5 / 14
5 盗み聞き
しおりを挟む
廊下に他の人はいない。プライバシーを守るため、わたしたちが会うのは、滝沢先生一人だけ。研究の助手はいないし、病気にかかった時も、看護師はつかない。
それがマーメイド研究所のルールだ。
わたし以外にマーメイドの研究に協力している人がいたとしても、完全に時間が区切られていて、他の人とは絶対に会わないようなシステムになっている。
わたしたちの秘密は絶対に守られるのだ。
盗み聞きなんて、しちゃいけないことだとはわかっている。
でも、滝沢先生とお母さんはわたしになにか隠しているみたいだった。わたしはそれがなにか知りたい。
自分のことだもん。知って当然でしょ。
ドアに耳をぴったりつけた。
滝沢先生とお母さんがなにかしゃべっているのはわかる。
だが、分厚いドアがじゃまをして、なにをしゃべっているのかまでは聞き取れない。
「注射をやめるなんて、絶対にダメです!」
お母さんが、突然声を荒げるのが聞こえた。
「試してみたいんだ。桜ちゃんは、特別強い力を持って……」
滝沢先生の声も、興奮したように大きくなったが、お母さんがその声をさえぎった。
「ダメです。それならもう、わたしたちは先生の研究に協力しません」
お母さんが、ヒステリーに叫ぶ。
「ぼくの研究に協力しないと言うなら、結局注射を打てなくなるがいいんですか?」
「先生には、子どもを持つ親の気持ちがわからないんだわ」
お母さんの声が震えている。
「ぼくにだって息子がいる。ちょうど桜ちゃんと同い年のね」
沈黙が続いた。今、滝沢先生とお母さんは、にらみ合っているのかもしれない。
滝沢先生に子どもがいるなんて初めて知った。
滝沢先生は忙しくて、出張で東京にもよく行くし、ほとんど研究所に泊まっていて、めったに家にも帰らないと前に言っていた。
だから、結婚していないんだと勝手に思っていた。
わたしと同い年の男の子か。先生の子どもって、どんな子なんだろう。
その時ふと、隼人くんの顔が思い浮かんだ。
そうだ。滝沢先生がメガネを取った時に似ていると思ったのは山村隼人くんだ。
苗字が違うから、他人の空似だろうけど、親戚のおじさんにいてもおかしくないくらい似ている。
わたしは、もう一度ドアに耳をすませた。
滝沢先生がボソボソと話すのが聞こえたが、声が小さくて内容が聞き取れない。
お母さんが、失礼しますというのが聞こえた。わたしは慌ててドアから離れ、足音を立てないように、急いでロビーに向かった。
ロビーにお母さんが現れると、わたしは待ちくたびれたように、わざと伸びをした。
お母さんは「帰るわよ」と一言いうと、怒ったような足取りで建物の出口に向かった。
急いでその後を追う。
「次に、マーメイド研究所に行くのっていつだっけ?」
月に1回と決まっているのに、わたしはとぼけたフリをして聞いた。
もう行かないわ、という返事が返ってくるのだろうか。わたしは、お母さんの口元を見つめた。
「1ケ月後、いつもと一緒よ」
「ふーん。また注射、打つの?」
「打つわよ」
そっけない返事が返ってきた。
注射をやめると、一体なにが起きるのだろう。
滝沢先生が言っていた特別な力ってなんだろう。
知りたいような、知りたくないような複雑な気持ち。今は知りたいっていうより、知ることが怖いという気持ちが強かった。
「お母さんは、注射を打たないの? お母さんだって、水に濡れたら足がうろこだらけになっちゃうのに」
お母さんが、立ち止まった。
「お母さんには、注射は必要ないの」
「どうして?」
「大人だから」
そう言ってお母さんは歩き始めた。駐車場に向かってどんどん歩いて行ってしまう。
「早く乗って」
お母さんが、赤い車の助手席のドアを開けて言った。
「わたしも大人になれば、注射を打たなくていいの?」
助手席に座ると、ドアの前に立つお母さんの顔を見上げて聞いた。逆光で、お母さんの表情はよく見えない。
お母さんの胸元で、桜貝のペンダントが揺れている。まるでマジシャンが、催眠術をかける時みたいに。
お母さんはわたしの質問には答えず、勢いよく車のドアを閉めた。
車の中は熱気がこもっていて、一気に汗がふき出してくる。
お母さんはエンジンをかけると、エアコンの風量を最大にした。ゴーッと音を立て、生ぬるい風が顔に吹きつけてきた。
それがマーメイド研究所のルールだ。
わたし以外にマーメイドの研究に協力している人がいたとしても、完全に時間が区切られていて、他の人とは絶対に会わないようなシステムになっている。
わたしたちの秘密は絶対に守られるのだ。
盗み聞きなんて、しちゃいけないことだとはわかっている。
でも、滝沢先生とお母さんはわたしになにか隠しているみたいだった。わたしはそれがなにか知りたい。
自分のことだもん。知って当然でしょ。
ドアに耳をぴったりつけた。
滝沢先生とお母さんがなにかしゃべっているのはわかる。
だが、分厚いドアがじゃまをして、なにをしゃべっているのかまでは聞き取れない。
「注射をやめるなんて、絶対にダメです!」
お母さんが、突然声を荒げるのが聞こえた。
「試してみたいんだ。桜ちゃんは、特別強い力を持って……」
滝沢先生の声も、興奮したように大きくなったが、お母さんがその声をさえぎった。
「ダメです。それならもう、わたしたちは先生の研究に協力しません」
お母さんが、ヒステリーに叫ぶ。
「ぼくの研究に協力しないと言うなら、結局注射を打てなくなるがいいんですか?」
「先生には、子どもを持つ親の気持ちがわからないんだわ」
お母さんの声が震えている。
「ぼくにだって息子がいる。ちょうど桜ちゃんと同い年のね」
沈黙が続いた。今、滝沢先生とお母さんは、にらみ合っているのかもしれない。
滝沢先生に子どもがいるなんて初めて知った。
滝沢先生は忙しくて、出張で東京にもよく行くし、ほとんど研究所に泊まっていて、めったに家にも帰らないと前に言っていた。
だから、結婚していないんだと勝手に思っていた。
わたしと同い年の男の子か。先生の子どもって、どんな子なんだろう。
その時ふと、隼人くんの顔が思い浮かんだ。
そうだ。滝沢先生がメガネを取った時に似ていると思ったのは山村隼人くんだ。
苗字が違うから、他人の空似だろうけど、親戚のおじさんにいてもおかしくないくらい似ている。
わたしは、もう一度ドアに耳をすませた。
滝沢先生がボソボソと話すのが聞こえたが、声が小さくて内容が聞き取れない。
お母さんが、失礼しますというのが聞こえた。わたしは慌ててドアから離れ、足音を立てないように、急いでロビーに向かった。
ロビーにお母さんが現れると、わたしは待ちくたびれたように、わざと伸びをした。
お母さんは「帰るわよ」と一言いうと、怒ったような足取りで建物の出口に向かった。
急いでその後を追う。
「次に、マーメイド研究所に行くのっていつだっけ?」
月に1回と決まっているのに、わたしはとぼけたフリをして聞いた。
もう行かないわ、という返事が返ってくるのだろうか。わたしは、お母さんの口元を見つめた。
「1ケ月後、いつもと一緒よ」
「ふーん。また注射、打つの?」
「打つわよ」
そっけない返事が返ってきた。
注射をやめると、一体なにが起きるのだろう。
滝沢先生が言っていた特別な力ってなんだろう。
知りたいような、知りたくないような複雑な気持ち。今は知りたいっていうより、知ることが怖いという気持ちが強かった。
「お母さんは、注射を打たないの? お母さんだって、水に濡れたら足がうろこだらけになっちゃうのに」
お母さんが、立ち止まった。
「お母さんには、注射は必要ないの」
「どうして?」
「大人だから」
そう言ってお母さんは歩き始めた。駐車場に向かってどんどん歩いて行ってしまう。
「早く乗って」
お母さんが、赤い車の助手席のドアを開けて言った。
「わたしも大人になれば、注射を打たなくていいの?」
助手席に座ると、ドアの前に立つお母さんの顔を見上げて聞いた。逆光で、お母さんの表情はよく見えない。
お母さんの胸元で、桜貝のペンダントが揺れている。まるでマジシャンが、催眠術をかける時みたいに。
お母さんはわたしの質問には答えず、勢いよく車のドアを閉めた。
車の中は熱気がこもっていて、一気に汗がふき出してくる。
お母さんはエンジンをかけると、エアコンの風量を最大にした。ゴーッと音を立て、生ぬるい風が顔に吹きつけてきた。
0
あなたにおすすめの小説
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
マジカル・ミッション
碧月あめり
児童書・童話
小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで
猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。
※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。
※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。
※2026.1.5に完結しました! 修正中です。
【奨励賞】花屋の花子さん
●やきいもほくほく●
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 『奨励賞』受賞しました!!!】
旧校舎の三階、女子トイレの個室の三番目。
そこには『誰か』が不思議な花を配っている。
真っ赤なスカートに白いシャツ。頭にはスカートと同じ赤いリボン。
一緒に遊ぼうと手招きする女の子から、あるものを渡される。
『あなたにこの花をあげるわ』
その花を受け取った後は運命の分かれ道。
幸せになれるのか、不幸になるのか……誰にも予想はできない。
「花子さん、こんにちは!」
『あら、小春。またここに来たのね』
「うん、一緒に遊ぼう!」
『いいわよ……あなたと一緒に遊んであげる』
これは旧校舎のトイレで花屋を開く花子さんとわたしの不思議なお話……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる