2 / 20
第1話 スピンオフ
しおりを挟む
スピンオフ① 木島崇の独白
妹が死んだと聞かされた日、木島 崇は泣かなかった。泣く理由が、分からなかったのだ。
警察は言った。事故だと。大学構内の女神像の前で、足を滑らせただけだと。
「……あいつが?」
由奈は、高いところが嫌いだった。子どもの頃からそうだ。エスカレーターでも必ず手すりを掴むし、階段の端を歩くこともなかった。
そんな妹が、自分から台座に登るだろうか。
答えは、最初から決まっていた。
(事故なわけがない)
木島は、由奈の部屋を整理しながら、スマホを見つけた。ロックは解除されていなかったが、通知だけで十分だった。
三浦。三浦。三浦。名前が、何度も浮かぶ。通話履歴、メッセージ、未送信の下書き。喉の奥が、じくりと痛んだ。警察は、三浦を事情聴取しただけで帰したという。 大学側も、研究上のトラブルは「誤解」で済ませた。――大人たちは、いつだって面倒を嫌う。だから木島は、自分で調べた。匿名掲示板に書かれた、ひとつの投稿。
『彼女を追い詰めた。直接手は出していない。でも、俺が殺したようなものだ』
文体。時間帯。使われている専門用語。
(……お前だな)
木島は、連絡を取った。廃工場での待ち合わせ。もし、警察が来なければ――自分は、何をするつもりだったのか。殴る?問い詰める?それとも――。
答えは、今も出ていない。だがひとつだけ、確かなことがある。妹は、確かに“追い落とされた”。物理的でなくても。言葉と沈黙で。それを、誰にも「事故」で片付けさせたくなかった。
______
スピンオフ② 調査の中の常
天城 恒一。白峰警察署 刑事課・巡査部長だ。天城はこの事件解決前の昼下がりの繁華街。天城は聞き込みをしていると、必ず言われる。
「……え、警察?高校生かと思った」
天城は、ため息をついた。
「いやー、そんなに童顔っすかねぇ」
隣でメモを取っていた部下が、ちらりとこちらを見る。
相馬 澪(そうま みお)。二十五歳。今年配属されたばかりの若手刑事だ。
「私はこの前、年上に見られましたけど」
「え、マジ? 落ち着いてるもんねぇ」
「褒めてます?」
「もちろん」
相馬は、少しだけ苦笑した。二人並ぶと、よく誤解される。――先輩と後輩が逆だ、と。
「まぁ、見た目なんてどうでもいいんすよ」
天城は、歩きながら言う。
「大事なのは、相手が何を隠してるか」
彼は、軽く笑う。冗談めいた口調。警戒心を解くための仮面。相馬は、それを知っている。
「……天城さんって、怖いですよね」
「え、急に?」
「優しい顔して、核心突くじゃないですか」
天城は、一瞬だけ黙った。
「……怖くならないと、守れないものもあるんすよ」
妹のことは、話していない。だが、その影は、常に彼の背中にある。相馬は、少しだけ間を置いて言った。
「私、ついていきますから」
天城は、目を細めた。
「頼もしいっすねぇ。じゃあ、年上に見える部下に任せますか」
「だからそれ、褒めてます?」
二人は並んで、雑踏に溶けていく。
妹が死んだと聞かされた日、木島 崇は泣かなかった。泣く理由が、分からなかったのだ。
警察は言った。事故だと。大学構内の女神像の前で、足を滑らせただけだと。
「……あいつが?」
由奈は、高いところが嫌いだった。子どもの頃からそうだ。エスカレーターでも必ず手すりを掴むし、階段の端を歩くこともなかった。
そんな妹が、自分から台座に登るだろうか。
答えは、最初から決まっていた。
(事故なわけがない)
木島は、由奈の部屋を整理しながら、スマホを見つけた。ロックは解除されていなかったが、通知だけで十分だった。
三浦。三浦。三浦。名前が、何度も浮かぶ。通話履歴、メッセージ、未送信の下書き。喉の奥が、じくりと痛んだ。警察は、三浦を事情聴取しただけで帰したという。 大学側も、研究上のトラブルは「誤解」で済ませた。――大人たちは、いつだって面倒を嫌う。だから木島は、自分で調べた。匿名掲示板に書かれた、ひとつの投稿。
『彼女を追い詰めた。直接手は出していない。でも、俺が殺したようなものだ』
文体。時間帯。使われている専門用語。
(……お前だな)
木島は、連絡を取った。廃工場での待ち合わせ。もし、警察が来なければ――自分は、何をするつもりだったのか。殴る?問い詰める?それとも――。
答えは、今も出ていない。だがひとつだけ、確かなことがある。妹は、確かに“追い落とされた”。物理的でなくても。言葉と沈黙で。それを、誰にも「事故」で片付けさせたくなかった。
______
スピンオフ② 調査の中の常
天城 恒一。白峰警察署 刑事課・巡査部長だ。天城はこの事件解決前の昼下がりの繁華街。天城は聞き込みをしていると、必ず言われる。
「……え、警察?高校生かと思った」
天城は、ため息をついた。
「いやー、そんなに童顔っすかねぇ」
隣でメモを取っていた部下が、ちらりとこちらを見る。
相馬 澪(そうま みお)。二十五歳。今年配属されたばかりの若手刑事だ。
「私はこの前、年上に見られましたけど」
「え、マジ? 落ち着いてるもんねぇ」
「褒めてます?」
「もちろん」
相馬は、少しだけ苦笑した。二人並ぶと、よく誤解される。――先輩と後輩が逆だ、と。
「まぁ、見た目なんてどうでもいいんすよ」
天城は、歩きながら言う。
「大事なのは、相手が何を隠してるか」
彼は、軽く笑う。冗談めいた口調。警戒心を解くための仮面。相馬は、それを知っている。
「……天城さんって、怖いですよね」
「え、急に?」
「優しい顔して、核心突くじゃないですか」
天城は、一瞬だけ黙った。
「……怖くならないと、守れないものもあるんすよ」
妹のことは、話していない。だが、その影は、常に彼の背中にある。相馬は、少しだけ間を置いて言った。
「私、ついていきますから」
天城は、目を細めた。
「頼もしいっすねぇ。じゃあ、年上に見える部下に任せますか」
「だからそれ、褒めてます?」
二人は並んで、雑踏に溶けていく。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる