神さまに嘘

片岡徒之

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 石をぶつけてやろうか。窓が割れるくらいの勢いで、大きい石を投げる。お母さんは怒るだろうけど、インパクトは残る。大きな音に、角ばった石。その2つのパーツが、ホコリを被ったガラスと、日常の平穏を壊す。ぴくりとも動かない部屋の空間の中心に向かって、私の気持ちをぶつけてあげる。あんたのおかげで、今までさんざん苦労してきたんだって強い思いを、届かせる。でもどうだろうか。ガラスが割れるだけで、とくになにも起こらなければ。頑なにカーテンを閉め切っているせいで、部屋の中に私がいるかどうかもわからない。

 近づく。少しずつ。少しずつ。家に近づくにつれ、だんだん不審者じみてきた。近所の人たちごめんなさい。私の家に近づきたいんだけど、真正面からヌッと姿を現す勇気はないから、こそこそと忍び足で、バレないように歩いていく。見かけても、どうか怒鳴らないで。絶対に迷惑はかけないから、もう少しの間だけ。

 他所の家の壁を伝って、住宅街の隙間を抜けていく。迷路のように組み込んだ家と家の間を、そろりと動く影がある。違和感の連発。不気味なくらいに緩やかな足取りで、日常の影の中に溶け込もうとする。その努力は買うけど、せめてもうちょっと堂々と歩こうよ。見つからないようにと、ふてぶてしく思ったって、私は今、私自身でさえ見たこともない顔になっている。お母さんも私も、近所の人たちも、私が誰かわからないだろう。ああ、新しい人が、他所からやってきたんだなって程度の感想が飛び交うだけだ。私を見つけたところで。
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