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食事はおわり解散された。
行くあてもなく廊下を歩く。下を向いたままカノンははスウェンのことを考えていた。

頭のことで繰り返される、同じようなことばかり。
謝ったら許してくれるだろうか。スウェンは戦争は終わらないと諦めていたのか。
本当のスウェンの気持ち。

聞きたい。けど、聞くのがこわい。
自身でも呆れるほど答えの見つからないことで悩む。
これは喧嘩なのだろうか。

ふいに気配を感じておもむろに顔を上げれば、そこには悩みの種であるスウェンがいた。
遠目でもわかる、人をちゃんと見ようとする真っ直ぐな瞳。
思わず足を止めそうになりながらも歩き続けた。そして視線をそらす。

その行為をしてからしまったと思った。
視線どころか顔まで背けてしまった。
歩みは止めない。止められない。

スウェンも変わらずの速度で歩いている。
そのせいで当然かのようにお互い通り過ぎた。

話したいことはあったはず。なのにスウェンを目の前にして無意識に避けてしまったのだ。

スウェンも呼びかけてはくれなかった。
確信してしまった。スウェンは怒っていると。
仲直りするにはどうすれば良いのだろうか。

「女の子がそんな辛気くさい顔をしてどうしたの?」

立ち止まり見上げるとそこには胸の大きい女性が立っていた。
見たことがある。確かスウェンのことを魔法で犬にした人だ。

あのときカノンは鎧を着ていて、彼女にとっては今が初めましてになるのかもしれない。

それでも彼女がスウェンと面識があることを知っているから、カノンはスウェンとケンカをしてしまってと発言した。

「あら、スウェンと知り合いなの?」

あのときの鎧を着ていた鎧人間だと言うことを話すと彼女はびっくりした顔をした。
お互いがお互いに興味があったために自己紹介をする。彼女はイデルというらしい。

犬と思い込んでいたスウェンがイデルの魔法で人間の姿に戻されたとき、カノンは驚愕してその場から逃げてしまった。そのことからイデルは、あのときスウェンが人間だということを知らなかったでしょ、と。

知らなかったです、と答えたカノンにイデルはまたもや問いかけた。どうして鎧の格好をしていたのか。
そのことについては話すと長くなると躊躇すると「時間はたっぷりあるからいいわよ」と言われ、何度目かの赤裸々の告白をすることになる。

勇者として召喚されたカノンは男装として鎧を着せられた。
言ってしまえばそんなに長い話ではなかったことに気づく。

災難ね、と事実を受け止めてくれたイデルは今度はスウェンとの喧嘩の経緯を求めてくる。

戦争があってといってもそれは始まる前に中断されたが、そのときにスウェンとの意見に食い違いがあった。
どうしても腹が立ってしまい、罵倒も発してしまった。
自身の過去なんて戦争とは関係ないのに、そのこともぶつけてしまった。

どうしてかイデルに全て話していた。

異世界で死に直面していたカノンは猫に生まれ変わるはずだったこと。そんなことまで全て。

久しぶりの同性、それも年上の女性だったため気が緩んだのかもしれない。

スウェンと仲直りしたいのに彼を目の前にして言葉がでなかった。
とにかく前と同じような関係に戻りたい。

「人間の姿同士だから何か話さなきゃって思うんでしょ。だったら別の姿になって近づけばいいんじゃない」

どうしたらいいか尋ねたカノンはイデルの助言に目を丸くする。



イデルとわかれてからカノンは来た道を戻った。
スウェンと会うために軽い足取りで歩いていると、何の偶然か目前には彼。
先程のように視線は外してはいけない。そんな一心でスウェンの瞳をただただ見つめた。

「こんなところでどうしたんだ」

話しかけられた、と心弾ませる。
いつも通りのスウェンだ。ほんの少しの厳つい雰囲気もない、戦争が起こりそうになったときの前のもの。
そのことに表情がゆるむ。

実はスウェンに言いたいことがあって、勢いに任せてそう答えようとした。けれど。

「にゃあー」

聞こえたのはそんな声。
それはカノン自身から出たもの。

あ、と気づいたカノンは汗をかく。

イデルの魔法で猫の姿に変えられたことをスウェンに声をかけられた瞬間忘れてしまっていた。

「迷子か?」

ぽんっと頭に手が置かれる。
初めてだ。こんなふうに触られたのは。
あたたかい。

スウェンでもやはり猫相手にはこんなことをするんだなあと考えてみる。

いいなあと思ってしまったのは誰にも言わない。

弾むように触られたと思えばスウェンは立ち上がる。どうやらお触りタイムは最後ということみたいだ。
名残おしく見ていれば一瞥してから歩いていってしまう。

離れていく後ろ姿を静かに見送った。
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