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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-23 第38話 「長老」
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・1-23 第38話 「長老」
馬のいななく声。
蹄の音。
ちゃっちゃっちゃっ、と鳴る鎧。
その音は、段々と大きくなってきている。
だが、まだ源九郎たちのところからは、野盗たちの姿は見ることができない。
大きな月が出ているおかげで辺りはなんとか見通しが聞く程度には明るかったが、建物の影になっていたり、道が曲がりくねったりしているせいだった。
すでに、源九郎たち以外の村人たちも、異変に気がついている様子だった。
誰も通りには出てきてはいなかったが、みな、家の中から不安そうに外の様子をうかがっている。
やがて、パタン、パタン、とまばらに、村人たちは鎧戸を閉じ始める。
源九郎が村にやって来た時と同じように、村人たちは家の中に閉じこもって野盗たちをやり過ごそうと考えているのだろう。
それは、言ってみれば一時しのぎに過ぎない。
起こっている現実から目をそむけ、恐怖から逃れるために行っているものなのだ。
しかし、村人たちには他にどうしようもなかった。
野盗たちに逆らうだけの力もなく、この村以外に逃れていける場所もない。
そんな村人たちにはただ嵐が過ぎ去るのを待つように、家の中でじっと息を潜めていることしかできないのだ。
「フィーナ、窓さ、閉めろ」
外の様子をうかがっていた長老がそう命じると、野盗たちが近づいてきていることに恐怖していたフィーナが、慌てたように窓の鎧戸を閉めに行く。
鎧戸が閉じられるたび、家の中に差し込んでいた月明かりが遮られて行き、暗くなっていく。
長老が手早く燭台の蝋燭に火を灯さなかったら、家の中は完全な暗闇に包まれていたことだろう。
家の中はやがて、か細い1本の蝋燭の明かりによって、かろうじて照らされるだけとなっていた。
「長老さま……。
野盗たち、また、おらを連れて行こうとするんだべか……? 」
そのか細い明かりの前で、不安そうにベッドの上で膝を抱えて座り込んだフィーナが、長老に震える声でたずねる。
すると長老は外をうかがうことをやめ、振り返って励ますような明るい声をかけていた。
「大丈夫だ、フィーナ。
オラがなんとか、話しをつけてやっから」
「長老さん、いざとなったら俺が、戦います」
不安そうなフィーナの声と、フィーナのことを守ろうとしている長老の迷いのない声。
それを聞いた源九郎は、思わずそう申し出ていた。
野盗たちが向かってきている目的はまず間違いなく、源九郎を探し出して報復するためであるはずだった。
だとすれば、源九郎が自ら出て行けば、村人たちに危害が加えられることを防ぐことができるかもしれない。
まだ源九郎には、人を斬る、という覚悟ができていなかった。
まして、野盗たちに戦いを挑んで、勝てるという自信もなかった。
ただ、自分が必死に身に着けた殺陣を信じて。
源九郎は精一杯、野盗たちに抵抗するつもりだった。
「いや、旅のお人、アンタもひとまず、隠れていてくんろ」
しかし長老は視線を扉の外へと向けながら、小さく首を左右に振って見せる。
「確かに旅のお人、アンタが野盗どもを斬らなかったから、こんなに早く奴らが来たんだ。
だけんど、それは別に、大したことでねぇんだ。
どうせ野盗どもはなにが起こったか気づいて、いつかは村を探しに来たのに違いねぇ。
そうでなくとも、奴ら、オラたちから食いもんを奪いに来るんだから、なんにしても奴らはまた村にやって来ただよ。
だから、どっちにしろ、オラがなんとか話しつけるしかなかったんだ。
オラぁ、この村の長老だかんな」
真剣な表情の源九郎に、長老は安心させるような声で言って見せる。
しかし、源九郎はその長老の言葉を聞いても、納得できなかった。
自分は、本当にこの村のためになにもできないのか。
消せないその気持ちが、源九郎を内側から急き立てている。
「けれど、もし話がうまくいかなかったら……」
「心配いらねぇさ。
野盗どもの食い扶持は、オラたち村のもんが稼がされとるだよ。
だから、奴らもあんまり惨い仕打ちはできねぇはずだ。
まぁ、旅のお人、まずはオラに任せてくんろ」
長老も、ゆずらない。
そしてその言葉には、迷いがない。
(ああ……、この人は……。
腹を、括っているんだ)
その長老の揺るぎのない言動に、源九郎はそう悟っていた。
村の長老として。
大勢の人間の命を預かっている者として。
長老は自らが前に出て、他の人々を守ろうという覚悟を持っている。
そのことが理解できてしまうと、源九郎はそれ以上、なにも言えなくなってしまう。
自分にはまだそこまでの覚悟ができていないということを、ついしばらく前に気づいてしまったからだ。
「フィーナ、旅のお人を案内して、地下の食糧庫にでも隠れとけ。
オラがなんとか話しつけてくっから、それまで、じっとしとんだぞ? 」
本心から納得できてはいないものの、まずは長老が話をつける、ということを受け入れた源九郎の様子を確認すると、長老はなるべく普段どおりの声を作り、フィーナを焦らせないように注意しながらそう命じる。
「……わかっただよ、長老さま」
するとフィーナは、野盗に怯えていながらも、気丈にそううなずいてみせる。
「んだら、旅のお人。
フィーナのこと、見ててやってくだせぇ」
フィーナが立ち上がったのを確かめた長老は、そう源九郎に頼むと、扉を薄く開き、たった1人で野盗たちと相対するために外に出て行った。
馬のいななく声。
蹄の音。
ちゃっちゃっちゃっ、と鳴る鎧。
その音は、段々と大きくなってきている。
だが、まだ源九郎たちのところからは、野盗たちの姿は見ることができない。
大きな月が出ているおかげで辺りはなんとか見通しが聞く程度には明るかったが、建物の影になっていたり、道が曲がりくねったりしているせいだった。
すでに、源九郎たち以外の村人たちも、異変に気がついている様子だった。
誰も通りには出てきてはいなかったが、みな、家の中から不安そうに外の様子をうかがっている。
やがて、パタン、パタン、とまばらに、村人たちは鎧戸を閉じ始める。
源九郎が村にやって来た時と同じように、村人たちは家の中に閉じこもって野盗たちをやり過ごそうと考えているのだろう。
それは、言ってみれば一時しのぎに過ぎない。
起こっている現実から目をそむけ、恐怖から逃れるために行っているものなのだ。
しかし、村人たちには他にどうしようもなかった。
野盗たちに逆らうだけの力もなく、この村以外に逃れていける場所もない。
そんな村人たちにはただ嵐が過ぎ去るのを待つように、家の中でじっと息を潜めていることしかできないのだ。
「フィーナ、窓さ、閉めろ」
外の様子をうかがっていた長老がそう命じると、野盗たちが近づいてきていることに恐怖していたフィーナが、慌てたように窓の鎧戸を閉めに行く。
鎧戸が閉じられるたび、家の中に差し込んでいた月明かりが遮られて行き、暗くなっていく。
長老が手早く燭台の蝋燭に火を灯さなかったら、家の中は完全な暗闇に包まれていたことだろう。
家の中はやがて、か細い1本の蝋燭の明かりによって、かろうじて照らされるだけとなっていた。
「長老さま……。
野盗たち、また、おらを連れて行こうとするんだべか……? 」
そのか細い明かりの前で、不安そうにベッドの上で膝を抱えて座り込んだフィーナが、長老に震える声でたずねる。
すると長老は外をうかがうことをやめ、振り返って励ますような明るい声をかけていた。
「大丈夫だ、フィーナ。
オラがなんとか、話しをつけてやっから」
「長老さん、いざとなったら俺が、戦います」
不安そうなフィーナの声と、フィーナのことを守ろうとしている長老の迷いのない声。
それを聞いた源九郎は、思わずそう申し出ていた。
野盗たちが向かってきている目的はまず間違いなく、源九郎を探し出して報復するためであるはずだった。
だとすれば、源九郎が自ら出て行けば、村人たちに危害が加えられることを防ぐことができるかもしれない。
まだ源九郎には、人を斬る、という覚悟ができていなかった。
まして、野盗たちに戦いを挑んで、勝てるという自信もなかった。
ただ、自分が必死に身に着けた殺陣を信じて。
源九郎は精一杯、野盗たちに抵抗するつもりだった。
「いや、旅のお人、アンタもひとまず、隠れていてくんろ」
しかし長老は視線を扉の外へと向けながら、小さく首を左右に振って見せる。
「確かに旅のお人、アンタが野盗どもを斬らなかったから、こんなに早く奴らが来たんだ。
だけんど、それは別に、大したことでねぇんだ。
どうせ野盗どもはなにが起こったか気づいて、いつかは村を探しに来たのに違いねぇ。
そうでなくとも、奴ら、オラたちから食いもんを奪いに来るんだから、なんにしても奴らはまた村にやって来ただよ。
だから、どっちにしろ、オラがなんとか話しつけるしかなかったんだ。
オラぁ、この村の長老だかんな」
真剣な表情の源九郎に、長老は安心させるような声で言って見せる。
しかし、源九郎はその長老の言葉を聞いても、納得できなかった。
自分は、本当にこの村のためになにもできないのか。
消せないその気持ちが、源九郎を内側から急き立てている。
「けれど、もし話がうまくいかなかったら……」
「心配いらねぇさ。
野盗どもの食い扶持は、オラたち村のもんが稼がされとるだよ。
だから、奴らもあんまり惨い仕打ちはできねぇはずだ。
まぁ、旅のお人、まずはオラに任せてくんろ」
長老も、ゆずらない。
そしてその言葉には、迷いがない。
(ああ……、この人は……。
腹を、括っているんだ)
その長老の揺るぎのない言動に、源九郎はそう悟っていた。
村の長老として。
大勢の人間の命を預かっている者として。
長老は自らが前に出て、他の人々を守ろうという覚悟を持っている。
そのことが理解できてしまうと、源九郎はそれ以上、なにも言えなくなってしまう。
自分にはまだそこまでの覚悟ができていないということを、ついしばらく前に気づいてしまったからだ。
「フィーナ、旅のお人を案内して、地下の食糧庫にでも隠れとけ。
オラがなんとか話しつけてくっから、それまで、じっとしとんだぞ? 」
本心から納得できてはいないものの、まずは長老が話をつける、ということを受け入れた源九郎の様子を確認すると、長老はなるべく普段どおりの声を作り、フィーナを焦らせないように注意しながらそう命じる。
「……わかっただよ、長老さま」
するとフィーナは、野盗に怯えていながらも、気丈にそううなずいてみせる。
「んだら、旅のお人。
フィーナのこと、見ててやってくだせぇ」
フィーナが立ち上がったのを確かめた長老は、そう源九郎に頼むと、扉を薄く開き、たった1人で野盗たちと相対するために外に出て行った。
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