薄情と共犯

湯呑屋。

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最終話

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 そこからは思い出なんて何もなく、異動の日はすぐにやってきた。


 新大阪駅には、石部さんと戸倉君が来てくれていた。私は、見送りに手をつないで現れた二人の姿を見て胸がいっぱいになった。もちろん、達成感と充実感で、だ。心の底から喜んでいる私のことを二人はやはり理解できないようだった。


 あとはこの別れが、私の目的を完遂させる。袂を分かつときは必ず自分からだ。そうすれば、誤って自分の手を傷つける心配はないから。そして、相手を傷つけることができるから。傷はこびりつき、拭えない。二人を1組たらしめるねじとして私は存在し続け、二人の関係が終わりを迎えるときには、ブラックホールとして居座り続ける。


「まぁ、永遠の別れということでもないですし」


 戸倉君はぶっきらぼうにそう言った。石部さんが彼を肘で小突く。


「寂しいなら寂しいってちゃんと言わないと、取り返しがつかなくなっちゃうよ」


「ちゃんと言葉にするのは苦手なんだよ」


 幸せの形が、目の前にある。私自身は今後経験することがないであろう関係性。私は叙述トリックのカメラマンであり、幸せとはレンズ越しに覗き込むものなのだ。これが今の、欠けた心で掬い取れる最大限の幸せだった。


「ありがとうね。二人とも。私、本当に楽しかったから」


 手を振って、私は二人に背を向け新幹線へと乗り込んだ。母に「そろそろ大阪を発ちます。心配しないでください」とLINEを送る。すぐに「了解」と返事が来て、そのあとに「もうすぐ、優輝の誕生日。12月18日」と続けて送られてくる。


 声を出して笑ってしまった。私が忘れているだろうと思ってこれを送ってくれた母の気持ちが、手に取るようにわかる。あの人には、バレていたのだ。そうだ。優輝は私が電話越しに声を聴かせるだけで、買ったばかりのつるつると光る軟球のような心を取り戻す。ただ悲しいかな、私にはそれを自然に覚えてできるほど、情が通ってはいないのだ。


 きっと母の望んだ幸せからは程遠い人間になってしまった。それでも、なぜか清々しい。


 薄情と共犯。私が、私の納得のためだけにつけた、生活の名前。


「ありがとう。助かった。東京に着いたら連絡する」


 そう母に返信し、私は笑って大阪を去った。
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