春息吹

湯呑屋。

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【真樹視点】第二章

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 アルバイトの経験もなく、とりわけ不器用だった私をよく助けてくれたのが俊くんと楓だった。
 

 初めて会った楓の印象は、飲食店でも平気で濃いメイクをする無意識な自身に溢れた強そうな女の子で、俊くんは気を抜くと前髪がキャップからこぼれる無口な男の子だった。

 
 同い年のよしみで彼らに気に入られた私は、年下の高校生に負けないようにと、クレーム対応からレジの誤作動への対処法などを2人から詰め込まれた。それでも、愚図な私はよくヘマをやらかしては2人に困った笑顔をさせた。


「大丈夫だよ。真樹が頑張ってることは、みんな知ってる」


 そう言って彼らは私を励まし続けてくれた。


 2人がバイトを辞めた後、リーダーは私より3か月遅れで入ったフリーターに決まった。私はいつまでもずっと、頑張ってる真樹のままだった。




 
「へぇ。ハンバーグなんて初めてだな。頑張ったんだ」


 作業着でソファに寝転がる俊くんにそう言われ、私は思わず平皿を落としかけた。カレーだけでは足りないかなと思って急遽作り足したハンバーグがぱぁになるところだった。


「そう、なのかな」


 彼の眼先に置かれた私の頑張ったは、黒く焦げている訳でも、形が歪なわけでもなかった。確かに頑張ったはずだけれど何かが違う。私が褒めてほしいのはきれいに焼けたハンバーグでも、整った部屋でもなかった。


 エアコンの生ぬるい風が二人の間に流れる。市販のサラダも簡単に小皿へ盛り付けてから、2人で「いただきます」と手を合わせる。


「そういえば今日の家さ、おばあさんはいい人なんだけど、あれはお婿さんかなぁ。すっげぇ態度が悪くて。脚立で傷つけたらいけないから車を動かしてくれって言ったら物凄い面倒くさそうな顔して。ヒロキさんがだいぶキレちゃってたんだよね」


 だらだらと話し始める俊くんに「そうなんだ」と適当に相槌を打つけれど、私の耳にはほとんど彼の声は入ってこなかった。頑張った、が頭の中でリフレインする。茶碗を持つためにひっかけている人差し指が少しピリピリする。


「でさ……。真樹? 大丈夫か?」


 俊くんに肩をトントンと叩かれ、私は我に返った。


「大丈夫だよ、ごめんね」


「いや、謝らなくてもいいんだけどさ」


 俊くんはそう言って、またべらべらと話し始める。そんなペースで喋りながら食べてるとカレーは冷めるしハンバーグは乾いちゃうよ、と思うけれど口には出さない。


 彼の使う「大丈夫か?」は挨拶だ。だから、それに対する私の返事は大丈夫しかない。私にできることはこうしておままごとのように俊くんの帰りを待って、彼の愚痴やら何やらを聞くくらいだ。もう俊くんから本心の「大丈夫だよ」や「頑張ってる」が聞けたのは遠い昔のように思えてしまう。


「真樹も頑張ってるんだから、俺もこれから将来の為に頑張っていかないとな」


 ねぇ俊くん。私最近、俊くんとの未来がぽっかり無くなってしまったように見えないよ。
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