神さまに嘘

片岡徒之

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 胸を張って歩こうか。いやいや、問題はそこじゃない。私だ。完全に私。

 見たくないんだ。私を見たくないんだ。火傷を負ったかわいそうな顔を見たくないわけじゃない。落ち込む私の顔を見たくないわけじゃない。私を、私自身を見た瞬間に、全て壊れてしまいそうな気持ちになるから。

 私はあの日、私を捨てた。小汚く汚れたダンボールの中に、そっと手を伸ばして、捨てるものがあった。まるで捨て猫のように。見たくないものを、見ないままにしたわけじゃない。ただ、耐えられなかったんだ。「私」を、私のままにしておくのは、どうしても。新しい自分になりたかった。新しい服を持ちたかった。明るい目。透き通った肌。黒く、健康な髪。決してボサボサじゃない髪の毛を鏡の前で確かめて、一度、二度、頷く。納得する。美味しいものを口に入れた時の、安心感。それから高揚感。そういったものの全部を、私の中に持ちたかった。私の外側にもそれを見出したかった。それを見つけられなかったせいで、私はボロ雑巾のように、道路の端に、ゴミ箱に、いらないものを投げるクセがついた。しばらく経ってからだ。その「いらないもの」のリストの中に、私という人間が入るようになったのは。

 気がつけば、私は自分を捨てるようになっていた。怯えるように、日常の出来事の中をかき分けて、そこに起こる様々な出来事を共有しながらも、そこに私が、隣り合わせになって、真正面から向き合うようになるのは、あまりに著しい、感情の欠落があった。無関心なんだ。何事に対しても。私が、私に興味を持つようになるのが、次第に薄れていって、ちぎれたバイオリンの線みたいに、いつしか音はならなくなった。どんなに美しい楽譜が、世界の中にあったとしても、私の手元には、音がならないガラクタばかりの楽器が広がって、役に立たない。まだ小さなこどもが、初めてピアノを触った時のほうが、多彩な音を持っている。ドもレも、どこにどの音符があるかわからなくても、触ってみようという気持ちがある限り、音は途絶えない。少しずつ、波長は合っていく。一つの楽譜に出会う日が、いつか来る、かもしれない。

 でもどうだろうか。私はどうだろうか。どんなに頑張っても音が出ないわけじゃない。私は私に対して、期待するものがなにもなくなった時、そこに果たして「音」はあっただろうか。わからない。それは、誰にも。でも確かに一つだけ言えるのは、私という一つの壊れた音符は、狭い日常の界隈の中で、密かに、ろうそくの炎が消えるのを、待っていたということだ。
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