演じる家族

ことは

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 未来は息を飲んで立ち止まった。

 春子が再び鏡を覗く。

「わたしの顔、すごい皺だねぇ。笑うともっとすごいわ」

 そう言って春子が、ニッと作り笑顔をする。

「髪も真っ白。年を取ったもんだねぇ。ねぇ清次郎さん?」

 春子が宙に向かって呼びかける。

「離れ離れになっていた澄江ちゃんとも、やっとこれで一緒にいられるんだねぇ。けど、澄江ちゃんは14歳の若い姿のままだから、わたしばっかり年寄りみたいで困っちゃうわ」

 春子がうふふと笑う。

「ハルちゃん、全部思い出したの?」

 未来が聞くと、春子が頷いた。

「未来。もう、双子の妹を演じる必要なんかないんだよ。ハルちゃんなんて呼ばなくていいんだよ」

 未来と忠義と今日子は、うっかり他の呼び方で呼ぶことのないよう、春子がいない場所でもハルちゃんと呼ぶようにしていた。

 今ではもう、すっかりハルちゃんという呼び方が定着していた。だから今さらハルちゃんと呼ぶなと言われても、未来はかえって気恥ずかしい気がした。

「未来、今までありがとうね。年寄りの我がままに付き合わされて、辛かっただろうね。悪かったねぇ。未来は本当に優しい子だよ」

 春子が、未来をいたわるように優しく話す。

 未来は目を瞑って深呼吸した。

「……おばあちゃん」

 声に出してみると、呪縛が解けたかのように未来の体中から力が抜けていった。これまで、どれほど肩に力が入っていたのか、初めて気がついた。

「今日子さん。あなたにも、いっぱい迷惑をかけたね。どう感謝していいのかわからないくらいだよ。今まで本当にありがとう」

「お義母さん……」

 今日子が唐突に、嗚咽をもらした。

 未来が後ろを振り返ると、今日子は顔を抑えて泣き崩れていた。肩を激しく上下させている。

 未来は見てはいけないような気がして、すぐに前に向き直った。

 すると今度は、忠義の肩が震えているのが目に入った。

 未来は、自分以上に両親が、これまでどれだけ感情を押さえ込んでいたかを推し量ると胸が切なくなった。

 春子の呼吸が荒くなった。

「忠義……」

 春子の言葉が途切れる。

「母さん」

 忠義が春子の手を握る。

 鏡が、床に落ちる。

 春子はいったん目を閉じて、再び薄く開いた。

「本当にいい家族に恵まれたねぇ……。わたしは、本当に幸せだったよ」

 春子の目が、急に虚ろになる。口をパクパクさせたが、声が出てこない。

 ようやく聞こえた言葉は、もうだめみたい、だった。

「母さん。おい、しっかりしろ。さっきまで、いっぱい喋ってたじゃないか」

 忠義が、春子の頬を叩く。

 春子の反応がない。パシッと音が聞こえるほどに、忠義が春子の頬を叩く。何度も叩く。おい、しっかりしろ。

 春子が口を開いた。

「み、らい……」

「おばあちゃん、何?」

 未来は春子の枕元に駆け寄った。春子の口元に、耳を寄せる。

「清次郎さんが、招き猫のお守り、大切にしてねって……」

「何で、おばあちゃんがお守りのこと知っているの? おじいちゃんに内緒だって言われたから、わたし、誰にも言ってないのに」

 春子は宙の一点を見つめたまま、何も答えない。

「まさか……。本当におじいちゃんがいるの? 今、ここにいるのね?」

 春子がかすかに頷いたように感じた。何かを探すように、両手を上に伸ばす。

「せいじ……さんが、ほ、お、を……」

 その時、未来は頬に温度を感じた。暖かい。大きな手で両頬を包まれているようだった。

「おじいちゃん、いるんだね」

 未来は、自分の頬にそっと手をあてた。

 伸ばした春子の手から、すぅーっと力が抜けていった。

「母さん!」

 忠義が怒ったように叫ぶ。

 今日子の嗚咽が激しくなった。

 目を閉じた春子の顔に、一瞬穏かな笑みが浮かんで、消えた。

「おばあちゃん! おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん! おばあちゃん!」

 未来は狂ったように呼び続けた。

「救急車!」

 我に返ったように忠義が叫ぶ。

 今日子が電話をかけるため、ドタバタと部屋を出て行った。
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