26 / 45
3幼なじみ
3-8
しおりを挟む
春子は、美波と恵理のことは、全く覚えていなかった。
「友だち連れてくるっていう約束、覚えていてくれたんだね!」
未来が改めて二人を紹介すると、春子は先日と同じように、心から喜んでいる様子だった。
「ハルちゃん、俺のこと、覚えてる?」
翔太が言うと、春子は首をかしげた。
「翔太だよ。中井翔太」
「えっ! 翔君? あの翔君なの? いつもお母さんと一緒に来ていたあの可愛い翔君? すっかり男の子らしくなっちゃって、びっくりだわ。翔君、覚えているわよ、もちろん覚えているわ」
春子は、翔太のことを忘れたわけではなかった。あまりの成長ぶりに、誰だかわからなくなっていただけだった。
「声もずいぶん大人っぽくなっちゃって」
春子が目を輝かせて翔太を眺める。
「未来ちゃんが、翔君連れてきてくれるなんて思ってもいなかったわ」
翔太のことはしっかり覚えているのに、自分がリクエストしたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
「みんな、部活は何をやっているの?」
春子の質問に、美波と恵理は気を悪くすることもなく、一から答えた。
「翔君は?」
「俺はサッカー部」
「へぇ~、かっこいいね。未来ちゃん、こんな素敵な彼氏がいていいなぁ」
「か、かれし!? なんで翔君が彼氏になるのよ」
未来の声が裏返った。
「だって、そうでしょ。翔君、いつも未来ちゃんのこと、お嫁さんにするって言ってたじゃない。ね、翔君?」
春子が、翔太に微笑みかける。
「えー! そうなの? 初耳~」
美波が騒ぐ。
「ちょっと、美波」
「それって、ただの幼なじみじゃないじゃん」
「そうなのよ。未来ちゃんと翔君は、いいなづけってやつなのよ」
春子がなんだか自慢げな顔をする。
「そうよね、翔君?」
「ちょっとハルちゃん、何言い出すの」
未来は体中の血液が、顔に凝縮されていくのがわかった。顔だけが燃えるように熱い。
「悪いけど俺、そんな昔の話、覚えてない」
翔太が顔色ひとつ変えずに言った。
「そ、そうだよね……」
未来は、自分一人熱くなっている顔を早く冷ましたかった。勝手に恥ずかしがって、そのことがもっと恥ずかしかった。
「けど、未来ちゃんは、翔君のことが今でも好きなんでしょ?」
「なんでハルちゃん、さっきからそんなことばっかり言うのよ。わたしが、いつ翔君を好きなんて言った?」
未来の声は苛立っていた。
せっかく春子の頼みを聞いてやったのに、これでは未来をからかうために翔太を呼ばせたようにしか思えない。
「だって、翔君、家に連れてきたじゃない? 好きでもない男の子、普通、連れてくるかなぁ」
「誰のために連れて来たと思っているのよ……」
怒りを含んだ言葉が、未来の口の中で低くつぶやかれた。
苛立ちをこぶしの中に握りしめ、春子には聞こえないようギリギリのところで堪える。
翔太が、未来のこぶしに手をあてた。翔太の大きな手に、ドキっとして、未来は思わず手をひっこめる。
翔太と目が合う。翔太には聞こえていたことを知り、唇をぎゅっと噛みしめる。
「ハルちゃん。未来ちゃんが俺を呼んだのはね……」
だめ。未来は小さな声で、しかし強く翔太に言った。翔太がはっとして、言葉を濁す。
翔太が昔のように、自分のことを未来ちゃんと呼んでくれた。それだけで、未来は涙が出そうになった。
「わたしにも、好きな人、いたのよ」
春子が急にしんみりとした調子で話し出した。
「すごく、すごく、好きだった」
春子はどこか遠くをぼんやりと見つめていて、未来や友だちが同じ部屋にいることを忘れてしまったかのようだった。
「でもね、その人、死んじゃったの」
春子の目から、涙がすーっとこぼれる。
「本当に好きだったんだね」
翔太が、そっと話しかけた。
春子がぱっと翔太の方へ顔を向ける。
「何の話?」
「今、ハルちゃんにも、好きな人がいたって言って……」
「わたし、そんなこと言ってないよ」
「だって」
言い返そうとする翔太を遮って、
「言ってない、言ってない。翔君、またおかしなこと言って、どうしちゃったの? ハルちゃんそんなこと言ってないよ」
と、未来が慌てて言う。
「ハルちゃん、この毛布かわいいね~。苺柄じゃん」
すかさず美波が、話題を変える。
「本当だ。わたしもこういうの、欲しいな~」
恵理がフォローを入れると、春子と三人で雑貨やファッションの話が始まった。春子は話に夢中のようだ。
唖然としている翔太に、未来は小声で謝った。
「昔のことよく覚えているかと思うと、今言ったばかりのこと、忘れちゃうこともあるの。混乱するといけないから、ハルちゃんに話合わせて」
翔太は、小さくうなずいた。
「こっちこそ、ごめん。ちゃんと川瀬から話聞いてたのに」
未来は、初めて美波と恵理を連れて来た日のように、春子が突然怒り出したりしないか心配したが、何事もなく時間が過ぎてほっとした。
「友だち連れてくるっていう約束、覚えていてくれたんだね!」
未来が改めて二人を紹介すると、春子は先日と同じように、心から喜んでいる様子だった。
「ハルちゃん、俺のこと、覚えてる?」
翔太が言うと、春子は首をかしげた。
「翔太だよ。中井翔太」
「えっ! 翔君? あの翔君なの? いつもお母さんと一緒に来ていたあの可愛い翔君? すっかり男の子らしくなっちゃって、びっくりだわ。翔君、覚えているわよ、もちろん覚えているわ」
春子は、翔太のことを忘れたわけではなかった。あまりの成長ぶりに、誰だかわからなくなっていただけだった。
「声もずいぶん大人っぽくなっちゃって」
春子が目を輝かせて翔太を眺める。
「未来ちゃんが、翔君連れてきてくれるなんて思ってもいなかったわ」
翔太のことはしっかり覚えているのに、自分がリクエストしたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
「みんな、部活は何をやっているの?」
春子の質問に、美波と恵理は気を悪くすることもなく、一から答えた。
「翔君は?」
「俺はサッカー部」
「へぇ~、かっこいいね。未来ちゃん、こんな素敵な彼氏がいていいなぁ」
「か、かれし!? なんで翔君が彼氏になるのよ」
未来の声が裏返った。
「だって、そうでしょ。翔君、いつも未来ちゃんのこと、お嫁さんにするって言ってたじゃない。ね、翔君?」
春子が、翔太に微笑みかける。
「えー! そうなの? 初耳~」
美波が騒ぐ。
「ちょっと、美波」
「それって、ただの幼なじみじゃないじゃん」
「そうなのよ。未来ちゃんと翔君は、いいなづけってやつなのよ」
春子がなんだか自慢げな顔をする。
「そうよね、翔君?」
「ちょっとハルちゃん、何言い出すの」
未来は体中の血液が、顔に凝縮されていくのがわかった。顔だけが燃えるように熱い。
「悪いけど俺、そんな昔の話、覚えてない」
翔太が顔色ひとつ変えずに言った。
「そ、そうだよね……」
未来は、自分一人熱くなっている顔を早く冷ましたかった。勝手に恥ずかしがって、そのことがもっと恥ずかしかった。
「けど、未来ちゃんは、翔君のことが今でも好きなんでしょ?」
「なんでハルちゃん、さっきからそんなことばっかり言うのよ。わたしが、いつ翔君を好きなんて言った?」
未来の声は苛立っていた。
せっかく春子の頼みを聞いてやったのに、これでは未来をからかうために翔太を呼ばせたようにしか思えない。
「だって、翔君、家に連れてきたじゃない? 好きでもない男の子、普通、連れてくるかなぁ」
「誰のために連れて来たと思っているのよ……」
怒りを含んだ言葉が、未来の口の中で低くつぶやかれた。
苛立ちをこぶしの中に握りしめ、春子には聞こえないようギリギリのところで堪える。
翔太が、未来のこぶしに手をあてた。翔太の大きな手に、ドキっとして、未来は思わず手をひっこめる。
翔太と目が合う。翔太には聞こえていたことを知り、唇をぎゅっと噛みしめる。
「ハルちゃん。未来ちゃんが俺を呼んだのはね……」
だめ。未来は小さな声で、しかし強く翔太に言った。翔太がはっとして、言葉を濁す。
翔太が昔のように、自分のことを未来ちゃんと呼んでくれた。それだけで、未来は涙が出そうになった。
「わたしにも、好きな人、いたのよ」
春子が急にしんみりとした調子で話し出した。
「すごく、すごく、好きだった」
春子はどこか遠くをぼんやりと見つめていて、未来や友だちが同じ部屋にいることを忘れてしまったかのようだった。
「でもね、その人、死んじゃったの」
春子の目から、涙がすーっとこぼれる。
「本当に好きだったんだね」
翔太が、そっと話しかけた。
春子がぱっと翔太の方へ顔を向ける。
「何の話?」
「今、ハルちゃんにも、好きな人がいたって言って……」
「わたし、そんなこと言ってないよ」
「だって」
言い返そうとする翔太を遮って、
「言ってない、言ってない。翔君、またおかしなこと言って、どうしちゃったの? ハルちゃんそんなこと言ってないよ」
と、未来が慌てて言う。
「ハルちゃん、この毛布かわいいね~。苺柄じゃん」
すかさず美波が、話題を変える。
「本当だ。わたしもこういうの、欲しいな~」
恵理がフォローを入れると、春子と三人で雑貨やファッションの話が始まった。春子は話に夢中のようだ。
唖然としている翔太に、未来は小声で謝った。
「昔のことよく覚えているかと思うと、今言ったばかりのこと、忘れちゃうこともあるの。混乱するといけないから、ハルちゃんに話合わせて」
翔太は、小さくうなずいた。
「こっちこそ、ごめん。ちゃんと川瀬から話聞いてたのに」
未来は、初めて美波と恵理を連れて来た日のように、春子が突然怒り出したりしないか心配したが、何事もなく時間が過ぎてほっとした。
0
あなたにおすすめの小説
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる