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第2話 ゴシックパンクの死神ちゃんにおどされる
しおりを挟む「で、キミはだれなの」
ちょっとだけ時間をもらい、ロープを首からはずしてやや前部がぬれたパンツをはきかえたあと、キリリとした表情をつくってこんな夜に人の家に侵入してきた女の子にきく。
「死神ちゃんだよぉ。死神の、そうだなぁ、死神ってひびきがかわいくないからぁ、カバネちゃん、って呼んでくれてもいいよぉ」
女の子は、へらりと笑うとのんびりとした口調でこたえる。
ゴシックパンクといったらいいのか、黒を基調としたおどろおどろしいドクロがえがかれたシャツ(用途不明のチェーンがじゃらじゃらとついている)に、赤と黒のチェックの短いスカートと、髪にはドクロのヘアピン(こちらはデフォルメしたかわいいデザイン)をつけた女の子。
耳にかなりの数と、舌にまでひとつピアスをつけており、ファッションだけを見ればそういう世界観のバンドにどはまりした10代後半の女の子に見えないこともない。
だが、顔は土気色としかいいようのない、即入院措置をとられてもおかしくないゾンビのごとき顔色をしており、玄関あけたら2秒で逮捕の銃刀法違反確実な巨大鎌をもっているうえ、なによりおれの目のまえをふよふよと浮かんで2階にあるおれの家の窓をすりぬけてやってきたことを思えば、
――はいはい、そういうキャラ設定ね。
と一蹴してしまうことはどうもできそうにない。
おれがなにを言うべきか悩んでいると、
「私、このカッコだから、なかなか信じてもらえないことが多いんだけどぉ」
と、カバネちゃんは言いながら、宇宙空間にいるかのようにゆるりと空中で回転した。
頭が下になり、ヒラヒラとしたスカートがめくれて中が完全に見え、一瞬「えっ、そんな、ダメよ!」と乙女のような気もちがわきあがり思わず顔を指でおおう。
が、その指のすきまから見えたところによると、スカートの下には濃い黒のショートレギンスをはいており、死神が下着をつけるのかどうかといったおれの学術的好奇心は満たされぬまましゅるしゅると風船の空気がぬけていくがごとくしぼんだ。
「いや、信じる!」
おれは気もちの整理がつかないままさけんでいた。
「バズってるネットのマンガとかで、キミみたいなかわいい死神が存在するかもしれないという予習は、とうにできている! できているんだが、よくわからんのが、キミは死神なんでしょ?」
「そうだよぉ」
「死神って、よく知らんけど、魂を連れていくのが仕事とかなんじゃないの? もうちょっと待ってたらおれの魂連れていけたんじゃないの?」
「仕事はそうだけど、私はそういうことしないよぉ」
カバネちゃんは舌についたピアスを見せるように、頬だけで笑った。
「人が死ぬの、大キライだから。私」
死神流のジョークなのか、判断がつかなかった。
人に死を運ぶ、あるいは魂を死後の世界へ連れていくのが役割と聞いたことがある(気がする)死神が、「人が死ぬのが大きらい」とは……。
おれが反応にこまっていると、カバネちゃんが「フヒッ」と笑う。
「だから、あなたが死ぬのをとめにきたんだよ」
「とめにきたと言われてもな……」
さらにこまっていると、カバネちゃんは「ね」と言った。
「ちょっと、たすけてほしいの。あと10分ぐらいしたら、駅前の歩道橋で、おばあちゃんが足をすべらせて転落して即死しちゃうの。私は、あなたたちの世界のものにはふれられないから、あなたにたすけてほしいなってぇ」
言われて、そっとカバネちゃんのほうへ手をのばしてみる。
カバネちゃんのほそくて、やはり土気色をした指にはふれられず、なんの感触もなかった。
明らかに現実感のあるしなやかなからだと、その存在のなさのギャップを、脳内でうまく処理できない。
フヒッ、とカバネちゃんは笑う。
「いきなり女の子にさわるなんてセクハラだよぉ」
「すまん、つい。でもキミのすがたが見えてるし、しゃべれてるのはどういうわけなんだ。はじめての経験なんだけど」
「私が、あなた向けにそう調整してるからだよぉ。ふだんは見えないし、声もきこえない」
「じゃあ調整して、そのおばあちゃんに声をかければいいんじゃないか。『気をつけて』って」
「いきなりあらわれておばあちゃんに声かけたら、びっくりしてそっちでたおれちゃうでしょぉぉ。前にやったことあるけどたいへんだったんだから」
まあたしかに成人男性のおれが、いきなりでびっくりしすぎてお小水を少しもらしてしまったぐらいだ(決しておれの膀胱がゆるゆるなわけではない。それに小さじ一杯分ぐらいなので、あれだったら、「もらしてない」って言い張れなくもないかもしれない量である)。
何歳かはわからないが、おばあちゃんの年齢次第ではそういうこともあるかもしれない。
「ね、もう、はしらないと間に合わないよぉ。おばあちゃんを見殺しにして自殺ってぇ、夢見がわるくない? 地獄いっちゃう気がしない?」
さすが死神といったらいいのか、すぐに腰をあげないおれに、とうとうおどすようなことを言い出した。
「……地獄って、あんの?」
「フヒッ」
カバネちゃんは、そんなに口がひらけたのかと思うほど口角をあげて、ニィィと笑った。
舌のピアスが、奈落の底から顔をのぞかせたナニカのように、あやしくきらめく。
「死んでからの、お楽しみだよぉ」
そのカバネちゃんのようすに、ゴクリとツバをのむ。
正直に言って、たすける義理もないし、どうせおれも死ぬんだしなぁという気もちもあったが、まあ冷静に考えて、夢見がいいかわるいかといえば、そりゃよくはない。
おれは実家のおばあちゃんの、「ほら、たんと食べんね」というやさしい声と笑顔とおいしい具だくさんみそ汁を思い出した。
そのおばあちゃんがとつぜん事故で亡くなってしまうことを考えると、想像するだけでホロリと涙がにじむ。
その転落してしまうというおばあちゃんにも、おれのような孫がいるかもしれない。
そう思うととりあえず決断をしてヒザをたたいた。
「しょうがない、そのおばあちゃんをたすけてから死のう! で、場所どこだっけ?」
「駅前の歩道橋」
「えっ? あと何分?」
「7分ちょっと」
「ほんとにはしらないと間に合わないじゃん!!」
「私はちゃあんとぜんぶ伝えてたよぉ」
着がえようかと思っていたが、そんなことをしていたら確実に間に合わない。
しかたないので寝巻きの灰色のスウェットを着たまま、家をとび出した。
住宅街を馳けぬけていると、フヨフヨと浮かんだままのカバネちゃんがついてきた。
「まわりに、見え、ないの」と息をきらしながら訊くと、「見えるのはあなただけだよぉ」とこたえる。
「たすけたら死ぬからな!」
ちいさくさけぶと、カバネちゃんはこたえずに「フヒッ」と笑った。
社会人になってからというもの、まともにはしってなかったので、3分はしっただけで肺が「あなたより先に私が死にそうなんですけど!」とでも言いたげな悲鳴をあげる。
足もまた「自分、限界きたんでお先に失礼するっす!」とでも言いたげにゆるゆると勝手にスピードを落として撤退していく。
深夜の住宅街は、しずかで、ぜぇぜぇとあえぐおれのみっともない呼吸音と、バタバタという凛々しさのかけらもない足音だけがひびく。
20代の全力疾走だったはずが、おじいちゃんの健康ランニングぐらいのスピードになってしまった。
――もう、おれは、だめかもしれない。
「あと、3分」
そう弱音にとりこまれているとカバネちゃんが耳もとでささやく。
「おばあちゃん、歩道橋の階段をのぼったところで、頭から落ちちゃうんだよねぇ。ああ、悲惨。頭が割れて、血が、どくどく、どくどく、地面にひろがってるよぉぉ。少しはなれた場所にいたお孫さんが馳けつけて、すぐそばで、泣きじゃくってる」
実況中継でもするように、逆さになって、垂れぎみの目の奥を深く、暗く光らせて告げる。
「あなたがたすけないと、そうなる」
「チクショオいい性格してんな!」
さけんで足に活を入れなおし、また全力ではしり出す。
「死神だからねぇぇ」
カバネちゃんがまたフヒッと笑ったところで、歩道橋にたどりついた。
汗が細い川のようにひたいから流れ、目にも流れこんで痛みがはしった。
その汗でにじんだ視界の中心に、グラリとからだを宙に浮かせたおばあちゃんが映る――
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