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贖罪
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「おらあ!」
レヴァンニは魔法ではなく剣で斬りかかった。
魔法の技量では敵の方が圧倒的だ。まともに張り合える気がしなかった。
だがアキームは脇に提げた剣を抜くとあっさりと片腕で受け止めてしまった。
「はははは、なかなかの怪力だ。だがせっかくの力もうまく使えなければ片腕でなんとかなってしまう程度だ」
「なめてんじゃねえぞ!」
兵学校では力で自分に敵うほどの相手はいないと思っていた。世間は広いというがこれだけ子供扱いされるとは思ってもみなかった。吠えて威嚇するくらいしかできない。
「さて、剣にばかり意識がいっていると吹っ飛ばされてしまうぞ?」
「うるせえ! これだけ近距離で爆発させたらお前も一緒に吹っ飛んじまうぜ!」
「ほう、なかなか賢いではないか」
アキームは図体だけと思っていた少年兵に素直に感心した。
「だが、私は爆発の魔法しか使えないわけでもないぞ」
「しまった!」
巨大な炎の魔法を使われれば焼き殺されてしまう。距離を取るべきか迷ったが、それはあまり意味のないことだった。
「じゃあ、お前も一緒に焼き肉になりやがれ!」
レヴァンニはむしろ距離を詰めた。
「いいぞ、お前は優秀な戦士だ。エルゲニア兵なら部下にしていたところだ!」
アキームは押し込んでくる少年兵の力をいなすと、その勢いのまま投げ飛ばした。レヴァンニの巨体が宙を舞い、剣を突きつけられる。このまま爆発の魔法を放てば彼は粉々になるだろう。
「実に残念だ」
アキームは残酷な笑みを浮かべた。
だがその瞬間、耳元を細めの剣がかすめる。
「いいね。ついにきみも戦う意志を取り戻したかね。そのほうがいい。凜とした美しさがたまらないね」
剣を突き立ててきたのはルイザだった。そして次の瞬間には声もなく雷撃を放った。
だが、ほとばしる稲妻は敵から違う場所を通ってゆく。
――空気の膜?
敵の表面ギリギリを稲妻が駆け抜けてゆくのが見えた。
『人体よりも雷撃が流れやすい膜を魔法でつくり出しているというの?』
そんな魔法を彼女は知らないが、一瞬見たその現象はそうとしか説明のしようがなかった。
「ちっ!」
ルイザは剣と蹴りを間断なく繰り出す。
「素晴らしい、若いのによく鍛えている。こういう女性は大好きだ」
気持ち悪くて聞くに堪えないが、心を無にして攻撃を加える。だが、敵は余裕をもって受け流してしまう。
「おっと、邪魔はしないでくれたまえ」
レヴァンニと壮年兵が同時に斬りかかってきていた。ルイザの攻撃を受けながら爆発の魔法を食らわせる。二人は壁まで吹っ飛ばされ動けなくなった。
「さすがに今の一瞬では殺せなかったかな。まあ良かろう」
ルイザは一度距離を取ると、くるっと回転して広域に雷撃を放った。
「ぐああああ!」
倒れていた他の敵兵たちが目を覚ましレヴァンニたちを狙っていたからだ。
「ほう、よく見ている。きみもかなり優秀なようだ」
だけどどうする。このアキーム・バーベリオという男だけは何をしても戦える気がしない。すでに手詰まりだ。
卓人は仲間の奮闘を見ていた。そうだ、躊躇している場合じゃない。戦わなければならないんだ。そうすることで彼らの危険度は減少する。
覚悟を決め、素焼きの筒を手にした。
その中には黒色火薬とともに口径とほぼ同じ大きさの石が詰められている。点火すれば中に詰め込まれた石はその爆圧で押し出され、その先にある物体を破壊する。ただ、鋳鉄製の大砲のように砲身は頑丈ではないから、それを補うためにあらかじめ布を巻きつけておいた。こんなもの使い道があるのか疑問だったが、使うならば今しかない。
卓人は筒先をアキームに向けた。さらに両腕と全身でがっしりと筒全体を覆った。
「それも例の爆発するものだね。そんなに大事に抱えてしまって大丈夫かね」
アキームは卓人が手にするものならば、すべて火薬にまつわる何かと判断して爆発させようとするだろう。
そしてそれによって自身に何が起こるかもすべて知っていた。
言葉の後にアキームがとった行動は卓人の予定通りだった。
的確な座標に放たれた火の魔法は、卓人がもつ筒の中の黒色火薬を爆発させた。
石は爆圧を直線的な受けて筒の口へ向けて放たれた。卓人が強く抱え込んだことによって筒の壁面へ向かった爆圧はより抵抗の少ない筒の口のほうへ反射し、石をその方向へ加速させた。
直径二〇センチ、質量二キロほどの石は人間が認識できる速度をはるかに上回り、次の瞬間にはアキームの胸を抉り、余剰のエネルギーが後ろの壁に身体ごと衝突させた。
「ぐはあああ!」
形状が鋭利であればアキームの肉体を貫いていたかもしれない。しかし、滑らかな球形に近い石は広範囲に衝撃を与え、胸骨や肋骨に短時間では回復しようのないダメージを与えていた。喀血は明らかな肺出血を表していた。
しかしアキームは倒れなかった。
「お、お、お、ぉ……明確な殺意、これは驚いた。だが、戦場とはそういうものだろう……ふ、ふふふ、ようやく人を殺す覚悟ができたかね……」
倒れはしないが、壁に縋ってなんとか立っているといった状態だ。
「……だがその有様は、傷つけ殺すことへのきみなりの贖罪かね?」
ルイザは卓人を見て口を覆わずにいられなかった。
素焼きの筒にしても人間の肉体にしても、一定量以上の黒色火薬の爆発に耐えられるような強度は持ち合わせていない。爆発のエネルギーのうち、三〇パーセントが石を飛ばしたとして、残りの七〇パーセントは筒とそれを覆う卓人にかかる。筒が破壊されることによってそのエネルギーはかなり消費されるが、なおあり余った分は容赦なく卓人の肉体を破壊しにかかる。卓人の服は破れて皮膚を焼き、砕けた筒の破片が何十ヶ所と肉を抉っている。
「あぐ……あううう……」
脳で処理しきれない激痛が卓人の全身を襲う。だが、それでも全身で受け止めたからこそエネルギーは分散され肉体を四散させるにまでは至らなかった。それでも、無残としか表現のしようのない有様だ。
回復魔法が使えていれば、この気が狂いそうな痛みは和らげたのではないか。なぜこの世界は自分に魔法を与えてくれなかったのか。自らの愚かさと世界の冷酷さを呪った。
「きみは私の知るナナリのタクトではないが、面白かったぞ……これを餞として、きみは消し炭となるがいい……」
「くっそおおお! タクト!」
レヴァンニも何とか動こうとするがダメージが大きい。
目の前には無慈悲なエネルギーが赫奕と集合して光を放ち始めていた。
『贖罪……そうかもしれないな……』
その目には何か叫んでいるルイザが見えた。
『僕は、エミリから大切なお兄さんを奪ってしまった……』
次の瞬間、赤が迫ってきたかと思うと、すぐに白がすべてを包んだ。
「ごめんな、エミリ……」
レヴァンニは魔法ではなく剣で斬りかかった。
魔法の技量では敵の方が圧倒的だ。まともに張り合える気がしなかった。
だがアキームは脇に提げた剣を抜くとあっさりと片腕で受け止めてしまった。
「はははは、なかなかの怪力だ。だがせっかくの力もうまく使えなければ片腕でなんとかなってしまう程度だ」
「なめてんじゃねえぞ!」
兵学校では力で自分に敵うほどの相手はいないと思っていた。世間は広いというがこれだけ子供扱いされるとは思ってもみなかった。吠えて威嚇するくらいしかできない。
「さて、剣にばかり意識がいっていると吹っ飛ばされてしまうぞ?」
「うるせえ! これだけ近距離で爆発させたらお前も一緒に吹っ飛んじまうぜ!」
「ほう、なかなか賢いではないか」
アキームは図体だけと思っていた少年兵に素直に感心した。
「だが、私は爆発の魔法しか使えないわけでもないぞ」
「しまった!」
巨大な炎の魔法を使われれば焼き殺されてしまう。距離を取るべきか迷ったが、それはあまり意味のないことだった。
「じゃあ、お前も一緒に焼き肉になりやがれ!」
レヴァンニはむしろ距離を詰めた。
「いいぞ、お前は優秀な戦士だ。エルゲニア兵なら部下にしていたところだ!」
アキームは押し込んでくる少年兵の力をいなすと、その勢いのまま投げ飛ばした。レヴァンニの巨体が宙を舞い、剣を突きつけられる。このまま爆発の魔法を放てば彼は粉々になるだろう。
「実に残念だ」
アキームは残酷な笑みを浮かべた。
だがその瞬間、耳元を細めの剣がかすめる。
「いいね。ついにきみも戦う意志を取り戻したかね。そのほうがいい。凜とした美しさがたまらないね」
剣を突き立ててきたのはルイザだった。そして次の瞬間には声もなく雷撃を放った。
だが、ほとばしる稲妻は敵から違う場所を通ってゆく。
――空気の膜?
敵の表面ギリギリを稲妻が駆け抜けてゆくのが見えた。
『人体よりも雷撃が流れやすい膜を魔法でつくり出しているというの?』
そんな魔法を彼女は知らないが、一瞬見たその現象はそうとしか説明のしようがなかった。
「ちっ!」
ルイザは剣と蹴りを間断なく繰り出す。
「素晴らしい、若いのによく鍛えている。こういう女性は大好きだ」
気持ち悪くて聞くに堪えないが、心を無にして攻撃を加える。だが、敵は余裕をもって受け流してしまう。
「おっと、邪魔はしないでくれたまえ」
レヴァンニと壮年兵が同時に斬りかかってきていた。ルイザの攻撃を受けながら爆発の魔法を食らわせる。二人は壁まで吹っ飛ばされ動けなくなった。
「さすがに今の一瞬では殺せなかったかな。まあ良かろう」
ルイザは一度距離を取ると、くるっと回転して広域に雷撃を放った。
「ぐああああ!」
倒れていた他の敵兵たちが目を覚ましレヴァンニたちを狙っていたからだ。
「ほう、よく見ている。きみもかなり優秀なようだ」
だけどどうする。このアキーム・バーベリオという男だけは何をしても戦える気がしない。すでに手詰まりだ。
卓人は仲間の奮闘を見ていた。そうだ、躊躇している場合じゃない。戦わなければならないんだ。そうすることで彼らの危険度は減少する。
覚悟を決め、素焼きの筒を手にした。
その中には黒色火薬とともに口径とほぼ同じ大きさの石が詰められている。点火すれば中に詰め込まれた石はその爆圧で押し出され、その先にある物体を破壊する。ただ、鋳鉄製の大砲のように砲身は頑丈ではないから、それを補うためにあらかじめ布を巻きつけておいた。こんなもの使い道があるのか疑問だったが、使うならば今しかない。
卓人は筒先をアキームに向けた。さらに両腕と全身でがっしりと筒全体を覆った。
「それも例の爆発するものだね。そんなに大事に抱えてしまって大丈夫かね」
アキームは卓人が手にするものならば、すべて火薬にまつわる何かと判断して爆発させようとするだろう。
そしてそれによって自身に何が起こるかもすべて知っていた。
言葉の後にアキームがとった行動は卓人の予定通りだった。
的確な座標に放たれた火の魔法は、卓人がもつ筒の中の黒色火薬を爆発させた。
石は爆圧を直線的な受けて筒の口へ向けて放たれた。卓人が強く抱え込んだことによって筒の壁面へ向かった爆圧はより抵抗の少ない筒の口のほうへ反射し、石をその方向へ加速させた。
直径二〇センチ、質量二キロほどの石は人間が認識できる速度をはるかに上回り、次の瞬間にはアキームの胸を抉り、余剰のエネルギーが後ろの壁に身体ごと衝突させた。
「ぐはあああ!」
形状が鋭利であればアキームの肉体を貫いていたかもしれない。しかし、滑らかな球形に近い石は広範囲に衝撃を与え、胸骨や肋骨に短時間では回復しようのないダメージを与えていた。喀血は明らかな肺出血を表していた。
しかしアキームは倒れなかった。
「お、お、お、ぉ……明確な殺意、これは驚いた。だが、戦場とはそういうものだろう……ふ、ふふふ、ようやく人を殺す覚悟ができたかね……」
倒れはしないが、壁に縋ってなんとか立っているといった状態だ。
「……だがその有様は、傷つけ殺すことへのきみなりの贖罪かね?」
ルイザは卓人を見て口を覆わずにいられなかった。
素焼きの筒にしても人間の肉体にしても、一定量以上の黒色火薬の爆発に耐えられるような強度は持ち合わせていない。爆発のエネルギーのうち、三〇パーセントが石を飛ばしたとして、残りの七〇パーセントは筒とそれを覆う卓人にかかる。筒が破壊されることによってそのエネルギーはかなり消費されるが、なおあり余った分は容赦なく卓人の肉体を破壊しにかかる。卓人の服は破れて皮膚を焼き、砕けた筒の破片が何十ヶ所と肉を抉っている。
「あぐ……あううう……」
脳で処理しきれない激痛が卓人の全身を襲う。だが、それでも全身で受け止めたからこそエネルギーは分散され肉体を四散させるにまでは至らなかった。それでも、無残としか表現のしようのない有様だ。
回復魔法が使えていれば、この気が狂いそうな痛みは和らげたのではないか。なぜこの世界は自分に魔法を与えてくれなかったのか。自らの愚かさと世界の冷酷さを呪った。
「きみは私の知るナナリのタクトではないが、面白かったぞ……これを餞として、きみは消し炭となるがいい……」
「くっそおおお! タクト!」
レヴァンニも何とか動こうとするがダメージが大きい。
目の前には無慈悲なエネルギーが赫奕と集合して光を放ち始めていた。
『贖罪……そうかもしれないな……』
その目には何か叫んでいるルイザが見えた。
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