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ふらふらと、そんな足取りのカノンを見てメヒストが静かに兵士に視線で問う。
兵士たちはきょろきょろと目を見合わせ、一人の兵士がたどたどしく口を開く。

「その女が……」

その第一声は、おい、と他の兵士に止められた。
そして代わりの者が発言する。

「そこの女性がおかしな行動をとったので気絶させました」

一人、

「黒猫に伸ばした手が光っていました」

また一人とほんの少し前の出来事を話す。

「アトリシアには魔法が使える女性がいるとのことで、何をされるのかわからず」

魔法はやはり希少なものなのだとカノンは察した。

気絶させられているだけなのだと一安心し、黒猫に近寄りしゃがんだとき違和感を感じた。
まさかと思ったものは的中する。

「どうして黒猫を撃ったの……?」

はっと息を飲む一同。
空気が乱れている。動揺しているのだろうか。

「その猫に魔法をかけたのだとしたら驚異になりかねないと」

「それで猫を撃ったと?ㅤただの猫を?ㅤイデルが魔法をかけただけで?ㅤイデルが貴方たちを殺してやるとでも言ったの?」

一番動揺していたのはカノンだった。
落ち着きを取り戻してきた心臓が鳴り響く。
ドクドクと。
それと一緒に涙腺が熱く。
喉が辛く。

「言ってませんでした。ずっと笑っていて、だから何かしら勝機を掴んでいるのだと思い」

メヒストの問う目線でカノンの疑問に答えていた兵士は、今度はちゃんとカノンの疑問に答えを述べる。

「黒猫を暴走させるんじゃないか?ㅤって、そんな理由で……ふざけんな……!」

涙声で掠れている。

「なぜ彼女はこんなに怒っているのでしょう」

と若い兵士は、メヒストの耳元で訊ねる。

「その猫はカノンの大事な猫なんだ」

クレイモアに来たときからカノンは黒猫を大事にしていた。
メヒストはイデルに、この黒猫はカノンの大事な猫だと伝えられていた。
根拠があってメヒストは黒猫を哀しく見つめる。

「この人はっ……猫じゃない。人なの……っ!」

苦しい。
息苦しい。
胸が苦しい。
どの苦しさが最も苦しいのかわけわからないまま、緩む涙腺にカノンはめちゃくちゃになる。

「イデルが使おうとした魔法は、ただ、変えた姿を戻させるものなの」

何人も兵士がいる空間で、静かに響いたカノンの声は空しさを際立たせた。

この状況がスウェンと初めて会った時を思い出させる。
初対面で彼は犬だった。
誰とも言葉を交わしてはいけない環境下で唯一話しかけることができ、心許せる相手だった。
名前も知らない犬は男所帯では守るように寝てくれていた。

人の姿に戻った直後のスウェンは仏頂面だったけど、彼が犬だったときに秘密を弱音を打ち明けたからか気にかけてくれて……いつからか心の支えになっていた。

なぜか、コーラス陛下が邪魔をしてくることなく休戦した。
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