神さまに嘘

片岡徒之

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 誰の目にも明らかだ。私の顔が、人一倍汚れているっていうのは。

 私はトイレの中に入って、しばらく、鏡を見ることはできなかったんだけど、少し、躊躇しながら、そっと顔を横に向けた。壁に取り付けられた鏡の中で、私はそこにいた。

 信じられなかったのは、そこに写っていた顔が、今まで見たこともない顔だったということと、見慣れたはずの傷跡が、そこにはなかったということだった。火傷が消えている。一つも、シミがない。醜い傷跡なんか一つもないんだ。

 最初は目を疑うしかなかった。だって、そこには、私が今まで思い描いてきた理想の現実があったからだ。誰の目も逸らすことなく歩ける顔が、そこにはあった。手さぐりで、ほっぺとか、目とか鼻とか、触ってみる。双眼鏡で覗くみたいに、じっと鏡の中を凝視して、時に近づいたり、遠ざかったり、もんもんと真正面から向き合いながら、鏡を見つめる。トイレの中に、変人が一人いるみたいだ。その光景とは裏腹に、声が漏れる。それは私が思っているよりもずっと、小さな、か細い吐息に紛れて、空中を彷徨う。その言葉は、なんて表せばいいんだろうか。電流が走る。頭のずっと後ろ側に。ビリビリって音がしたんだ。
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