぽど見るに見かねたか。
「で、わざわざ冷却の手段を確認するって事は、そいつを冷やすのか」
私はケビンさんに頷いて、実験の方向性を明かした。
「水魔法じゃなくて、火魔法でやってみようと思ってるんです。加熱《ヒーティング》は熱を加える魔法ですけど、逆に熱を奪う魔法は出来ないかなって」
「それは……可能となれば、冷却の手段が増えますね」
「動いた後は、冷たーいお水をキュッと一杯飲みたいですよね」
「なんだか酒飲み的表現だが同感だ。水に濡れて涼しいと言えば涼しいんだが、走ったせいで暑い……」
我が意を得たりと勢い込んでブルムさんに言えば、ケビンさんが微妙な表現で同意してくれた。
酒飲みの表現? なんの事かわかりませんねぇ。私、六歳なんで。
さらりとスルーして、男性二人の同意は得た事にする。
「イエナさん、革袋が壊れちゃったら弁償しますから、やってみていいですか?」
「本当に魔法が好きなのね。いいわよ、やっちゃって。弁償もしなくていいわ。結構古いから、そろそろ買い替え時かと思ってたくらいだし」
気前のいい回答に、ではさっそくとサラを呼ぼうとした私の口は、目の前に突き出されたコップで遮られた。
「その前に、ぬるくてもいいから一杯だけ飲みたい」
ガイだった。
「……うん、ゴメンね?」
いけないいけない、つい好奇心に突き動かされて、配慮に欠けるところだった。
解説に乗って質問を挟んで来たガイだけど、晴天の下《もと》、防御に魔法の使えないガイは人一倍走り回っていた。うちのチームの主なターゲットはブルムさんだったけど、思い出したように飛来する水球《ウォータボール》を避けていたガイは、喉が渇いているだろう。
「顔が随分赤いけど、熱出てない?」
注いだ水を一気飲みしたガイの額に手を当て、私の熱と比べてみる。熱中症になってたら大変だ。
「大丈夫」
ガイは首を振って、私の手を振り払った。
「それより、ミラも飲んどけよ」
「うん」
ガイに突き出されたコップを受け取って、私はイエナさんに水を注いで貰った。
大人達も水分摂取を済ませてから、私は再び革袋に水を満たしてサラを呼ぶ。
「じゃあやってみるよ、サラ」
『おー!』
私は革袋を両手に持って目を閉じた。
いつだったか、熱という物は分子運動の激しさを示しているのだという文章を読んだ事がある。
物理の教科書だったのか、ネットの文章の一部だったのかは覚えていない。詳しい内容も覚えていないけど、要するに電子レンジは水の分子運動を加速させる事で、急激に物質の温度を上げているってのが結論だったかな。
なら逆に、水の分子運動を減速させれば固体化――氷になる過程をたどれるのではないかと私は考えたわけだ。
電子レンジの真逆だね。科学では実現出来てなかったんじゃないかな。
そして魔法のあるこの世界では、分子の存在が認識されていない。
加熱《ヒーティング》は炎の熱を纏う魔法であって、んなややこしい事を考えてるわけじゃなかった。
実際分子運動云々でやっていたら、私のドライヤー魔法は手を構成している細胞の水分子を振動させる事になる。
(それってなんだか怖くない?)
イメージの手がかりにはなるから、中途半端な前世知識でも役に立つけれど、足を引っ張る事もあるんだよね。重力や慣性の法則無視の飛行停止が出来なかったみたいに。
だけど今回干渉する物質はただの水だ。分子運動を減速させるイメージをしても問題ないだろう。
革袋越しに、手の平に水を感じ取る。流れる水。動く水。
息を整え、魔力を体内で循環させてから両手に送った。
朱金の円陣に燃えさかる炎の紋が魔法陣として描かれる。しかし求める結果はその魔法陣がもたらすイメージとは真逆。
「サラ、熱を奪え。水の動きを止めよ。停止」
すぅっと、手元から冷気が漂う。
(いける?)
幸いな事に火属性の魔法騎士が同席してくれているけれど、暴走させないに超した事はない。失敗して発動しないならともかく、魔法が指定範囲を外れては大変だ。その点だけは注意しないと。
決意を新たにした数分後、私は指先に触れる革袋の冷たさに手を離した。
「ミラ、どうだ?」
肩越しに覗き込んでくるガイに、私は曖昧に笑う。
「とりあえず、革袋を触ったら冷たいよ。中の水が冷えたかどうかは、わからないけど」
「どれどれ」
興味津々で伸ばしたガイの手が革袋に触れた。
「ほわー、きもちー。オレ、これを抱き枕にして寝たい」
「風邪引くよ」
さすがにそれはダメでしょ。
「では中身が冷えているか、飲んでみましょうか」
ブルムさんが栓を開けて中身をコップに注ぎ、そのコップをケビンさんへ。
「おいちょっとまて」
「どうした」
「なぜオレ?」
「火属性だから、だな」
「火属性ならオレもだよ?」
「「……」」
ガイが手を上げて主張するのに対し、大人二人はちらりと見下ろして無言。そしてお互いに顔を見合わせ、再びブルムさんが突き出したコップはケビンさんに受け取られた。
「ま、仕方ないわな」
彼はそう言うと、一気に中身を煽った。
え、なんか劇薬的扱いされてますけど、それただの水ですよ? そりゃあ、この世界にはない知識で冷やしてみましたけどね。
魔法は革袋から手を離した時点で解除している。以降は温度の高い方から低い方へと熱エネルギーが移動――つまり外気温の影響を受けて暖まっていくのだから、水の分子運動は再び活発化するのだ。魔法で冷やした水を飲んだからといって、その人の分子運動まで減速させるような効果は見込めないはず。うん、多分大丈夫。
てか毒味なら作りだした本人、つまり私がすべきなんじゃ……
みんなが緊張の面持ちで見守る中、ケビンさんはゆっくりとコップを持った手を下ろした。
よ、よし。そのまま凍り付いたりはしなかったね。
(良かったー。まかり間違って最悪の事態になったら、暗殺魔法になっちゃうよ!)
「どう? ケビン」
無言の婚約者の腕に触れたイエナさん。ケビンさんは彼女に頷き、勢いよくブルムさんにコップを突き出した。
「もう一杯!」
「美味かったならそう言え!」
飲ませたものの、しばらく無言だったケビンさんの様子に不安を煽られていたらしいブルムさんは、叫ぶやいなやコップをひったくった。
「まったく」
「いやー、いい感じに冷たくて美味かったぜ」
口端を歪めるブルムさんに、ケビンさんは悪びれる事なくカラリと笑う。トクトクトクと、再びコップに水が満たされた。
「サンキュー」
と言ってそれを受け取ろうとしたケビンさん。けれどコップは彼の手をすり抜け、ブルムさんの口元へ。
「おい」
「ああ。火属性だから問題なしだったわけでもないようだな」
一口飲んでそう呟いたブルムさんは、残りをグッと飲み干した。そして私達に向かって、「飲んでみますか?」と革袋を掲げてみせる。
もちろん私達は頷いた。
イエナさんはブルムさんからコップを譲り受け、私とガイは残る二つのコップを受け取る。注がれた水は無色透明。冷やす前と何ら変わらず、匂いに変化もなし。私達はゆっくりとコップに口を付けた。
「うまい! もう一杯!」
「本当ね。冷たさが心地いいわ」
一口飲むやいなや勢いよく飲み干して、お代わりを叫ぶガイ。イエナさんはゆっくり味わうように飲み干した。私もよく冷えた水をゆっくり飲むと、ほっと息を吐き出す。
「いやー、いいなこの魔法。ミラちゃん、この魔法、俺にも使えるかね?」
「……火魔法ですから、イメージとか理屈を受け入れて貰えれば出来ると思いますが……」
「ん? 歯切れが悪いようだが、説明が難しいのか?」
水の分子運動なんて、どう説明したもんだろうか。
「えと、加熱《ヒーティング》は炎の熱を対象へ与える魔法で、水は熱を与えられると湯気になりますよね」
「ああ、そうだな」
「なら、逆に湯気から熱を奪えば水に。水から氷になるんじゃないかと推測したんです」
実際は推測じゃなくて、前世知識だけど。
「詠唱は『熱を奪え』と、『水の動きを止めよ』、『停止』だったか」
良く覚えてますね。
感心しつつ、コクリと頷く。さてどうやって説明したものかと、口元に手を添えて考え込んだ。
「熱ってのは水が持ってる熱だな」
「はい。氷よりは水の方が温かいですよね」
「まあ、氷に比べりゃな。だから熱を奪えはなんとなく理解出来る。だが止めると停止がわからん」
「えーと。……水は液体で流れますけど、氷は固体で固まってて、動きませんよね?」
そのまんまだ。けど物質は分子で構成されていますなんて、言えるわけがない。第一分子ってどうやったら見えるんだったっけ? 顕微鏡……じゃ無理だよね?
「うーん。なんとなく……わかったような?」
ケビンさんは腕を組んで首を捻った。
ごめんなさい。人様に説明出来るような知識の持ち合わせはないんです。
火球《ファイヤーボール》の収束は実体を伴っていたからか、キーナン隊長はあっさり真似出来たんだけどねぇ。
分子運動の減速なんて、見えないものはいかんともしがたい。
ああ、この魔法も正式な協会登録は無理だろうか。私が考える生活魔法は、収入にならない魔法が多いな。
しばらく二人で首を捻っていたら、パンと軽く手を打ち合わされる音がした。
「ケビン、気持ちはわかるがそろそろ昼休憩も終わりだろう。練兵場に戻れ。ミラさんも飛行魔法を再び使えるようになるために、訓練しなければならないからな」
「ん、そうだったな。邪魔して悪い」
彼はブルムさんにそう言って、私の頭をくしゃりとなでた。
「ヒントありがとうな。さっきの魔法は開発中として協会に登録するんだろう? 協力は惜しまないから俺の名前を出しといてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
異常魔力と異世界知識で魔法を考える私は、この世界の一般的な魔術師にも使える魔法か試して貰う必要がある。好意的な協力者はありがたい。
「明日にでも行ってきますね」
「ああ。じゃあ俺は訓練に戻る」
「私も帰るわ。ケビン、途中まで一緒に行きましょ」
「おう」
「じゃあね、ミラちゃん、ガイ君」
イエナさんはヒラヒラと手を振って、ケビンさんと腕を組んで帰って行った。
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