イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)

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:第41話 「アラン・フルーリーは兵士になった」

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:第41話 「アラン・フルーリーは兵士になった」

 アラン・フルーリーは、決意した。
 必ず、あの戦車を生かしてはおかないと。

 ベイル軍曹が刺し違えようとした敵。
 軍曹だけがいなくなって、戦車だけが生きている。

 そんなことは到底、許すことはできなかった。

 だが、戦車を倒すことは、生身では不可能だ。
 小銃など役には立たないし、手榴弾も、残念ながら使い切ってしまったために持ち合わせがない。

「アラン! どうするつもりなの? 」

 きょろきょろと周囲を見渡して使えるものがないかどうかを探すアランの様子に気づいて、G・Jが心配そうに問いかけて来る。

 その間に、見つけていた。
 まだ一門だけ、使えそうな対戦車砲が残っている! 

 それは、B分隊の陣地にすえつけられていたものだった。
 一撃必殺(ワンショット・ワンキル)。
 その信念を身にまとった、戦友。

「あの戦車を、撃破する。……それが、軍曹の命令だから」

 振り返ることもなく、アランは告げる。

「G・J。手伝って欲しい」

 そう言うと彼は連邦軍の様子を観察する。

 敵の将兵の目は、どうやら爆破された橋の方へ集中しているらしかった。
 それ以外の者も残敵を徹底的に探すように命じられて散らばっていく。

 その様子を確認すると、アランは姿勢を低くしたまま駆け出していた。

 G・Jがついて来てくれているかどうかの確認は取らなかった。
 その必要はないと思ったからだ。

 ここはもはや敵地だった。
 それなのに、アランは敵に気づかれることなく対戦車砲の下にまでたどり着く。

 不気味なほど運が良かった。

 しかも、思った通り砲も動作する様子だった。
 その使い方について正式に訓練を積んでいたわけではなかったが、使用法も分かる。
 側でずっと見ていたからだ。

 だが、砲弾が装填されていない。

「G・J! 徹甲弾を探して! 」

 思った通りついて来てくれていたG・Jにそう言いながら、自分自身も周囲を探す。
 目につくのは、空薬莢ばかりだ。
 塹壕の底にじゃらじゃらと転がっている。

「アラン、これ! 」

 その時、G・Jが使えそうなものを見つけてくれた。

 それは息絶えて横たわっているミュンター上等兵の顔の、すぐそばに、彼の血糊(ちのり)をまとって置かれている。

 これを、使え。
 そう言われているような気がして、アランはすぐにその砲弾に手をのばしていた。

 タングステン合金を弾芯に用いた、特殊徹甲弾。
 その、最後の一発。
 榴散弾を発射するために急いで交換した時に引き抜かれたものだった。

 開かれたままの砲尾に押し込むと、ぴったりと隙間なく納まる。
 そして尾栓を閉じて閉鎖を確認したアランは、簡易照準器を利用して目視しながら、ハンドルを操作して砲を戦車へと向けていく。

 敵は、すでに小川を脱出しつつあった。
 さすがに不整地での走行能力に長けた兵器だ。
 しっかりとキャタピラがかみ合い、段差に運悪くはまってしまったりしない限りは、止められない。

(射撃距離は……、どのくらいだ!? )

 照準器の中に敵の姿を捕えることができたものの、目標までの正確な距離がつかめない。
 残っている特殊徹甲弾は、たったの一発。
 その一発を、万一にも外したくはない。

 距離と言っても、数百メートル。
 適当に撃ってもどこかには命中をさせられるのに違いなかったが、アランはこの一撃で勝負を決めたかった。

 その時、不意に声がした気がした。

 目標、左前方、十時の方向。
 距離、二百メートル。
 目標、敵戦車———。

(ベイル軍曹! )

 もう二度と聞くことができないはずのその声に懐かしさを覚えながら、アランはその指示に従って砲を操作する。

 祝福。
 福音。
 仲間たちが、力を与えてくれている。

 後は、発射するだけ。
 そう思って引き金に指をかけたが、———その手が震えていることに気づく。

(本当に、撃ってもいいのか? )

 これで、命中させられるのか。
 そんな疑問が頭をよぎるのと同時に、忘れていたはずの感覚が蘇って来る。

 生存本能。

 捨て去ったと思っていた衝動が、にわかに湧き上がった。

 せっかく生き残ったのに。
 ここで対戦車砲を発砲してしまえば、敵は、こちらに気づくことになる。
 そうなれば、生還はきっと、できないだろう。

(今さら、なにを! )

 アランは小さく首を振って、歯を食いしばり、その、生物としての自然な、あって当然の欲求を振り払おうとする。

 そんな彼を促すように、なにかが肩に触れた気がした。
 まるで、誰かがそっと手を添えるような感覚。

 カルロ・パガーニ伍長。
 マリーザ・ルッカ伍長。
 ダニエル・ミュンター上等兵。

 亡くなっていた者たちが、そこに[いる]。

 そんな感覚に囚われたアランは、背筋に悪寒を覚えていた。

 自分は、彼らの霊に取りつかれているのか。
 取りついた彼らが、戦えと、そう言っている。
 そんなふうに思えたからだ。

 まるで、呪いのようだと感じる。
 死者が生者を呼び寄せているかのように、戦え、戦えと、催促(さいそく)されている!

 そこに、不意に暖かな感触が触れた。

「G・J……」

 そこには、アランの肩に手を添え、じっとこちらを見つめて来ているジンジャー・ジョーンズの姿があった。

「いいのかい? 本当、に……? 」

 思わず、そうたずねる。

 ここで対戦車砲を放てば、アランだけでなく、彼女だって危ういのだ。

 それで、後悔はしないのか。
 情けない話だったが、アランは自分には導き出せないその答えを、G・Jに問いかけていた。

「はい。……それで、かまいません」

 そばかすの痕の残る、まだ幼い雰囲気も感じさせる顔立ちを持った少女は、はっきりとうなずいてみせた。

 その姿を目にして、全身の震えが止まる。
 恐怖が薄れ、代わって、戦わなければならない、という気持ちが、より強固になって生まれる。

 王国は、戦火に見舞われた。
 決して望んだことなどない、不本意な戦争。
 連邦と帝国という、マグナ・テラ大陸に存在する二大勢力から同時に侵略を受けるという、未曽有の事態だ。

 その戦いは、激しいものとなるだろう。
 そしてそれに敗北すれば、王国はこの地上から消滅し、そこに暮らしていた人々はそれぞれの居場所を追われることとなる。

 降伏したとしても、平和は約束されてはいない。
 すでに戦争状態にある連邦と帝国は、今度は王国という場所を戦場として、激しく戦い続けるのに違いないからだ。
 そしてそこに生きる人々は戦火の中を右往左往とし、時には、占領者となった連邦や帝国から、その先兵として使われることとなる。

 そのような事態を避けるためには、戦わなければならなかった。
 少なくとも王国が自立した国家として存続することを認められ、その主権が尊重され、領土が保全されると約束されない限りは。

 アランたち王国に暮らす人々が、彼ら自身の意志で、なにかを強制されることなく生きていくことのできる、そんな場所を得られるまで。

 きっと、その願いを叶えるのは苦しい道のりになるだろう。
 その権利を回復するためには、多くの血を流して、敵に、彼らの思惑通りには絶対にならない、できないのだと、理解させなければならないからだ。

 言葉だけでそれができたのならば、どんなに良かっただろうか。
 だがすでに侵攻は開始され、血が流され、命が失われている。

 自らがいったい、なにを行っているのか。
 その痛みを、悲しみを、愚かさを思い出すまで、戦い続ける以外にはなくなってしまった。
 もしここで抵抗をやめれば、それを、武力侵略を行った側は自身の成功体験ととらえ、また、武力を用いた侵略をくり返すのに違いないからだ。

 今日、大勢がその命の炎を燃やしきったように、アランも、G・Jも、灰となって消え失せてしまうのかもしれない。
 それでも、———成さねばならない。
 この命がある限り。
 身体の中心で、心臓が鼓動を続けている限り。

 その覚悟が、強固に出来上がっていく。
 迷いが、消える。

(もしかしたら……)

 不意に、脈絡のない情景が浮かんでくる。
 G・Jと、まだ顔もわからない子供たちと、賑やかに食卓を囲んでいる場面(シーン)だ。
 食卓の中央には、ターキー。
 きっと、なにかのお祝い事なのだろう。みなが笑っている———。

 もし。
 もしも生き残ったら。

(こんな未来も、あるのかもしれない……)

 すっかり覚悟が固まったはずなのに、それでも自分のどこかに未練が残り続けていることに口の端を吊り上げて苦笑し、アランはその幸せな空想を振り払う。

 そしてその直後、彼はついに引き金を引き、解き放たれた牙は敵戦車の側面を射抜いていた。

 ———その日、アラン・フルーリーは、兵士になった。

 過ぎ去って行った者たちの想いを、願いを背負い。
 彼らの祝福と、呪いとを、その身に受けて。

 鋼鉄の怪物を屠(ほふ)る、狩人(ハンター)に。
 戦いが終わるその時まで、命が尽き果てるまで、戦い続けなければならない宿命を背負った、兵士に。

 誕歴三千六百九十八年・五月二十四日。
 王立陸軍、第二一七独立対戦車砲連隊・第二大隊は壊滅し、その数百名の人員の生命と共に消失した。

 だが、生き残った者たちにとっての戦いは、まだ、始まったばかりであった……。

────────────────────────────────────────

 開戦から、三日———。
 そのわずかな期間の間に戦われた、短く、激しく、悲壮な戦いは、歴史の中にうずもれることとなる。

 連邦においては、貧弱な三十七ミリ対戦車砲しか持たない敵に対し、最新鋭の兵器を備えた戦車大隊が壊滅させられ、その後の作戦行動にも影響を被るという、失態と言うしかない出来事を覆い隠すために隠蔽されて。
 王国においては、先に脱出した者たちを除いてはほんの数名の生還者しかなく、第二大隊が多大な戦果をあげた戦いについて、語れる者があまりにも少なかったために。

 その戦いの様相は、長く明らかになることがなかった。

 こうして歴史の中に葬り去られ、忘れ去られた戦いの存在が明らかになったのは、戦後、数十年もの年月が経ってからのことだ。
 国際社会の緊張が解け、過去の戦争についての秘密が公開されるようになり、その中で、当時参戦した連邦側の将兵の手記が発表されて、ようやくであった。
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