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2友だち
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3日が経った。
春子は約束を忘れなかった。
「今日も友だちこないの?」
そう聞かれるたび未来は、「友だち今日は塾で」とか、「お母さんと買い物に行くんだって」とか適当な嘘をついた。そうかといって、未来は春子との約束を破るつもりではなかった。
誰を家に連れて行くか。
未来は、授業も上の空で考えていた。
「渡辺さん」
英語の女性教師が、渡辺を指したが返事が返ってこない。沈黙が教室に広がる。
「渡辺恵理さん」
はい、と弱々しい声。注意して聞いていなければ、聞き取れないほどの小さな声だった。
「レッスン2から読んでください」
しばらくして教師が、
「もう少し大きな声で」
と言ったが、それでも恵理の声はほとんど聞き取れなかった。
未来は、斜め後方の席に座る恵理を見た。
量のある黒い髪は、低い位置で二つに束ねられている。
黒ぶちの眼鏡。ほっそりとした顔立ち。うすい唇がわずかに動いて、息のような声がもれてくる。
彼女だ。渡辺恵理にしよう。未来は決めた。
恵理なら、余計なことを喋って春子を怒らせる心配がなさそうだ。
一番後ろの席で、美波が前髪をしきりに気にしてさわっている。
美波の視線は、机の上の教科書よりもずっと下の方。きっと机の下に隠した鏡でも見ているのだろう。
美波の他にも、机の上に立てた教科書の陰でリップを塗り直す子、セーラー服のリボンを何度も結びなおしている子。一部の女の子たちは、授業そっちぬけで身だしなみに余念がない。
男子は居眠りしているか、教科書に落書きしているか。たまに真面目にノートを取っている者もいた。
未来は、前に向き直って、教師が黒板に書き始めたポイントをノートに写した。
誰にするかはもう決めた。もう考えることはない。実行あるのみだ。
◇
昼休み。
みんなが給食を食べ終わる頃、チャンスがやってきた。
「未来。トイレ、いこ。歯磨き、するでしょ」
美波が誘ってきた。手には、ラメの入ったピンクのポーチ。
「ごめん、先、行ってて」
未来はとっくに食べ終わった給食を、慌てて片づけるふりをした。
「まだ食べ終わったばかり? 早食いの未来がめずらしいねー。じゃ、先、行っているから」
美波がくるりと背中を向けると、ポニーテールが追いかけるように揺れた。
美波は歯磨きの後、決まって毎日髪を結び直す。しばらくはトイレから戻ってこないはずだ。
クラスメイトたちは、ほとんどが教室の外に出て行った。残っているのは、給食当番の人たちと、いつも昼休みを教室で過ごす数人だけだ。
未来は素早く給食の後片付けをすると、恵理の席に向かった。
恵理は席で本を読んでいた。
「恵理ちゃん。何、読んでいるの?」
恵理は、あっと短く呟いて、本の表紙を未来に見せた。
「ふーん。何か難しそう」
未来には、読めない漢字が書いてあった。
「おもしろい?」
「うん。まぁまぁ。もうすぐ読み終わるから、貸そうか?」
「えっ。いいよ、いいよ」
未来は顔の前で、大きく両手を振った。
本を借りるために話しかけたわけではない。
「あのさぁ。恵理ちゃんって、部活何だっけ?」
「美術部だけど」
「今日も部活あるの?」
「あるにはあるけど、学校で描くかどうかは自由参加なの。決められたテーマの絵を、締め切りまでに顧問に出せばいいだけだから。わたしはいつも家で描いているんだ」
「じゃ、放課後ひま? よかったら、家に遊びにこない?」
え、と言ったきり、恵理は困惑したように未来の顔を見つめた。
「あ、ごめん。いきなり誘ったらびっくりするよね」
恵理は、小さく首を横に振った。
「そ、そういうわけじゃないけど……」
恵理は言葉を探すように、口を開いたままぱくぱくさせている。
未来は、恵理とたまに話をすることはあるが、とりたてて仲がいいというわけではない。
そもそも、恵理が誰と仲が良いのかも未来は知らなかった。
恵理は口数は少ないが、クラスの誰とでも話をすることはする。ただ、未来と美波のように、誰かといつも一緒に行動するということはなかった。
未来は、恵理の隣の席の椅子を借りて座った。
周りを見回して、近くに人がいないことを確認する。
恵理に顔をぐっと近づけた。
「実はね、恵理ちゃんにお願いしたいことがあるんだ。これから言うこと、クラスのみんなには、内緒にしてくれる? もちろん、美波にも」
授業中の恵理のように、聞き取れる限界の小声で話す。
「うん」
恵理の目がわずかに輝いた。
「わたしにできることなら、協力するよ」
「ありがとう。こんなこと頼めるの、恵理ちゃんしかいないんだ」
未来は、春子と会った時のルールを一通り恵理に伝えた。
ハルちゃん、と呼ぶこと。鏡を見せないこと。春子が何かおかしな発言をしても、否定したりしないこと、などだ。
「じゃ、お願いね。また後で」
未来が恵理の席を離れた時、美波が戻ってきた。
「未来、おそいよー。マナちゃんたち、バレーやるんだって。わたし先に外行っているから、未来も早くしてね」
「わかった、すぐ行くー」
廊下を走っていく美波に向かって、未来は明るく大きな声を出した。
春子は約束を忘れなかった。
「今日も友だちこないの?」
そう聞かれるたび未来は、「友だち今日は塾で」とか、「お母さんと買い物に行くんだって」とか適当な嘘をついた。そうかといって、未来は春子との約束を破るつもりではなかった。
誰を家に連れて行くか。
未来は、授業も上の空で考えていた。
「渡辺さん」
英語の女性教師が、渡辺を指したが返事が返ってこない。沈黙が教室に広がる。
「渡辺恵理さん」
はい、と弱々しい声。注意して聞いていなければ、聞き取れないほどの小さな声だった。
「レッスン2から読んでください」
しばらくして教師が、
「もう少し大きな声で」
と言ったが、それでも恵理の声はほとんど聞き取れなかった。
未来は、斜め後方の席に座る恵理を見た。
量のある黒い髪は、低い位置で二つに束ねられている。
黒ぶちの眼鏡。ほっそりとした顔立ち。うすい唇がわずかに動いて、息のような声がもれてくる。
彼女だ。渡辺恵理にしよう。未来は決めた。
恵理なら、余計なことを喋って春子を怒らせる心配がなさそうだ。
一番後ろの席で、美波が前髪をしきりに気にしてさわっている。
美波の視線は、机の上の教科書よりもずっと下の方。きっと机の下に隠した鏡でも見ているのだろう。
美波の他にも、机の上に立てた教科書の陰でリップを塗り直す子、セーラー服のリボンを何度も結びなおしている子。一部の女の子たちは、授業そっちぬけで身だしなみに余念がない。
男子は居眠りしているか、教科書に落書きしているか。たまに真面目にノートを取っている者もいた。
未来は、前に向き直って、教師が黒板に書き始めたポイントをノートに写した。
誰にするかはもう決めた。もう考えることはない。実行あるのみだ。
◇
昼休み。
みんなが給食を食べ終わる頃、チャンスがやってきた。
「未来。トイレ、いこ。歯磨き、するでしょ」
美波が誘ってきた。手には、ラメの入ったピンクのポーチ。
「ごめん、先、行ってて」
未来はとっくに食べ終わった給食を、慌てて片づけるふりをした。
「まだ食べ終わったばかり? 早食いの未来がめずらしいねー。じゃ、先、行っているから」
美波がくるりと背中を向けると、ポニーテールが追いかけるように揺れた。
美波は歯磨きの後、決まって毎日髪を結び直す。しばらくはトイレから戻ってこないはずだ。
クラスメイトたちは、ほとんどが教室の外に出て行った。残っているのは、給食当番の人たちと、いつも昼休みを教室で過ごす数人だけだ。
未来は素早く給食の後片付けをすると、恵理の席に向かった。
恵理は席で本を読んでいた。
「恵理ちゃん。何、読んでいるの?」
恵理は、あっと短く呟いて、本の表紙を未来に見せた。
「ふーん。何か難しそう」
未来には、読めない漢字が書いてあった。
「おもしろい?」
「うん。まぁまぁ。もうすぐ読み終わるから、貸そうか?」
「えっ。いいよ、いいよ」
未来は顔の前で、大きく両手を振った。
本を借りるために話しかけたわけではない。
「あのさぁ。恵理ちゃんって、部活何だっけ?」
「美術部だけど」
「今日も部活あるの?」
「あるにはあるけど、学校で描くかどうかは自由参加なの。決められたテーマの絵を、締め切りまでに顧問に出せばいいだけだから。わたしはいつも家で描いているんだ」
「じゃ、放課後ひま? よかったら、家に遊びにこない?」
え、と言ったきり、恵理は困惑したように未来の顔を見つめた。
「あ、ごめん。いきなり誘ったらびっくりするよね」
恵理は、小さく首を横に振った。
「そ、そういうわけじゃないけど……」
恵理は言葉を探すように、口を開いたままぱくぱくさせている。
未来は、恵理とたまに話をすることはあるが、とりたてて仲がいいというわけではない。
そもそも、恵理が誰と仲が良いのかも未来は知らなかった。
恵理は口数は少ないが、クラスの誰とでも話をすることはする。ただ、未来と美波のように、誰かといつも一緒に行動するということはなかった。
未来は、恵理の隣の席の椅子を借りて座った。
周りを見回して、近くに人がいないことを確認する。
恵理に顔をぐっと近づけた。
「実はね、恵理ちゃんにお願いしたいことがあるんだ。これから言うこと、クラスのみんなには、内緒にしてくれる? もちろん、美波にも」
授業中の恵理のように、聞き取れる限界の小声で話す。
「うん」
恵理の目がわずかに輝いた。
「わたしにできることなら、協力するよ」
「ありがとう。こんなこと頼めるの、恵理ちゃんしかいないんだ」
未来は、春子と会った時のルールを一通り恵理に伝えた。
ハルちゃん、と呼ぶこと。鏡を見せないこと。春子が何かおかしな発言をしても、否定したりしないこと、などだ。
「じゃ、お願いね。また後で」
未来が恵理の席を離れた時、美波が戻ってきた。
「未来、おそいよー。マナちゃんたち、バレーやるんだって。わたし先に外行っているから、未来も早くしてね」
「わかった、すぐ行くー」
廊下を走っていく美波に向かって、未来は明るく大きな声を出した。
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