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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-55 第71話 「兜割」
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・1-55 第71話 「兜割」
※作者注
本話も、流血シーンがあります
────────────────────────────────────────
脳天をカチ割る勢いで振り下ろされる剣の、威圧的な気配。
それを、緊張で張り詰め、敏感になった肌で感じながら、源九郎は地面に伏せるように前方に向かって飛び込んでいた。
膝で地面を蹴るという、無理な姿勢からのヘッドスライディングだ。
それは、間違いなく致命傷になる一撃を回避するための、強引な回避だった。
源九郎は、ただよけただけではなかった。
地面に伏せつつ横目で鋭く剣を振り下ろす野盗の足元を確認し、右手に持った刀を横なぎに振るう。
狙いは、野盗の膝の裏だった。
そこは脇の下と同じ、鎧で保護できない場所だ。
「ギャッ!? 」
膝裏を切られた野盗は、痛みに悲鳴をあげつつその場に崩れ落ちる。
膝にある腱を切断されて、身体を支えていることができなくなったのだ。
しかも、彼は全身を保護する重い鎧を身に着けていた。
なんとか立ち上がって体勢を立て直そうとするもののそうすることができず、それどころか、野盗は剣を持ったままで手を突き、なんとかバランスを保たねばならないような状態だった。
野盗がもたついている間に、源九郎は身体を横に回転させ、土と血にまみれながら立ち上がっていた。
羽織と袴という防御力はない恰好だったが、その分、素早く柔軟な動きをすることができるのだ。
源九郎が立ち上がって両手で刀を握りしめ、上段にかまえを取った時、膝の腱を斬られた野盗はどうにかこちらに顔を向けられるように姿勢を変え終わったところだった。
「まっ、待ってくれッ! 」
目の前で源九郎が刀を振り上げている。
その状況を認識し、そして、自分が攻撃を回避できないということも理解したその野盗は、兜の下からとっさにそう命乞いをしていた。
「イヤァァァァァァァッ!! 」
源九郎はほんの刹那だけ躊躇いはしたが、裂帛の気合と共に、野盗の脳天めがけて刀を振り下ろしていた。
────────────────────────────────────────
金属と金属がぶつかり合う、激しく、甲高い音が響く。
源九郎の刀の切っ先が野盗の頭部を保護していた兜に触れた瞬間、火花が散り、そして、鋼板が裂けていた。
兜割。
それは、例は少ないものの、いくつか記録に残されている。
すべての日本刀で、同じ技ができるわけではなかった。
刀は鋼で作られているが、人間にとってもっとも危険な急所である頭部を保護するための兜もまた、鋼で作られている。
鋼でできた刀で、鋼でできた兜は斬れるのか。
まるで最強の矛と盾のどちらが勝つのか、という[矛盾]の逸話のような命題だったが、この場合は、勝ったのは刀であった。
兜を叩き割った源九郎の刀は、その内側に保護されていた野盗の頭蓋をも深々と切り裂いていた。
刀は顎までは抜けず、額の半ばまで食い込んで止まったが、それが致命傷であることは誰が見ても明らかなことだった。
源九郎を凝視していた野盗の瞳が、ぎょろり、と動く。
その口は死の瞬間の恐怖の叫びを発しようとしたまま、だらん、と半開きになっていた。
命を失った野盗の手から、ボトリ、と剣と盾が地面の上に落ちる。
兜ごと野盗の頭蓋を叩き割った源九郎の姿を、生き残った3人の野盗たちは唖然(あぜん)として見つめていた。
目の前で起こった出来事が信じられない様子だった。
驚愕と恐怖で目を見開き、野盗たちが自身を凝視しているのを感じながら、源九郎は刀が突き刺さったままの野盗の身体に足をかける。
腕の力だけではうまく刀が抜けなかったからだ。
足で野盗の身体を固定し、刀を引くと、ずるり、と抜ける。
するとその切り口からは、脳漿の混じった血がドロっとこぼれ落ちた。
足払いをされて地面に転ばされていた野盗が言葉にならない悲鳴を上げたのは、刀を引き抜かれたことで支えを失った野盗が力なく横に倒れ伏すのと同時だった。
切っ先から粘性の強い体液を滴らせながら源九郎が冷ややかな視線を向けると、野盗はいよいよ恐怖して眼球が飛び出さんばかりに目を見開いた。
戦場で、戦棍で兜ごと頭部を叩き潰したことは、もしかするとあったかもしれない。
しかし、刀でそんなことができるとは知らなかったし、それだけのことができる技量を持った相手と対峙することも、初めてのことだったのだろう。
ふがふが、と意味をなさない声を発しつつ、その野盗は武器を拾うことも忘れ、腰を抜かしたまま後ずさっていく。
その姿に、源九郎は自身の内側にあった激しい怒りの炎が一瞬、熱を失ったのを感じていた。
相手が果敢に立ち向かって来るのならそれは対等な[勝負]と言えたが、恐怖で身体がすくみ、満足に動けない相手にトドメを刺すことは、それはもはやただの殺人でしかないと思えたからだ。
だが、源九郎は距離を詰めると、静かに、哀れな野盗の喉笛に刀を突き刺し、その命を奪っていた。
見逃すことは、できなかった。
もしここで情けをかけても、後でまた別の場所で悪事を働く可能性はあるし、なにより、源九郎はまだ野盗の頭領を倒し、フィーナを救うという使命を持っている。
これから頭領と対決する際に、我に返ったこの野盗に襲われるという事態を回避するためには、こうする他はなかった。
情に流され、リスクを背負っている余裕はどこにもない。
そして見逃せないというのは、城壁の上で呆然としたままでいる2名の射手たちも同様だった。
※作者注
本話も、流血シーンがあります
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脳天をカチ割る勢いで振り下ろされる剣の、威圧的な気配。
それを、緊張で張り詰め、敏感になった肌で感じながら、源九郎は地面に伏せるように前方に向かって飛び込んでいた。
膝で地面を蹴るという、無理な姿勢からのヘッドスライディングだ。
それは、間違いなく致命傷になる一撃を回避するための、強引な回避だった。
源九郎は、ただよけただけではなかった。
地面に伏せつつ横目で鋭く剣を振り下ろす野盗の足元を確認し、右手に持った刀を横なぎに振るう。
狙いは、野盗の膝の裏だった。
そこは脇の下と同じ、鎧で保護できない場所だ。
「ギャッ!? 」
膝裏を切られた野盗は、痛みに悲鳴をあげつつその場に崩れ落ちる。
膝にある腱を切断されて、身体を支えていることができなくなったのだ。
しかも、彼は全身を保護する重い鎧を身に着けていた。
なんとか立ち上がって体勢を立て直そうとするもののそうすることができず、それどころか、野盗は剣を持ったままで手を突き、なんとかバランスを保たねばならないような状態だった。
野盗がもたついている間に、源九郎は身体を横に回転させ、土と血にまみれながら立ち上がっていた。
羽織と袴という防御力はない恰好だったが、その分、素早く柔軟な動きをすることができるのだ。
源九郎が立ち上がって両手で刀を握りしめ、上段にかまえを取った時、膝の腱を斬られた野盗はどうにかこちらに顔を向けられるように姿勢を変え終わったところだった。
「まっ、待ってくれッ! 」
目の前で源九郎が刀を振り上げている。
その状況を認識し、そして、自分が攻撃を回避できないということも理解したその野盗は、兜の下からとっさにそう命乞いをしていた。
「イヤァァァァァァァッ!! 」
源九郎はほんの刹那だけ躊躇いはしたが、裂帛の気合と共に、野盗の脳天めがけて刀を振り下ろしていた。
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金属と金属がぶつかり合う、激しく、甲高い音が響く。
源九郎の刀の切っ先が野盗の頭部を保護していた兜に触れた瞬間、火花が散り、そして、鋼板が裂けていた。
兜割。
それは、例は少ないものの、いくつか記録に残されている。
すべての日本刀で、同じ技ができるわけではなかった。
刀は鋼で作られているが、人間にとってもっとも危険な急所である頭部を保護するための兜もまた、鋼で作られている。
鋼でできた刀で、鋼でできた兜は斬れるのか。
まるで最強の矛と盾のどちらが勝つのか、という[矛盾]の逸話のような命題だったが、この場合は、勝ったのは刀であった。
兜を叩き割った源九郎の刀は、その内側に保護されていた野盗の頭蓋をも深々と切り裂いていた。
刀は顎までは抜けず、額の半ばまで食い込んで止まったが、それが致命傷であることは誰が見ても明らかなことだった。
源九郎を凝視していた野盗の瞳が、ぎょろり、と動く。
その口は死の瞬間の恐怖の叫びを発しようとしたまま、だらん、と半開きになっていた。
命を失った野盗の手から、ボトリ、と剣と盾が地面の上に落ちる。
兜ごと野盗の頭蓋を叩き割った源九郎の姿を、生き残った3人の野盗たちは唖然(あぜん)として見つめていた。
目の前で起こった出来事が信じられない様子だった。
驚愕と恐怖で目を見開き、野盗たちが自身を凝視しているのを感じながら、源九郎は刀が突き刺さったままの野盗の身体に足をかける。
腕の力だけではうまく刀が抜けなかったからだ。
足で野盗の身体を固定し、刀を引くと、ずるり、と抜ける。
するとその切り口からは、脳漿の混じった血がドロっとこぼれ落ちた。
足払いをされて地面に転ばされていた野盗が言葉にならない悲鳴を上げたのは、刀を引き抜かれたことで支えを失った野盗が力なく横に倒れ伏すのと同時だった。
切っ先から粘性の強い体液を滴らせながら源九郎が冷ややかな視線を向けると、野盗はいよいよ恐怖して眼球が飛び出さんばかりに目を見開いた。
戦場で、戦棍で兜ごと頭部を叩き潰したことは、もしかするとあったかもしれない。
しかし、刀でそんなことができるとは知らなかったし、それだけのことができる技量を持った相手と対峙することも、初めてのことだったのだろう。
ふがふが、と意味をなさない声を発しつつ、その野盗は武器を拾うことも忘れ、腰を抜かしたまま後ずさっていく。
その姿に、源九郎は自身の内側にあった激しい怒りの炎が一瞬、熱を失ったのを感じていた。
相手が果敢に立ち向かって来るのならそれは対等な[勝負]と言えたが、恐怖で身体がすくみ、満足に動けない相手にトドメを刺すことは、それはもはやただの殺人でしかないと思えたからだ。
だが、源九郎は距離を詰めると、静かに、哀れな野盗の喉笛に刀を突き刺し、その命を奪っていた。
見逃すことは、できなかった。
もしここで情けをかけても、後でまた別の場所で悪事を働く可能性はあるし、なにより、源九郎はまだ野盗の頭領を倒し、フィーナを救うという使命を持っている。
これから頭領と対決する際に、我に返ったこの野盗に襲われるという事態を回避するためには、こうする他はなかった。
情に流され、リスクを背負っている余裕はどこにもない。
そして見逃せないというのは、城壁の上で呆然としたままでいる2名の射手たちも同様だった。
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