[魔女]と忌み嫌われ無理やり[ドラゴンの花嫁]に捧げられた薬草師の嫁入りセカンドライフ

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
8 / 22
:第1章 「薬草師キアラの嫁入り」

・1-7 第7話 「契り」

しおりを挟む
・1-7 第7話 「契り」

 やがて日が暮れ、手術のために血まみれとなってしまった花嫁衣裳を脱ぎ、洞窟の奥に湧き出していた泉の水で身体を清潔にし、持ち込んだ自身の普段着に着替えたキアラは、疲れもあってすぐに眠った。
 ベッドも何もないのでむき出しの岩肌の上に横になって眠ろうとしたのだが、治療をしてくれたことに対する感謝を示そうというのか竜族の背中で眠ることが許されので、その上で横にならせてもらう。
 正直、寝心地は固い岩の上よりはマシ、と言った程度でしかなく、お世辞にも良いものではなかった。
 なにしろ、竜の鱗は硬いのだ。
 ドラゴンキラーと呼ばれる強力な射撃兵器でもなければ、鱗のすき間を狙って、達人がうまく剣や槍を入れなければ貫けないほど強靭な、鎧のような外皮。
 しかしその上で眠るのは、不思議なほど強い安心感があった。
 それは、キアラがこのドラゴンに共感する気持ちを持っていたせいかもしれない。
 人間たちから敵意を向けられ、居場所を奪われた者。
 自分たちの身のかわいさ故に村人たちからよそ者、魔女とそしられ、生贄に捧げられた者。
 どちらも人間たちから理不尽な扱いを受け、居場所を失い、帰る場所もない者同士であった。
 翌日、朝日が顔を出し、地面にぽっかりと空いた円筒形の空洞の底にも日差しが届き始めたころ。
 起き出したキアラは、危うくドラゴンの背中から落ちそうになってしまった。

「きゃ、きゃぁっ!? 」

 悲鳴を上げ、足を滑らせてしまった彼女だったが、幸いにもなんの怪我もせずに済んだ。
 竜族がその翼を広げ、薬草師を優しく受け止めてくれたからだ。
 ———温和で、理性的。
 そのわずかな動作からだけでも、キアラはドラゴンが持つその性質を知ることができた。彼は本来人々から恐れられるような存在ではないはずなのだが、しかし、竜族であるからというだけで恐れられ、あるいは、狙われる。
 それから、朝食にした。
 メニューは昨日薬品と一緒に持ち込んだパンと、チーズと、ベーコン、薄くワインを混ぜた水だ。

「あの……、あなたも、お召しあがりになりませんか? 」
≪ありがたいが、不要だ。我ら竜族は、この世界に遍在する魔力を糧としている。もっとも、食べることそのものが好きな同族もいるが≫

 一応食事を勧めてみたが、いらない、ということなので、一人で食べ始める。
 パンはいわゆる黒パン。麦の実の核の部分だけでなく殻ごとひいて粉にして焼いた庶民が食べるパンで、不純物が多く黒っぽいことからそう呼ばれる。キアラが両手で抱えなければならないほど大きな円形の、平べったい形をしたものだ。
 抱えるほど大きいのは、元々このパンは、三日間アンへデク草を煮込むのにかかりきりにならなければならないためにその間の保存食として数日分の食事に困らないようにとまとめて焼いたものであり、これをその都度ナイフで切り分けながら食べていくからだ。
 チーズは、牛を助けた代金として村の農家から報酬の代わりに現物で受け取ったものだ。長期保存ができるように水分をよく抜いて作った固く濃厚な味わいのもので、これも煉瓦ほどの大きさのずっしりとした塊をナイフで細かく切り分けながら食べる。
 ベーコンは以前猟師から分けてもらったもので、鹿肉だ。家にあった食料の中ではもっとも高価なものであり、置いていくのは惜しかったから持ち込んだものだ。
 水に薄くワインを混ぜるのは、十分に煮沸消毒のできていない水や、沸騰させてから時間の経った水をそのまま飲むと食中毒の原因となる恐れがあるからだ。酒に含まれるアルコールに消毒作用があるからそれを利用して安全に飲めるようにしているのだが、アルコールという存在はまだ明らかにされていないので、こうしているのは経験則に従ってのことだ。キアラは酒をたしなまなかったが、酔っぱらうような濃さはないので安心だ。
 適当な高さのある岩をイスにして腰かけ、もぐもぐ、と食事をしていると、ドラゴンが翼を広げてバサバサと何度か羽ばたいてみせる。
 風が舞い、キアラの髪が躍った。

「驚いた! もう怪我はいいんですか? ドラゴンさん!? 」

 目を丸くした薬草師が口の中の物を慌てて水で喉の奥に流し込んでたずねると、ドラゴンはその長い首を曲げ、頭部を彼女へと向けて双眸を細めた。
 なんとなくだが、微笑んだのだと思えた。

≪まだ、完全ではない。しかし、そなたのおかげで、明日には問題なく飛ぶこともできそうだ。……あらためて、礼を言わせてもらおう。感謝する、人間の娘よ≫

 キアラはほっとして、嬉しくて、誇らしかった。
 あれだけ傷ついていたドラゴンが、もう、明日には飛べるというほどに元気になっている。
 元々の生命力の強さというのもあるのに違いなかったが、薬の効果もあったのだろう。
 ———自分の作った薬は、師匠が教えてくれたそれは、竜族にだって効き目バツグン。
 きっと、誰にでも自慢できることのはずだった。

≪明日になって飛ぶことが叶うようになれば、我は、人間との約定に従い、この地を去るつもりだ≫

 翼を折りたたみ、再び体力を温存するためにその場にうずくまったドラゴンは、じっと、キアラを見つめながらたずねてくる。

≪人間の娘よ。そなたは、どうする? 昨日も言ったと思うが、我は、元より生贄など要らぬ。[ドラゴンの花嫁]などというのは、忌まわしき風習だと考えている。……それに、そなたは真摯に我を手助けしてくれた。これからどうするかは、自由に、そなたの思い通りに決めるが良い≫

「私……、私、は……」

 薬草師は自身の胸に両手を当て身体に押しつけながら若干うつむき、きゅっ、と唇を左右に引き結んで考え込む。
 ———自由に、思い通りにしてよい。
 つまり、このまま村に残るのも、ドラゴンと共に旅立つのも、キアラの望むまま、ということだった。

(村には……、やっぱり、戻れない)

 村での生活は、悪いものではなかった。
 村人たちの多くは善良な人々であり、無知から来る[薬草師という未知の存在]に対する恐怖は持っていたものの、基本的には親切に接してくれた。
 だからこそ、キアラはあの村でなんとか生きていくことができるように、精一杯頑張っていたのだ。
 しかしその信頼関係は、すでに修復不可能なほどに破壊されてしまっている。
 もはや村に自分の居場所などなかった。
 ならばまた、当てもなく放浪の旅を続けるのか。
 それは嫌だと、はっきりと断言できる。
 長い旅路は過酷で、それをもう一度くり返したいとは思わないし、王都から辺境まで旅をし尽くしたキアラには、これ以上探し続けても自分にとっての安住の地は発見できないだろうと思えた。

「……私、やっぱり、貴方と一緒に行きたいです」

 だとすれば、結論は一つだけ。
 薬草師は顔をあげると、真っ直ぐにドラゴンの瞳を見つめながら言った。

「私は、花嫁としてここにやってきました。そして、もう村には戻ることはできません。……私にはもう、貴方の花嫁として生きる以外の道はないと、そう思うんです! ですから、どうか……、どうか! 私も、一緒に! 」

 竜族は、しばらくの間なにも答えなかった。
 ただじっと、その黄金に輝く蛇の瞳で、薬草師の本意を探るように見つめている。

≪分かった。……ならば、共に行こう≫

 お前などいらないと言われたら、どうしよう。
 キアラは不安でたまらなかったが、しかし、自身を受け入れられて嬉しかった。
 まだ自分の居場所があるのだと、必要としてもらえるのだと知れて、これ以上ないほどに安心していた。

≪そなた……、いや、キアラ。我に、名を与えよ≫

 なにも答えず、ただ静かに、暖かな涙をこぼしていた薬草師に、ドラゴンは優しい口調で語りかけて来る。

≪古き盟約により、竜族と人間族とが[契り]を結ぶ時、名を与えることで互いの約定と成すと定められている。……そなたには、すでにキアラという名がある。我も、その名がよく似合っていると思う。ゆえにそなたにはキアラでいて欲しい。しかしながら、我には未だに名がない。……それゆえに、そなたに名付けて欲しい≫

 陰惨な風習であるだけに人々の記憶に残りやすかったのか、[ドラゴンの花嫁]というのがどういうモノなのかは、キアラも知っていた。
 しかし、この[契り]というものがどんな意味を持っているのか、それをするとどうなるのかは、聞いたことがない。
 ———きっと、ずっと、ずっと、人間族が忘れてしまうくらいに長い間、交わされなかったことなのだろう。だから、誰の記憶にも残らなかったのだ。
 だが、それをすることに迷いはなかった。
 ただ自分のことを気づかい、寄り添い、必要としてくれる存在と共にいられるだけで、幸せな気持ちだったのだ。

「……フェリクス。あなたの名は、フェリクス! 」

 しばらく考え込み、やがて脳裏に浮かんできたその名を、キアラは叫ぶように告げる。
 するとドラゴンは、フェリクスはその翼を広げ、ばさり、と力強く羽ばたいてみせた。

≪我が名は、フェリクス。……これより、そなたの伴侶となろう。我が身が続く限り、そなたの命がある限り、我は、キアラと共にあり! ≫
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
 ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。  それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。 「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」 『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。  しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。  家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。  メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。  努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。 『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』 ※別サイトにも掲載しています。

異世界転移したので旅してみました

松石 愛弓
ファンタジー
ある日、目覚めたらそこは異世界で。勇者になってと頼まれたり、いろんな森や町を旅してみることにしました。 ゆる~い感じののんびりほんわかなんでやねん路線の地味系主人公です。 気楽に読めるものを目指しています。よろしくお願いします。毎週土曜日更新予定です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

若返った老騎士の食道楽~英雄は銀狼と共に自由気ままな旅をする~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
あるところに、数百年周期で現れる魔王がいた。 人族から生まれ、闇に魅入られし者、妖魔を統べる魔王と呼ばれる存在。 度々現れては、人々を恐怖のどん底に貶めてきた。 此度、その魔王との戦いに終止符を打った男がいた。 名をシグルド卿といい、六十歳を迎えた老人の男だ。 元平民にも関わらず、爵位を得て史上初の将軍にまで上り詰めた英雄である。 しかし、魔王と一騎討ちの末に相打ちになった……と世間では言われていた。 当の本人は実は生きており、しかも若返っていた。 そして自分が生きていることが知られると、色々と面倒なことになると悟った。 それにどうせなら、自由の身になって世界を旅したいと。 これは役目を終えた英雄が旅をし、様々な人と出会い、美味い物を食べていく物語。

処理中です...