175 / 226
:第8章 「窮地」
・8-1 第176話:「トラブル:1」
しおりを挟む
・8-1 第176話:「トラブル:1」
ラウルと小夜風を見送った後、源九郎たちはじっと、暗がりの中で彼らの帰還を待ちわびていた。
手持無沙汰な時間だった。
仲間の無事を確認できるまでは離れたくはなかったし、そもそも、隠れている物陰から迂闊(うかつ)に外に移動して、敵の見張りに発見でもされたら困ったことになってしまう。だからじっとして身動きをせず、無言で、ひたすら待っている以外になかったのだ。
おかげですっかり、暗闇に目が慣れてしまった。わずかに月明かりが差し込んできているが、その光だけで大体の物がくっきりと見えるほどだ。
この世界の月は地球から見えるものよりも色白でややサイズが大きいが、同様に満ち欠けがあり、今日は半月。薄く雲がかかっている。
(冷え込んで来たな)
ケストバレーの職人街の物陰にかがみこんで鉱山の様子をうかがっていた源九郎は、寒さを自覚し、小さく身震いをした。
まだ転生してから半年ほどしか経過してはいないが、この世界にも季節があるらしく、今は比較的暖かい時期だった。だが夜になればやはり気温の低下を実感せずにはいられない。
令和の時代の日本では、環境問題として地球温暖化などが危惧され、度々猛暑に見舞われるなどしていたが、まだ産業化が進んでおらず大量に二酸化炭素を放出するようなことのない社会を形成しているこの世界は、全体的に涼しいのではないかという感覚がある。
地域的な気候なのかもしれない。湿度が低くて、夏は湿潤になる日本と違って汗が乾きやすい。
ふと、背後を振り返って確認すると、思った通り一緒にいる他の仲間たちも寒さを感じている様子だった。
遥か東方から小夜風と共に旅をして来て、こういう夜の冷え込みにも慣れているのか、珠穂は平気そうだった。もっとも、彼女はプライドが高く人に弱みを見せたくないという性分らしいから、そういうふうに振る舞っているだけかもしれない。
元村娘のフィーナも、寒そうにしてはいるもののまだ大丈夫そうだった。貧しい農村出身の彼女からすれば、こんな冷え込みは慣れっこというか、それに耐えなければ生きて来られなかった環境で育ったから、へっちゃらなのだろう。
———問題なのは、今回の旅に無理やり加わったお嬢様、セシリアだった。
彼女は地面にしゃがみこんで他の仲間と同じように息を殺しながら鉱山の方を凝視していたが、夜の冷え込みが辛いのかあからさまに寒そうに両手で自身の身体を抱きかかえ、小刻みに震えている様子が見て取れた。
「おい、嬢ちゃん。大丈夫か? 荷物から着れそうなもの、出すか? 」
「い、いえ、大丈夫。わ、私(わたくし)は、大丈夫です、わ……! 」
気づかってみたが、しかし、ブンブンと首が左右に振られる。
「ムリすんなよ? ラウルと小夜風が無事に戻ってきたら、すぐに逃げ出すんだ。その帰り道に風邪を引いて寝込む、なんてことになったら、大変だからな」
「そうだべさ。おねーさん、まだこういう旅に慣れてねーんだから、意地を張ってもいいことはねーだよ? 」
気丈に振る舞おうとはしているものの、その声も震えている。
無理をしているセシリアに源九郎が宿を出る時に一緒に持ち出して来た旅荷物の入った袋をあごで指し示すと、彼女の様子に先に気づいていて心配していたのか、フィーナも同調した。
「そ、そうさせて……、もらいます、わ」
強がってみせても、それで足を引っ張ってしまっては、自分が未熟なことのなによりの証明になってしまう。
そのことに気づいたのか、お嬢様は素直に袋の中から上に羽織って着ることが出来そうな衣服を取り出し、チュニックの上に重ね着をした。
「気をつけよ! どうやら、鉱山の方で何かが起こったようじゃ! 」
震えが収まり始めたセシリアが荷物を再度まとめ終えた時、珠穂が、編み笠の下からのぞかせている双眸を鋭く細めながら、抑えた声で警告してくれる。
———視線を向けると、彼女の言う通り、ケストバレーの最深部、鉱山がある辺りで、変化があった。
松明の明かりが急に増え、それがいくつも、左右に慌ただしく動いていく。おそらく警備をしていた傭兵たちが明かりを増やし、それぞれの手に持って照明として、活発に動き回り始めたのだろう。
そしてその騒々しさは、休息に広まって来る。鉱山の方から伝令らしい一人の傭兵が駆けて来て、シュリュード男爵の屋敷に飛び込むようにして入っていくと、そこでも人々の動きが盛んになっていった。
「今、何か光っただ! ……あっ、また! 」
キナ臭い雰囲気を感じ取り源九郎が表情を険しくしていると、フィーナが抑えた声で叫ぶ。
視線を屋敷の方から鉱山の方へと漏らすと、一瞬、揺れ動く無数の松明の明かりの中で、青白い炎に思える光が揺らめきながら広がり、すぐに消えた。
「小夜風の、狐火、じゃ! 」
その正体は、すぐに珠穂が明らかにしてくれる。
ラウルと共に鉱山に潜入していたはずの善狐。彼が用いる術の一つである狐火による光は段々と、こちらへ向かって近づいてきている様子だった。
状況は、すでに明らかだった。
敵の動きがにわかに活発になったのは、潜入した犬頭たちの存在が敵に露見したことを示していたし、青白い炎があらわれては消えてをくり返しながら、段々とこっちへ向かって来ているのは、敵に追いかけられているのを幻術で撹乱しつつ、逃げている、ということだ。
「トラブル発生、だな」
源九郎は表情を険しくしてそう呟き、唇を引き結ぶと、そっと、自身の腰に差した刀の柄に手を添えていた。
ラウルと小夜風を見送った後、源九郎たちはじっと、暗がりの中で彼らの帰還を待ちわびていた。
手持無沙汰な時間だった。
仲間の無事を確認できるまでは離れたくはなかったし、そもそも、隠れている物陰から迂闊(うかつ)に外に移動して、敵の見張りに発見でもされたら困ったことになってしまう。だからじっとして身動きをせず、無言で、ひたすら待っている以外になかったのだ。
おかげですっかり、暗闇に目が慣れてしまった。わずかに月明かりが差し込んできているが、その光だけで大体の物がくっきりと見えるほどだ。
この世界の月は地球から見えるものよりも色白でややサイズが大きいが、同様に満ち欠けがあり、今日は半月。薄く雲がかかっている。
(冷え込んで来たな)
ケストバレーの職人街の物陰にかがみこんで鉱山の様子をうかがっていた源九郎は、寒さを自覚し、小さく身震いをした。
まだ転生してから半年ほどしか経過してはいないが、この世界にも季節があるらしく、今は比較的暖かい時期だった。だが夜になればやはり気温の低下を実感せずにはいられない。
令和の時代の日本では、環境問題として地球温暖化などが危惧され、度々猛暑に見舞われるなどしていたが、まだ産業化が進んでおらず大量に二酸化炭素を放出するようなことのない社会を形成しているこの世界は、全体的に涼しいのではないかという感覚がある。
地域的な気候なのかもしれない。湿度が低くて、夏は湿潤になる日本と違って汗が乾きやすい。
ふと、背後を振り返って確認すると、思った通り一緒にいる他の仲間たちも寒さを感じている様子だった。
遥か東方から小夜風と共に旅をして来て、こういう夜の冷え込みにも慣れているのか、珠穂は平気そうだった。もっとも、彼女はプライドが高く人に弱みを見せたくないという性分らしいから、そういうふうに振る舞っているだけかもしれない。
元村娘のフィーナも、寒そうにしてはいるもののまだ大丈夫そうだった。貧しい農村出身の彼女からすれば、こんな冷え込みは慣れっこというか、それに耐えなければ生きて来られなかった環境で育ったから、へっちゃらなのだろう。
———問題なのは、今回の旅に無理やり加わったお嬢様、セシリアだった。
彼女は地面にしゃがみこんで他の仲間と同じように息を殺しながら鉱山の方を凝視していたが、夜の冷え込みが辛いのかあからさまに寒そうに両手で自身の身体を抱きかかえ、小刻みに震えている様子が見て取れた。
「おい、嬢ちゃん。大丈夫か? 荷物から着れそうなもの、出すか? 」
「い、いえ、大丈夫。わ、私(わたくし)は、大丈夫です、わ……! 」
気づかってみたが、しかし、ブンブンと首が左右に振られる。
「ムリすんなよ? ラウルと小夜風が無事に戻ってきたら、すぐに逃げ出すんだ。その帰り道に風邪を引いて寝込む、なんてことになったら、大変だからな」
「そうだべさ。おねーさん、まだこういう旅に慣れてねーんだから、意地を張ってもいいことはねーだよ? 」
気丈に振る舞おうとはしているものの、その声も震えている。
無理をしているセシリアに源九郎が宿を出る時に一緒に持ち出して来た旅荷物の入った袋をあごで指し示すと、彼女の様子に先に気づいていて心配していたのか、フィーナも同調した。
「そ、そうさせて……、もらいます、わ」
強がってみせても、それで足を引っ張ってしまっては、自分が未熟なことのなによりの証明になってしまう。
そのことに気づいたのか、お嬢様は素直に袋の中から上に羽織って着ることが出来そうな衣服を取り出し、チュニックの上に重ね着をした。
「気をつけよ! どうやら、鉱山の方で何かが起こったようじゃ! 」
震えが収まり始めたセシリアが荷物を再度まとめ終えた時、珠穂が、編み笠の下からのぞかせている双眸を鋭く細めながら、抑えた声で警告してくれる。
———視線を向けると、彼女の言う通り、ケストバレーの最深部、鉱山がある辺りで、変化があった。
松明の明かりが急に増え、それがいくつも、左右に慌ただしく動いていく。おそらく警備をしていた傭兵たちが明かりを増やし、それぞれの手に持って照明として、活発に動き回り始めたのだろう。
そしてその騒々しさは、休息に広まって来る。鉱山の方から伝令らしい一人の傭兵が駆けて来て、シュリュード男爵の屋敷に飛び込むようにして入っていくと、そこでも人々の動きが盛んになっていった。
「今、何か光っただ! ……あっ、また! 」
キナ臭い雰囲気を感じ取り源九郎が表情を険しくしていると、フィーナが抑えた声で叫ぶ。
視線を屋敷の方から鉱山の方へと漏らすと、一瞬、揺れ動く無数の松明の明かりの中で、青白い炎に思える光が揺らめきながら広がり、すぐに消えた。
「小夜風の、狐火、じゃ! 」
その正体は、すぐに珠穂が明らかにしてくれる。
ラウルと共に鉱山に潜入していたはずの善狐。彼が用いる術の一つである狐火による光は段々と、こちらへ向かって近づいてきている様子だった。
状況は、すでに明らかだった。
敵の動きがにわかに活発になったのは、潜入した犬頭たちの存在が敵に露見したことを示していたし、青白い炎があらわれては消えてをくり返しながら、段々とこっちへ向かって来ているのは、敵に追いかけられているのを幻術で撹乱しつつ、逃げている、ということだ。
「トラブル発生、だな」
源九郎は表情を険しくしてそう呟き、唇を引き結ぶと、そっと、自身の腰に差した刀の柄に手を添えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる