神さまに嘘

片岡徒之

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 忍び足で向かう。見つかりたくはないんだ。まだ、私は私に会うっていうことに、きちんと向き合えていない。心と、心が、互いに反発しあうように、怒鳴り合う。罵声を浴びせる。自分に会ったってしょうがないんだって気持ちが、途切れのなくせめぎ合って、いうこと聞かないんだ。はずかしい気持ちなんてない。会うなんて楽勝だよ。だけどちょっと待ってほしい。鏡と向き合うってことよりも、ちょっとだけ複雑な一つの場面。誰かに会いに行くわけじゃない。自分に会いに行くんだ。でも、洗面所の前で、ボサボサになった髪を直しに行くわけじゃない。眉毛を整えに行くわけでもない。挨拶をする。私に挨拶をする。そのことの単純な時間が、目の前に転がっているだけのシンプルな場面を残して、少しの間心がざわめく。小心者だな。私。

 いつもカーテンが閉まっている部屋。今まで別の視点で見たことはなかった。近所の人たちからすると、どうしていつも閉まっているんだろうって、思っただろうな。私だって思うよ。せめて朝くらいは、日差しを入れて、空間に差し込む光を見つめる。ホコリが積もった窓際から、それを払い除けて、少しだけ挨拶を交わす。おはようぐらいは言おうよ。今日だってほら、こんなにいい天気なのに。
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