殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ

熊吉(モノカキグマ)

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:序章 「交通警備員・田中 賢二」

・0-1 第1話 「交通警備員・田中 賢二」

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・0-1 第1話 「交通警備員・田中 賢二」

 ガガガガガガガガガ!
 プレートコンパクタが、耳障りな騒音を響かせながらむき出しになった歩道の路盤を締め固めている。

 プレートコンパクタは、道路工事などでよく使われている締固め機械と呼ばれる道具の一種だ。
 配管工事などのために掘り起こした路盤を埋め戻した後、その路盤を締め固めるために振動を加えるもので、作業員が手に持って使う。

 より大型の締固め機械の方がより強固に路盤を締め固めることができるのだが、作業範囲が狭い場合や、締め固めるべき路盤の厚さが薄い場合にはこういった小型の機械が用いられる。

 締め固められているのは、様々な大きさの粒子をバランスよく混ぜ合わされて作られた専用の建材だった。
 道路工事などをしている際に見えることがあるが、アスファルトの下にある石ころとかが混ざった砂は、ただ適当にその辺から持ってこられたものではなく、様々な大きさの粒子をバランスよく混ぜ合わせて、締め固めた際にしっかりと隙間なく詰まるように計算されて調整されたものだ。

 そうやってアスファルトの下に頑丈な路盤を作らなければ、自動車や、1台で何十トンにもなる大型のトラックを支えることはできないのだ。

 もっとも、今行われているのは歩道の下に通された細い水道管を古いものから新しいものへ交換する工事で、その上を通るものといえば人間か、せいぜい自転車くらいのものなのだが。

 田中 賢二がそういった知識を身に着けたのは、交通警備員として働くようになってからの2年間でのことだった。

「ご迷惑をおかけしております。気をつけてお通り下さ~い」

 にこやかな笑顔を浮かべながら、交通警備員がよく持っている赤い棒を振って歩行者を誘導する仕草も、すっかり様になっている。

 この赤い棒が、赤色誘導棒という名前だということも、賢二は交通警備員になる前は知らなかった。

 賢二は、中年の男性だ。
 彫りが深く見る者の印象に残りやすい濃い顔立ちで、髪は黒、瞳はこげ茶色。身長は高く、180センチ以上はありそうで、肩幅は広め、筋肉がしっかりとついて、なにかスポーツでもやっていそうな体躯の持ち主だ。
 が、今はありふれた白いヘルメットと、青い生地の下に厚手の綿が詰まってモコモコとしている防寒着の上下に、反射材のついた安全ベストという、地味な恰好をしている。

 いろいろな人間が、賢二の誘導を受けながら通り過ぎていく。
 買い物帰りの主婦や、部活を終えて帰宅する学生、友だちの家に遊びに行った帰りの子供。
 もう少しすれば、うらやましいことに定時であがれた勤め人などが多くなるだろう。

 そこは、駅と住宅地とを結ぶ最短ルートとなっている道路だった。
 当然のように人通りが多く、にぎやかだった。

 そんな場所で工事を行うのだから、交通誘導も念入りに行わなければならない。
 交通警備員は3人用意され、工事区間の両端に1人ずつ、常に2人の交通警備員が交通誘導に当たることになっている。

≪ケンちゃん、ちょっとそっち、止めてくんねーかな? ≫

 まだ初々しい感じのする女子高生3人組を誘導していた時、唐突に賢二の片耳に装備されたイヤホンタイプの無線受信機から、少しなまりのある口調で声が響く。
 今賢二が交通誘導を行っているのとは工事区間の反対側で交通誘導を行っている、相方となる交通警備員の声だった。

 賢二は言われた通り、こちら側の歩行者はいったん赤色誘導棒を使ったジェスチャーで押しとどめながら、胸元に取りつけられた無線機を、左手が不自由なのか少したどたどしい手つきで口元にやって、通話スイッチを押す。

「こちら賢二、了解でーす。なんか、ありましたか? 」

≪自転車乗った学生さんが5人くらいまとまって来たんさ。迂回路が狭いから、すれ違いで通すんは危ないっしょ≫

「わかりました。こっちはもう止めてるんで、途切れたらお願いしまーす」

≪あいよ≫

 元々の歩道は、自転車でもすれ違うことができるほど広く作られている。
 昔はもっと狭かったのだが、都市計画の推進によって広くされたのだ。

 だが、今は水道管の取り換え工事のために、歩道の半分は使えない。
 舗装がはがされ、プレートコンパクタがけたたましい音を立てながら路盤を締め固めている最中で、その工事中の現場に一般の通行人が立ち入らないよう、カラーコーンとコーンバーによって囲いが作られている。
 人間だけならなんとかすれ違えるだけの幅が残っているが、自転車となると、そうもいかなかった。

 賢二が、通行を妨げられて待たされることとなった人たちに愛想笑いを浮かべながら待っていると、間もなく自転車に乗った集団が駆け抜けて行った。

「こちら賢二、自転車通過しました」

≪んだら、通してやってくれい。こっちもしばらく人だけだ≫

「了解です。

お待たせいたしました。狭いので気をつけて、1列でお通りくださ~い」

 無線機で相方と連絡を取り合うと、賢二は止めていた通行を再開する。

 ふと顔をあげると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
 あたりはすっかり市街地化して建物ばかりなので本物の夕日を見ることはできないが、空の色だけで時間の移ろいを感じることができる。

 冬の入り始めの時期だ。
 日が陰るのも早いし、空気も冷たい。
 道路の拡幅工事の際に、街の景観を美しくするために中央分離帯に植えられた街路樹も、もうすっかり幹と枝だけになって、黒々とそびえたっている。
 カア、カアと物寂しげに鳴きながら、カラスたちが夕焼け空をねぐらに向かって飛び去って行った。

 見ているだけで、心の底から凍えてくるような光景だ。

(雇い先が防寒着支給してくれるところで、助かったぜ)

 賢二は内心でそんなことを思いながら、視線を歩道へと戻す。

 賢二が雇われているのは交通警備員の派遣会社で、いくつか点々としてきた会社の中でも待遇がかなり良い。
 こうやって防寒着などの必要なものはきちんと会社側が用意してくれるし、ローテーションで休憩がとれるように必要な人数も確保してくれている。
 派遣先の工事現場の現場監督も威張ったりしないし、仲間うちの雰囲気も悪くなく、賢二は気に入っている。

 しかし、薄給だった。
 もう若くもない中年男性が経験のない職業で食べていくためには、仕事を選り好みしているわけにはいかないのだ。

 交通警備員・田中 賢二。
 本日の日当、9000円なり。
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