演じる家族

ことは

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1地雷

1-1

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 だから部屋に入る時はノックしてって、いつも言っているでしょ。

 振り向きざまに未来みらいが言おうとしたセリフは、最初の3文字で尻切れになった。

 開けられたドアの向こうに、春子が立っていたからだ。弱々しい視線をこっちに向けて。何かを守るように、背中を丸めて。

 色落ちした紺色のパジャマは、ズボンの丈が少し足りない。そこから覗く素足は、白く細い。ポキっと乾いた音をたてて、今すぐに折れたとしても不思議ではないほどに。

 うっすらと射し込んでいた陽射しが雲に遮られ、部屋から色彩が奪われていく。

 温かい空気が、開けっ放しのドアから逃げていく。代わりに入ってきた冷気が、14歳の未来のやわらかい首筋を、ぞわり、となでた。

 髪と首筋の隙間が心細い。隙間を埋めるように、未来は肩まで伸ばした髪を、首筋になでつけた。

「ごめん、勉強中だった? ハルちゃんが、未来の部屋を見たいんだって」

 妙に明るい声が、冷気を散らした。

 その声で未来は初めて、春子の横に父親が立っているのに気づいた。休みの日によく着ている黒のスウェット姿だ。

 よく考えてみればあたり前のことだった。

 ほとんど寝たきりの春子は、一人では歩けない。春子の細い腕を、父の忠義が、がっちりと支えていた。

 春子の立ち方はとても不安定で、体格のいい忠義に無理やり立たされているかのように見える。その後ろには、母の今日子も、不安げな顔を覗かせて立っていた。

 春子の部屋は1階、未来の部屋は2階にある。春子が階段を上ってくるなんて、それを忠義と今日子が許すだなんて、思いもよらなかった。

 春子の肩が、苦しそうに上下に揺れる。

 読みかけのマンガに挟んだ人差し指は、いつの間にかはずれていた。

 慎重に、だけど意味深長に聞こえないように、極めて自然に聞こえるように、言葉を、選ばなければならない。春子の地雷を踏まないように。

 だけど彼女の地雷は、未来には想像もつかないような場所に隠されている。

 例えば「ハルちゃん」。

 それ以外の呼び方は絶対に許されない。春子の言うことは絶対で、反論してはいけない。それがルールだ。

「入ってもいい?」

 先に口を開いたのは、春子だった。それで会話に自然な流れができて、未来はほっとした。

「いいよ。掃除してないから、汚いけど」

 春子と忠義が二人三脚するように、歩調を合わせて入ってくる。二人とも春子の足元に視線を向けている。

 はっ。と息を飲む音。後から入ってきた今日子のものだった。

 春子と忠義を追い抜いて、未来の顔面にせまる。ほとんど息だけの小声で、急き立てる。

「未来、鏡、鏡。出てる、早く」

 勉強机の上には、折りたたみ式の薄っぺらい鏡が立てかけてあった。

 今日子が体で壁を作る。その影で、素早く折りたたんで机の引き出しにしまう。勢いがついてしまって、引き出しを閉める音がやたらに大きく響く。

「どうかしたか?」

 のんびりした忠義の声に、春子も視線をあげる。

 忠義の鈍感ぶりに、今日子が強い視線を送る。

 今日子はいつだって朝から手抜かりのない化粧を施している。元々派手な顔立ちではないが、気合いの入ったアイラインとマスカラで、目力がすごい。

 平日はきちんとセットしている忠義の髪も、日曜の朝は間が抜けていて、見た目からして負けている。

「なんだ、そんな怖い顔して」

 忠義は手抜かりなく鈍感だ。
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