演じる家族

ことは

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4幽霊

4-2

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 点滅する蛍光灯に合わせて、春子の顔に陰が落ちた。

「わたし、呪われているの」

「また、あの女の子の幽霊のこと?」

 春子は黙ってうなずいた。

「おじいちゃん、最近来てくれないわ。それも、みんなあの子のせいだと思う。あの子はわたしに死んで欲しいのよ」

「なんでそんなこと思うの?」

「わたし一人だけが生き残ったから……来た」

 春子の顔がすっと青ざめた。

 パチン、パチンと蛍光灯が音をたてる。

「来ないで」

 春子が、のどの奥から、かすれた声を出した。

「未来ちゃん、助けて」

「彼女、どこにいるの?」

 未来は春子を落ち着かせようと、優しく聞いた。春子の方へゆっくりと歩いていく。

「来ないでー!」

 春子が叫んだ。

 未来は、歩みを止める。春子は未来ではなく、どこか宙の一点を凝視している。

 突然春子が、自分の両手で自分の首を絞めた。喉からくっ、くっ、と奇妙な音が漏れる。

「ハルちゃん!」

 未来は走りよって、春子の手首を掴む。首から離そうとしたが、強い力で引き戻される。

 未来は必死に、春子の指を1本1本はがしていった。

 だが、指はすぐに吸い付くようにして、春子の首に深く食い込んでいく。

 春子の手から、ふいに力が抜けて離れた。

 未来がほっと息をついた瞬間、春子の手は、未来の首を捉えていた。

 喉が締め上げられ、顔の血管が膨張する。未来は驚きのあまり、身動きできない。

「ハルちゃん、やめて……」

 蛍光灯が、パチンとはぜるような音を立てた。

 点滅する明かりの中、春子を見る。春子は、白目を剥いていた。細かく痙攣している。

「きゃー!」

 未来は、春子を無我夢中で突き飛ばして部屋を飛び出した。

「どうしたんだ?」

 忠義の声が追いかけてきたが、振り返らずに2階の自分の部屋へ駆け上がる。

 電気をつけた。机の一番下の引き出しをあける。ノートやら辞書やらマンガやらを全部投げ捨てる。底に眠っているクッキーの缶を取り出した。

 蓋を開けると、3センチほどの小さな白い招き猫がこっちを向いていた。

 招き猫のお腹には、紫色の小さな石がはめ込まれている。

 未来は招き猫を手に取って胸に当てた。目を瞑って呼吸を整える。

――これ、厄除けのお守りだよ。

 死んだおじいちゃんが、そう言って未来にくれたものだった。未来が小学校1年生の時だ。

――みんなには内緒だぞ。

 未来には甘かったおじいちゃんは、招き猫のお守りと一緒に、おこづかいを5千円くれた。

 内緒だと言われたから未来は、おこづかいのこともお守りのことも、家族の誰にも言わずにこっそりしまっておいた。

 呼吸が落ち着いて、未来は目を開けた。

 クッキー缶の中には、5千札が入っている。お父さんやお母さんに内緒にしていることがうしろめたくて、結局使えないまま、お守りと一緒にとってあった。

 明るい部屋で5千円札を眺めていたら、未来は急に現実に引き戻された。

 ドアをノックする音があった。

 未来はすばやくお守りを缶に入れて机の引き出しに戻す。

 今日子が顔を出した。

「未来、何か叫んでいたけど、大丈夫? どうしたの?」

「なんでもない。それよりどうしよう。わたし、ハルちゃんのこと突き飛ばして……。ハルちゃん、大丈夫かな」

「ハルちゃんなら、お風呂入る気になったみたいよ。手伝ってくれる?」

 今日子の返事に未来はほっとした。

 さっきはごめんね、と未来は謝ったが、案の定、春子は何のことかわからない様子だった。

 だが、脱衣所で今日子がタオルなどを用意している時、春子は、
「助けて欲しいの」
と、未来にしか聞こえない声でささやいた。

 未来が、え? と聞き返した時には、春子はもうこっちを見ていなかった。

 春子が自分に助けを求めている。

 だが、未来は忠義と今日子には相談できなかった。

 二人は幽霊のことなんて信じていないし、真面目に取り合う気もないだろう。

 もちろん、未来だって信じているわけではない。

 しかし、それが春子にとっては切実な問題であることは確かだった。
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