捨てられ伯爵令嬢は野獣に勝てるか

めろめろす

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仕事

第1話

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No side

「ラーララー♪」 

 コツコツとヒールの音を響かせて金髪の女性が城の廊下を歩く。鼻歌を歌い、今にも踊りだしそうなほど上機嫌だ。美しい彼女は先日、ラシードに婚約者指名を受けたファニアだった。

 波打つ金髪を緩く結い上げ、花びらと真珠で飾り付けている。ドレスは妖精のようにかわいらしいファニアに似合う純白で、たっぷりとフリルが使われている。そしてその腕の中には一匹の子猫を抱えていた。

 にゃーと可愛らしく鳴く子猫に「もう少しだからねー。」と優しく声をかけたファニアは、重厚な扉の前で立ち止まった。
「ラシード様?いらっしゃいますかー?ラシード様?」

控えめにドアをノックするファニアに気づいたのか、内側から扉が開けられる。

「ファニア様。ようこそおいでくださいました。しかし、残念ながらラシード騎士団長は公務で外に出られております。」

「あら、そうなの。ほんとに残念だわ。かわいらしい猫ちゃんを拾ったからぜひラシード様にも見ていただきたいと思ったのに。」

「そうですか。ラシード様もファニア様がおいでくださって喜ばれると思います。もう少しで帰ってこられると思いますので、部屋で待っていただいてもかまいませんが。」

「うれしい!では少し待たせていただくわね。」

 にっこりと笑うファニアのかわいらしさに騎士団長室付の青年騎士はぽーっと顔を赤く染める。応接用のソファにふわりとすわり、よしよしと子猫をなでるファニアと何か話したいと考えた騎士は、最近、城で話題になっていることについて取り上げることにした。

「ファニア様を婚約者に選ばれるなんてさすがラシード騎士団長ですね。わがままで性格の悪いアリアネス嬢と結婚などすれば、他国の騎士団に笑われるどころか、『女の色香に負けた愚かな騎士』なんて呼ばれてしまうところでした。」

猫に夢中だったファニアの肩がピクリと震える。

「アリアネス嬢は騎士団でも評判が悪いんです。今では、自分に楽をさせてくれる貴族の騎士を探すために騎士団入団を懇願されていると聞きます。伯爵令嬢ともあろうお方なのに、はしたないとは思いませんか?」

「…騎士団に、入ろうとされているの?」

小さな声でひとりごとのように尋ねるファニアに騎士が「はい!」と元気に答える。

「しかしどの騎士団からも断られているようです。あたり前ですよね、騎士団長のラシード様から嫌われている方なのですから、まともな騎士団なら門前払いが当たり前です。まぁ、野良犬集団なら別ですが。」

「野良犬集団?」

ファニアが首をかしげる。

「えぇ、騎士団の中でも身分の低い平民が入団することのできる騎士団がありまして。本来、騎士は貴族でなければ入団できないのですが、国民の希望が強くて新しくつくった部隊なんです。」

「そうなの、そんな騎士団があるなんてわたくし聞いたことがなかったわ。」

「ファニア様がご存じないのも当たり前です。この騎士団は騎士になりたい平民の欲望を満たすためのお飾り部隊なんです。だから大きな任務は任されず、仕事といえば歓楽街の見回りぐらいです。だから入団している平民たちも自分たちが上にのぼれないと分かってきてるんですよ。品性なく野蛮で野良犬集団と呼ばれているんですよ。」

青年がくすくすと笑いながら説明するのをファニアは黙って聞いている。

「そんな野良犬集団なら、アリアネス嬢のことも入団させてもらえるかもしれませんね。」

「ありがとう。ラシード様はまだ帰ってこられないみたいだから、わたくしまた出直しますわ。失礼いたします。」 

 突然立ち上がったファニアに青年騎士は慌てる。

「え!あっ、あの!」

「ごきげんよう。」

優雅な礼をするファニアにつられ、騎士も「ごきげんよう」と返事をした。
片手で子猫を抱え、後ろ手で扉を閉めたファニアは子猫に向かって「ふふふ」と笑顔を向ける。
「とってもいいこと聞いてしまったわ。」
ファニアはにこにこと笑い、また鼻歌を歌いながら元来た道を戻った。



アリアネスside
水汲み場にあった桶を使って、アリアネスは頭から水をかぶる。いつもなら「はしたない」と注意するセレーナも一緒に頭から水をかぶっていた。

「「…ふぅ。」」

そして二人同時に息を吐く。

「頭が冷えたわ。これ以上あの方々の言葉を聞いていたら、1週間は立ち上がれないように指導をして差し上げるところでした。」

「私も同感です、お嬢様。まさかここまで柄が悪い集団だとは思っていませんでした。このまま放置すれば、騎士団としての昇格は夢のまた夢です。」

「そうね…。」

ふるりと首を振って頭の水滴を落とすアリアネスが考え込む。
この国、オルドネア帝国には騎士団の戦力と品性を高めるための昇格制度がある。武勲などを立て、その功績が認められた騎士団はより上の騎士団へと上がることができる。もっとも位が高いのは第1支団で、アリアネスが所属する第10支団は最底辺だ。しかも、5年前の第10支団設立以来、一度も10番目から昇格したことがない。

「第1支団にならなければ、騎士団長に挑むことはできませんからね。」

セレーナもふうと溜息をつく。
第1支団まで昇格した騎士団の団員のうち、その団の支団長が選んだ3人が騎士団長に挑むことができる。そして、勝利すれば騎士団長の座を譲りうけることができるのだ。そして、騎士団長に就任すれば、国王がたった一つだけだが、どんな願いでもかなえてくれる。

「本当なら話し合いで穏便にことを進めたいところだけど、そんな悠長なことを言っている暇なないみたいね。」

アリアネスの瞳がきらりと輝く。

「セレーナ。次の剣技訓練で見せつけるわよ。」

「かしこまりました、お嬢様。」
 
セレーナはうやうやしくアリアネスに頭を下げた。


「それでは剣技訓練を始める!」

アルフォンソが事前に決めていた剣技訓練の組み合わせを発表する。アリアネスの相手は偶然にも、先ほど声をかけてきた騎士だった。

「おやおや、お嬢さんがお相手か。ならそのきれいな肌を傷つけないように手加減してやらないとな。伯爵家に何言われるかわからない!」

ほかの騎士とけらけらと笑う騎士に、アリアネスはにっこり笑いかけると、自分が持っている木刀を投げた。

「なんだ?重すぎるから持ってくださいってか?」

「あなた、わたくしの木刀が軽いとおっしゃっていたから、あなたのものと変えてさしあげるわ。」

「は?」

「その変わり、わたくしがあなたが使っている重い木刀を使ってあげるわ。」

「何言ってるんだ、お前?頭おかしいのか?」

「はやく木刀をよこしてちょうだい。それとも無駄話をしてキウラ様にたたかれるのが趣味なのかしら?」

「ちっ!」

訓練が始まったにも関わらず、話続けるアリアネスに依然として厳しい目を向けているキウラの方を見て、騎士が舌うちする。

「お嬢ちゃんへのお仕置きのとばっちりまで受けたくないからな。ほらよ、せいぜい俺の木刀持ってへっぴり腰で頑張るんだな。」

騎士はわざとアリアネスの少し前に木刀を投げ、拾わせる。そして、アリアネスがよこした木刀を拾い上げた。
(…俺の木刀と同じやつだ。)

騎士が拾い上げた木刀は自分のものと全く同じ重さのものだったが、それなら1時間も素振りをできた理由がわからなくなる。
(どうせ、水を飲みにいった時にすり替えたんだろ。)

「手加減してやるよ、お嬢ちゃん。」
「光栄だわ。」

「アル、そろそろ朝の訓練の時間が終了だ。」
「わかった。訓練やめ!」
ルイに言われたアルフォンソが訓練終了の号令を行うと、「疲れたー」「飯だ!」などの声があちこちから聞こえ、ひとりひとり修練場から人がいなくなる。

「俺たちも朝飯にするか。」

「そうだな。」

ルイとアルフォンソも食堂に向かおうとすると、修練場の奥に何かが倒れている。

「ん?なんだ?」

気になったアルフォンソが近づいていくと「っ!おい、大丈夫か!」と慌てて駆け寄った。

倒れていたのは騎士団の団員2人だった。どちらも汗だくになってうつ伏せで地面に倒れこんでいる。

「何があった!?」

ルイと協力し、仰向けにしてやると、二人はぜーぜーと息を吐く。

「あいつら、ほんと、化け物だ!」

「なんなんだよ!なんで、あいつら、止まらぇんだ!?」 

「何の話をしてるんだ、お前ら。」

ルイがいぶかしげな顔をして、二人を見ている一方、アルフォンソは食堂に向かう団員の集団を見つめる。最後尾を歩くアリアネスとセレーナがくるりとアルフォンソの方を見た後、にやりと怪しげな笑みを浮かべていたのだ。




「おいしい!とてもおいしいわ!」

「お嬢様、ゆっくり食べてください。」

訓練の後でお腹が減っているアリアネスは食堂でモリモリと朝ごはんを食べていた。テーブルマナーを気にしなくて良い食事は本当に楽しく、次から次に口にものを運んでしまう。

「あっ、あの!お隣よろしいでしょうか?」

そんな二人は遠巻きに見られ、他の団員から距離をとられていたのだが、声をかけてくる団員がいた。

「あら、ロヴェル。おはよう。」

「おはようございます、アリアネス様。」

「…。」

「セレーナさん、おはようございます!」

「…。」

「セレーナ。」

アリアネスが注意するが、セレーナはちらりとロヴェルに目を向けただけだった。

「いいわよ、ロヴェル。一緒に朝ごはんを食べましょう。」

「ありがとうございます!」

セレーナに無視され、肩を落としていたロヴェルが嬉しそうに笑う。

「そういえば、これからはどんなことをするのかしら?何も聞かされていないのだけど、ロヴェルは知っている?」

「えぇ、第10支団は朝に訓練をした後、夕方まで町の見回り。そして夜は歓楽街の警備になります。」

「歓楽街の警備?」

「はい、歓楽街では絶対に毎日何かしらの事件が起きますので、それに対応するためのものです。」

「それ以外の任務はないの?」

「ありません。第10支団に任されている仕事はこれだけです。」

ロヴェルが恥ずかしそうにはにかむ。

「まだまだ仕事は少ないですが、これから第10支団はどんどんのし上がるんです!一緒にがんばりましょうね、アリアネス様、セレーナさん。」

「あら、あなたなかなかやる気があるわね。」

食事を終えたアリアネスがお茶をすすりながら感心する。 

「…口だけならなんとでも言えます。行きましょう、お嬢様。そろそろ町の見回りが始まります。」

すぐにでもロヴェルと離れたいセレーナがアリアネスを連れ出した。 





「なんでお前がここにいる…!」

ふっーと猫のようにセレーナがロヴェルを威嚇する。 

「それが町の見回りの小隊分けで一緒になっちゃったみたいですね。」

ロヴェルがぽりぽりと頭をかく。

「なんでここにいるかだと!それは私のセリフだ!」

セレーナと一緒に怒りをあらわにしているのはキウラだった。町の見回りで同じ小隊になったのはアリアネスとセレーナ、キウラとロヴェルだったのだ。
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