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支配欲求の圧潰
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二年生の優勝という、近年例を見ない結果に終わった剣闘会は、予科生のみならず教官たちにも何かの変化を期待させたようだ。
表彰台に選手たちが登るとき、普通は予科生たちだけが集まるが、今回は多くの教官も集まっていた。
優勝賞品は簡単なメダルと賞状だけである。
だが、レヴァンニがそれを掲げて叫ぶと、他の予科生も勢いに乗って叫んだ。
ルイザはそれを見て微笑んだ。正直、ティフリスでのことを考えると、卓人に決勝でも戦ってほしかったと思ったが、それは無茶な要求というものだった。
おめでとうなんて言わない。
だって、彼が優勝したことそのものが嬉しいことではないからだ。自分の見る目が正しいと証明されたことが嬉しいのだ。人混みから離れるルイザの足どりは軽かった。
「エミリちゃん、お兄ちゃん頑張ったね」
「すごいんだね、タクト君は」
エミリと一緒に厨房ではたらくおばさん達は、例年なら途中で帰っていたところを、今年は最後まで試合を観戦していた。
「こういう人たちが私たちを守ってくれるなら安心だねぇ」
おばさん達がそう言ってくれた。エミリは卓人の許へ行きたかったが、今日は難しそうだった。多くの人たちが、兄とその仲間たちを囲んでいた。そんな光景がとても誇らしかった。
はっとデンギスは目を覚ました。
そこは医務室だった。
――誰もいない。
外では表彰式が行われているらしく賑わっており、夕日で赤く染まった部屋の寂寥感をより際立たせていた。
いや、誰もいないわけではない。壁際に一人の教官が立っていた。
「目が覚めたか」
なぜ自分がここで目覚めたか理由を探す。そして自分が何をしたか思い出して、大きな後悔の念が押し迫ってくる。
「気分はどうだ?」
おそらく回復魔法はかけられているし、添え木をして固定してあるが骨折した右手首はまだ痛む。顔面も打ちつけたらしい。だが、弱音を言える気分ではなかった。
「いえ、なんともありません……」
「そうか」
そこからしばらく教官は、自らの行為を顧みる時間として何も声をかけなかった。
彼の人生にはこれまでにも何度かこういうことがあった。
貴族の息子として生まれたこともあるが、生来の性格という側面のほうが強いだろう。人の下に立つと感じることがとてもいやだった。他人を支配し、従わせていないと気が済まない。自分のやりたいことを誰よりも先に言えば、たいていそれで人はついてくる。
それはとても気分のいいことだった。
意見が合わないこともあるが、そんな奴は捨てればいいし、必要なら力ずくで従わせればいい。彼にはそれだけの力があった。だが、必ずしもそのようになるとは限らなかった。
力ずくでねじ伏せられる――
この屈辱を味わったとき、これまで自分の築き上げてきたものがぶち壊されたような感覚に陥る。調子に乗って息巻いていたときの自分を、誰かが嘲笑っているのではないかと気が気でなくなる。とても惨めな思いが全身を支配する。
「去年も同じようなことをしたな」
去年の剣闘会、デンギスはかなり強烈な一本を入れられたことに激高し、怒り狂って相手を徹底的に殴り倒した。相手が降参しても収まらず、何度も打ち据えたため反則負けとなった。
「成長のないことだ」
「……はい」
デンギスはつぶやくように答えた。
「あの件以降、反省した貴様の取り組みは、どの教官も評価していた。戦場での働きも素晴らしいものだった」
「……はい」
「だから、ティフリスへの推薦候補生としてお前の名は上がっていた」
「……はい」
「だが今日の件で、それは取り消しになった。幹部になるには、貴様には品位が足りない」
「……はい」
何を言っても同じような返事しかしないデンギスに教官は異様さを感じ、顔を覗き込んだ。彼の目は虚ろで、抜け殻のようになっていた。
彼は大きな失敗をすると、しばらく鬱状態が続く傾向があった。
そしてそこから回復すると、負けた自分が許せなくなって必死になって鍛錬に取り組む。そして力がついてくると悔しさを忘れ、また同じように息巻くようになる。これを繰り返した。
「まだ、貴様には来年がある。同じ失敗を繰り返すな。軍人が自らを制御できないならば、それはただの暴力集団に過ぎないということを自覚せよ」
「……はい」
同じような返事だった。
彼は与えられた自省の時間のうちに鬱状態になってしまっていた。今のデンギスには何を言って伝わらない。仕方なく医務室の外で待つ仲間に引き渡す。同室のよしみで面倒は見てもらえたものの、愚かな人間との印象をより強く与えることになった。
夕日の射すグラウンドには、整列する予科生たちの影が美しく伸びている。最後に学校長により、二年生の優勝は三十五年ぶりの快挙であることが伝えられ、今年も盛り上がりのある大会になったとしめくくられ、剣闘会は多くの者を満たして終了した。
そして、その人を学校長として見ることが最後になるなど、このとき予科生はおろか教官でさえも誰も知らなかった。
表彰台に選手たちが登るとき、普通は予科生たちだけが集まるが、今回は多くの教官も集まっていた。
優勝賞品は簡単なメダルと賞状だけである。
だが、レヴァンニがそれを掲げて叫ぶと、他の予科生も勢いに乗って叫んだ。
ルイザはそれを見て微笑んだ。正直、ティフリスでのことを考えると、卓人に決勝でも戦ってほしかったと思ったが、それは無茶な要求というものだった。
おめでとうなんて言わない。
だって、彼が優勝したことそのものが嬉しいことではないからだ。自分の見る目が正しいと証明されたことが嬉しいのだ。人混みから離れるルイザの足どりは軽かった。
「エミリちゃん、お兄ちゃん頑張ったね」
「すごいんだね、タクト君は」
エミリと一緒に厨房ではたらくおばさん達は、例年なら途中で帰っていたところを、今年は最後まで試合を観戦していた。
「こういう人たちが私たちを守ってくれるなら安心だねぇ」
おばさん達がそう言ってくれた。エミリは卓人の許へ行きたかったが、今日は難しそうだった。多くの人たちが、兄とその仲間たちを囲んでいた。そんな光景がとても誇らしかった。
はっとデンギスは目を覚ました。
そこは医務室だった。
――誰もいない。
外では表彰式が行われているらしく賑わっており、夕日で赤く染まった部屋の寂寥感をより際立たせていた。
いや、誰もいないわけではない。壁際に一人の教官が立っていた。
「目が覚めたか」
なぜ自分がここで目覚めたか理由を探す。そして自分が何をしたか思い出して、大きな後悔の念が押し迫ってくる。
「気分はどうだ?」
おそらく回復魔法はかけられているし、添え木をして固定してあるが骨折した右手首はまだ痛む。顔面も打ちつけたらしい。だが、弱音を言える気分ではなかった。
「いえ、なんともありません……」
「そうか」
そこからしばらく教官は、自らの行為を顧みる時間として何も声をかけなかった。
彼の人生にはこれまでにも何度かこういうことがあった。
貴族の息子として生まれたこともあるが、生来の性格という側面のほうが強いだろう。人の下に立つと感じることがとてもいやだった。他人を支配し、従わせていないと気が済まない。自分のやりたいことを誰よりも先に言えば、たいていそれで人はついてくる。
それはとても気分のいいことだった。
意見が合わないこともあるが、そんな奴は捨てればいいし、必要なら力ずくで従わせればいい。彼にはそれだけの力があった。だが、必ずしもそのようになるとは限らなかった。
力ずくでねじ伏せられる――
この屈辱を味わったとき、これまで自分の築き上げてきたものがぶち壊されたような感覚に陥る。調子に乗って息巻いていたときの自分を、誰かが嘲笑っているのではないかと気が気でなくなる。とても惨めな思いが全身を支配する。
「去年も同じようなことをしたな」
去年の剣闘会、デンギスはかなり強烈な一本を入れられたことに激高し、怒り狂って相手を徹底的に殴り倒した。相手が降参しても収まらず、何度も打ち据えたため反則負けとなった。
「成長のないことだ」
「……はい」
デンギスはつぶやくように答えた。
「あの件以降、反省した貴様の取り組みは、どの教官も評価していた。戦場での働きも素晴らしいものだった」
「……はい」
「だから、ティフリスへの推薦候補生としてお前の名は上がっていた」
「……はい」
「だが今日の件で、それは取り消しになった。幹部になるには、貴様には品位が足りない」
「……はい」
何を言っても同じような返事しかしないデンギスに教官は異様さを感じ、顔を覗き込んだ。彼の目は虚ろで、抜け殻のようになっていた。
彼は大きな失敗をすると、しばらく鬱状態が続く傾向があった。
そしてそこから回復すると、負けた自分が許せなくなって必死になって鍛錬に取り組む。そして力がついてくると悔しさを忘れ、また同じように息巻くようになる。これを繰り返した。
「まだ、貴様には来年がある。同じ失敗を繰り返すな。軍人が自らを制御できないならば、それはただの暴力集団に過ぎないということを自覚せよ」
「……はい」
同じような返事だった。
彼は与えられた自省の時間のうちに鬱状態になってしまっていた。今のデンギスには何を言って伝わらない。仕方なく医務室の外で待つ仲間に引き渡す。同室のよしみで面倒は見てもらえたものの、愚かな人間との印象をより強く与えることになった。
夕日の射すグラウンドには、整列する予科生たちの影が美しく伸びている。最後に学校長により、二年生の優勝は三十五年ぶりの快挙であることが伝えられ、今年も盛り上がりのある大会になったとしめくくられ、剣闘会は多くの者を満たして終了した。
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