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その6
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七月になって期末テストが近づいてきたので、ひとまず魔女のことは忘れて勉強しよう、なんて思っていた矢先のことである。
とある雑貨屋に『願いを叶えてくれる品物』が売られている、という話が持ち込まれた。
持ち込んだのは志津木茜である。正直、今彼女と顔を合わせるのは非常に気まずいのだが、それはさておき。
手品部の先輩から聞いた噂話だという。店自体は、オカルトショップなどではなく、何の変哲もない雑貨屋。手狭な店内に、小物やらアクセサリやら文房具やらがちまちまと並んでいる、いかにも女子が好みそうで、男子には縁がなさそうな店。その無数にある品物の中には魔法が込められた品物が紛れ込んでおり、それを選び取ると妖精が現れて願い事を叶えてくれるのだとか。
うさんくさいというよりは、いかにも子供っぽい。そんな他愛のない噂に夢中になるのは小学生くらいが関の山ではなかろうかと思う。言われてみれば志津木にも聞いたおぼえのある話で、小学生の頃だったとのこと。興味がなかったのですっかり忘れていたらしい。かわいげのないやつ。
真偽のほどなど語るべくもない。ほほえましいおまじないとして少女たちの間でひそやかに語り継がれているだけならば気にするような話ではないのだが、どうもその店には足繁く通ってはごっそりと買い占めていく妙齢の女性が少なくないのだという。
魔法が本物で、願いが叶ったという話もまた、まことしやかに伝わっているらしいのだ。
「っていわれても、そういう怪しげなものに際限なく注ぎ込む人ってたまにいるじゃん」
「私も同感なんだけど、でも実際に魔女がいるってなると、話変わってこない?」
それはそうだが、だからといって件の魔女が何の利益があってわざわざ願い事なんて聞いているのか甚だ疑問。
一応シルシュに伝えてみると、
「行ってみたいです。連れてってください」
と即答。魔女の仕業である疑いが濃厚だというわけではなく、何も吟味していないだけだろう。なんとかランド的なテーマパークに行きたいとせがんでいるようにしか思えない。ともあれ、やる気があってなにより。こんな眉唾にでも飛びつきたいくらいには、気を取り直してくれたらしい。
翌日の放課後に落ち合ってその店に向かうことになった。あーちゃんに同行してもらうのは、まあ当然として。
「場所さえわかれば、私は一緒じゃなくていいでしょ。テスト近いし勉強しなきゃ」
と志津木は当初乗り気でなかったのだが、話を聞きつけた藤野が是非ともついて行かせてくれと気概をあらわにすると、しぶしぶと同行の意を示した。べつに頼んでないんですけど。まあ、シルシュを連れ歩く分には女子がいてくれたほうが助かるのは確か。
俺としては、藤野が一緒だというだけでわんさかお釣りがくる。魔女が関係してるかとかもう正直どうだっていい。
夏目は部活に出るというので不参加。週明けからテスト期間で部活禁止になるので、今日くらいは出ておかないと、とのこと。弱小とはいえ主要なメンバーに数えられていると大変ですね。どうせまた女子バレー部にコートを奪われるのが関の山だと思うけど。それを見越しているのか、終わってから合流すると言っていたが、できれば来ないでいただきたい。今は、彼と志津木とが一緒にいる空間に居合わせたくない。はらはらしちゃって寿命減りそう。
志津木とのことは、とにかく一旦頭を冷やせと強引に言いくるめてある。間違いなく納得してくれてはいない。ただ押し切られて首を縦に振っただけで、こちらはただ押し切っただけのこと。しかたがない、我々はこのタイプの危機的状況に対応するすべを持ち合わせていないのだ。しどろもどろになるほかないのだ。
というわけで五人でぞろぞろ向かう。市内ではあるが、学校から徒歩で行くにはしんどい距離なので、バスに乗った。実は藤野から、シルシュにお願いしてみんなで飛んで行ってはどうかなどという提案もあった。今日は常識を家に忘れてきたのかもしれない。シルシュもシルシュで、けっして難しいことではないと得意げになるものだから藤野もたいそうテンションが上がってしまい、危うく決行されそうになったが、また別の機会にと言葉を尽くして諭した。まあ、そういうわんぱくなところもかわいいと思うよ。
バスを降りたそばが商店街の入口で、古めかしいアーチが架かっていた。振り返ると、重苦しい鉛色の空をバックにしたジャコスン・トーバマの赤い看板が見える。ジャコスンのオープン時には、巨大資本による蹂躙が始まると戦々恐々としたであろうが、蓋を開けてみれば生き残ったのは古くからの商店街だったわけである。ジャコスンは何を間違ったのか。俺には普通に楽しいところだったが。
噂の雑貨屋『ラ・シャーイ』は商店街の奥まった一角にあった。周囲には赤ちょうちん系のお店が散見され、まだ明るいからか人気も少なく、ひっそりとしている。雑居ビル一階の居抜き物件のようだが、随所にそれらしい装飾が追加されており、どことなく洋風の小屋めいたテイストが感じられなくもない。通りに面して大窓があり、店内の様子がうかがえた。制服姿の女子が一ダースくらいいる。
店構えを眺めて、あーちゃんが腕組みした。
「なんかこの店、見覚えあるな」
「知っているのかあーちゃん」
「ああ、そうだ、去年の年末に夏目がクリスマスプレゼントを買うっつって来たんだった。西山もいただろーが」
「んん? そう?」
言われてみればそんな気がしてくる。女友達から勧められたとかなんとか、しゃらくせぇこと言ってやがったような。俺とあーちゃんは店には入らずに外で待ってて、なかなか出てこないからたいやき買いに行ったっけ。
「お師匠に消されたとか以前に、ニシヤマさんの記憶って儚いですよね」
うるさいな。どうでもいいことは忘れるようにできてるんだよ、人間は。
藤野が口元をにんまりさせて志津木に肩を寄せる。
「ねえねえ。それって、茜へのプレゼントってことよね? 何をもらったの?」
「えぇ? いいじゃん、なんでも。あとで。あとで教えるから。あいつらに聞かれたくないし」
ちらちらとこちらをうかがいながら追及をかわす志津木。ふむ。まったく興味なかったけど、隠されると気になりますな。というより藤野の反応が知りたい。ゆくゆくは藤野と浅からぬ仲になってゆく予定の身としては貴重な参考情報といえる。
「ともかく入りましょう……!」
シルシュが先頭に立ち、緊張した面持ちでドアを引く。頭の上でカランコロンカランとドアベルが鳴り、びくっとなって額をぶつけた。おもろい。もう一回やってくんないかな。
店内は一面のモザイク画と見紛うばかりだった。こまごまとしたものが整然と陳列されており、逆に雑然として見えるほど。何が売られているのか認識するまでに目を慣らす必要があった。ただ、改めて見れば女子が好きそうな小物やらアクセサリやら文房具やらであり、これといって何の変哲もない雑貨屋のようである。俺はこういうふわふわした空間にアレルギーでもあるのかもしれない。
正面の奥にカウンターがあって、店主らしき人物が鋭い眼光を投げかけてきていた。おそらく、普段の客層にそぐわない男子高校生を警戒しているのだろう。ジェンダーレス感あふれる出で立ちながら、身にまとう気配は完全に荒法師。うかつに近づけば霊験あらたかな仏具でぶたれてしまうに違いない。
まあ僧ではなかろうが、魔女ではあるかもしれないのだ。そう考えると、ちょっと怖気づかないでもない。
入り口で二の足を踏んでいる俺を押しのけて、藤野が店内に足を踏み入れる。一面の品々を見渡して、わー、すごーいとかなんとか能天気な歓声を上げていたかと思うと、
「すみません。この店に魔法の品物があると聞いたんですけど、どれですか?」
一直線にカウンターに向かう。少しのためらいもなく、質問もド直球。口調もハキハキとしている。
「……やっぱすげーな、あの人……」
さすがのあーちゃんも呆気にとられている。こういうタダモノじゃないところも魅力的だよね、うん。
藤野が戻ってくる。
「イタズラな妖精が気まぐれに現れて勝手に店の中に置いていくから、お店の人にもわからないのだそうよ」
「ああ、そう……」
あの店主の口からそんなファンタスティックな言葉が出てくるとは信じがたかったが、俺の心の目には見た目どおりの人物に見えていないだけで、実際には見た目どおりの言動なのだろう。ややこしい。とにもかくにも願いが叶ううんぬんといった噂は実在しており、店側も把握しているようだ。
「で、どうする?」
と、俺はほとんど癖であーちゃんを見る。
「どうするも何も、店の主人にちゃんとした話を聞くしかないだろうな。妙なところから仕入れてないかを確認したい。ただ、言うとおり魔女が勝手に店に置いていくのならともかく、そもそも主人が魔女本人かもしれんからな、下手なことはできねー」
「でも、シルシュ連れてきちゃってるんだし、魔女本人だとしたらもうバレてるような」
「確かに。ちょっと考えなしに行動しちまったな……」
店の隅でごにょごにょと相談する俺たちを、女学生客が冷ややかな視線で突き刺してくる。こんなときこそ女友達バリヤーの真価が発揮されるべきなのだが、彼女たちはあっという間にちまちまきらきらしたものに夢中になっていてこちらのことなんてすでに眼中にない。なんだここは。魔性の店か。夏目はよくこんな店にひとりでいられたな。
「ニシヤマさんニシヤマさん」
シルシュが近づいてきて、ついついと俺の袖を引く。
「なに? 今ちょっと、心に余裕ないんだけど」
「これ、買ってください」
差し出した手のひらの上には、フェルト人形が乗っかっている。兵士のモチーフなのか、三角の帽子を被り、その帽子と区別の難しい穂先の槍を携えている。どっかり尻餅をついていて、戦う意欲が感じられない。
「……なんで? ほしいの? てゆうか俺が買うの? お前、父さんとかばあちゃんからこづかいもらってんじゃん」
「もらいましたけど、なんか、どうしたらいいのかよくわからなくて」
俺は眉をひそめる。ああ、そうか、こいつ買い物したことないのか。
「あと、これみたいです」
「は?」
「これ、魔法が仕込んであります」
兵士のフェルト人形をカウンターに持っていって会計をお願いすると、店主は存外温和に応じてくれた。
「ステキな髪ね。妹ちゃんかしら?」
半歩後ろのシルシュを見てほほえみかける。
「そういうんじゃないです」
間髪入れずに首を振るシルシュ。俺が口を挟む隙もない。
それだけで、店主からは特にリアクションはなかった。この人形が『当たり』だと知らないのか、知っていて知らんぷりしてるのか。
一旦、店を出た。
「わ! 雨だ」
シルシュが大げさに反応するが、全然小降り。しかし頭上は黒々としていて、いつ本降りになってもおかしくない。
「私、折り畳み傘持ってる」
志津木が背中のリュックを下ろして中を探る。たぶんだけど、みんな持ってきてると思う。
「折り畳み傘って一度開いたら二度と元に戻せないよね」
「あんただけでしょそれ。どんだけ不器用なのよ」
とにかく適当な軒下に避難。手早く傘を開いた志津木が悠々とついてくる。
「それで、買ったはいいがどうするんだ?」
あーちゃんに問われ、シルシュは紙袋からフェルト人形を取り出す。
「分解してみましょう」
「ほう?」
あーちゃんの黒豆のような瞳に好奇の光がきらめく。
シルシュがその場にしゃがみ込み、高校生たちが彼女の手元をのぞきこもうとその周りを囲む。道端の地面にぎゅうぎゅう寄り集まる不審な少年グループの図。
「ずるい。私にも見せて」
輪にあぶれた藤野が、俺の背中にのしかかって肩口から顔を出してくる。きゃあ、密着! 薄着で密着! 胸を押しつけたりなんてさすがにしてないけど、でも、伝わる! 生々しい温かさ! この子ったらわざとやってるんじゃないでしょうね。この小悪魔め。どきどきして寿命減りそう。
俺の寿命カウンターが早回しで進み始める一方、シルシュは疑惑のフェルト人形の分解作業に着手する。
まず、頭部が左右まっぷたつに割れた。
「!!?!????」
そして首ごと直角にひねる。頭頂の割れ目に爪を立てて軽く力を入れると胴体が胸と背中で分かれ、がま口でも開くみたいにぱっくりと内部があらわになった。
「……………………なにこれ」
それしか感想がない。なかなかエグい絵面になっているが、不思議なのはいつのまにか布感がまったくなくなっていること。フェルトの塊を裂いたのではなく、プラスチック部品が組み合わされていたのを外したようにしか見えない。で、中にはストラップみたいな輪っかが脈絡なく生えている。シルシュはそれに指をかけておもむろに引っ張り出した。ずるるるとストラップに繋がれた板状の物体が引きずり出される。B5版くらいの大きさで、明らかに人形の内部に収まる形状ではないし、小さく丸められる材質とも思えない。
「これが本体ですね」
「……で、なんなのこれ」
呆気にとられる一同を代表して尋ねる。ちなみに分解作業が終了したことで藤野は背中から離れており、俺の心拍は平常値に戻っている。
「ですから、これが持ち主の願い事をお師匠に伝える役割をしていたわけです。ほら、お師匠が『全宙連』のヒトたちと連絡をとるために渡してある道具があるってお話ししたじゃないですか」
「あー、ポケベルみてーなやつ」
「でしたっけ? あれと似たようなものです。本当に願い事を叶えてあげてたってことなんでしょうか」
まさか何の意味もなく本物の魔法を仕掛けたりなんてしないだろう。実際に願いが叶ったなんていう噂がある以上は、そういうことになるか。
「じゃあさ、これを利用して魔女をおびき出したりできないかな」
志津木が立ち上がりながら提案する。よいせ、と腰を伸ばす。
「でも、分解しちゃったので」
「戻せないのかよ……」
あられもない姿に成り果てたフェルト人形に視線が集まる。
「でも志津木なら元通りにできるんじゃない?」
「むりむり。こわいこわい。さわりたくない」
手品部で鍛えた器用さをアピールする好機だと思うのだが、断固拒否の構え。
雑貨屋『ラ・シャーイ』に戻ることに。どうあれ魔女が関係していることは確からしいのだから、さしあたっての方策は店主への事情聴取以外にない。さきほどは客の手前それらしい方便を使っただけで、普通に魔女から物品を受け取って販売しているのかもしれない。
また、魔女本人という可能性だってなくはない。
「たぶん、それはないと思う。僕の想像だけどな」
でもあーちゃんが言うのならきっとそうなんだろう。シルシュもそのあたりはすっかりわきまえているようで、深くうなずきを返す。
「そうですか。それじゃあどうしたらいいでしょうか。軽く拷問とかしたら本当のこと話してもらえますかね」
「なんでそんな物騒なんだ。普通に聞け」
「そのあと拷問ですね?」
「だからさぁ」
社会道徳を説いてやりながら、シルシュの様子がおかしいことに気づく。雑貨屋のドアをにらみつける目つきが、なんだかぎらぎらとして危なげ。
「とはいえ、普通に聞いても正直に話してもらえねーのは確かなんだよな。どうしたもんか」
あーちゃんが顎に手を当てて考え込む。俺も真似をして考え込む。あーちゃん以上のアイデアがひねり出されてくるとは思えないけど。
「……ねえ西山」
藤野が俺の背中をつつく。考えに熱中するフリをしてしばらくつんつんされ続けるのも楽しそうだったが、うっかりすぐに振り向いてしまう。
藤野の指先は、そのまま雑貨屋入口のほうへ向かう。そこには今まさにカランコロンカランとドアを開ける青髪の少女の姿が。
「あっ……」
と、言葉にならない声が漏れる。
このときの心理は説明が難しい。止めようにも間に合わない。とはいえ今からでも止めに行くべきとわかってはいるのだが、もうなりゆきに任せる以外にどうしようもなく、そのくせ不思議と何もかもうまくいくのではと楽観する気持ちもありつつ、一方で不安がすごい勢いで募っていくような。
結果、固唾を飲んで見守る。通りに面した大窓から店内の様子がうかがえる。制服姿の女子たち。こまごまちまちまとした品々。奥のカウンターのほうへ、青髪を揺らす後ろ姿が消える。
ややあって、店内は爆発があったかのような大惨事となった。
そこに至ってようやく、シルシュを追うべく身体が動き始める。
店内に踏み入ると、陳列棚が横倒しになって商品が床一面に散らばっていた。女子客たちは目を見開いて尻餅をついており、スカートの裾がきわどい。彼女たちの避難は同じ女子たちに任せて、男子は荒事の真っ只中に立ち向かう。
とはいえ、できることはあまりない。
店の奥では、店主が半泣きで天井にへばりついていた。
シルシュが振り返る。ぎらつく瞳が、鈍く粘性を帯びた光跡を残す。
「アーチャンさん。やっぱりこのヒト、お師匠から品物を受け取っていたみたいですよ」
「お、おう……」
「わかったから下ろしてあげて。ねぇお願いだから」
俺の懇願に応じて、店主が床に落ちてくる。駆け寄って様子を見るかぎり特にケガはなさそうだが、どんな目に遭わされたのか、がたがたと震えている。そして、俺にはその一部始終がかなり詳細に想像できた。
「な、なんなのこの子! もう! いったい何なのよぉ!」
泣きギレする店主の肩に、そっと手を置く。この人に同情できるのは、この世界で俺ひとりきりに違いない。
シルシュは「息苦しいほどに気が急いてしまい、自分でもよくわからないうちに行動していた。今は反省している」などと供述しており、たっぷり叱りつけられた小型犬のようにおとなしくなっている。
みんなで手伝って可能な限り店内を復元したあと、シルシュには土下座させた。異世界人にしてはなかなか堂に入っていて、広がる青い髪が伏した上体をまだらに覆い、まるで南米に生息する毒ガエルを模したかのよう。
我々も保護者的な責任を感じ、店主に精一杯の謝意を示した。訴訟だの賠償だの言わないでくれるのは助かるが、それにしてもなげやりな態度の店主にあーちゃんが意味ありげな視線を投げかける。
改めて、店主に話を聞く。体裁を取り繕う気もすっかり失せてしまったようで、すんなり口を開いた。
店主によると、『願いが叶う品物』を売り始めたのは七、八年前のことだという。
「代理人を名乗る猫が現れたのよ……」
「……は?」
我々は訝しんだ。頭を打っているのかもしれない。あるいは精神的外傷によるものか。とまれ、店主は話を続ける。
ある日、奇妙な男が店を訪れた。一匹の猫を連れていて、ぬぼーっとしていて背が高く、黒ずくめで目立ちそうなものだが、どうにも印象が乏しい。男は何も言わずにカウンターに猫を下ろす。ケージに入れているわけでもなく、注意しようとしかけたところで、商談を持ちかけられた。
「扱ってほしい品があるのですけど」
店主は自分の感覚を疑った。猫に喋りかけられたようにしか思えなかったからだ。
腹話術だろうか。猫はじっと店主を見上げ、あまつさえ言葉に合わせて口元が動いているようにさえ見える。
男が、持っていた鞄から品物を取り出し、カウンターに並べていく。それぞれ動物をモチーフにした手製の置物が五つ。ペン立てほどの大きさで、紙粘土だろうか。素朴な造作で味わいがあるが、売り物になるかというと微妙といわざるをえない。
その間にも、猫は店主に話しかける。品物は、さる人物の手によるものだという。自分はその代理だ、とも。不思議だった。声自体は中性的でどちらともいえないものだが、どう耳を傾けてみても、男のほうから声が聞こえるようには感じられない。
「これらは、持ち主の願いを叶えます」
民芸品の類かと店主は思った。お守りや願掛けといった由来をもつ品物は数多くある。おまじないとしてはありふれているし、客層に合ったデザインでもなかったが、猫を使って売り込んできたのがおもしろくて、店主はそれらを仕入れることにした。言われたとおりの売り文句を添えて、店頭に並べる。価格は控えめにしておいた。
さほど間を置かずにそれらはすべてさばけた。物好きな客というのはいるものだ。ところがしばらくして、買った客から再入荷の予定を聞かれる。これは自分の見込み違いで、案外ウケが良いのかもしれない。また売り込みに来たら、まとまった数量を持ちかけるのも悪くない。
頭の中でそんな算段を整えているうちにも、客からは次々と問い合わせが入る。売った商品は五つ。しかし問い合わせはその数倍、数十倍に。
どうやら、本当に願いが叶ったと噂になっているらしい。
偶然と考えるのが普通の感覚だろう。当人もそう考えていたが、いつのまにか件の置物が見当たらない。これはもしや――という話が巷に広まっているようだ。もともとオカルトの類への関心が強いような客が、意図的に尾ひれを付けていると思しき部分もある。噂の伝播を早めている要因だろう。
そして、頃合いを見計らっていたかのように再び現れる猫。今度は『連れ』の男はおらず、一匹きりでの訪問だった。また、人の言葉で、商談を持ちかけてくる。男が持っていた鞄がどこからともなく中空を進み出てきて、ひとりでに開いた。前回とは別の種類の動物の置物が、ことり、ことりとカウンターに並べられていく。夢でも見ているのかと店主は思ったという。
どうあれ商機である。店主はあるだけ仕入させてもらいたいと猫に伝えた。しかし猫は、小さな頭を横に振る。
「手のかかる品なので、多くは用意できないのです」
なるほど、『本物』であればさもありなん。店主は噂を信じていなかったが、事ここに至っては疑う余地などなかった。
そこで、ひとつ計略を巡らす。
まずは品物について確かめる必要があった。どこの誰の手によるものなのか知らないが、材質やデザインはどのような意図によるものなのか。何か決まった様式に則ったものなのか。
「特に意図したものではありません。見様見真似で作ったものです」
猫は上品な口調で、どこか素っ気なく答えた。置物のつもりもないという。つまり、機能の入れ物でしかないのだ。願いを叶える、という機能の。
その答えを店主はどこかで予感しており、また狙ってもいた。何のつもりでこんなことをするのかいっそう不可解だが、何であれ都合の良い話には違いない。
店主は店内の商品を見繕って猫に示し、『機能』を保ったまま同じように作ることはできないかと持ちかけた。
「できますよ」
と、猫は簡単に請け合った。
「では、売り切れた頃にまた参ります」
そう言い残して猫は去った。置物をどうするか迷ったが、売り切らなければ猫は現れないように思われたので、売り場に出した。かなり思い切った値段にしてみたが、あっという間に売れた。そして、噂の信憑性が補強される。
猫はすぐにやってきた。出来上がってきた品物は、売り場の商品と見分けがつかなかった。店主は満足してそれらを受領し、売り場に並べた。他の、何の変哲もない商品に紛れ込ませて。そして、客には妖精が勝手に置いていくなどとうそぶく――
「……なんだか雲行きがあやしくなってきたような」
志津木の目がうろんなものを見るものになる。そしてそれは、まったくもって正しい認識といえた。
要するに、噂で客を呼び込み、どれなのかわからないごく少数の『本物』を餌にして無用の買い物をさせようという魂胆なのだった。なんというアコギな商売。夜店のくじ引きと大差ない。まったく同情できなくなってきた。ちょっと懲らしめてやってちょうど良かったのでは。シルシュは土下座代を請求すべき。
「しかたなかったのよ……ジャコスンができてからめっきり客足が減って……。手段を選んでなんていられなかったのよぅ!」
うん、まあ、それには同情の余地あるかも。
「てゆうかもしや、それでジャコスンの閉店を願ったんじゃあ……?」
「いくらなんでもそんなことしないわ」
「売り物にせずに自分の願い事を叶えようとしなかったのは、なんてゆうか、えらいと思いますけど」
「欲をかけば身を滅ぼすのがおとぎ話の常じゃないの」
「よくそんなこと言えたな、この人……」
あーちゃんが半眼になってつぶやく。どうやらこの店のあくどいやり口に察しがついていたようだ。魔女が金儲けに腐心する理由はないだろうから、店主が魔女本人ということはないと目星をつけたのだろう。それなのに何にも言わずにめちゃくちゃになった店を片付けるのを手伝ってたんだから、もうえらすぎるでしょ。聖人かよ。あーちゃんグッズ作って売れよこの店。
ただ一点、この店に誠実といえなくもない部分があるのだとすれば、『本物』を区別して販売していないことであろう。設定に則ることで真に迫るのか、単に罪悪感が和らぐのか知らないが、少なくとも意図的に『本物』を出したり引っ込めたりするようなことはしていなかったようだ。猫から受け取った品物はすべて店頭に並べてしまい、そうしてしまうともう店主にも判別できず、以降は売れたのかどうか管理しようもない。猫が納品に現れて、そこで初めて売り切れていたことを知るのだという。猫サイドはいくつ願い事を受け取ったかで、在庫状況を把握しているのだろう。
猫を代理としている人物の正体は不明だが、ジャコスンにおける発光現象と同様、不可思議事件の原因がいくつも考えられるほど世間は混沌としていないはず。この猫を魔女探しの重要参考人とみなすことは順当すぎるほどに順当といえよう。
猫と魔女に関連があるとして、問題はどうやって接触するか。『本物』の在庫があれば利用できるかもしれないし、ないのなら店を訪れる猫に直接接触を試みるところだが、いかんせん在庫の有無が不明。店主はあえて管理していないし、唯一把握しているらしいのが当の猫という転倒した状況。
しかし待ってほしい。シルシュは『本物』を容易に見つけ出してきたではないか。
「すぐに見つかったのはたまたま目にとまっただけなんですが、よく見ればわかります。偽装されたものって、じっと見てるとぐんにゃりしてくるんですよ」
「なに、ぐんにゃりって」
「なにと聞かれても、ぐんにゃりするからぐんにゃりです」
他に説明用の語彙はないらしい。ぐんにゃり。専門用語だろうか。うーむ…………まあいいか。
「同じ要領で、化けている魔女を見破れたりできねーのか?」
あっ、さすが。あーちゃん、さすがの着眼点。
「術者本人が変身してる場合は、ぐんにゃり見られないように適時取り繕えるので普通は無理ですね」
「そりゃそうか。じっと見た程度で見破られちゃ世話ねーわな」
よし、あーちゃんが納得したところで話を戻そう。
つまり、シルシュは『本物』を判別できる。なので、商品をひとつひとつじっくり検分していけば、店内にまだ残っているか確認できるというわけだ。
――うん、つまり、こまごまちまちまとした、この膨大な数の商品を、ひとつひとつ……
藤野がそっと手のひらを見せて挙手。こんな何気ない仕草でも人を魅了する。控えめだけど途方に暮れる一同には後光が差して見えたことだろうし、なにより発言の前に挙手するなんてお行儀が良い。
「それって、シルちゃんでないとわからない? 私たちが見てみても駄目なのかしら」
「さあ……。でも、お店のご主人やお客さんの中で、普通の品物と違って見えるっていうような話がないということは、きっと駄目なんだと思います」
「そう。となると、ちょっと大変よね」
息をつき、細い腰に手をあてて店内を見渡す。
「待って。なにも全部を確認する必要はないと思うわ」
と、これまでしおらしくなってなりゆきに身を任せていた店主が口を出す。
前回受け取った『本物』が、どの商品だったか、その種類くらいはおぼえているというのだ。ただ、たとえばひとつは蛍光マーカーだったが、何色までかはわからないとか、けっこう大雑把。それでも、雑多な店内にあっては、かなり絞り込めることになる。
あとはもう、シルシュにがんばってもらうしかなかった。目を皿のようにするシルシュの前に、次々と商品を並べていく。長丁場になりそうだったので、その間に小腹を満たすために買い出しに出たり、家に連絡を入れたりした。
窓の外はすっかり暗い。雨もいつのまにか強くなっていた。
部活を終えた夏目が姿を見せる。めずらしくみっちり練習したようで、こんな時間まで感心だねとサボりを棚に上げて労ってやる。
さてここで夏目と志津木がご対面。あんなこと言ってたからって、TPOもわきまえずに別れ話が始まるなんて思わないけど、でもやっぱり意識しちゃーう。緊張しちゃーう。
だがこんなときこそ、友人として普段どおりふるまうべきなのだ。俺は、検分の済んだ商品を棚に戻す志津木に、さりげないそぶりで近づく。
「志津木さぁ、もう暗いし遅くなるし、帰ったほうがいいんじゃないか? 夏目も来たことだし、送ってもらえよ」
いやさ、べつに追い払おうってんじゃないんだよ。ほら、そもそも渋々ついてきてくれてたんだし。テストも近いし。女の子だし。
志津木は返答をためらうように、目線を下向ける。
「……まだいる。喋る猫、見たいし」
「…………」
なにそのかわいいやつ。急にやめて?
「今まで意識しないでやってましたけど、きっと魔法の一種だったってことなんでしょうね。つかれましたぁ……」
ぐったりして座り込むシルシュに、女子二人が群がってあちこち揉みほぐしてあげている。
「あ、ナツメさん。いたんですね。このあいだはヒトデナシなんて言ってすみませんでした……」
「お、おう。おつかれ……」
とまどう夏目。言葉の意図がわからなくてこちらに訴えてくるが、俺は何も語らずにおいた。あれはさ、若気の至りみたいなものだったんだよ。誰にだってある。あーちゃんでさえある。
長時間にわたる検分の末、どうやら『本物』の在庫はなさそうだという結論を得た。正直、確実性に乏しい気がするが、これ以上はどうしようもない。シルシュをさらに酷使するのもしのびない。
「棚卸しの日だったら助かったのにぃ」
などと店主が似合わぬウインクでのたまう。反省の色が薄れてきているようですねぇ……
さておき、我々の目標は、在庫の補充に現れる猫との接触に絞られることになった。
猫は決まって、営業を終えて閉店作業をしている最中に現れる。入口を施錠してあるのに、いつのまにか店内にいるのである。この頃はもうおどろくこともなくなったと店主は語る。
ただ、今夜現れる保証はない。むしろ可能性は低い。売り切れたのは今日、シルシュが分解したフェルト人形が最後のひとつだったわけで。
とりあえず、望みは薄いが、今日のところは猫を待ってみることにした。店主にはいつもどおり閉店作業をしてもらい、俺たちはバックヤードに潜む。
シルシュは、せっかくの手がかりだし、明日以降も猫が現れるまで張り込みたがるだろう。でもひとりで来させるわけにはいかないし、誰かしら付き添ってやらんとな。とはいえ、みんなをそうそう付き合わせられないし、俺か。テスト前だけど、しかたないよな。しかたないよ、うん。
勉強しない口実を得てほくそ笑む俺をよそに、シルシュが声を落として尋ねる。
「ネコが現れたら、どうするのがいいと思いますか?」
「そりゃあやっぱり……つかまえる?」
志津木が答える。多分に願望が含まれていそうな、弾んだ調子である。捕まえて飼おうとでもいうのか。
すると、シルシュがどこからともなく例のラクロスのラケットみたいな杖を取り出す。志津木の目が見開かれる。手品部魂がうずいたのかもしれないが、手乗りサイズの人形からB5サイズの板が出てきたあとだからか、特に追及はなかった。
シルシュが杖を握りしめて何やら念じるようにすると、片側先端の網目部分が袋状に容積をもった形状へと変わっていく。もともとラクロスのラケットっぽかったものが、いよいよラクロスのラケットに変形! これは熱い展開! あとはこれを藤野に持ってもらえばステキ度が完璧になって俺の胸キュンゲージが高止まり――……ってゆうかこれ、どう見ても虫取り網じゃん。なんだよ……じゃあいいよ、もう。東の薙刀、西のラクロスっていうだろうがよ、はぁ……
「私は、あとを追いかけたほうがいいと思うけど」
藤野が別案を出す。
「追いかけても魔女のところに戻るとは限らないじゃん」
「それもそうだし、雨も降ってるのに猫を追いかけるなんて大変だぞ?」
志津木の反論に、夏目も同調する。あーちゃんは黙り込んで、売り場のほうをにらんでいる。
「つかまえても、素直に教えてくれるかわからないでしょう? どうやって聞き出すの?」
「……拷問なんてしないからね。普通に聞くから。話ができるんだし」
「いやいや誰も何も言ってないから。でもさ、そのへんの野良猫を操ってるだけとかだったら、何にもならないんじゃないか?」
「……えっと、どうしたら……?」
シルシュが議論に合わせて顔を右左させる。両手にもった虫取り網がとまどうように揺れる。颯爽と取り出して変形させたものの、意見がまとまらず、引っ込めたものかどうしたものか。まぁ、お子様にはお似合いだし、持っておけばいいんじゃないですかね。そういや虫かごみたいなのも持ってたっけ。
不意に、あーちゃんが手を水平に伸ばした。
「静かに。……来た」
みんな一斉に息をのむ。トーテムポールのようになりながらそうっと売り場をのぞき込むと、一匹の猫がカウンターの上に跳びあがるところだった。店主が慣れた口調で対応する。ほっそりとした白い猫で、尻尾の先だけが茶色い。ぴんと立てた耳の直上にはビジネスバッグが浮かんでいた。
「うそ、本当に喋ってる~。あ、でも黒猫じゃないんだ……」
「ちょ、押すな。見つかるだろ」
「とっくにバレていたりして。それよりも、ねえ、どうするの?」
「つかまえるんなら、店の中にいる間のほうがいいだろうけど」
「鍵かけてるのに入ってきたわけだし、あんまり関係ないんじゃないか?」
「ああ、かわいい……いいなぁ……私、この店で働きたい」
「茜のためにも、ひとまずつかまえてあげたほうがいいような気がしてきたわ」
「じゃ、じゃあ、つかまえますよ? 行きますよ? いいんですね?」
虫取り網を上段に構えて、今にも飛び出さんばかりのシルシュ。もう収集つかないし行っちまえっていう雰囲気に押し流されかけていたが、すんでのところであーちゃんの制止が入る。
「待った。思い出した。追いかけよう」
その言葉に、シルシュが胸いっぱいに息を吸う。迷いのせいで浮ついていた表情は自信によって上書きされ、狼狽のあまり波打っていた髪もさらりとストレートに戻る。瞳を輝かせ、そうして、大きくうなずきを返した。
「はいっ……!」
見たかね諸君。これが君主のカリスマというやつさ。
とある雑貨屋に『願いを叶えてくれる品物』が売られている、という話が持ち込まれた。
持ち込んだのは志津木茜である。正直、今彼女と顔を合わせるのは非常に気まずいのだが、それはさておき。
手品部の先輩から聞いた噂話だという。店自体は、オカルトショップなどではなく、何の変哲もない雑貨屋。手狭な店内に、小物やらアクセサリやら文房具やらがちまちまと並んでいる、いかにも女子が好みそうで、男子には縁がなさそうな店。その無数にある品物の中には魔法が込められた品物が紛れ込んでおり、それを選び取ると妖精が現れて願い事を叶えてくれるのだとか。
うさんくさいというよりは、いかにも子供っぽい。そんな他愛のない噂に夢中になるのは小学生くらいが関の山ではなかろうかと思う。言われてみれば志津木にも聞いたおぼえのある話で、小学生の頃だったとのこと。興味がなかったのですっかり忘れていたらしい。かわいげのないやつ。
真偽のほどなど語るべくもない。ほほえましいおまじないとして少女たちの間でひそやかに語り継がれているだけならば気にするような話ではないのだが、どうもその店には足繁く通ってはごっそりと買い占めていく妙齢の女性が少なくないのだという。
魔法が本物で、願いが叶ったという話もまた、まことしやかに伝わっているらしいのだ。
「っていわれても、そういう怪しげなものに際限なく注ぎ込む人ってたまにいるじゃん」
「私も同感なんだけど、でも実際に魔女がいるってなると、話変わってこない?」
それはそうだが、だからといって件の魔女が何の利益があってわざわざ願い事なんて聞いているのか甚だ疑問。
一応シルシュに伝えてみると、
「行ってみたいです。連れてってください」
と即答。魔女の仕業である疑いが濃厚だというわけではなく、何も吟味していないだけだろう。なんとかランド的なテーマパークに行きたいとせがんでいるようにしか思えない。ともあれ、やる気があってなにより。こんな眉唾にでも飛びつきたいくらいには、気を取り直してくれたらしい。
翌日の放課後に落ち合ってその店に向かうことになった。あーちゃんに同行してもらうのは、まあ当然として。
「場所さえわかれば、私は一緒じゃなくていいでしょ。テスト近いし勉強しなきゃ」
と志津木は当初乗り気でなかったのだが、話を聞きつけた藤野が是非ともついて行かせてくれと気概をあらわにすると、しぶしぶと同行の意を示した。べつに頼んでないんですけど。まあ、シルシュを連れ歩く分には女子がいてくれたほうが助かるのは確か。
俺としては、藤野が一緒だというだけでわんさかお釣りがくる。魔女が関係してるかとかもう正直どうだっていい。
夏目は部活に出るというので不参加。週明けからテスト期間で部活禁止になるので、今日くらいは出ておかないと、とのこと。弱小とはいえ主要なメンバーに数えられていると大変ですね。どうせまた女子バレー部にコートを奪われるのが関の山だと思うけど。それを見越しているのか、終わってから合流すると言っていたが、できれば来ないでいただきたい。今は、彼と志津木とが一緒にいる空間に居合わせたくない。はらはらしちゃって寿命減りそう。
志津木とのことは、とにかく一旦頭を冷やせと強引に言いくるめてある。間違いなく納得してくれてはいない。ただ押し切られて首を縦に振っただけで、こちらはただ押し切っただけのこと。しかたがない、我々はこのタイプの危機的状況に対応するすべを持ち合わせていないのだ。しどろもどろになるほかないのだ。
というわけで五人でぞろぞろ向かう。市内ではあるが、学校から徒歩で行くにはしんどい距離なので、バスに乗った。実は藤野から、シルシュにお願いしてみんなで飛んで行ってはどうかなどという提案もあった。今日は常識を家に忘れてきたのかもしれない。シルシュもシルシュで、けっして難しいことではないと得意げになるものだから藤野もたいそうテンションが上がってしまい、危うく決行されそうになったが、また別の機会にと言葉を尽くして諭した。まあ、そういうわんぱくなところもかわいいと思うよ。
バスを降りたそばが商店街の入口で、古めかしいアーチが架かっていた。振り返ると、重苦しい鉛色の空をバックにしたジャコスン・トーバマの赤い看板が見える。ジャコスンのオープン時には、巨大資本による蹂躙が始まると戦々恐々としたであろうが、蓋を開けてみれば生き残ったのは古くからの商店街だったわけである。ジャコスンは何を間違ったのか。俺には普通に楽しいところだったが。
噂の雑貨屋『ラ・シャーイ』は商店街の奥まった一角にあった。周囲には赤ちょうちん系のお店が散見され、まだ明るいからか人気も少なく、ひっそりとしている。雑居ビル一階の居抜き物件のようだが、随所にそれらしい装飾が追加されており、どことなく洋風の小屋めいたテイストが感じられなくもない。通りに面して大窓があり、店内の様子がうかがえた。制服姿の女子が一ダースくらいいる。
店構えを眺めて、あーちゃんが腕組みした。
「なんかこの店、見覚えあるな」
「知っているのかあーちゃん」
「ああ、そうだ、去年の年末に夏目がクリスマスプレゼントを買うっつって来たんだった。西山もいただろーが」
「んん? そう?」
言われてみればそんな気がしてくる。女友達から勧められたとかなんとか、しゃらくせぇこと言ってやがったような。俺とあーちゃんは店には入らずに外で待ってて、なかなか出てこないからたいやき買いに行ったっけ。
「お師匠に消されたとか以前に、ニシヤマさんの記憶って儚いですよね」
うるさいな。どうでもいいことは忘れるようにできてるんだよ、人間は。
藤野が口元をにんまりさせて志津木に肩を寄せる。
「ねえねえ。それって、茜へのプレゼントってことよね? 何をもらったの?」
「えぇ? いいじゃん、なんでも。あとで。あとで教えるから。あいつらに聞かれたくないし」
ちらちらとこちらをうかがいながら追及をかわす志津木。ふむ。まったく興味なかったけど、隠されると気になりますな。というより藤野の反応が知りたい。ゆくゆくは藤野と浅からぬ仲になってゆく予定の身としては貴重な参考情報といえる。
「ともかく入りましょう……!」
シルシュが先頭に立ち、緊張した面持ちでドアを引く。頭の上でカランコロンカランとドアベルが鳴り、びくっとなって額をぶつけた。おもろい。もう一回やってくんないかな。
店内は一面のモザイク画と見紛うばかりだった。こまごまとしたものが整然と陳列されており、逆に雑然として見えるほど。何が売られているのか認識するまでに目を慣らす必要があった。ただ、改めて見れば女子が好きそうな小物やらアクセサリやら文房具やらであり、これといって何の変哲もない雑貨屋のようである。俺はこういうふわふわした空間にアレルギーでもあるのかもしれない。
正面の奥にカウンターがあって、店主らしき人物が鋭い眼光を投げかけてきていた。おそらく、普段の客層にそぐわない男子高校生を警戒しているのだろう。ジェンダーレス感あふれる出で立ちながら、身にまとう気配は完全に荒法師。うかつに近づけば霊験あらたかな仏具でぶたれてしまうに違いない。
まあ僧ではなかろうが、魔女ではあるかもしれないのだ。そう考えると、ちょっと怖気づかないでもない。
入り口で二の足を踏んでいる俺を押しのけて、藤野が店内に足を踏み入れる。一面の品々を見渡して、わー、すごーいとかなんとか能天気な歓声を上げていたかと思うと、
「すみません。この店に魔法の品物があると聞いたんですけど、どれですか?」
一直線にカウンターに向かう。少しのためらいもなく、質問もド直球。口調もハキハキとしている。
「……やっぱすげーな、あの人……」
さすがのあーちゃんも呆気にとられている。こういうタダモノじゃないところも魅力的だよね、うん。
藤野が戻ってくる。
「イタズラな妖精が気まぐれに現れて勝手に店の中に置いていくから、お店の人にもわからないのだそうよ」
「ああ、そう……」
あの店主の口からそんなファンタスティックな言葉が出てくるとは信じがたかったが、俺の心の目には見た目どおりの人物に見えていないだけで、実際には見た目どおりの言動なのだろう。ややこしい。とにもかくにも願いが叶ううんぬんといった噂は実在しており、店側も把握しているようだ。
「で、どうする?」
と、俺はほとんど癖であーちゃんを見る。
「どうするも何も、店の主人にちゃんとした話を聞くしかないだろうな。妙なところから仕入れてないかを確認したい。ただ、言うとおり魔女が勝手に店に置いていくのならともかく、そもそも主人が魔女本人かもしれんからな、下手なことはできねー」
「でも、シルシュ連れてきちゃってるんだし、魔女本人だとしたらもうバレてるような」
「確かに。ちょっと考えなしに行動しちまったな……」
店の隅でごにょごにょと相談する俺たちを、女学生客が冷ややかな視線で突き刺してくる。こんなときこそ女友達バリヤーの真価が発揮されるべきなのだが、彼女たちはあっという間にちまちまきらきらしたものに夢中になっていてこちらのことなんてすでに眼中にない。なんだここは。魔性の店か。夏目はよくこんな店にひとりでいられたな。
「ニシヤマさんニシヤマさん」
シルシュが近づいてきて、ついついと俺の袖を引く。
「なに? 今ちょっと、心に余裕ないんだけど」
「これ、買ってください」
差し出した手のひらの上には、フェルト人形が乗っかっている。兵士のモチーフなのか、三角の帽子を被り、その帽子と区別の難しい穂先の槍を携えている。どっかり尻餅をついていて、戦う意欲が感じられない。
「……なんで? ほしいの? てゆうか俺が買うの? お前、父さんとかばあちゃんからこづかいもらってんじゃん」
「もらいましたけど、なんか、どうしたらいいのかよくわからなくて」
俺は眉をひそめる。ああ、そうか、こいつ買い物したことないのか。
「あと、これみたいです」
「は?」
「これ、魔法が仕込んであります」
兵士のフェルト人形をカウンターに持っていって会計をお願いすると、店主は存外温和に応じてくれた。
「ステキな髪ね。妹ちゃんかしら?」
半歩後ろのシルシュを見てほほえみかける。
「そういうんじゃないです」
間髪入れずに首を振るシルシュ。俺が口を挟む隙もない。
それだけで、店主からは特にリアクションはなかった。この人形が『当たり』だと知らないのか、知っていて知らんぷりしてるのか。
一旦、店を出た。
「わ! 雨だ」
シルシュが大げさに反応するが、全然小降り。しかし頭上は黒々としていて、いつ本降りになってもおかしくない。
「私、折り畳み傘持ってる」
志津木が背中のリュックを下ろして中を探る。たぶんだけど、みんな持ってきてると思う。
「折り畳み傘って一度開いたら二度と元に戻せないよね」
「あんただけでしょそれ。どんだけ不器用なのよ」
とにかく適当な軒下に避難。手早く傘を開いた志津木が悠々とついてくる。
「それで、買ったはいいがどうするんだ?」
あーちゃんに問われ、シルシュは紙袋からフェルト人形を取り出す。
「分解してみましょう」
「ほう?」
あーちゃんの黒豆のような瞳に好奇の光がきらめく。
シルシュがその場にしゃがみ込み、高校生たちが彼女の手元をのぞきこもうとその周りを囲む。道端の地面にぎゅうぎゅう寄り集まる不審な少年グループの図。
「ずるい。私にも見せて」
輪にあぶれた藤野が、俺の背中にのしかかって肩口から顔を出してくる。きゃあ、密着! 薄着で密着! 胸を押しつけたりなんてさすがにしてないけど、でも、伝わる! 生々しい温かさ! この子ったらわざとやってるんじゃないでしょうね。この小悪魔め。どきどきして寿命減りそう。
俺の寿命カウンターが早回しで進み始める一方、シルシュは疑惑のフェルト人形の分解作業に着手する。
まず、頭部が左右まっぷたつに割れた。
「!!?!????」
そして首ごと直角にひねる。頭頂の割れ目に爪を立てて軽く力を入れると胴体が胸と背中で分かれ、がま口でも開くみたいにぱっくりと内部があらわになった。
「……………………なにこれ」
それしか感想がない。なかなかエグい絵面になっているが、不思議なのはいつのまにか布感がまったくなくなっていること。フェルトの塊を裂いたのではなく、プラスチック部品が組み合わされていたのを外したようにしか見えない。で、中にはストラップみたいな輪っかが脈絡なく生えている。シルシュはそれに指をかけておもむろに引っ張り出した。ずるるるとストラップに繋がれた板状の物体が引きずり出される。B5版くらいの大きさで、明らかに人形の内部に収まる形状ではないし、小さく丸められる材質とも思えない。
「これが本体ですね」
「……で、なんなのこれ」
呆気にとられる一同を代表して尋ねる。ちなみに分解作業が終了したことで藤野は背中から離れており、俺の心拍は平常値に戻っている。
「ですから、これが持ち主の願い事をお師匠に伝える役割をしていたわけです。ほら、お師匠が『全宙連』のヒトたちと連絡をとるために渡してある道具があるってお話ししたじゃないですか」
「あー、ポケベルみてーなやつ」
「でしたっけ? あれと似たようなものです。本当に願い事を叶えてあげてたってことなんでしょうか」
まさか何の意味もなく本物の魔法を仕掛けたりなんてしないだろう。実際に願いが叶ったなんていう噂がある以上は、そういうことになるか。
「じゃあさ、これを利用して魔女をおびき出したりできないかな」
志津木が立ち上がりながら提案する。よいせ、と腰を伸ばす。
「でも、分解しちゃったので」
「戻せないのかよ……」
あられもない姿に成り果てたフェルト人形に視線が集まる。
「でも志津木なら元通りにできるんじゃない?」
「むりむり。こわいこわい。さわりたくない」
手品部で鍛えた器用さをアピールする好機だと思うのだが、断固拒否の構え。
雑貨屋『ラ・シャーイ』に戻ることに。どうあれ魔女が関係していることは確からしいのだから、さしあたっての方策は店主への事情聴取以外にない。さきほどは客の手前それらしい方便を使っただけで、普通に魔女から物品を受け取って販売しているのかもしれない。
また、魔女本人という可能性だってなくはない。
「たぶん、それはないと思う。僕の想像だけどな」
でもあーちゃんが言うのならきっとそうなんだろう。シルシュもそのあたりはすっかりわきまえているようで、深くうなずきを返す。
「そうですか。それじゃあどうしたらいいでしょうか。軽く拷問とかしたら本当のこと話してもらえますかね」
「なんでそんな物騒なんだ。普通に聞け」
「そのあと拷問ですね?」
「だからさぁ」
社会道徳を説いてやりながら、シルシュの様子がおかしいことに気づく。雑貨屋のドアをにらみつける目つきが、なんだかぎらぎらとして危なげ。
「とはいえ、普通に聞いても正直に話してもらえねーのは確かなんだよな。どうしたもんか」
あーちゃんが顎に手を当てて考え込む。俺も真似をして考え込む。あーちゃん以上のアイデアがひねり出されてくるとは思えないけど。
「……ねえ西山」
藤野が俺の背中をつつく。考えに熱中するフリをしてしばらくつんつんされ続けるのも楽しそうだったが、うっかりすぐに振り向いてしまう。
藤野の指先は、そのまま雑貨屋入口のほうへ向かう。そこには今まさにカランコロンカランとドアを開ける青髪の少女の姿が。
「あっ……」
と、言葉にならない声が漏れる。
このときの心理は説明が難しい。止めようにも間に合わない。とはいえ今からでも止めに行くべきとわかってはいるのだが、もうなりゆきに任せる以外にどうしようもなく、そのくせ不思議と何もかもうまくいくのではと楽観する気持ちもありつつ、一方で不安がすごい勢いで募っていくような。
結果、固唾を飲んで見守る。通りに面した大窓から店内の様子がうかがえる。制服姿の女子たち。こまごまちまちまとした品々。奥のカウンターのほうへ、青髪を揺らす後ろ姿が消える。
ややあって、店内は爆発があったかのような大惨事となった。
そこに至ってようやく、シルシュを追うべく身体が動き始める。
店内に踏み入ると、陳列棚が横倒しになって商品が床一面に散らばっていた。女子客たちは目を見開いて尻餅をついており、スカートの裾がきわどい。彼女たちの避難は同じ女子たちに任せて、男子は荒事の真っ只中に立ち向かう。
とはいえ、できることはあまりない。
店の奥では、店主が半泣きで天井にへばりついていた。
シルシュが振り返る。ぎらつく瞳が、鈍く粘性を帯びた光跡を残す。
「アーチャンさん。やっぱりこのヒト、お師匠から品物を受け取っていたみたいですよ」
「お、おう……」
「わかったから下ろしてあげて。ねぇお願いだから」
俺の懇願に応じて、店主が床に落ちてくる。駆け寄って様子を見るかぎり特にケガはなさそうだが、どんな目に遭わされたのか、がたがたと震えている。そして、俺にはその一部始終がかなり詳細に想像できた。
「な、なんなのこの子! もう! いったい何なのよぉ!」
泣きギレする店主の肩に、そっと手を置く。この人に同情できるのは、この世界で俺ひとりきりに違いない。
シルシュは「息苦しいほどに気が急いてしまい、自分でもよくわからないうちに行動していた。今は反省している」などと供述しており、たっぷり叱りつけられた小型犬のようにおとなしくなっている。
みんなで手伝って可能な限り店内を復元したあと、シルシュには土下座させた。異世界人にしてはなかなか堂に入っていて、広がる青い髪が伏した上体をまだらに覆い、まるで南米に生息する毒ガエルを模したかのよう。
我々も保護者的な責任を感じ、店主に精一杯の謝意を示した。訴訟だの賠償だの言わないでくれるのは助かるが、それにしてもなげやりな態度の店主にあーちゃんが意味ありげな視線を投げかける。
改めて、店主に話を聞く。体裁を取り繕う気もすっかり失せてしまったようで、すんなり口を開いた。
店主によると、『願いが叶う品物』を売り始めたのは七、八年前のことだという。
「代理人を名乗る猫が現れたのよ……」
「……は?」
我々は訝しんだ。頭を打っているのかもしれない。あるいは精神的外傷によるものか。とまれ、店主は話を続ける。
ある日、奇妙な男が店を訪れた。一匹の猫を連れていて、ぬぼーっとしていて背が高く、黒ずくめで目立ちそうなものだが、どうにも印象が乏しい。男は何も言わずにカウンターに猫を下ろす。ケージに入れているわけでもなく、注意しようとしかけたところで、商談を持ちかけられた。
「扱ってほしい品があるのですけど」
店主は自分の感覚を疑った。猫に喋りかけられたようにしか思えなかったからだ。
腹話術だろうか。猫はじっと店主を見上げ、あまつさえ言葉に合わせて口元が動いているようにさえ見える。
男が、持っていた鞄から品物を取り出し、カウンターに並べていく。それぞれ動物をモチーフにした手製の置物が五つ。ペン立てほどの大きさで、紙粘土だろうか。素朴な造作で味わいがあるが、売り物になるかというと微妙といわざるをえない。
その間にも、猫は店主に話しかける。品物は、さる人物の手によるものだという。自分はその代理だ、とも。不思議だった。声自体は中性的でどちらともいえないものだが、どう耳を傾けてみても、男のほうから声が聞こえるようには感じられない。
「これらは、持ち主の願いを叶えます」
民芸品の類かと店主は思った。お守りや願掛けといった由来をもつ品物は数多くある。おまじないとしてはありふれているし、客層に合ったデザインでもなかったが、猫を使って売り込んできたのがおもしろくて、店主はそれらを仕入れることにした。言われたとおりの売り文句を添えて、店頭に並べる。価格は控えめにしておいた。
さほど間を置かずにそれらはすべてさばけた。物好きな客というのはいるものだ。ところがしばらくして、買った客から再入荷の予定を聞かれる。これは自分の見込み違いで、案外ウケが良いのかもしれない。また売り込みに来たら、まとまった数量を持ちかけるのも悪くない。
頭の中でそんな算段を整えているうちにも、客からは次々と問い合わせが入る。売った商品は五つ。しかし問い合わせはその数倍、数十倍に。
どうやら、本当に願いが叶ったと噂になっているらしい。
偶然と考えるのが普通の感覚だろう。当人もそう考えていたが、いつのまにか件の置物が見当たらない。これはもしや――という話が巷に広まっているようだ。もともとオカルトの類への関心が強いような客が、意図的に尾ひれを付けていると思しき部分もある。噂の伝播を早めている要因だろう。
そして、頃合いを見計らっていたかのように再び現れる猫。今度は『連れ』の男はおらず、一匹きりでの訪問だった。また、人の言葉で、商談を持ちかけてくる。男が持っていた鞄がどこからともなく中空を進み出てきて、ひとりでに開いた。前回とは別の種類の動物の置物が、ことり、ことりとカウンターに並べられていく。夢でも見ているのかと店主は思ったという。
どうあれ商機である。店主はあるだけ仕入させてもらいたいと猫に伝えた。しかし猫は、小さな頭を横に振る。
「手のかかる品なので、多くは用意できないのです」
なるほど、『本物』であればさもありなん。店主は噂を信じていなかったが、事ここに至っては疑う余地などなかった。
そこで、ひとつ計略を巡らす。
まずは品物について確かめる必要があった。どこの誰の手によるものなのか知らないが、材質やデザインはどのような意図によるものなのか。何か決まった様式に則ったものなのか。
「特に意図したものではありません。見様見真似で作ったものです」
猫は上品な口調で、どこか素っ気なく答えた。置物のつもりもないという。つまり、機能の入れ物でしかないのだ。願いを叶える、という機能の。
その答えを店主はどこかで予感しており、また狙ってもいた。何のつもりでこんなことをするのかいっそう不可解だが、何であれ都合の良い話には違いない。
店主は店内の商品を見繕って猫に示し、『機能』を保ったまま同じように作ることはできないかと持ちかけた。
「できますよ」
と、猫は簡単に請け合った。
「では、売り切れた頃にまた参ります」
そう言い残して猫は去った。置物をどうするか迷ったが、売り切らなければ猫は現れないように思われたので、売り場に出した。かなり思い切った値段にしてみたが、あっという間に売れた。そして、噂の信憑性が補強される。
猫はすぐにやってきた。出来上がってきた品物は、売り場の商品と見分けがつかなかった。店主は満足してそれらを受領し、売り場に並べた。他の、何の変哲もない商品に紛れ込ませて。そして、客には妖精が勝手に置いていくなどとうそぶく――
「……なんだか雲行きがあやしくなってきたような」
志津木の目がうろんなものを見るものになる。そしてそれは、まったくもって正しい認識といえた。
要するに、噂で客を呼び込み、どれなのかわからないごく少数の『本物』を餌にして無用の買い物をさせようという魂胆なのだった。なんというアコギな商売。夜店のくじ引きと大差ない。まったく同情できなくなってきた。ちょっと懲らしめてやってちょうど良かったのでは。シルシュは土下座代を請求すべき。
「しかたなかったのよ……ジャコスンができてからめっきり客足が減って……。手段を選んでなんていられなかったのよぅ!」
うん、まあ、それには同情の余地あるかも。
「てゆうかもしや、それでジャコスンの閉店を願ったんじゃあ……?」
「いくらなんでもそんなことしないわ」
「売り物にせずに自分の願い事を叶えようとしなかったのは、なんてゆうか、えらいと思いますけど」
「欲をかけば身を滅ぼすのがおとぎ話の常じゃないの」
「よくそんなこと言えたな、この人……」
あーちゃんが半眼になってつぶやく。どうやらこの店のあくどいやり口に察しがついていたようだ。魔女が金儲けに腐心する理由はないだろうから、店主が魔女本人ということはないと目星をつけたのだろう。それなのに何にも言わずにめちゃくちゃになった店を片付けるのを手伝ってたんだから、もうえらすぎるでしょ。聖人かよ。あーちゃんグッズ作って売れよこの店。
ただ一点、この店に誠実といえなくもない部分があるのだとすれば、『本物』を区別して販売していないことであろう。設定に則ることで真に迫るのか、単に罪悪感が和らぐのか知らないが、少なくとも意図的に『本物』を出したり引っ込めたりするようなことはしていなかったようだ。猫から受け取った品物はすべて店頭に並べてしまい、そうしてしまうともう店主にも判別できず、以降は売れたのかどうか管理しようもない。猫が納品に現れて、そこで初めて売り切れていたことを知るのだという。猫サイドはいくつ願い事を受け取ったかで、在庫状況を把握しているのだろう。
猫を代理としている人物の正体は不明だが、ジャコスンにおける発光現象と同様、不可思議事件の原因がいくつも考えられるほど世間は混沌としていないはず。この猫を魔女探しの重要参考人とみなすことは順当すぎるほどに順当といえよう。
猫と魔女に関連があるとして、問題はどうやって接触するか。『本物』の在庫があれば利用できるかもしれないし、ないのなら店を訪れる猫に直接接触を試みるところだが、いかんせん在庫の有無が不明。店主はあえて管理していないし、唯一把握しているらしいのが当の猫という転倒した状況。
しかし待ってほしい。シルシュは『本物』を容易に見つけ出してきたではないか。
「すぐに見つかったのはたまたま目にとまっただけなんですが、よく見ればわかります。偽装されたものって、じっと見てるとぐんにゃりしてくるんですよ」
「なに、ぐんにゃりって」
「なにと聞かれても、ぐんにゃりするからぐんにゃりです」
他に説明用の語彙はないらしい。ぐんにゃり。専門用語だろうか。うーむ…………まあいいか。
「同じ要領で、化けている魔女を見破れたりできねーのか?」
あっ、さすが。あーちゃん、さすがの着眼点。
「術者本人が変身してる場合は、ぐんにゃり見られないように適時取り繕えるので普通は無理ですね」
「そりゃそうか。じっと見た程度で見破られちゃ世話ねーわな」
よし、あーちゃんが納得したところで話を戻そう。
つまり、シルシュは『本物』を判別できる。なので、商品をひとつひとつじっくり検分していけば、店内にまだ残っているか確認できるというわけだ。
――うん、つまり、こまごまちまちまとした、この膨大な数の商品を、ひとつひとつ……
藤野がそっと手のひらを見せて挙手。こんな何気ない仕草でも人を魅了する。控えめだけど途方に暮れる一同には後光が差して見えたことだろうし、なにより発言の前に挙手するなんてお行儀が良い。
「それって、シルちゃんでないとわからない? 私たちが見てみても駄目なのかしら」
「さあ……。でも、お店のご主人やお客さんの中で、普通の品物と違って見えるっていうような話がないということは、きっと駄目なんだと思います」
「そう。となると、ちょっと大変よね」
息をつき、細い腰に手をあてて店内を見渡す。
「待って。なにも全部を確認する必要はないと思うわ」
と、これまでしおらしくなってなりゆきに身を任せていた店主が口を出す。
前回受け取った『本物』が、どの商品だったか、その種類くらいはおぼえているというのだ。ただ、たとえばひとつは蛍光マーカーだったが、何色までかはわからないとか、けっこう大雑把。それでも、雑多な店内にあっては、かなり絞り込めることになる。
あとはもう、シルシュにがんばってもらうしかなかった。目を皿のようにするシルシュの前に、次々と商品を並べていく。長丁場になりそうだったので、その間に小腹を満たすために買い出しに出たり、家に連絡を入れたりした。
窓の外はすっかり暗い。雨もいつのまにか強くなっていた。
部活を終えた夏目が姿を見せる。めずらしくみっちり練習したようで、こんな時間まで感心だねとサボりを棚に上げて労ってやる。
さてここで夏目と志津木がご対面。あんなこと言ってたからって、TPOもわきまえずに別れ話が始まるなんて思わないけど、でもやっぱり意識しちゃーう。緊張しちゃーう。
だがこんなときこそ、友人として普段どおりふるまうべきなのだ。俺は、検分の済んだ商品を棚に戻す志津木に、さりげないそぶりで近づく。
「志津木さぁ、もう暗いし遅くなるし、帰ったほうがいいんじゃないか? 夏目も来たことだし、送ってもらえよ」
いやさ、べつに追い払おうってんじゃないんだよ。ほら、そもそも渋々ついてきてくれてたんだし。テストも近いし。女の子だし。
志津木は返答をためらうように、目線を下向ける。
「……まだいる。喋る猫、見たいし」
「…………」
なにそのかわいいやつ。急にやめて?
「今まで意識しないでやってましたけど、きっと魔法の一種だったってことなんでしょうね。つかれましたぁ……」
ぐったりして座り込むシルシュに、女子二人が群がってあちこち揉みほぐしてあげている。
「あ、ナツメさん。いたんですね。このあいだはヒトデナシなんて言ってすみませんでした……」
「お、おう。おつかれ……」
とまどう夏目。言葉の意図がわからなくてこちらに訴えてくるが、俺は何も語らずにおいた。あれはさ、若気の至りみたいなものだったんだよ。誰にだってある。あーちゃんでさえある。
長時間にわたる検分の末、どうやら『本物』の在庫はなさそうだという結論を得た。正直、確実性に乏しい気がするが、これ以上はどうしようもない。シルシュをさらに酷使するのもしのびない。
「棚卸しの日だったら助かったのにぃ」
などと店主が似合わぬウインクでのたまう。反省の色が薄れてきているようですねぇ……
さておき、我々の目標は、在庫の補充に現れる猫との接触に絞られることになった。
猫は決まって、営業を終えて閉店作業をしている最中に現れる。入口を施錠してあるのに、いつのまにか店内にいるのである。この頃はもうおどろくこともなくなったと店主は語る。
ただ、今夜現れる保証はない。むしろ可能性は低い。売り切れたのは今日、シルシュが分解したフェルト人形が最後のひとつだったわけで。
とりあえず、望みは薄いが、今日のところは猫を待ってみることにした。店主にはいつもどおり閉店作業をしてもらい、俺たちはバックヤードに潜む。
シルシュは、せっかくの手がかりだし、明日以降も猫が現れるまで張り込みたがるだろう。でもひとりで来させるわけにはいかないし、誰かしら付き添ってやらんとな。とはいえ、みんなをそうそう付き合わせられないし、俺か。テスト前だけど、しかたないよな。しかたないよ、うん。
勉強しない口実を得てほくそ笑む俺をよそに、シルシュが声を落として尋ねる。
「ネコが現れたら、どうするのがいいと思いますか?」
「そりゃあやっぱり……つかまえる?」
志津木が答える。多分に願望が含まれていそうな、弾んだ調子である。捕まえて飼おうとでもいうのか。
すると、シルシュがどこからともなく例のラクロスのラケットみたいな杖を取り出す。志津木の目が見開かれる。手品部魂がうずいたのかもしれないが、手乗りサイズの人形からB5サイズの板が出てきたあとだからか、特に追及はなかった。
シルシュが杖を握りしめて何やら念じるようにすると、片側先端の網目部分が袋状に容積をもった形状へと変わっていく。もともとラクロスのラケットっぽかったものが、いよいよラクロスのラケットに変形! これは熱い展開! あとはこれを藤野に持ってもらえばステキ度が完璧になって俺の胸キュンゲージが高止まり――……ってゆうかこれ、どう見ても虫取り網じゃん。なんだよ……じゃあいいよ、もう。東の薙刀、西のラクロスっていうだろうがよ、はぁ……
「私は、あとを追いかけたほうがいいと思うけど」
藤野が別案を出す。
「追いかけても魔女のところに戻るとは限らないじゃん」
「それもそうだし、雨も降ってるのに猫を追いかけるなんて大変だぞ?」
志津木の反論に、夏目も同調する。あーちゃんは黙り込んで、売り場のほうをにらんでいる。
「つかまえても、素直に教えてくれるかわからないでしょう? どうやって聞き出すの?」
「……拷問なんてしないからね。普通に聞くから。話ができるんだし」
「いやいや誰も何も言ってないから。でもさ、そのへんの野良猫を操ってるだけとかだったら、何にもならないんじゃないか?」
「……えっと、どうしたら……?」
シルシュが議論に合わせて顔を右左させる。両手にもった虫取り網がとまどうように揺れる。颯爽と取り出して変形させたものの、意見がまとまらず、引っ込めたものかどうしたものか。まぁ、お子様にはお似合いだし、持っておけばいいんじゃないですかね。そういや虫かごみたいなのも持ってたっけ。
不意に、あーちゃんが手を水平に伸ばした。
「静かに。……来た」
みんな一斉に息をのむ。トーテムポールのようになりながらそうっと売り場をのぞき込むと、一匹の猫がカウンターの上に跳びあがるところだった。店主が慣れた口調で対応する。ほっそりとした白い猫で、尻尾の先だけが茶色い。ぴんと立てた耳の直上にはビジネスバッグが浮かんでいた。
「うそ、本当に喋ってる~。あ、でも黒猫じゃないんだ……」
「ちょ、押すな。見つかるだろ」
「とっくにバレていたりして。それよりも、ねえ、どうするの?」
「つかまえるんなら、店の中にいる間のほうがいいだろうけど」
「鍵かけてるのに入ってきたわけだし、あんまり関係ないんじゃないか?」
「ああ、かわいい……いいなぁ……私、この店で働きたい」
「茜のためにも、ひとまずつかまえてあげたほうがいいような気がしてきたわ」
「じゃ、じゃあ、つかまえますよ? 行きますよ? いいんですね?」
虫取り網を上段に構えて、今にも飛び出さんばかりのシルシュ。もう収集つかないし行っちまえっていう雰囲気に押し流されかけていたが、すんでのところであーちゃんの制止が入る。
「待った。思い出した。追いかけよう」
その言葉に、シルシュが胸いっぱいに息を吸う。迷いのせいで浮ついていた表情は自信によって上書きされ、狼狽のあまり波打っていた髪もさらりとストレートに戻る。瞳を輝かせ、そうして、大きくうなずきを返した。
「はいっ……!」
見たかね諸君。これが君主のカリスマというやつさ。
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