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第一章 ドラゴンハンター01 戸井圭吾
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一人で待っていると、耳が痛くなりそうなくらい静かだった。
フロアには圭吾以外誰もいない。大きなビルのわりに、静かすぎる気がした。これだけ大きな会社なら、会社の人間が大勢フロアを歩いていてもよさそうだ。
なんだか異世界に来てしまったようで、圭吾は急に心細くなった。
(帰ろうと思ったら、ドアが開かないなんてことないだろうな)
圭吾は不安になって、入り口を振り返った。
「圭吾くん、おまたせ」
突然の声に驚いて、圭吾はソファから腰を浮かせた。
「やだ、驚かせちゃった?」
圭吾が振り返ると、彩芽が戻ってきたところだった。
彩芽の後ろから、二人の男性が歩いてくる。二人とも彩芽と同じように白衣を着ていた。
一人は背が高く痩せていて、もう一人は小柄で黒縁のメガネをかけている。
向かいのソファの真ん中に、背の高い男の人が座る。圭吾から向かって左側にメガネの人、右側に彩芽が座った。
背の高い男の人が橋本信二、もう一人の黒縁メガネの人が田中陸と名乗った。圭吾の年だけ聞くのは失礼だからと、橋本は30歳、田中は28歳、彩芽が26歳だと教えてくれた。
「すごく大きなビルですね。他にも大勢の人が働いているんですか?」
圭吾は、フロアを見渡しながら、さっきから気になっていたことを聞いた。
「ドラゴン研究チームは、この三人だけなんだ。今、このビルで働いているのも三人だけ。今のところはね」
橋本が笑った。笑うと細い目が、三日月のようになる。橋本はとても優しそうに見えた。橋本と話していると、緊張が和らいでくる。
「ジュエル社は、それだけこの研究に期待をかけているんだ」
黒縁メガネを押し上げながら、田中が誇らしげに言った。
つまり、ドラゴンの研究のためだけに、ジュエル社はこんなに大きなビルを建てた。そして今のところ研究員は三人だけ。あの小さなドラゴンに、どんな価値があるというのだろう。次から次へと疑問がわいてくる。
「ドラゴンって、いったい何なんですか? どうしてぼくには見えて、他の人には見えないんですか?」
圭吾はソファから身を乗り出した。
「ちょうど今、水質の検査中だったんだけど、ここに市内の池からとってきた水がある」
田中が、白衣のポケットから小さな透明のビンを取り出した。人差し指と親指でつまんで、圭吾に見せる。水は茶色く濁っていた。
「圭吾くんは、この水の中になにか生物がいると思う?」
橋本が、田中の持っているビンを指さした。
「はい。アメーバとかミジンコとか、微生物がいっぱいいると思います」
なんだか学校の授業でも始まったようだと圭吾は思った。
「すごいね。圭吾くんには、この中にいる微生物が見えるの?」
橋本がからかうように言った。
「いえ、見えません」
「見えないのに、微生物がいると思えるのはどうしてかな?」
こっちが聞いているのに、橋本は次々と質問を重ねてくる。なかなか答えをもらえないことに、圭吾はイラッとした。
「学校で、顕微鏡を使って微生物を見たことがあるから、多分いるかな、と思っただけです」
圭吾の口調が少しきつくなる。
「そうだね。微生物は、肉眼では見えない。しかし、顕微鏡を使えば見ることができる。一度見たことがある人なら、この水の中に微生物がいることを推測できるだろう」
橋本の言葉に田中と彩芽が、うなずいている。
「それとドラゴンと、どんな関係があるんですか?」
「ドラゴンを見るのに顕微鏡の役割をするものがある。何だと思う?」
「また質問ですか?」
圭吾はうんざりして言った。
「ゴメン、ゴメン」
橋本は声をたてて笑った。
「答えは想像力だ。ほんの少しの想像力さえあればドラゴンは見える。コツさえつかめば、簡単さ」
橋本がそう言うと、
「簡単なんかじゃないですよ」
と、田中が不服そうに言った。
「三人とも、ドラゴンが見えるんですか?」
圭吾は三人の顔を順にながめた。
微笑みを絶やさない橋本と彩芽に反して、田中だけが気難しそうな顔をしていた。
「微生物と一緒で、ドラゴンはこの世の中のあちこちに存在している」
橋本がゆっくりと言った。
「あのドラゴン以外にも、そんなにたくさんいるんですか?」
圭吾は勝手に、ドラゴンはあの一匹だけなんだと思いこんでいた。
「見ようとしないから見えないだけで、本当はずっと昔からいるんだよ。ぼくは子どもの頃から多くのドラゴンを目にしてきた」
橋本が、過去を思い出すように目を細めた。
「わたしはこの研究チームに入ってから、初めて見えるようになったんだけどね」
彩芽が肩をすくめた。
「大人になってから見えるようになるなんて、彩芽さんはめずらしいケースだよ」
橋本が言うと、彩芽は照れたように笑った。
「想像力ってね、きたえることができるのよ」
彩芽が嬉しそうに言った。
「ドラゴンが見える子を探すために、ペットショップの爬虫類売り場にドラゴンを置こうと提案したのも彼女なんだ」
橋本が、彩芽の肩を叩く。
「本格的に企画を立ち上げる前の、ほんのお試しだったんだけどね。あ、その企画のことはまた今度話すわね」
彩芽の口から、滑るように次々と言葉が出てくる。
「ドラゴンと姿かたちが似ている爬虫類と一緒に並べたら、ドラゴンの姿をイメージしやすいかなぁって思ってね。わたしも、ほんのちょっとのきっかけでドラゴンが見えるようになったから」
橋本も彩芽も、生き生きとした表情をしている。
圭吾は、ドラゴンの話が、このまま止まらなかったらどうしようかと思った。もちろん、ドラゴンのことを詳しく知りたい気持ちもある。
だが、それよりも圭吾は、結衣のことが気がかりだった。橋本は本当に、結衣のことを助けてくれるのだろうか。
もうこの人たちに質問をするのはやめておこうと圭吾は思った。一つでも質問すれば、どんどん話が長くなっていきそうだ。
「で、ぼくはと言うと、実はドラゴンが見えない。ほんのこれっぽっちもね」
田中が生真面目な顔で言った。
「えっ! 見えないのに、ドラゴンの研究をしているんですか?」
圭吾はまた質問してしまった。
「橋本さんのことを信頼してるからね。ぼくはどこまでも彼について行くと決めたんだ」
田中がメガネを押し上げた。
「ドラゴンというのはだね……」
田中が続けようとするのを、圭吾はさえぎった。
「それより、妹の結衣のことなんですが」
フロアには圭吾以外誰もいない。大きなビルのわりに、静かすぎる気がした。これだけ大きな会社なら、会社の人間が大勢フロアを歩いていてもよさそうだ。
なんだか異世界に来てしまったようで、圭吾は急に心細くなった。
(帰ろうと思ったら、ドアが開かないなんてことないだろうな)
圭吾は不安になって、入り口を振り返った。
「圭吾くん、おまたせ」
突然の声に驚いて、圭吾はソファから腰を浮かせた。
「やだ、驚かせちゃった?」
圭吾が振り返ると、彩芽が戻ってきたところだった。
彩芽の後ろから、二人の男性が歩いてくる。二人とも彩芽と同じように白衣を着ていた。
一人は背が高く痩せていて、もう一人は小柄で黒縁のメガネをかけている。
向かいのソファの真ん中に、背の高い男の人が座る。圭吾から向かって左側にメガネの人、右側に彩芽が座った。
背の高い男の人が橋本信二、もう一人の黒縁メガネの人が田中陸と名乗った。圭吾の年だけ聞くのは失礼だからと、橋本は30歳、田中は28歳、彩芽が26歳だと教えてくれた。
「すごく大きなビルですね。他にも大勢の人が働いているんですか?」
圭吾は、フロアを見渡しながら、さっきから気になっていたことを聞いた。
「ドラゴン研究チームは、この三人だけなんだ。今、このビルで働いているのも三人だけ。今のところはね」
橋本が笑った。笑うと細い目が、三日月のようになる。橋本はとても優しそうに見えた。橋本と話していると、緊張が和らいでくる。
「ジュエル社は、それだけこの研究に期待をかけているんだ」
黒縁メガネを押し上げながら、田中が誇らしげに言った。
つまり、ドラゴンの研究のためだけに、ジュエル社はこんなに大きなビルを建てた。そして今のところ研究員は三人だけ。あの小さなドラゴンに、どんな価値があるというのだろう。次から次へと疑問がわいてくる。
「ドラゴンって、いったい何なんですか? どうしてぼくには見えて、他の人には見えないんですか?」
圭吾はソファから身を乗り出した。
「ちょうど今、水質の検査中だったんだけど、ここに市内の池からとってきた水がある」
田中が、白衣のポケットから小さな透明のビンを取り出した。人差し指と親指でつまんで、圭吾に見せる。水は茶色く濁っていた。
「圭吾くんは、この水の中になにか生物がいると思う?」
橋本が、田中の持っているビンを指さした。
「はい。アメーバとかミジンコとか、微生物がいっぱいいると思います」
なんだか学校の授業でも始まったようだと圭吾は思った。
「すごいね。圭吾くんには、この中にいる微生物が見えるの?」
橋本がからかうように言った。
「いえ、見えません」
「見えないのに、微生物がいると思えるのはどうしてかな?」
こっちが聞いているのに、橋本は次々と質問を重ねてくる。なかなか答えをもらえないことに、圭吾はイラッとした。
「学校で、顕微鏡を使って微生物を見たことがあるから、多分いるかな、と思っただけです」
圭吾の口調が少しきつくなる。
「そうだね。微生物は、肉眼では見えない。しかし、顕微鏡を使えば見ることができる。一度見たことがある人なら、この水の中に微生物がいることを推測できるだろう」
橋本の言葉に田中と彩芽が、うなずいている。
「それとドラゴンと、どんな関係があるんですか?」
「ドラゴンを見るのに顕微鏡の役割をするものがある。何だと思う?」
「また質問ですか?」
圭吾はうんざりして言った。
「ゴメン、ゴメン」
橋本は声をたてて笑った。
「答えは想像力だ。ほんの少しの想像力さえあればドラゴンは見える。コツさえつかめば、簡単さ」
橋本がそう言うと、
「簡単なんかじゃないですよ」
と、田中が不服そうに言った。
「三人とも、ドラゴンが見えるんですか?」
圭吾は三人の顔を順にながめた。
微笑みを絶やさない橋本と彩芽に反して、田中だけが気難しそうな顔をしていた。
「微生物と一緒で、ドラゴンはこの世の中のあちこちに存在している」
橋本がゆっくりと言った。
「あのドラゴン以外にも、そんなにたくさんいるんですか?」
圭吾は勝手に、ドラゴンはあの一匹だけなんだと思いこんでいた。
「見ようとしないから見えないだけで、本当はずっと昔からいるんだよ。ぼくは子どもの頃から多くのドラゴンを目にしてきた」
橋本が、過去を思い出すように目を細めた。
「わたしはこの研究チームに入ってから、初めて見えるようになったんだけどね」
彩芽が肩をすくめた。
「大人になってから見えるようになるなんて、彩芽さんはめずらしいケースだよ」
橋本が言うと、彩芽は照れたように笑った。
「想像力ってね、きたえることができるのよ」
彩芽が嬉しそうに言った。
「ドラゴンが見える子を探すために、ペットショップの爬虫類売り場にドラゴンを置こうと提案したのも彼女なんだ」
橋本が、彩芽の肩を叩く。
「本格的に企画を立ち上げる前の、ほんのお試しだったんだけどね。あ、その企画のことはまた今度話すわね」
彩芽の口から、滑るように次々と言葉が出てくる。
「ドラゴンと姿かたちが似ている爬虫類と一緒に並べたら、ドラゴンの姿をイメージしやすいかなぁって思ってね。わたしも、ほんのちょっとのきっかけでドラゴンが見えるようになったから」
橋本も彩芽も、生き生きとした表情をしている。
圭吾は、ドラゴンの話が、このまま止まらなかったらどうしようかと思った。もちろん、ドラゴンのことを詳しく知りたい気持ちもある。
だが、それよりも圭吾は、結衣のことが気がかりだった。橋本は本当に、結衣のことを助けてくれるのだろうか。
もうこの人たちに質問をするのはやめておこうと圭吾は思った。一つでも質問すれば、どんどん話が長くなっていきそうだ。
「で、ぼくはと言うと、実はドラゴンが見えない。ほんのこれっぽっちもね」
田中が生真面目な顔で言った。
「えっ! 見えないのに、ドラゴンの研究をしているんですか?」
圭吾はまた質問してしまった。
「橋本さんのことを信頼してるからね。ぼくはどこまでも彼について行くと決めたんだ」
田中がメガネを押し上げた。
「ドラゴンというのはだね……」
田中が続けようとするのを、圭吾はさえぎった。
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