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:序章 「Dooms Day:終末の日」

・0-8 第8話 「最後の一人」

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・0-8 第8話 「最後の一人」

「……生きてる」

 目覚めた時、穣司は、一人きりになっていた。
 あれから三十分程度も気を失っていたらしい。

 ぼやけていた視界がはっきりとし、手足を軽く動かしてみて、目の前のバイザーに少しヒビが入っている以外はどこも負傷していない、ということを確かめた彼は、安堵の吐息を漏(も)らしていた。

 船体の破壊に巻き込まれた際、咄嗟(とっさ)に艇内に倒れこんだのが良かったのだろう。
 そこは脱出艇の内部で、大気圏への突入に耐える程頑強に作られていた艇体がケンタウリ・ライナーⅥの崩壊から彼を守ってくれたらしい。

「他に、生きている奴はいないのか? 」

 自分が安全な状態にあることを確かめると、穣司はすぐに、そう考えた。

 脱出艇のシステムを手動モードで起動させてみる。
 もしまともに動いてくれるのなら、これを使って、生き残った者がいないかどうかを探すことができるはずだ。

 幸いなことに、脱出艇には深刻な損傷は生じていなかった。
 あちこちに破損は検知されているが、航行には支障がない。

 時間はかかるだろうが、太陽系にも、プロキシマ・ケンタウリにもたどりつけそうだし、一度だけなら大気圏への降下も可能そうだった。

 パイロット・シートに腰かけた穣司はセンサーを起動し、まずは、生存反応を探る。
 もし生存者が残っているのなら、こちらが発信した信号に自動的にシステムが反応し、応答が返ってくるはずだ。

 しかし、期待した成果は得られなかった。
 先に分離(パージ)した旅客区画からは多くの反応があったが、それ以外にはなにも。

 つまり、自身と最後まで一緒だった五人の海兵(マリーン)たちは……。

「オレ、一人かよ……」

 涙がこみあげて来る。
 だが穣司はそれを必死にこらえ、そして、救難信号を発信する手順を取る。

 とにかく、乗客たちを救う。
 それが使命だ。
 この事態を伝え、救援に駆けつけてもらわなければならない。

 到着は何年も先のことになるのに違いない。
 だがそれをしないわけにはいかなかったし、もはや、そうすることができるのは穣司だけだった。

 それなのに、エラーが表示される。

「なんでだ!? 」

 原因を探る。

 答えは単純だった。
 純粋に、能力が足りない。

 星間航行を想定したケンタウリ・ライナーⅥには、高性能な通信装置が搭載されていた。
 たとえ数光年離れていようとも信号を到達させられるほどの、強力なものが。
 それによって何か不測の事態が起こった場合には助けを呼べる。

 だが、脱出艇にはそれだけの通信能力がなかった。
 用途が違うし、星間通信に必要な装置は巨大で、たかが二十名程度が乗り込める程度の小型艇には搭載できず、そもそもそれを稼働させるだけの動力も用意できない。
 しかも、破損し、故障している。

「どうすりゃいいんだ……? 
 どうすれば……! 」

 艇外に出て通信装置を確認し、自身の手ではどうすることもできないという分かりきった現実を確認した穣司は、途方に暮れてしまう。

 周囲には、四散したケンタウリ・ライナーⅥの残骸が漂っている。
 大きな破片に、小さな破片。
 不規則に飛散しながら、互いにぶつかり合い、さらに細かに分裂したり、くっついて大きな塊になったり。

 自分ではどうすることもできないのに外にいては危険だ、と判断した穣司は艇内に戻ると、対処法を考え始める。

 もはや、船員は自分一人しか残っていない。
 なにを決めるのも、己だけで行わなければならない。

「確か……、救難信号は、分離(パージ)を行った時点で、旅客区画からも発信されるはずだ」

 マニュアルのそう書かれていたことを思い出した穣司は、きちんと信号が発せられているかを確認する。

 確かに、検知できた。
 付近を航行している船舶に危険を知らせるのと同時に救援を求める緊急信号が発信されている。

 だが、……やはり、強度が足りない。
 星間通信に使用できる通信装置はブリッジに付属する区画にのみ装備されており、それ以外は、せいぜいひとつの星系内で問題なく通信ができる程度の能力しか持たされてはいない。

 このまま、待つ、という手段もあった。
 半年ごとの点検の際に、定時連絡をするという取り決めがある。
 次のそれは半年後だったが、定時連絡がないと分かれば人類側が捜索隊を組織して救助に乗り出してくれるかもしれない。

 それでも、救助が到着するのは早くて数年後。

 しかも、ケンタウリ・ライナーⅥが遭難したのは、星系と星系の間。
 なにもない宇宙空間のただ中だ。

 船体は巨大な構造物だったが、宇宙のスケールはそれとは比較にならないほどに広い。
 これを探す、というのは、地球で言えば、海原に漂う砂粒大の物体を見つけ出すようなものだ。

 様々な装置が投入されるのに違いなかったが、確実ではない。
 現在のケンタウリ・ライナーⅥの位置、そしてその軌道を把握していなければ、発見は難しいだろう。

 安全装置のおかげで、分離(パージ)された旅客区画は自動的に太陽系に向かうようにセットされている。
 だが、到着するとしても数百年後のことであったし、その間に別のトラブルが起きる可能性もあった。

 すでに、何重もの安全措置が施されていたはずのAIが人類への反逆を企てるという、想定外の事態が起こっているのだ。

「やってみるしか、ないか」

 パイロット・シートに腰かけて思案していた穣司は、そう呟く。

 この状況をもっとも詳しく把握しているのは、彼自身であった。
 そして、人類側にこの事件の詳細を伝え、確実に救助を呼ぶことができるのも、自分だけ。

 事件の、たった一人の生き残り。
 十万人の乗客の命運は、穣司が握っている。

 幸い、脱出艇の能力でも太陽系に帰り着くことは可能だった。
 ケンタウリ・ライナーⅥよりもずっと時間はかかるものの、分離(パージ)した旅客区画が流れ着くよりはずっと早く到着できる。

 捜索が難航していたとしても、穣司がもたらした航行データがあれば、発見できる確率は一気に高くなる。

 そう考えて脱出艇の航法コンピュータを起動しようとした穣司だったが、———躊躇(ちゅうちょ)する。

(もし、この艇(ボート)のコンピュータもおかしくなっちまってたら……)

 そんな予感がしたからだ。

 脱出艇に搭載されているシステムは、ケンタウリ・ライナーⅥの運航AIに比べればずいぶんと能力が低い。
 だが、現在の人類社会では多くの場面で利用されているように、この艇(ボート)にも人工知能が使用されている。

 もし、この脱出艇のAIも人類に敵対したら、どうなるのか。

 それでもやはり、太陽系に帰り着くためには使用する他はない。
 覚悟を決めた穣司は、システムを作動させる。

≪おはようございます、ジョウジ・タヒラ一等技術士。
 どのようなご用件でしょうか? ≫
「まずは、船の本体から分離(パージ)して自律航行中の旅客区画の航路データの収集。
 将来の予測も含めて、できるだけ詳しくやって欲しい。
 それから、オレを、太陽系にまで生還させて欲しい」
≪承知いたしました≫

 発せられた機会音声が反逆を企てたAIのものと似ていたのでぎょっとさせられたものの、どうやら正常に機能はしている様子だった。

 ほどなくして、モニターに収集された情報が表示されていく。

 旅客区画の安全装置は正常に作動していた。
 すでに太陽系に帰還するべく軌道修正が開始されており、ゆっくりと遭難した地点から遠ざかりつつある。

 だが、到着するのはおよそ、———五百年後。
 途方もない時間がかかる。

 やはり、このまま穣司が向かって場所を知らせた方が、乗客たちをより早く、確実に救助することができそうあった。

(頼むぜ……)

 どうか、この脱出艇のAIは反逆など企てないで欲しい。
 そう祈るような気持ちで航路を設定すると、≪了解いたしました。これより、太陽系に針路を取ります≫と応答があり、実際に艇(ボート)はそのように進み始める。

 想定される期間は、五十年ほど。
 旅客区画の十分の一の時間だが、その間、ずっと起き続けていては、穣司の寿命は尽きてしまうだろう。

「正直、おっかないけど……。使うしか、ないよなぁ」

 物憂い溜息をつき、穣司は安定航行に入るのを待ってから席を立って、脱出艇の後方に向かう。

 そこには、この艇(ボート)の定員、二十人分の冷凍睡眠ポッドがある。
 長期間宇宙を漂流するという事態に備え、システムが故障したり意図的にいじられたりしない限りは、眠り続けることができるように作られた装置だ。

 そこに入ったが、最後。
 異常がないように装っていたAIが牙を剥(む)き、などという想像が頭の中から消えない。

 だが、より確実に乗客の命を救うためには、それを利用して、生きて太陽系に生還するしかなかった。

「無事に帰れたら……、本当に、地に足をつけよう」

 宇宙船乗りという仕事は好きだったが、さすがに、今回の出来事は[重すぎる]。
 もし無事に目覚めたら、今度は大地に根を下ろし、のんびり、穏やかなスローライフで余生を過ごそうと誓った穣司は、そのまま装置に身を委ね、長い眠りに落ちて行った。
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