ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~

ことは

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5 盗み聞き

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 廊下に他の人はいない。プライバシーを守るため、わたしたちが会うのは、滝沢先生一人だけ。研究の助手はいないし、病気にかかった時も、看護師はつかない。

 それがマーメイド研究所のルールだ。

 わたし以外にマーメイドの研究に協力している人がいたとしても、完全に時間が区切られていて、他の人とは絶対に会わないようなシステムになっている。

 わたしたちの秘密は絶対に守られるのだ。

 盗み聞きなんて、しちゃいけないことだとはわかっている。

 でも、滝沢先生とお母さんはわたしになにか隠しているみたいだった。わたしはそれがなにか知りたい。

 自分のことだもん。知って当然でしょ。

 ドアに耳をぴったりつけた。

 滝沢先生とお母さんがなにかしゃべっているのはわかる。

 だが、分厚いドアがじゃまをして、なにをしゃべっているのかまでは聞き取れない。

「注射をやめるなんて、絶対にダメです!」

 お母さんが、突然声を荒げるのが聞こえた。

「試してみたいんだ。桜ちゃんは、特別強い力を持って……」

 滝沢先生の声も、興奮したように大きくなったが、お母さんがその声をさえぎった。

「ダメです。それならもう、わたしたちは先生の研究に協力しません」

 お母さんが、ヒステリーに叫ぶ。

「ぼくの研究に協力しないと言うなら、結局注射を打てなくなるがいいんですか?」

「先生には、子どもを持つ親の気持ちがわからないんだわ」

 お母さんの声が震えている。

「ぼくにだって息子がいる。ちょうど桜ちゃんと同い年のね」

 沈黙が続いた。今、滝沢先生とお母さんは、にらみ合っているのかもしれない。

 滝沢先生に子どもがいるなんて初めて知った。

 滝沢先生は忙しくて、出張で東京にもよく行くし、ほとんど研究所に泊まっていて、めったに家にも帰らないと前に言っていた。

 だから、結婚していないんだと勝手に思っていた。

 わたしと同い年の男の子か。先生の子どもって、どんな子なんだろう。

 その時ふと、隼人くんの顔が思い浮かんだ。

 そうだ。滝沢先生がメガネを取った時に似ていると思ったのは山村隼人くんだ。

 苗字が違うから、他人の空似だろうけど、親戚のおじさんにいてもおかしくないくらい似ている。

 わたしは、もう一度ドアに耳をすませた。

 滝沢先生がボソボソと話すのが聞こえたが、声が小さくて内容が聞き取れない。

 お母さんが、失礼しますというのが聞こえた。わたしは慌ててドアから離れ、足音を立てないように、急いでロビーに向かった。

 ロビーにお母さんが現れると、わたしは待ちくたびれたように、わざと伸びをした。

 お母さんは「帰るわよ」と一言いうと、怒ったような足取りで建物の出口に向かった。

 急いでその後を追う。

「次に、マーメイド研究所に行くのっていつだっけ?」

 月に1回と決まっているのに、わたしはとぼけたフリをして聞いた。

 もう行かないわ、という返事が返ってくるのだろうか。わたしは、お母さんの口元を見つめた。

「1ケ月後、いつもと一緒よ」

「ふーん。また注射、打つの?」

「打つわよ」

 そっけない返事が返ってきた。

 注射をやめると、一体なにが起きるのだろう。

 滝沢先生が言っていた特別な力ってなんだろう。

 知りたいような、知りたくないような複雑な気持ち。今は知りたいっていうより、知ることが怖いという気持ちが強かった。

「お母さんは、注射を打たないの? お母さんだって、水に濡れたら足がうろこだらけになっちゃうのに」

 お母さんが、立ち止まった。

「お母さんには、注射は必要ないの」

「どうして?」

「大人だから」

 そう言ってお母さんは歩き始めた。駐車場に向かってどんどん歩いて行ってしまう。

「早く乗って」

 お母さんが、赤い車の助手席のドアを開けて言った。

「わたしも大人になれば、注射を打たなくていいの?」

 助手席に座ると、ドアの前に立つお母さんの顔を見上げて聞いた。逆光で、お母さんの表情はよく見えない。

 お母さんの胸元で、桜貝のペンダントが揺れている。まるでマジシャンが、催眠術をかける時みたいに。

 お母さんはわたしの質問には答えず、勢いよく車のドアを閉めた。

 車の中は熱気がこもっていて、一気に汗がふき出してくる。

 お母さんはエンジンをかけると、エアコンの風量を最大にした。ゴーッと音を立て、生ぬるい風が顔に吹きつけてきた。

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