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:第9話 「展開」
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:第9話 「展開」
西へ十キロメートル前進し、そこに対戦車陣地(パック・フロント)を形成せよ。
考えてみれば、奇妙な命令であった。
国境はそこからさらに四十キロメートルも先。
とても、こちらの砲弾は届かない。
なぜ、国境地帯で防衛戦を戦っている友軍部隊のために、急ぎ駆けつけろという命令ではないのか。
「司令部や、士官・将校たちには、オレたちに見えないものが見えてるんだ。オレたちの知らないことを知っている。だから、そこに陣地を作れっていうんなら、それが必要なことなんだろうさ」
行軍する途中に違和感を覚え、どうしてこんな命令なのかという議論を始めたミュンター上等兵とメローニ上等兵の会話に割って入り、そう言って制止したのはベイル軍曹だった。
「オレたち兵隊はな、複雑なことは考えなくていい。そんなことに関わっている暇があったら、塹壕を一センチでも深く掘り、自分たちが生き残れる確率を少しでも高めることを考えるんだ。いいか、よく覚えておけよ? 勝者ってのは、最後に生き残っていた方を言うんだ」
余計な詮索(せんさく)など、しても無駄なことに違いなかった。
司令部が得ている情報がどんなものなのか、予定戦場に向かって歩いている分隊の面々には分かるはずもなかったし、そんな状態であれこれ考えたところで空想ばかりが広がり、結論など出せないまま不安だけが大きくなっていってしまう。
そうなる前にきちんと釘を刺したベイル軍曹の言葉は、なんとも頼もしく思えた。
王国はずっとずっと平和であったのだから、彼だって、実戦に参加するのはこれが初めてであったはずなのに。
年の効か、職業軍人として長年勤めるうちに自然と出来上がった風格のおかげだろうか。
行軍は、強行軍であった。
本来ならば、五十分歩いて、十分休憩、というサイクルを取るのだが、移動予定が十キロメートルと決まっており終わりが見えていたことや、王国が戦時に突入したという緊急性を合わせて考えた結果、休憩を取らずにひたすら進み続けることになったのだ。
そうしたおかげで、ちょうど二時間程度で部隊は予定戦場にまで到着することができていた。
馬だけならもっと早くたどり着けるのだが、他の兵士たちはみな徒歩移動なので、結局は歩ける速さが限界になってしまう。
「なるほどな。防衛線を作るには、悪くない地形だ」
初陣ということもあって皆が内心で緊張し、恐れの気持ちを持っていることに気がついているのか、ベイル軍曹は普段よりも口数が多かった。
それは、司令部の奇妙な命令に対する一応の答えでもあり、これから実戦に臨む者たちに対し、わずかばかりでも自信を与えるための、独り言であった。
そこは、ちょっとした高台になっている場所だった。
国境からずっと続いて来る平野部が起伏を持ち、丘陵地帯に変わる場所。
さほど高低差があるわけではなかったが、それでも、平地を突進してくる敵をまず迎え撃つとしたら、この地形を利用しないわけにはいかなかった。
まず、利点として、こちらが高所に陣取れるため、視界が開けるということ。
古典的な手段だが高い所から見渡せば敵の姿がよく観察できるし、そうなれば相手の出方に応じた対処を取りやすくなる。
逆に相手側からはこちらの全容が把握できないため、有効な作戦を取りづらくなるはずだった。
次のメリットとしては、坂道と曲がりくねった道によって敵の進撃の速度が落ちる、ということだった。
こちらは歩兵部隊の随伴のない砲兵部隊だ。軽機関銃や、自衛用の火器の装備はあるものの、戦車に接近され、歩兵部隊が雪崩れ込んで来たら対応が難しい。
敵の速度が落ちるということは接近戦になる前に射撃できる時間が長く取れるということであり、敵により多くの損害を与え、こちらの陣地への突入を許す前に撃退できる可能性を高めることができる。
さらに、防御陣地を構成する上でも有利であった。
丘の上に布陣すれば、稜線(りょうせん)をそのまま、遮蔽物の一部として活用することができる。
急な展開であったから陣地構築に十分な時間が取れないために、こうした自然の地形を利用したかった。
部隊が到着すると、さっそく、無線越しにヴァレンティ中尉からの指示が届く。
≪第三小隊長より、各分隊。我々、第一中隊は、大隊の中央の防衛を担当することとなった。我が第三小隊は二重に構築する陣地の第二線を守る。各分隊は、私のA分隊を基準として、右翼にB分隊、左翼にC分隊。稜線(りょうせん)を利用して防御陣地を構築する。射撃目標は西の方向、方位二七〇。部隊正面、斜面の麓(ふもと)、田園の区切りとなっている防風林に突撃破砕線を設定する。目標までの距離は……、約一千メートル。木々の合間から突進してくる敵戦車、及び歩兵を迎撃する。各員、直ちに築城を開始せよ! ≫
無線越しに聞こえてくる中尉の声は、いつもの落ち着いたものとなっていた。
その様子に、誰もがほっとしたものだ。
ただでさえみな不安がっているのに、こんな時に指揮官までパニックになっていたら、途方に暮れるしかない。
ベイル軍曹が先にも言ったことだったが、下士官、兵よりも、ヴァレンティ中尉のような士官、将校は、司令部に近い立場におり、より多くの情報を受け取っている。
そうした、状況を把握している者がきちんと頭を働かせ、作戦を立ててくれなければ、困ってしまう。
なにしろ、命がかかっている。
「よぉし、みんな、聞いたな!? オレたちB分隊の担当は、A分隊の右翼、その脇を固めることだ! 砲をすえつけろ! 弾薬を下ろせ! あの茂みがちょうどいい、あそこに隠れられるように陣地を作るぞ! さぁ、みんな、地面を掘れ! 深く! 一センチでも深くだ! 」
自分たちの部署が決まったことを知り、ベイル軍曹は一際(ひときわ)大きな声で分隊の面々に発破をかける。
その力強い言葉に背中を押されるように、アランたちは野戦築城に取りかかった。
西へ十キロメートル前進し、そこに対戦車陣地(パック・フロント)を形成せよ。
考えてみれば、奇妙な命令であった。
国境はそこからさらに四十キロメートルも先。
とても、こちらの砲弾は届かない。
なぜ、国境地帯で防衛戦を戦っている友軍部隊のために、急ぎ駆けつけろという命令ではないのか。
「司令部や、士官・将校たちには、オレたちに見えないものが見えてるんだ。オレたちの知らないことを知っている。だから、そこに陣地を作れっていうんなら、それが必要なことなんだろうさ」
行軍する途中に違和感を覚え、どうしてこんな命令なのかという議論を始めたミュンター上等兵とメローニ上等兵の会話に割って入り、そう言って制止したのはベイル軍曹だった。
「オレたち兵隊はな、複雑なことは考えなくていい。そんなことに関わっている暇があったら、塹壕を一センチでも深く掘り、自分たちが生き残れる確率を少しでも高めることを考えるんだ。いいか、よく覚えておけよ? 勝者ってのは、最後に生き残っていた方を言うんだ」
余計な詮索(せんさく)など、しても無駄なことに違いなかった。
司令部が得ている情報がどんなものなのか、予定戦場に向かって歩いている分隊の面々には分かるはずもなかったし、そんな状態であれこれ考えたところで空想ばかりが広がり、結論など出せないまま不安だけが大きくなっていってしまう。
そうなる前にきちんと釘を刺したベイル軍曹の言葉は、なんとも頼もしく思えた。
王国はずっとずっと平和であったのだから、彼だって、実戦に参加するのはこれが初めてであったはずなのに。
年の効か、職業軍人として長年勤めるうちに自然と出来上がった風格のおかげだろうか。
行軍は、強行軍であった。
本来ならば、五十分歩いて、十分休憩、というサイクルを取るのだが、移動予定が十キロメートルと決まっており終わりが見えていたことや、王国が戦時に突入したという緊急性を合わせて考えた結果、休憩を取らずにひたすら進み続けることになったのだ。
そうしたおかげで、ちょうど二時間程度で部隊は予定戦場にまで到着することができていた。
馬だけならもっと早くたどり着けるのだが、他の兵士たちはみな徒歩移動なので、結局は歩ける速さが限界になってしまう。
「なるほどな。防衛線を作るには、悪くない地形だ」
初陣ということもあって皆が内心で緊張し、恐れの気持ちを持っていることに気がついているのか、ベイル軍曹は普段よりも口数が多かった。
それは、司令部の奇妙な命令に対する一応の答えでもあり、これから実戦に臨む者たちに対し、わずかばかりでも自信を与えるための、独り言であった。
そこは、ちょっとした高台になっている場所だった。
国境からずっと続いて来る平野部が起伏を持ち、丘陵地帯に変わる場所。
さほど高低差があるわけではなかったが、それでも、平地を突進してくる敵をまず迎え撃つとしたら、この地形を利用しないわけにはいかなかった。
まず、利点として、こちらが高所に陣取れるため、視界が開けるということ。
古典的な手段だが高い所から見渡せば敵の姿がよく観察できるし、そうなれば相手の出方に応じた対処を取りやすくなる。
逆に相手側からはこちらの全容が把握できないため、有効な作戦を取りづらくなるはずだった。
次のメリットとしては、坂道と曲がりくねった道によって敵の進撃の速度が落ちる、ということだった。
こちらは歩兵部隊の随伴のない砲兵部隊だ。軽機関銃や、自衛用の火器の装備はあるものの、戦車に接近され、歩兵部隊が雪崩れ込んで来たら対応が難しい。
敵の速度が落ちるということは接近戦になる前に射撃できる時間が長く取れるということであり、敵により多くの損害を与え、こちらの陣地への突入を許す前に撃退できる可能性を高めることができる。
さらに、防御陣地を構成する上でも有利であった。
丘の上に布陣すれば、稜線(りょうせん)をそのまま、遮蔽物の一部として活用することができる。
急な展開であったから陣地構築に十分な時間が取れないために、こうした自然の地形を利用したかった。
部隊が到着すると、さっそく、無線越しにヴァレンティ中尉からの指示が届く。
≪第三小隊長より、各分隊。我々、第一中隊は、大隊の中央の防衛を担当することとなった。我が第三小隊は二重に構築する陣地の第二線を守る。各分隊は、私のA分隊を基準として、右翼にB分隊、左翼にC分隊。稜線(りょうせん)を利用して防御陣地を構築する。射撃目標は西の方向、方位二七〇。部隊正面、斜面の麓(ふもと)、田園の区切りとなっている防風林に突撃破砕線を設定する。目標までの距離は……、約一千メートル。木々の合間から突進してくる敵戦車、及び歩兵を迎撃する。各員、直ちに築城を開始せよ! ≫
無線越しに聞こえてくる中尉の声は、いつもの落ち着いたものとなっていた。
その様子に、誰もがほっとしたものだ。
ただでさえみな不安がっているのに、こんな時に指揮官までパニックになっていたら、途方に暮れるしかない。
ベイル軍曹が先にも言ったことだったが、下士官、兵よりも、ヴァレンティ中尉のような士官、将校は、司令部に近い立場におり、より多くの情報を受け取っている。
そうした、状況を把握している者がきちんと頭を働かせ、作戦を立ててくれなければ、困ってしまう。
なにしろ、命がかかっている。
「よぉし、みんな、聞いたな!? オレたちB分隊の担当は、A分隊の右翼、その脇を固めることだ! 砲をすえつけろ! 弾薬を下ろせ! あの茂みがちょうどいい、あそこに隠れられるように陣地を作るぞ! さぁ、みんな、地面を掘れ! 深く! 一センチでも深くだ! 」
自分たちの部署が決まったことを知り、ベイル軍曹は一際(ひときわ)大きな声で分隊の面々に発破をかける。
その力強い言葉に背中を押されるように、アランたちは野戦築城に取りかかった。
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