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第一部
第11話
しおりを挟む瀬尾君が作ってくれた料理はどれも本当に美味しくて、あっという間に平らげてしまった。料理と一緒にワインも進んでしまい、気付けば一本が空になってしまっていた。瀬尾君がタイミングよく注いでくれるのも原因の一つだったように思う。ただでさえポチャポチャ気味のお腹がさらに膨れてしまい恥ずかしくなる。しかし、瀬尾君は「デザートもありますけど?」と追い打ちをかけてきた。
「い、いやさすがにそこまで食べたら良くないと思うから!」
「そうですか。ティラミスを作っておいたんですがお好きじゃなかったんですね。まぁ自分で処理するんで大丈夫です。」
食器をシンクへと運び始めた瀬尾君の背中がなんだか寂しげに見える。実際はそんなことなどないのだろうが、すっかり酔いが回った自分は、本当に瀬尾君が悲しんでいるような気がして慌てて「食べるよ!」と返事をしてしまった。
自分も立ち上がって食器を両手に持ち、シンクへと運ぶ。瀬尾君は「なら良かったです」と冷静に返事をして、冷蔵庫から冷えたホーローバットを取り出した。ココアパウダーがたっぷりかかったケーキの端を瀬尾君が少しだけスプーンで取り分ける。
「味見どうぞ。」
瀬尾君がスプーンを自分の方へと差し出してきた。このまま食べてしまうと俗に言う「あーん」状態になってしまう。こんなことをするなんてどんな心境なんだと瀬尾君の顔を見つめていると、「落ちちゃうんで早くしてください」と急かされてしまった。自分で食べるからと言ってスプーンを受け取ろうとしたが、口を開いた瞬間にスプーンを中に突っ込まれてしまう。
「んぅ!んん!おいしい!!」
コーヒーシロップがしみこんだほろ苦いスポンジ生地とマスカルポーネチーズで作ったクリームが絶妙だ。ほんの少しラム酒の香りがして、大人っぽい味に仕上がっている。洋菓子店にも劣らないほどの絶品ケーキにほっぺたが落ちそうな気分だ。自分が恍惚な表情を見せている間に、瀬尾君はてきぱきとケーキを取り分けてくれる。自分の分は少し大きめに切ってくれていることに思いやりを感じてうれしくなった。
「このケーキにはデザートワインが合うんで持って行きます。ケーキだけ持って先に座っててください。」
「分かりました!」
先ほどの赤ワインの件で、瀬尾君のワイン選びに間違いはないことが証明されている。今度もケーキにぴったりのものを持ってきてくれるのだろう。瀬尾君の分のケーキを持ってうきうきしながらソファに戻った。瀬尾君はデザートワインのための新しいグラスも一緒に持ってきてくれた。グラスに注がれた琥珀色のワインはコクのある甘さが癖になる。このワインもまた飲みやすいので、ケーキと一緒に何杯もおかわりしてしまった。
「美味しかったぁ。ごちそうさまでした。」
ケーキを食べ終わる頃には、すっかり酩酊してしまい、ソファにぐったりと身体を預けてしまっていた。お皿やグラスを片付けることもできず、手早く後片付けを済ます瀬尾君をぼーっと眺めていることしかできない。
「山口さん、大丈夫ですか?」
とうとうソファに横になってしまった自分に寄り添うように瀬尾君が腰を下ろす。顔にかかってしまった髪の毛を瀬尾君の手が優しく払ってくれた。少しだけ頬に触れた瀬尾君の体温が愛しくて、離れようとするその手を追いかけて両手でぎゅっと握り込む。理性はほとんど働かず、ただただ目の前にいる瀬尾君が愛しいということだけしか考えられなかった。
「瀬尾君、俺は・・・。」
好きだという言葉があふれ出しそうになる。しかし、それだけは伝えてはならない。彼には運命のつがいがいる。そんな人に好きだなんて伝えても困らせるだけだし、自分も悲しくなるだけだ。言葉の代わりにあふれ出てきたのは涙。止めようとしても涙腺は全く言うことをきかず、ソファにたくさんの染みを作っていく。
「山口さん。」
瀬尾君は自分の名前だけ呼ぶと、指で涙をぬぐってくれた。どうして優しくするのか。さっきまであんなに怒っていたのに、今はまるで心底愛しい恋人のように扱ってくる。彼のあまりの変わりようにこちらは惑わされることばかりだ。恋愛はいつも惚れた方が負けだということは聞いたことがある。しかし、実際に体験してみると、想像していたものよりもずっと苦しい。自分だけが相手を大好きな恋愛に気が狂いそうになるのだ。
「瀬尾君は自分がαで幸せ?」
無意識に出た言葉だった。運命のつがいをやっと見つけたと言った時の瀬尾君のうれしそうな声を聞けば、彼が自分がαなことに満足していることなど安易に想像できる。それに今までαなことに後悔している人など見たことも聞いたこともない。
それでも聞きたかった。もしかしたらαであることを幸せに思っている瀬尾君の言葉を聞いて、やっぱりβじゃだめなんだと悲劇のヒロインぶりたかったのかもしれない。
「俺はαで幸せですよ、当たり前です。」
想像した通りの言葉が返ってくる。それを聞くと同時にさらに涙があふれ出てきて、鼻水も止まらなくなった。子供のようにしゃくり上げながら泣き続ける自分の頭を、瀬尾君は優しくなで続ける。10歳も年下の男の人に迷惑をかけるなんて、そんな人間は選ばれなくて当然だ。彼が自分にキスしてきたのもきっと気まぐれだ。性欲がたまって、誰でもいいからしたかっただけの話だろう。
でも自分にとっては最高の思い出だ。襲われたことが怖くても、彼からのキスがうれしくない訳がない。彼にこんな惨めな姿をさらすのはこれで最後だ。
「・・・山口さん、大丈夫ですから。」
彼の低く穏やかな声を聞きながらゆっくりと睡魔に身を任せていく。
「でも、心底βがうらやましくて、憎らしいですよ。」
彼の絞り出すような言葉を聞くことはなかった。
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