殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ

熊吉(モノカキグマ)

文字の大きさ
50 / 226
:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」

・1-35 第51話 「朝:1」

しおりを挟む
・1-35 第51話 「朝:1」

 村人たちは長老の指導の下、翌朝やってくる野盗たちを迎えるための準備を急いで進めていった。

 村の命をつなぐために、作物の種を最低半分は残す。
 その要求は、自らの命に代えて飲ませる。

 長老のこの方針には内心で反対している村人も多かったが、しかし、結局はみなが従った。

 たとえ源九郎がいるのだとしても、野盗たちと戦えば村人に大きな犠牲が出る。
 そんな事態は、できることならば避けた方がいい。

 取れる選択があるのなら、まずはそれを試してからにするべきだ。
 戦うのは、それからでもできる。

 その長老の言葉に、野盗たちにこれ以上従い続けるのをよしとしない人々も黙って長老に協力した。
 野盗たちに反抗するための旗頭となるべき源九郎が眠らされてしまっていては、村人たちだけではどう考えても勝算などないからだった。

 中には、「長老様が死ぬこたぁねぇ。代わりに、おいらが……っ! 」と申し出て来る者もいた。
 しかし長老はそういった申し出はすべて、やんわりと、だが断固として断った。

「この村で一番年長なんは、オラだ。

 世の中のもんはみんな、年寄りから先に死ぬ。
 んだから、オラが死んだとしても、それは自然な順番だっぺ。
それをわざわざ曲げるこたぁ、ねぇ」

 誰だって、命は惜しい。
 だから、長老のその断固とした態度を前にすると、決心が鈍り、皆が引き下がっていった。

 やがて村の中央の広場には、村が存続し続けるために残していた作物の種がぎっしり詰まった麻袋が積まれていた。
 野盗たちは村のすべての種を差し出せと要求してきたが、長老が用意したのは彼の考え通りに、要求の半分だけだ。

 半分とはいっても、元の分母が大きいので結構な量がある。
 統治者たちから強制的に徴収される税金を支払うのに必要な分と、さらに来年植える分の種を収穫から用意しなければならないので、種だけでも相当な数が必要なのだ。

 村人たちが植えている作物は、主に燕麦などだ。
 乾燥して保存し、かゆなどにして食べている。

 だが、その収穫量は限られている。
 1粒の種を植えても、そこから収穫できる穀物はほんの数粒にしかならない。
 もし源九郎がこの村の実りの季節を目の当りにしたら、そのあまりの貧しさに驚くだろう。

 現代の日本で栽培されている主要な穀物である稲は、元々穀物の中では収穫の多い部類であっただけではなく、長年に渡ってくり返されてきた品種改良の結果、稲穂の重さでくきが折れることもあるほどたくさんの実りをもたらすようになったものだ。
 その品種改良が加えられる以前は、1粒の種から得られる収穫は限られている。

 栽培効率が悪いために、多くの収穫を得るためには広大な土地が必要で、かつ、種もたくさん要る。
 だから半分でも、野盗たちが長い間暮らして行けるだけの量があった。

 残りの半分の種は、村人たちが近くにある洞窟どうくつへと運び込んでいった。
 長老に薬を盛られてすっかり眠り込んでしまった源九郎も一緒だ。

 その洞窟どうくつは、村から外れた森の中にある。
 野盗たちもまだ気がついていない、村人たちだけが知っている場所だ。

 もし、村が何者かに襲われ、あるいは自然災害などで大きな被害を受けた時。
 この洞窟どうくつは、そういった時に生き延び、村を再建するための元手を安全に隠しておくために使われている。

 入り口は深い森の中にぽっかりと開いている縦穴で、木々の根っこにまぎれていて簡単には見つからない。
 人が1人通り抜けられるだけの穴から中に降りると横に空間が広がっていて、100人程度が隠れられる奥行きと、必要なモノを蓄えておけるだけの場所がある。

 長い間、村の安全な避難所として使われて来たのだろう。洞窟どうくつの中にはけっこう、人の手が加えられている。
 内部は岩肌がむき出しになっていたが、使いやすいようにその表面は削られ、人間が道具を使って加工を施したらしい痕跡こんせきが残っている。
 中には、テーブルやイスとして使えるように形を整えたものも、物を置いておくための棚として使えるようにされたものもある。

 そこに、村人たちは野盗たちに差し出さない半分の種と、村に残されていた物の中で持ち込める財産をすべて運び込んだ。
 村にとって唯一の家畜となっていた馬のサシャも、馬小屋から連れ出されてやって来ている。
 ただし、入り口が狭くてサシャを中に入れることはできないため、洞窟どうくつの側、森の外からは見えない場所につながれ、鳴き声で見つかることのないようにさるぐつわもかまされていた。

 もちろん、この洞窟どうくつに逃げ込んできたのは、人間もだ。
 村に残っていた長老を除いた人々が次々と狭い入り口をくぐり抜けていき、源九郎も運び込まれて、旅荷物と一緒に洞窟どうくつの奥に積まれた種の麻袋の上に寝かされた。

 長老の交渉が成功するのなら、それでよい。
 だが、もしも失敗に終わったのなら、村人たちはこの場所を最後の拠点として、野盗たちと戦うつもりだった。

 村に残ったのは、ただ1人だけ。
 長老だけだ。

「ああ……、明るくなってきただな」

 長老は、村の中央の広場に積み上げられた種の前で、杖を突いて立ちながら、段々と明るくなり始めた空を見上げていた。

 もう季節は春だったが、朝は寒く、息が白くなるほどだ。
 しかし、長老の周囲には明かりと暖を取るためのたき火があり、凍えずに済んでいる。

 長老はそれから、ゆっくりと村を見渡した。
 自分以外の者がみな避難してしまったから、村はまるで廃村のようで、不気味だ。

 しかし、そこは紛れもなく、長老の村だった。
 長老が生まれ育ち、大人になり、老人になるまで生きてきた場所だ。

「この村を、終わらせるわけにはいかねぇ」

 長老は重々しい口調で、そう呟く。

 やがて道の先から、複数の馬のひづめの音が響いてくる。
 野盗たちが村に戻ってきたのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界でカイゼン

soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)  この物語は、よくある「異世界転生」ものです。  ただ ・転生時にチート能力はもらえません ・魔物退治用アイテムももらえません ・そもそも魔物退治はしません ・農業もしません ・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます  そこで主人公はなにをするのか。  改善手法を使った問題解決です。  主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。  そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。 「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」 ということになります。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

処理中です...