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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-37 第53話 「おらは村の娘」
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・1-37 第53話 「おらは村の娘」
「待ってくんろっ!! 」
長老に向かって振り下ろされようとした剣の動きを止めたのは、少女の叫び声だった。
長老と野盗たち以外には、誰も残っていないはずの村。
その中で、少女の声はよく響いていた。
「ふぃっ、フィーナっ!?
なんで、ここにおるんだっ!? 」
声のした方を野盗たちと一緒に振り返った長老は、驚愕に双眸を見開き、思わず杖を取り落としてしまっていた。
そこには、今頃は他の村人たちと一緒に洞窟に隠れているはずの、フィーナの姿があったのだ。
フィーナの口元は、きつく引き結ばれている。
怖くてたまらないが、決して引き下がらないぞという強い決心が、その険しい表情にありありと浮き出ている。
その表情を目にした長老の手から落ちた杖が、カランコロン、と乾いた音を立てて地面の上に転がる。
長老は杖を落としてしまったことにも気づかず、よろよろと数歩、手を差し出しながらフィーナの方へと進んだ。
「フィーナ……、なして……、なして、ここにおるんだ……」
長老の声は、ガタガタと震えていた。
フィーナが、この場にいる理由。
それが、想像できてしまうからだ。
長老は、ドサリ、と地面の上に崩れ落ち、地面に膝をついていた。
元々足が悪くなっていて、杖を落としてしまったために長く立っていることはできなかったのだ。
しかし長老はショックのあまり、自分がそんな状態になっていることにも気がつかない。
自分が守りたかった人々。
その中には当然、フィーナも含まれている。
フィーナは長老に引き取られて以来、そのことを恩に感じ、健気によく働いてくれた。
そんな彼女の存在は、自分の子供たちは戦争に連れて行かれたまま行方知れず、他に家族もいないという長老にとっては、唯一の癒しであり、心の支えであったのだ。
それなのにフィーナは、今、長老の目の前にいるのだ。
「おカシラさまっ!
長老さまを、殺さねぇでくんろっ! 」
今まで、家の1つの中に潜んでいたらしい。
長老の危機を知ってその中から飛び出してきたフィーナは、野盗たちの前に出ることはやはり恐ろしいのか、チュニックのすそをきゅっと両手でつかみながら、それでも気丈に、真剣に、はっきりとそう言う。
「長老さまを……、この村のみんなを、助けてくれるんなら!
おらを、どうしてくれたってかまわねぇ!
煮るなり、焼くなり!
奴隷にして、売り飛ばすなり!
なんでも、アンタたちの思うとおりにしてくんろっ! 」
フィーナの身体は、小刻みに震えている。
しかし、彼女は最後までそう言い切った。
野盗たちの中から、ひゅう、と嬉しそうな口笛が聞こえる。
男たちの表情が、ニヤニヤと緩んでいる。
長老を、この村を救ってくれるのなら、自分をどうしてくれたってかまわない。
つまりフィーナは、自ら野盗たちの望みを叶えてやろうと言っているのだ。
野盗たちはみな、長い間、女性らしい女性とは接していない。
辺境の寂(さび)れた村には野盗たちが好むような妙齢の女性などいなかったし、[ご無沙汰]だ。
たとえ、未熟な少女でもかまわないと、そう思ってしまうほどに。
フィーナは男たちの無遠慮な視線を浴び、恥辱を感じたが、奥歯を噛みしめてそれに耐えた。
(おらは、この村の子だ……! )
その想いが、彼女を支えている。
(この村の人らは、みんないい人だ……!
親を亡くして、身寄りのないおらを、今まで育ててくれただ)
貧しい村では、そんなことはめったに起こらないことをフィーナは知っている。
親を亡くした孤児は、普通、[お荷物]として扱われるのだ。
どの家庭でも、暮らしはカツカツだ。
自分たちの子供はもちろん、自身でさえ、飢えかねない。
だから、多く場合、孤児は放置される。
誰も食事を与えてなどくれないし、家にも入れてももらえない。
見て見ぬふりをされる。
そういった孤児は、生き延びることはできない。
どうやって生き延びればよいのかを誰にも教えてもらえず、段々と衰弱して、やがて人知れずに消えていく。
この村のように、フィーナのように、きちんと引き取って育ててもらえるケースは、非常に珍しいことなのだ。
自分は、幸運だ。
しかも、きちんと愛してもらえさえした。
長老をはじめ村人たちはフィーナのことを村の子供として、コミュニティの一員として受け入れ、時に気づかってくれていたし、支えてくれた。
他の村の子供たちもフィーナのことを仲間として、差別も区別もせずに親しくしてくれていた。
それは、フィーナにとっては、一生かかっても返しきれないほどの恩だった。
その恩を、返すとしたら。
今しかない。
正直、これから自分の身に降りかかることを考えると、恐くてたまらない。
野盗たちによって好きなようにもてあそばれて、その後、飽きられれば奴隷として売られてしまうか。
それとも、そのまま命を落としてしまうか。
なんにせよ、フィーナはもうこの村に戻ってくることはできないし、人間らしい幸福など欠片も得ることはできない。
それでも、フィーナは迷わなかった。
「おカシラさま、お願ぇだっ! 」
フィーナは自身の身体の震えを必死にこらえながら、声を精一杯、張りあげる。
「おらは、どうなったって、かまわねぇ!
だから、長老さまを……、この村を、これ以上、いじめねぇでくんろっ! 」
そのフィーナの懇願は、冷たい朝の空気の中で、悲痛に響き渡っていた。
「待ってくんろっ!! 」
長老に向かって振り下ろされようとした剣の動きを止めたのは、少女の叫び声だった。
長老と野盗たち以外には、誰も残っていないはずの村。
その中で、少女の声はよく響いていた。
「ふぃっ、フィーナっ!?
なんで、ここにおるんだっ!? 」
声のした方を野盗たちと一緒に振り返った長老は、驚愕に双眸を見開き、思わず杖を取り落としてしまっていた。
そこには、今頃は他の村人たちと一緒に洞窟に隠れているはずの、フィーナの姿があったのだ。
フィーナの口元は、きつく引き結ばれている。
怖くてたまらないが、決して引き下がらないぞという強い決心が、その険しい表情にありありと浮き出ている。
その表情を目にした長老の手から落ちた杖が、カランコロン、と乾いた音を立てて地面の上に転がる。
長老は杖を落としてしまったことにも気づかず、よろよろと数歩、手を差し出しながらフィーナの方へと進んだ。
「フィーナ……、なして……、なして、ここにおるんだ……」
長老の声は、ガタガタと震えていた。
フィーナが、この場にいる理由。
それが、想像できてしまうからだ。
長老は、ドサリ、と地面の上に崩れ落ち、地面に膝をついていた。
元々足が悪くなっていて、杖を落としてしまったために長く立っていることはできなかったのだ。
しかし長老はショックのあまり、自分がそんな状態になっていることにも気がつかない。
自分が守りたかった人々。
その中には当然、フィーナも含まれている。
フィーナは長老に引き取られて以来、そのことを恩に感じ、健気によく働いてくれた。
そんな彼女の存在は、自分の子供たちは戦争に連れて行かれたまま行方知れず、他に家族もいないという長老にとっては、唯一の癒しであり、心の支えであったのだ。
それなのにフィーナは、今、長老の目の前にいるのだ。
「おカシラさまっ!
長老さまを、殺さねぇでくんろっ! 」
今まで、家の1つの中に潜んでいたらしい。
長老の危機を知ってその中から飛び出してきたフィーナは、野盗たちの前に出ることはやはり恐ろしいのか、チュニックのすそをきゅっと両手でつかみながら、それでも気丈に、真剣に、はっきりとそう言う。
「長老さまを……、この村のみんなを、助けてくれるんなら!
おらを、どうしてくれたってかまわねぇ!
煮るなり、焼くなり!
奴隷にして、売り飛ばすなり!
なんでも、アンタたちの思うとおりにしてくんろっ! 」
フィーナの身体は、小刻みに震えている。
しかし、彼女は最後までそう言い切った。
野盗たちの中から、ひゅう、と嬉しそうな口笛が聞こえる。
男たちの表情が、ニヤニヤと緩んでいる。
長老を、この村を救ってくれるのなら、自分をどうしてくれたってかまわない。
つまりフィーナは、自ら野盗たちの望みを叶えてやろうと言っているのだ。
野盗たちはみな、長い間、女性らしい女性とは接していない。
辺境の寂(さび)れた村には野盗たちが好むような妙齢の女性などいなかったし、[ご無沙汰]だ。
たとえ、未熟な少女でもかまわないと、そう思ってしまうほどに。
フィーナは男たちの無遠慮な視線を浴び、恥辱を感じたが、奥歯を噛みしめてそれに耐えた。
(おらは、この村の子だ……! )
その想いが、彼女を支えている。
(この村の人らは、みんないい人だ……!
親を亡くして、身寄りのないおらを、今まで育ててくれただ)
貧しい村では、そんなことはめったに起こらないことをフィーナは知っている。
親を亡くした孤児は、普通、[お荷物]として扱われるのだ。
どの家庭でも、暮らしはカツカツだ。
自分たちの子供はもちろん、自身でさえ、飢えかねない。
だから、多く場合、孤児は放置される。
誰も食事を与えてなどくれないし、家にも入れてももらえない。
見て見ぬふりをされる。
そういった孤児は、生き延びることはできない。
どうやって生き延びればよいのかを誰にも教えてもらえず、段々と衰弱して、やがて人知れずに消えていく。
この村のように、フィーナのように、きちんと引き取って育ててもらえるケースは、非常に珍しいことなのだ。
自分は、幸運だ。
しかも、きちんと愛してもらえさえした。
長老をはじめ村人たちはフィーナのことを村の子供として、コミュニティの一員として受け入れ、時に気づかってくれていたし、支えてくれた。
他の村の子供たちもフィーナのことを仲間として、差別も区別もせずに親しくしてくれていた。
それは、フィーナにとっては、一生かかっても返しきれないほどの恩だった。
その恩を、返すとしたら。
今しかない。
正直、これから自分の身に降りかかることを考えると、恐くてたまらない。
野盗たちによって好きなようにもてあそばれて、その後、飽きられれば奴隷として売られてしまうか。
それとも、そのまま命を落としてしまうか。
なんにせよ、フィーナはもうこの村に戻ってくることはできないし、人間らしい幸福など欠片も得ることはできない。
それでも、フィーナは迷わなかった。
「おカシラさま、お願ぇだっ! 」
フィーナは自身の身体の震えを必死にこらえながら、声を精一杯、張りあげる。
「おらは、どうなったって、かまわねぇ!
だから、長老さまを……、この村を、これ以上、いじめねぇでくんろっ! 」
そのフィーナの懇願は、冷たい朝の空気の中で、悲痛に響き渡っていた。
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