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21 望まぬ不穏
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スウェンがいなくなって数日。私はお城で以前と変わりなく過ごしていた。
花嫁修業やら、コーラス陛下との面談だったりメヒスト王子との雑談だったり。いろいろとやっているけれどスウェンのことが気がかりだった。
酷いことをした。否定して強要して、帰って、なんて。
自室にあるクッションの上に黒猫姿はない。すでにアトリシアに着いたであろうスウェンは元の人間の姿に戻してもらえただろうか。イデルに怒られてその姿のまま、なんてあったりしないか少し心配だ。
何勝手に戻ってきているの、というイデルの台詞がなぜか思い浮かぶ。自国に戻れたのに猫の姿のままなんて可哀想すぎである。
緑一面芝生の庭に来て心が落ち着くのを感じた。
コーラス陛下は畏れ多くも心を開けるような人ではないし、メヒストとは、メヒストが距離を縮めようとしてくれているおかげで近くなった気もするけどスウェンたちほどではなかった。
アトリシアにいた頃はいつの間にか全員と溜め口で話すようになって気軽な感じでいられた。けれどここは……。
使用人さんが自ら言葉を発してはいけない礼儀があるのか廊下は静かだしその他の場所も静かだし。アトリシアも確かに似たような感じだったけど雑談とか聞こえてたりしてた。
一番何が違うのかというと話し相手の人数。クレイモアで話せる相手といったらコーラス皇帝とメヒストとしかいない。
立場が偉いわけではない私が何を言っているんだという話ですが。
スウェンだけでも側にいてくれたら少しは。
……帰ってと追い出した私が何を言っているんだという話ですが。
「ーーカノン」
幻聴さえ聞こえてきましたよ。スウェンの。
そこまで思って、見上げてびっくりした。塀の上に黒猫がいたから。それはスウェン……に間違いない。凛とした緑色の目が輝いている。
やっぱりイデルに帰されたのだろうかとほっとしてしまった。
塀からおりて私を見上げたスウェンはちょっと息切れしているようだ。
「アトリシアが、クレイモアの兵に襲われている」
「クレイモアって、ここ……だよね?ㅤそれってコーラス王が仕向けたってこと?」
「そういうことになる。クラウディオたちが抑えているが」
うまく理解ができない。なるべく頭の回転を速くしようとするが回らない。
クラウディオたちが抑えているって、戦っているってこと……?ㅤ今も傷ついているってこと?
私がクレイモアの殿下と結婚したことで、二つの国の間での戦争はなくなるはずだった。それを条件に婚約を承諾した……させられたはずなのに。
見せかけだけかもしれないけどちゃんとしてた。
なのにどうして。平和になるはずじゃなかったの。
「とりあえずお前は早くここから出たほうが良い」
それでスウェンはここに迎えに来てくれたと。黒猫姿のまま。
何か嫌な予感がした。
「イデルは?ㅤイデルはどうしているの?」
「イデルには会えなかった。無事だとは思うが、下手に入って出られなくなるよりこうしてここに来ることが先だと思った」
スウェンが黒猫姿のままだということはイデルに会えなかったということだ。それか会えても人間の姿に戻してもらわなかった。前者だということは……良くない方向へ考えてしまう。
予知できるセナ王がいるにも関わらず国に入られたなんて。
「とにかくカノンは俺についてくればいい、安全な所へ連れて行く。それから俺はあいつらのもとへ……」
「アトリシアにスウェンだけ行くの?」
「お前が来ても足手まといになる」
「自分だけ安全な場所にいるなんてできない」
皆が危険な目にあっているというのに私だけがスウェンに安全な所を確保してもらうなんて、できるわけがない。自分にできる何かを見据えられているわけではないけど私にもできることはあるはずだ。例え足手まといになっても良い解決方法があればそれをしたい。
「またそれか。自己犠牲は周りのやつらのためにはならない」
「私、勇者なんだよ?」
「それは肩書きみたいなもので実際は……」
無力な女とでも言いたいのだろうか。それともただの異世界人。
勇者としてセナ王に召喚された私は求められた人材ではなかった。
本当は勇者は男だと、私が女だということをセナ王にめいっぱい残念がられ失敗だと言われた。罪滅ぼしのように私はセナ王の望むことを叶えようとした。その結果がこれだ。
私は勇者でもなんでもない。そんなことは知っている。
虚勢でもしなければスウェンは私の話を聞いてくれない。
「【異世界の者を殺しては災いが起こる、異世界の者の涙は破滅を招く、異世界の者に逆らえば死が与えられる】ーー涙のことについては外れたけど他はあってるかもしれない」
「だからなんだ?」
「私、メヒストに話してくるよ。そしてコーラス王ともできたら話をつける」
「そんなの駄目だ!ㅤ王には絶対近づくな。殿下の方はよくわからないが、もしそのことを殿下も共謀していたら……いやその方が確率は高い」
「私に黙っていたってこと?ㅤメヒストが。そんなの信じられない」
「カノン、お前がどう信じようが事実は変わらない」
あの暖かい微笑みをする心優しいメヒストが、いくら父親がすることだからといってこんな裏切り行為を許すわけがない。軽い気持ちでメヒストを信じているとスウェンに勘違いされているようだけど、ちゃんとした理由がある。
以前の戦争では、メヒストが自らの国の攻撃を止めさせてくれたことによってお互い大きな被害がなくすんだ。
スウェンは忘れてしまったのだろうか。その出来事を軽視しているのだろうか。
アトリシアにクレイモアの兵がおくられているのは、コーラス陛下の仕業でまたメヒストは何も知らないに違いない。だからメヒストに話せばまた何かが変わる。
希望でしかない。人頼みかもしれない。でもそれができるのは今の私しかいない。
「スウェンは疑ってばかりだね。こうしている間も皆は傷ついている、苦しんでいるかもしれない。だったら出来ることを早くした方がいいと思うの。だからスウェン、もう皆の所へ行って」
私は大丈夫だから、そう言っても黒猫のスウェンは疑い深く緑色の目で見つめてくる。
「俺は信じられないか?」
はっとして目を見開いた。私の驚きに気づいたのかスウェンは顔をそらした。
私はスウェンを信じてる。一番に信用しているかもしれない。ときどき心情を疑ってしまう部分もあるけれど、それはいつも私のことを心配してくれてのものだったと今では思う。
「いつも私を心配してくれてありがとう。でも私はもう守ってもらえるような存在じゃないから。できることなら今度は私が皆を守りたい」
あまりにも小さな声だったからあえて問いには答えない。
時間もないし、これが最後ではないから。
「スウェン、どうか無事で」
胸に拳をあてたまま私は身を翻した。
花嫁修業やら、コーラス陛下との面談だったりメヒスト王子との雑談だったり。いろいろとやっているけれどスウェンのことが気がかりだった。
酷いことをした。否定して強要して、帰って、なんて。
自室にあるクッションの上に黒猫姿はない。すでにアトリシアに着いたであろうスウェンは元の人間の姿に戻してもらえただろうか。イデルに怒られてその姿のまま、なんてあったりしないか少し心配だ。
何勝手に戻ってきているの、というイデルの台詞がなぜか思い浮かぶ。自国に戻れたのに猫の姿のままなんて可哀想すぎである。
緑一面芝生の庭に来て心が落ち着くのを感じた。
コーラス陛下は畏れ多くも心を開けるような人ではないし、メヒストとは、メヒストが距離を縮めようとしてくれているおかげで近くなった気もするけどスウェンたちほどではなかった。
アトリシアにいた頃はいつの間にか全員と溜め口で話すようになって気軽な感じでいられた。けれどここは……。
使用人さんが自ら言葉を発してはいけない礼儀があるのか廊下は静かだしその他の場所も静かだし。アトリシアも確かに似たような感じだったけど雑談とか聞こえてたりしてた。
一番何が違うのかというと話し相手の人数。クレイモアで話せる相手といったらコーラス皇帝とメヒストとしかいない。
立場が偉いわけではない私が何を言っているんだという話ですが。
スウェンだけでも側にいてくれたら少しは。
……帰ってと追い出した私が何を言っているんだという話ですが。
「ーーカノン」
幻聴さえ聞こえてきましたよ。スウェンの。
そこまで思って、見上げてびっくりした。塀の上に黒猫がいたから。それはスウェン……に間違いない。凛とした緑色の目が輝いている。
やっぱりイデルに帰されたのだろうかとほっとしてしまった。
塀からおりて私を見上げたスウェンはちょっと息切れしているようだ。
「アトリシアが、クレイモアの兵に襲われている」
「クレイモアって、ここ……だよね?ㅤそれってコーラス王が仕向けたってこと?」
「そういうことになる。クラウディオたちが抑えているが」
うまく理解ができない。なるべく頭の回転を速くしようとするが回らない。
クラウディオたちが抑えているって、戦っているってこと……?ㅤ今も傷ついているってこと?
私がクレイモアの殿下と結婚したことで、二つの国の間での戦争はなくなるはずだった。それを条件に婚約を承諾した……させられたはずなのに。
見せかけだけかもしれないけどちゃんとしてた。
なのにどうして。平和になるはずじゃなかったの。
「とりあえずお前は早くここから出たほうが良い」
それでスウェンはここに迎えに来てくれたと。黒猫姿のまま。
何か嫌な予感がした。
「イデルは?ㅤイデルはどうしているの?」
「イデルには会えなかった。無事だとは思うが、下手に入って出られなくなるよりこうしてここに来ることが先だと思った」
スウェンが黒猫姿のままだということはイデルに会えなかったということだ。それか会えても人間の姿に戻してもらわなかった。前者だということは……良くない方向へ考えてしまう。
予知できるセナ王がいるにも関わらず国に入られたなんて。
「とにかくカノンは俺についてくればいい、安全な所へ連れて行く。それから俺はあいつらのもとへ……」
「アトリシアにスウェンだけ行くの?」
「お前が来ても足手まといになる」
「自分だけ安全な場所にいるなんてできない」
皆が危険な目にあっているというのに私だけがスウェンに安全な所を確保してもらうなんて、できるわけがない。自分にできる何かを見据えられているわけではないけど私にもできることはあるはずだ。例え足手まといになっても良い解決方法があればそれをしたい。
「またそれか。自己犠牲は周りのやつらのためにはならない」
「私、勇者なんだよ?」
「それは肩書きみたいなもので実際は……」
無力な女とでも言いたいのだろうか。それともただの異世界人。
勇者としてセナ王に召喚された私は求められた人材ではなかった。
本当は勇者は男だと、私が女だということをセナ王にめいっぱい残念がられ失敗だと言われた。罪滅ぼしのように私はセナ王の望むことを叶えようとした。その結果がこれだ。
私は勇者でもなんでもない。そんなことは知っている。
虚勢でもしなければスウェンは私の話を聞いてくれない。
「【異世界の者を殺しては災いが起こる、異世界の者の涙は破滅を招く、異世界の者に逆らえば死が与えられる】ーー涙のことについては外れたけど他はあってるかもしれない」
「だからなんだ?」
「私、メヒストに話してくるよ。そしてコーラス王ともできたら話をつける」
「そんなの駄目だ!ㅤ王には絶対近づくな。殿下の方はよくわからないが、もしそのことを殿下も共謀していたら……いやその方が確率は高い」
「私に黙っていたってこと?ㅤメヒストが。そんなの信じられない」
「カノン、お前がどう信じようが事実は変わらない」
あの暖かい微笑みをする心優しいメヒストが、いくら父親がすることだからといってこんな裏切り行為を許すわけがない。軽い気持ちでメヒストを信じているとスウェンに勘違いされているようだけど、ちゃんとした理由がある。
以前の戦争では、メヒストが自らの国の攻撃を止めさせてくれたことによってお互い大きな被害がなくすんだ。
スウェンは忘れてしまったのだろうか。その出来事を軽視しているのだろうか。
アトリシアにクレイモアの兵がおくられているのは、コーラス陛下の仕業でまたメヒストは何も知らないに違いない。だからメヒストに話せばまた何かが変わる。
希望でしかない。人頼みかもしれない。でもそれができるのは今の私しかいない。
「スウェンは疑ってばかりだね。こうしている間も皆は傷ついている、苦しんでいるかもしれない。だったら出来ることを早くした方がいいと思うの。だからスウェン、もう皆の所へ行って」
私は大丈夫だから、そう言っても黒猫のスウェンは疑い深く緑色の目で見つめてくる。
「俺は信じられないか?」
はっとして目を見開いた。私の驚きに気づいたのかスウェンは顔をそらした。
私はスウェンを信じてる。一番に信用しているかもしれない。ときどき心情を疑ってしまう部分もあるけれど、それはいつも私のことを心配してくれてのものだったと今では思う。
「いつも私を心配してくれてありがとう。でも私はもう守ってもらえるような存在じゃないから。できることなら今度は私が皆を守りたい」
あまりにも小さな声だったからあえて問いには答えない。
時間もないし、これが最後ではないから。
「スウェン、どうか無事で」
胸に拳をあてたまま私は身を翻した。
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