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未来がその日、足早に家に帰ると、今日子が食卓で夕飯の下ごしらえをしていた。
「ただいま。今日の夕飯、餃子?」
「あら、未来お帰り。餃子包むの、手伝ってくれる?」
今日子が手を休めずに言う。
「うん。いいけど、ハルちゃんは? 調子はどう?」
「ハルちゃんなら、すっかり元気よ。元気すぎるくらい。お昼ご飯、めずらしくおかわりしたもの。その後、庭にも少し出たのよ」
「そう、なら良かった。ちょっと先にハルちゃんの部屋覗いてくるね」
未来が春子の部屋に行くと、春子はベッドに横になったまま、鼻歌を口ずさんでいた。
「ハルちゃん、ご機嫌だね~」
未来が言うと、春子は照れたように笑った。
「彼女、また来てくれたのよ」
春子は自然にこぼれる笑みをすくうように、口を手で押さえた。
「彼女の正体、わかったのよ。というより、もうずっと昔から知っていたんだけど、今の今まで忘れていたみたいなの、わたし」
春子が嬉しそうにすればするほど、未来は胸騒ぎがした。
「彼女が誰かって、聞かないの?」
春子は喋りたくて仕方がない様子で、未来を上目遣いに見た。
「誰、なの?」
未来は促されるままに、そう聞いた。
「病気で死んだ、双子の妹よ」
「そう」
「それだけ? もっと、他に何かないの?」
未来の短い返事に、春子は不満げに口をへの字に曲げた。
「でも、おかしいわね……」
春子の視線が、宙をさまよった。
「彼女が死んだのは、何十年も前だって言ってた。でも、彼女が死んだのは14歳の時で、わたしも今、14歳で……だとしたら、彼女が死んだのはつい最近ってことになる」
春子が首を捻る。
考えこむように一点を見つめ、ふいに何かに気づいたように顔を上げた。みるみるうちに、顔色が悪くなっていく。
「他にもおかしなことがあるわ。わたしの双子の妹って、未来ちゃんよね? 双子じゃなくてわたし、三つ子だったってこと? それとも……」
春子は頭を押さえて、布団に顔をうずめた。やがて、布団から恐怖に歪んだ顔が現れた。
「幽霊の、正体って、もしかして、未来ちゃん、なの?」
春子が、一言一言区切るように言う。
混乱しているのが表情でわかった。
「わたしは、幽霊じゃないよ」
未来は、できるだけ落ち着いた声で言った。
春子が悲しそうな顔をする。
「自分が死んだことに、気がついていないのね。可哀相に」
春子は深い深い哀れみの目をしていた。
その目に見つめられていると、未来は一時的に記憶喪失になった時のように、世界が足元から崩れ落ちていくような錯覚に陥った。
虚構の世界に生きているのは、本当に春子なのか。それとも自分なのか。
春子の混沌とした思考に、自分の脳まで支配されそうな気がした。
春子が、ぬっと未来の方に手を伸ばした。
「わたしの大事な妹……あなたは、もう死んでいるの。でも、心配いらないわ。わたしもすぐ逝くから。小さい頃からずっとずっと一緒だったんだもの。もう、離れたりしないからね」
未来は金縛りにあったように、身動きひとつできなかった。
春子がすっと目を閉じた。
「ハルちゃんっ」
未来は、反射的に駆け寄った。
すー、すー、と春子の規則正しい寝息が聞こえてきた。
「ただいま。今日の夕飯、餃子?」
「あら、未来お帰り。餃子包むの、手伝ってくれる?」
今日子が手を休めずに言う。
「うん。いいけど、ハルちゃんは? 調子はどう?」
「ハルちゃんなら、すっかり元気よ。元気すぎるくらい。お昼ご飯、めずらしくおかわりしたもの。その後、庭にも少し出たのよ」
「そう、なら良かった。ちょっと先にハルちゃんの部屋覗いてくるね」
未来が春子の部屋に行くと、春子はベッドに横になったまま、鼻歌を口ずさんでいた。
「ハルちゃん、ご機嫌だね~」
未来が言うと、春子は照れたように笑った。
「彼女、また来てくれたのよ」
春子は自然にこぼれる笑みをすくうように、口を手で押さえた。
「彼女の正体、わかったのよ。というより、もうずっと昔から知っていたんだけど、今の今まで忘れていたみたいなの、わたし」
春子が嬉しそうにすればするほど、未来は胸騒ぎがした。
「彼女が誰かって、聞かないの?」
春子は喋りたくて仕方がない様子で、未来を上目遣いに見た。
「誰、なの?」
未来は促されるままに、そう聞いた。
「病気で死んだ、双子の妹よ」
「そう」
「それだけ? もっと、他に何かないの?」
未来の短い返事に、春子は不満げに口をへの字に曲げた。
「でも、おかしいわね……」
春子の視線が、宙をさまよった。
「彼女が死んだのは、何十年も前だって言ってた。でも、彼女が死んだのは14歳の時で、わたしも今、14歳で……だとしたら、彼女が死んだのはつい最近ってことになる」
春子が首を捻る。
考えこむように一点を見つめ、ふいに何かに気づいたように顔を上げた。みるみるうちに、顔色が悪くなっていく。
「他にもおかしなことがあるわ。わたしの双子の妹って、未来ちゃんよね? 双子じゃなくてわたし、三つ子だったってこと? それとも……」
春子は頭を押さえて、布団に顔をうずめた。やがて、布団から恐怖に歪んだ顔が現れた。
「幽霊の、正体って、もしかして、未来ちゃん、なの?」
春子が、一言一言区切るように言う。
混乱しているのが表情でわかった。
「わたしは、幽霊じゃないよ」
未来は、できるだけ落ち着いた声で言った。
春子が悲しそうな顔をする。
「自分が死んだことに、気がついていないのね。可哀相に」
春子は深い深い哀れみの目をしていた。
その目に見つめられていると、未来は一時的に記憶喪失になった時のように、世界が足元から崩れ落ちていくような錯覚に陥った。
虚構の世界に生きているのは、本当に春子なのか。それとも自分なのか。
春子の混沌とした思考に、自分の脳まで支配されそうな気がした。
春子が、ぬっと未来の方に手を伸ばした。
「わたしの大事な妹……あなたは、もう死んでいるの。でも、心配いらないわ。わたしもすぐ逝くから。小さい頃からずっとずっと一緒だったんだもの。もう、離れたりしないからね」
未来は金縛りにあったように、身動きひとつできなかった。
春子がすっと目を閉じた。
「ハルちゃんっ」
未来は、反射的に駆け寄った。
すー、すー、と春子の規則正しい寝息が聞こえてきた。
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