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第一章 霊草不足のポーション
(21)次なる扉への足音
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酒場の喧騒の中、アルマはふと何かを思い出したように口を開いた。「…そういえば、第三王子の儀礼はどうなったの? 無事に執り行われたの?」
カーライルは問いかけに少し驚いたように眉を上げ、肩を軽くすくめた。「ああ、儀礼か。滞りなく終わったらしいぜ。正直、俺には何が行われたのか詳しくは分からねぇが、無事に済んだって話だ。」
その答えに、アルマは小さく息を吐いた。監査官やポーション工房だけでなく、王族が絡む事案が問題なく解決したと聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。彼女の表情には、安心感がわずかに滲んでいた。
カーライルはそんなアルマの様子を見て、微かに笑みを浮かべた。「だが、この三日間、俺はずっと質問攻めだったんだぜ。王子の側近や領主の役人が次から次へと押しかけてきて、これでもかってくらい事情を聞かれた。」
彼は苦笑しながら頭を軽く掻いた。その仕草には疲労が滲んでいた。
「何を聞かれても、嬢ちゃんに頼まれて手伝っただけだって答えといたさ。」カーライルはジョッキを片手で軽く回しながら、気だるそうにそう言ったが、どこか安堵の響きが混じっていた。
アルマはその疲れた様子に気づき、申し訳なさそうに薄く笑みを浮かべた。「ごめんなさい。色々と巻き込んでしまったわね…」
「いや、構わねぇよ。」カーライルは軽く首を振り、当たり前だと言わんばかりの態度だった。しかし、その直後、ふいに表情が引き締まり、声色が低くなる。
「ただ──」
彼はジョッキをテーブルに置き、少し間を置いてから言葉を続けた。
「ただ?」
アルマはその変化に気付き、思わず息を呑んだ。彼の視線が鋭く光り、緊張が空気に満ちる。
「監査官が口にしていた“エデルハイドの消滅”に王妃が関わっているって話……あれは誰にも伝えてない。」カーライルの声には低い重みがあり、その言葉が持つ危険性をアルマに示していた。
アルマは一瞬、身を硬くしたが、すぐに慎重に頷いた。「賢明な判断だと思う。何が真実で、何が嘘かも分からないまま、その話を広めるのは危険すぎる。」
カーライルはアルマの言葉に静かに頷き、再びジョッキを口元に持っていった。「だろうな。下手に動けば混乱を招くだけだ。しばらく様子を見るのが得策だろう。」
アルマは目を伏せ、考え込むように深く息を吐いた。監査官が口にした「王妃」の名。その響きが彼女の中で重く残り、頭の中で繰り返される。
その沈黙の中、酒場の喧騒すら遠くに感じられるほど重苦しい空気が二人の間を流れた。それを感じ取ったカーライルは、気まずさを和らげようと少し冗談めかした調子で口を開いた。
「まあ、何はともあれ、めでたしめでたしってとこだな。俺は約束の銀貨五枚を楽しみにしてるさ。それで久しぶりに美味い酒でも飲むとしよう。」
彼の軽い言葉に、アルマもようやく顔をほころばせた。「銀貨五枚だけじゃなくて、父から感謝状も届くかもしれないわ。楽しみにしておいて。」
カーライルは鼻で笑い、「感謝状より愚痴の方が俺には似合ってるさ。」とつぶやくように答えた。その飄々とした態度の裏には、戦いを終えた安堵の色が見え隠れしていた。
二人の間にささやかな笑いが広がり、酒場の喧騒がどこか遠くに感じられる穏やかな時間が流れた。戦いの余韻と安堵の気持ちを噛み締めながら、彼らは言葉少なにそのひとときを共有していた。
しばらくして、アルマは静かに席を立ち、柔らかな笑みを浮かべた。彼女の表情には、どこか吹っ切れたような穏やかさが漂っている。カーライルに短い別れの言葉を告げると、アルマは自信に満ちた足取りで酒場の出口へ向かった。出口近くで一度振り返り、小さく手を振る。カーライルは軽く手を上げ、彼女を見送った。その背中が扉の向こうに消えると、酒場のざわめきが再び耳に戻ってきたが、彼の心の中には一抹の寂しさが残った。
アルマが去った後、カーライルは静かにジョッキを手に取り、無言でビールを口に運んだ。周囲では冒険者たちの騒ぎや笑い声が飛び交い、酒場の喧騒はいつも通りだったが、彼の心の中は妙に静かだった。胸の奥に冷たい感覚が広がり、思考が深く沈み込んでいく。
「エデルハイド消滅の真相は、王妃が隠している──」
監査官の言葉が頭の中を何度も反響する。カーライルは苦笑し、ジョッキをテーブルに置いた。かつて冒険者として名を馳せた自分が、いまや酒場で冒険者の愚痴を聞きながら銅貨を稼ぐだけの男。それが、今は国を揺るがすような問題に関わっている。滑稽だと感じる一方で、どこか逃れられない宿命のようにも思えた。
思えば、すべてはあの「嬢ちゃん」との出会いから始まった。無邪気な笑顔で飛び込んできたアルマが、彼の日常をいとも簡単に変えてしまったのだ。金髪碧眼の少女が開いた非日常の扉は、彼にとって再び動き出すきっかけとなった。カーライルはジョッキを再び手に取り、ひと口飲むと、少し笑った。
「次は何が起こるんだか…」
ぼそりと呟いた言葉には、不安と期待が入り混じっていた。深いため息をつき、目線を落としたテーブルの木目をぼんやりと見つめる。その胸の奥では、新たな物語が始まる予感が静かに蠢いていた。非日常の波が再び彼をさらいにくるだろう。その予感が、彼の中で静かに形を成していく。
「まぁ、来るなら来いってところか。」自分自身に言い聞かせるように呟き、カーライルはジョッキを空にした。喧騒が戻った酒場の中で、彼は再び静かな覚悟を決めた。どんな波が訪れようと、それに身を任せる準備はできている。
冒険者たちの声が響く賑やかな夜の酒場。その喧騒の中で、カーライルの中にだけ、静かに、しかし確実に迫り来る変化の影があった。それが何をもたらすのかは分からない。ただ、扉が開かれる瞬間を待ちながら、彼はその場に佇み続けた。
─
第一章 霊草不足のポーション 閉幕
次なる舞台はダンジョン。
――深淵の闇から異変は静かに、しかし確実に彼らへと忍び寄る。
─
カーライルは問いかけに少し驚いたように眉を上げ、肩を軽くすくめた。「ああ、儀礼か。滞りなく終わったらしいぜ。正直、俺には何が行われたのか詳しくは分からねぇが、無事に済んだって話だ。」
その答えに、アルマは小さく息を吐いた。監査官やポーション工房だけでなく、王族が絡む事案が問題なく解決したと聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。彼女の表情には、安心感がわずかに滲んでいた。
カーライルはそんなアルマの様子を見て、微かに笑みを浮かべた。「だが、この三日間、俺はずっと質問攻めだったんだぜ。王子の側近や領主の役人が次から次へと押しかけてきて、これでもかってくらい事情を聞かれた。」
彼は苦笑しながら頭を軽く掻いた。その仕草には疲労が滲んでいた。
「何を聞かれても、嬢ちゃんに頼まれて手伝っただけだって答えといたさ。」カーライルはジョッキを片手で軽く回しながら、気だるそうにそう言ったが、どこか安堵の響きが混じっていた。
アルマはその疲れた様子に気づき、申し訳なさそうに薄く笑みを浮かべた。「ごめんなさい。色々と巻き込んでしまったわね…」
「いや、構わねぇよ。」カーライルは軽く首を振り、当たり前だと言わんばかりの態度だった。しかし、その直後、ふいに表情が引き締まり、声色が低くなる。
「ただ──」
彼はジョッキをテーブルに置き、少し間を置いてから言葉を続けた。
「ただ?」
アルマはその変化に気付き、思わず息を呑んだ。彼の視線が鋭く光り、緊張が空気に満ちる。
「監査官が口にしていた“エデルハイドの消滅”に王妃が関わっているって話……あれは誰にも伝えてない。」カーライルの声には低い重みがあり、その言葉が持つ危険性をアルマに示していた。
アルマは一瞬、身を硬くしたが、すぐに慎重に頷いた。「賢明な判断だと思う。何が真実で、何が嘘かも分からないまま、その話を広めるのは危険すぎる。」
カーライルはアルマの言葉に静かに頷き、再びジョッキを口元に持っていった。「だろうな。下手に動けば混乱を招くだけだ。しばらく様子を見るのが得策だろう。」
アルマは目を伏せ、考え込むように深く息を吐いた。監査官が口にした「王妃」の名。その響きが彼女の中で重く残り、頭の中で繰り返される。
その沈黙の中、酒場の喧騒すら遠くに感じられるほど重苦しい空気が二人の間を流れた。それを感じ取ったカーライルは、気まずさを和らげようと少し冗談めかした調子で口を開いた。
「まあ、何はともあれ、めでたしめでたしってとこだな。俺は約束の銀貨五枚を楽しみにしてるさ。それで久しぶりに美味い酒でも飲むとしよう。」
彼の軽い言葉に、アルマもようやく顔をほころばせた。「銀貨五枚だけじゃなくて、父から感謝状も届くかもしれないわ。楽しみにしておいて。」
カーライルは鼻で笑い、「感謝状より愚痴の方が俺には似合ってるさ。」とつぶやくように答えた。その飄々とした態度の裏には、戦いを終えた安堵の色が見え隠れしていた。
二人の間にささやかな笑いが広がり、酒場の喧騒がどこか遠くに感じられる穏やかな時間が流れた。戦いの余韻と安堵の気持ちを噛み締めながら、彼らは言葉少なにそのひとときを共有していた。
しばらくして、アルマは静かに席を立ち、柔らかな笑みを浮かべた。彼女の表情には、どこか吹っ切れたような穏やかさが漂っている。カーライルに短い別れの言葉を告げると、アルマは自信に満ちた足取りで酒場の出口へ向かった。出口近くで一度振り返り、小さく手を振る。カーライルは軽く手を上げ、彼女を見送った。その背中が扉の向こうに消えると、酒場のざわめきが再び耳に戻ってきたが、彼の心の中には一抹の寂しさが残った。
アルマが去った後、カーライルは静かにジョッキを手に取り、無言でビールを口に運んだ。周囲では冒険者たちの騒ぎや笑い声が飛び交い、酒場の喧騒はいつも通りだったが、彼の心の中は妙に静かだった。胸の奥に冷たい感覚が広がり、思考が深く沈み込んでいく。
「エデルハイド消滅の真相は、王妃が隠している──」
監査官の言葉が頭の中を何度も反響する。カーライルは苦笑し、ジョッキをテーブルに置いた。かつて冒険者として名を馳せた自分が、いまや酒場で冒険者の愚痴を聞きながら銅貨を稼ぐだけの男。それが、今は国を揺るがすような問題に関わっている。滑稽だと感じる一方で、どこか逃れられない宿命のようにも思えた。
思えば、すべてはあの「嬢ちゃん」との出会いから始まった。無邪気な笑顔で飛び込んできたアルマが、彼の日常をいとも簡単に変えてしまったのだ。金髪碧眼の少女が開いた非日常の扉は、彼にとって再び動き出すきっかけとなった。カーライルはジョッキを再び手に取り、ひと口飲むと、少し笑った。
「次は何が起こるんだか…」
ぼそりと呟いた言葉には、不安と期待が入り混じっていた。深いため息をつき、目線を落としたテーブルの木目をぼんやりと見つめる。その胸の奥では、新たな物語が始まる予感が静かに蠢いていた。非日常の波が再び彼をさらいにくるだろう。その予感が、彼の中で静かに形を成していく。
「まぁ、来るなら来いってところか。」自分自身に言い聞かせるように呟き、カーライルはジョッキを空にした。喧騒が戻った酒場の中で、彼は再び静かな覚悟を決めた。どんな波が訪れようと、それに身を任せる準備はできている。
冒険者たちの声が響く賑やかな夜の酒場。その喧騒の中で、カーライルの中にだけ、静かに、しかし確実に迫り来る変化の影があった。それが何をもたらすのかは分からない。ただ、扉が開かれる瞬間を待ちながら、彼はその場に佇み続けた。
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