おばけ育成ゲーム

ことは

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15 だから伝えたい

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 ジリジリとけたたましい音が鳴る。

 布団にもぐったまま、里奈は目覚まし時計を手で探った。

「モモちゃん、おはよう」

 里奈はあくびをしながら、布団から起き上がる。

 カーテンの隙間から朝日がさしこんでいる。

 部屋には誰もいない。

「そうだ。モモちゃん、いないんだった」

 登校する時も、里奈の隣にモモちゃんはいない。

 わかっているのに、すぐに見上げてしまう。振り向いてしまう。

 もしかしたらそこに、モモちゃんがフワリフワリと飛んでいるかもしれない。そう期待してしまう。

「モモちゃん、さみしいよ」

 里奈は空を見上げてつぶやいた。

   ◇

 教室に入り、自分の席につくと、すぐにアリサが話しかけてきた。マキも一緒だ。

「ねぇ、里奈ちゃん。わたし、ついに買っちゃった!」

 アリサが嬉しそうに言う。

「なにを買ったの?」

「福袋。もちろん、おもちゃのハッピーランドのやつ」

 アリサが、ブイサインを突き出す。

「おこづかい、まだ残ってたの?」

 マキがうらやましそうに言う。

「臨時収入があったの」

「なにそれ?」

「GMプラザの福袋に入ってたのって、全部赤ちゃん向けのおもちゃだったんだ」

 アリサがもったいぶったように、間を開ける。

「で、なに? 臨時収入って?」

 マキが先をうながす。

「昨日ね、親戚のお姉さんが来てその話したら、もうすぐ赤ちゃんが生まれるからって、1,500円で買い取ってくれたの」

「よかったじゃん!」

 マキがアリサの肩を叩く。

「それで、おもちゃのハッピーランドの福袋はどうだった?」

 里奈は胸をドキドキさせながら聞いた。

「里奈ちゃんの言った通り、すごくよかったよ!」

 アリサは満面の笑みを浮かべている。

「なにが入ってたの?」

 マキが身を乗り出した。

「水玉のかわいいペンポーチと、ぬいぐるみが二つも入ってたの」

「どんなぬいぐるみ?」

 マキが興味津々の様子で聞く。

「ウサギとクマちゃん。ふわふわで、めっちゃかわいいの」

「福袋に入ってたのって、三つだけ?」

 里奈は少し残念な気持ちで聞いた。

「あと、一番の大物が一つあるの」

 アリサが得意げな顔をする。

「なに、なに? 早く教えてよ」

 マキがジャンプしながら聞く。

「ゲームだよ」

 アリサの答えに、里奈の心臓が激しく波打つ。

「ゲームってもしかして……」

「キラキラモンスターのゲームソフトでーす!」

 アリサが言うと同時に、
「本当? いいないいなー。わたし、それ持ってないもん」
とマキが身をよじった。

「わたしも。買いたかったけどおこづかいが足りなかったんだ」

 里奈もすかさず言った。

「キラキラモンスターって4千円以上するんだよ」

 里奈はため息をつきながら言った。

「それが千円? ずるーい!」

 マキが声を張り上げる。

「マキちゃんも買えばいいじゃん、福袋」

「だって、キラキラモンスターが入ってるかわからないじゃん。里奈ちゃんのには、入ってなかったんでしょう?」

「うん。わたしのには入ってなかった」

 里奈が言うと、マキが残念そうな顔をする。

「じゃあさ、今日学校終わったら二人とも家に来なよ。一緒にやろうよ、キラキラモンスター」

「やった! わたし、絶対に行く。里奈ちゃんも行くでしょ?」

 マキが里奈の方を向く。

「うん。行く、行く」

「すっごい楽しみだね」

「うん、楽しみ楽しみ」

 そう口にしながら里奈は、モモちゃんの姿を思い出していた。

(大きくなったかな、モモちゃん)
 
   ◇

 アリサの部屋で、三人は順番に携帯ゲーム機でキラキラモンスターをプレイした。

 里奈の番が終わって、今は2回目のマキの番だ。

「やっぱり面白いね、キラキラモンスター」

 里奈はアリサに話しかけた。

「待っている間、これで遊ぼうよ。これも福袋に入っていたの」

 アリサが持ってきたのは、白いクマのぬいぐるみだ。

「あ、これおしゃべりクマちゃん?」

「そうだよ。知ってるの?」

「わたしの福袋には、このクマの茶色い子が入っていたの」

 里奈はクマぬいぐるみの頭をなでた。

「じゃぁ、もう知ってるか。おしゃべり機能のこと」

「まだ飾ってあるだけで、おしゃべりさせたことないんだ」

 里奈が言うと、アリサはクマに向かって、
「わたし、アリサちゃん。よろしくね」
とかわいい声でしゃべった。

 アリサがクマのぬいぐるみを里奈の方に向かせる。

『わたし、アリサちゃん。よろしくね』

 クマのぬいぐるみが、アリサの声でしゃべる。

「えっ、なんで、なんで?」

 里奈が目を丸くすると、アリサがケラケラと笑った。

「なにやってるの?」

 マキもゲームから目を離して、ぬいぐるみを見る。

「こっちが録音のスイッチね」

 アリサが、クマの右手をつかむようにして押す。

「里奈ちゃん、どうしてぼくの友だちの、チャイクマちゃんと遊んでくれなかったの?」

 アリサがクマに向かって話す。

「で、こっちが再生ボタン」

 アリサがクマの左手を押す。

『里奈ちゃん、どうしてぼくの友だちの、チャイクマちゃんと遊んでくれなかったの?』

 クマのぬいぐるみから、アリサの声が流れてくる。

「なにこれ、おもしろーい。やらせて、やらせて」

 マキが、目を輝かせる。

(そういえばモモちゃんも、このぬいぐるみで遊びたがってたな)

 里奈が落ちこんでいた時に、モモちゃんが机の本棚からぬいぐるみをひっぱり出してきたことを思い出す。

 里奈はあの時、モモちゃんの相手をすることができずに、机の上にふせたまま寝てしまった。

「録音時間は十秒までだよ」

 アリサがマキに、クマのぬいぐるみを渡した。

 マキがクマのぬいぐるみに向かって話しかける。

「ねぇ里奈ちゃん、ぼくの話を聞いて。えっと再生はどうするんだっけ?」

 マキがアリサに聞く。

 アリサがクマの左手を握るようにしてボタンを押す。

『ねぇ里奈ちゃん、ぼくの話を聞いて。えっと再生はどうするんだっけ?』

「余計なところまで入っちゃったよ」

 アリサとマキがゲラゲラ笑う。

 里奈も一緒になって笑った。笑いながら、なにかを思い出しそうになる。

『ねぇ里奈ちゃん、ぼくの話を聞いて。えっと再生はどうするんだっけ?』

 マキがまた、再生ボタンを押す。

『ねぇ、里奈ちゃん、ぼくの話を聞いて』

『ねぇ、里奈ちゃん、ぼくの話を』

 マキが再生ボタンをやたらに連打する。

 アリサがお腹を抱えて笑っている。

「モモ、ちゃん?」

 里奈はつぶやいた。

 笑い転げているアリサとマキには、里奈の声は聞こえていないようだ。

 モモちゃんが空に飛んで行くときに言っていたこと。途切れ途切れにしか聞こえなかったモモちゃんの言葉を、里奈は必死で思い出そうとした。

 里奈ちゃん……のぬいぐるみ……聞い……。

「もしかして!」

 里奈が叫ぶと、アリサとマキがこっちを見た。

「どうしたの?」

 アリサが笑いすぎて出た涙をふきながら聞く。

「わたし、大切な用事思い出しちゃった。ごめん。今日はこれで帰るからまた遊んで」

「いいよ。今度は里奈ちゃんのクマちゃんも持ってきてよ」

「うん。わかった」

 里奈がそう言うと、ぬいぐるみがまたしゃべった。

『ねぇ里奈ちゃん、ぼくの話を聞いて。えっと再生はどうするんだっけ?』

 アリサとマキが大爆笑する。

「また遊ぼうねー」

 マキがぬいぐるみの手を持って振った。

「またね」

 里奈は二人とぬいぐるみに手を振り返した。

   ◇

 里奈は走って家に帰った。

 玄関で靴を脱ぐ。靴が土間に散らばったが、そのままにした。

「里奈、もう帰ったの?」

 リビングからお母さんの声が聞こえてくる。

「うん、ただいまー」

 声を張り上げながら、階段をドタバタと上がった。

 体当たりするように自分の部屋のドアを開ける。

 里奈は、机の上の本棚にある、茶色いクマのぬいぐるみを抱き上げた。

 腕についたタグもつけたままだった。タグの裏には録音機能の説明が書いてある。

 説明書を読まなくても、使い方はもうわかる。

 だが、里奈は説明書を確認した。間違えてはならないからだ。

 録音のボタンは右手。再生は左手。

 間違って右手を押してしまったらアウトだ。すべてが消えてしまう。

 里奈は深呼吸をした。

 クマの左手に、軽く手を当てる。

 もしかしたら、なにも入っていないかもしれない。

 でも、もしかしたら。

 里奈は、クマの左手を強く押した。

 鼓動が激しくなる。

 クマのぬいぐるみから、声が流れてきた。

『録音ボタンを押してっと……』

 モモちゃんの声だ。

『どんなに遠く離れても、モモちゃんの心は里奈ちゃんといつでも一緒だよ。モモちゃんはね、里奈ちゃんのことが、とっても、とっても、とっても、とっても、とっても、だー』

 ブツリと音声が途切れる。

 里奈は胸が苦しくなって、クマのぬいぐるみを抱きしめた。

 ぬいぐるみはふわふわで、まるでモモちゃんを抱きしめているみたいだった。

「モモちゃんってばもう。途中で切れてるじゃん。とってもとってもって何度も言い過ぎだから!」

 言いながら、涙があふれてくる。

 涙が口に入ると、塩辛い味がした。

 里奈の胸の中で、風船が膨らんだような感覚がした。

 なみだ、いただきまぁす! もっとしょっぱいのちょうだい!

 そう言っているモモちゃんの声が聞こえた気がした。

「モモちゃん?」

 きっと今、モモちゃんは宇宙のどこかで、大きく膨らんでいる。

 里奈が吐き出した気持ちは、宇宙の果てまで飛んでいく。モモちゃんのいる場所ならどこへでも飛んでいくのだ。

 だから伝えたい。

 心の中にある気持ちを伝えたい。

 伝えたい人にちゃんと伝わるように。

 言葉と態度で真っ直ぐに伝えたい。

 里奈にメッセージを残してくれたモモちゃんに、里奈の気持ちを全部受け止めてくれるモモちゃんに。

 里奈はもう一度、再生ボタンを押した。

『録音ボタンを押してっと……』

(おっちょこちょいのモモちゃん)

 里奈はクスリと笑った。

『どんなに遠く離れても、モモちゃんの心は里奈ちゃんといつでも一緒だよ。モモちゃんはね、里奈ちゃんのことが、とっても、とっても、とっても、とっても、とっても、だー』

「いすきだよっ!」

 里奈はモモちゃんの声に続けて言った。

 里奈はぬいぐるみを抱えたまま、窓を開けて空を見上げた。 

 青い空を、白い雲がゆっくりと流れていく。

「ねぇモモちゃん」

 里奈は呼びかけた。

 気持ちのいい風が吹きこんできて、白いレースのカーテンがふわりと膨らんだ。

 モモちゃんが返事をしてくれたみたいだった。

「ありがとう」

 宇宙の果てまで届くように、里奈は心をこめて言った。        
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