愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

チョコレ

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第四章 解き放たれし影

(2)険悪な空気

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 三人は、馬車に揺られながら東の領地、アルマの父が治めるデュフォンマル領を目指していた。馬車の鈍い揺れが一定のリズムを刻む中、王都の喧騒が遠のき、窓の外には荒野の静寂が広がっていく。しかし、外の穏やかな風景とは裏腹に、車内にはどこか重苦しい空気が漂っていた。

 アルマはその雰囲気をどうにか変えたくて、隣に座るロクスに声をかけた。
「ロ、ロクスさん、デュフォンマル領に行くのは初めてですか?」

 ロクスは窓の外を見たまま、特に感情を込めることなく答えた。
「いや、何度か行ったことがある。」

 そのそっけない返事に、アルマは少し肩を落とした。それでも諦めず、今度は向かいに座るカーライルに話題を振る。
「カ、カーライル、久々に戻れて嬉しくない?愚痴聞きの常連さんたちも待ってるだろうし、やっと一息つけるんじゃない?」

 カーライルは腕を組んだまま、薄く目を開けて答えた。
「そうだな…。」

 その冷めた声に温かみがないことが、アルマにはどうしようもなく歯がゆかった。

 十年前に何があったのか。ロクスとカーライルが、こうして言葉を交わさない理由をアルマはずっと気にしていた。しかし肝心の二人は何も語ろうとせず、重い沈黙が車内に戻るたびに、彼女は内心ため息をつくしかなかった。

 窓の外に目をやりながら、アルマの脳裏にはフィオラの明るい笑顔が浮かぶ。あの陽気な声がここにあれば、たちまちこの場の空気も軽くなるだろうと考えると、いないことが寂しく感じられた。

 アルマはローブの内側から、フィオラが渡してくれた魔具を取り出した。それは古代遺跡から発掘された品で、王都の魔具店で格安で譲り受けたものだった。少し錆びた金属の外装と中心部に埋め込まれた青白い宝石が、不思議な雰囲気を漂わせている。

 彼女の記憶には、得意げな笑顔のフィオラの姿が蘇る。
「アネさん、これ持っといて!魔具師の目で見ると発想が詰まるねん。アネさんの自由な考えで調べてみてや!」

 その言葉を思い返しながら、アルマは魔具を手の中でじっと見つめた。冷たい金属の感触が指先に伝わり、不気味な静けさが漂う。それでも彼女の指先には微かな振動が感じられ、試しに光属性のマナを注ぎ込んでみた。

 途端に、魔具が小さな閃光を放ったが、その光は弾き返される。それはまるで明確な拒絶の意思のようだった。
「もしかして…属性が違うの?」

 額に滲む汗をぬぐいながら、アルマは冷静に考えを巡らせる。光を跳ね返した瞬間の微かな反応が、彼女の胸に疑念を生じさせた。

「試してみる価値はあるわね。」
 深呼吸をした彼女は、今度は雷属性のマナを注ぎ込む。魔具は一瞬だけ鋭い音を立てたものの、その音はすぐに消え、雷を拒むように再び沈黙した。

「…となると、次は風。」
 アルマは別の属性を試すため、風のマナを魔具に注ぎ込んだ。魔具の表面が軽く振動したが、それも一瞬で収まり、反応は得られなかった。

「これも違う…なら、水はどうかしら。」
 最後の可能性に望みを託し、アルマは水属性のマナを集中して注ぎ込んだ。その瞬間、魔具が低く鈍い音を響かせる。それはこれまでとは明らかに異なる反応で、まるで魔具自身が水のマナを求めていたかのように、アルマの放ったマナを一気に吸い込んだ。

「今のは…!」
 アルマの瞳が驚きに輝く。水属性にのみ敏感に反応する魔具の特異性に、彼女は新たな可能性を感じ取った。

 アルマは再び集中し、水のマナを少しずつ送り込む。魔具は微かな振動を発し、それが徐々に増幅していく。しかし、どれだけ続けても目立った変化はなく、注入を止めると魔具は再び静まり返った。

「学院時代に、私のマナは普通の魔法使いよりずっと多いって言われてたけど…それを半分以上注いでも反応がないなんて…」
 呟きながら魔具を見つめるアルマ。その声には驚きと苛立ちが滲んでいる。

「もしかして、多くのマナを蓄積する仕組みなのかしら…でも、放出の仕掛けが見当たらない。」
 魔具を手の中でひっくり返し、慎重に観察するも結論は出ない。アルマは一度調査を諦め、魔具を胸ポケットにしまい込み顔を上げた。

 ロクスは窓の外を見つめ、カーライルは腕を組んだまま目を閉じている。重苦しい沈黙が二人の間に横たわり、それが車内全体を覆っていた。その緊張感がアルマの胸にも重くのしかかる。

 昼下がりの穏やかな陽射しが差し込み、張り詰めた心が徐々にほぐれていく。魔具に大量のマナを注ぎ込んだことで疲労が募り、倦怠感がアルマを包む。まぶたが重くなり、ついに目を閉じかけたそのとき、馬車が急に傾いて止まった。

「ちょ、ちょっと!?」
 アルマが体勢を崩しながら驚きの声を上げると、御者の声が聞こえてきた。
「おおっと、ぬかるみにハマったみたいでさあ!」

 アルマは窓の外を覗き込む。車輪が泥に埋まり、馬が引きずるたびに車体が軋む音を立てていた。ロクスが淡々と立ち上がり、カーライルを横目で睨む。
「お前も来い。これだけ重いんだ、一人じゃ無理だろう。」
 カーライルは眉をひそめながら「指図される筋合いはねえけどな」と言いつつも立ち上がり、二人は馬車を降りた。

 アルマは慌てて「わ、私も!」と言いかけたが、カーライルがきっぱりと首を振る。
「嬢ちゃんは座ってるんだ。」
「でも――」
「座ってろって言ってるだろ。」

 アルマは唇を噛みしめながら、言葉を飲み込むしかなかった。彼女は再び窓の外を覗き、泥まみれになりながら馬車を押す二人の姿を見つめる。だが、その様子は協力というよりも、どちらが主導権を握るか競っているかのようだった。

「おい、ちゃんと押せよ!」カーライルが苛立ち気味に叫ぶ。
「無駄に力任せに動くな。余計に埋まる。」ロクスが冷静に返す。
「だったら指図するな。そっちが下手なんだよ。」
「お前が下手すぎるんだ。」

 二人の険悪なやり取りを聞いて、アルマは思わず呟いた。
「これでよく王都の戦いを乗り越えられたわね…。」

 しばらくしてようやく馬車が泥の中から抜け出すと、二人は無言のまま車内に戻ってきた。ロクスは座席に腰を下ろし、再び窓の外を見つめる。一方、カーライルは靴についた泥を払いながらぼそりと言った。
「まったく、少しは考えて動けよ。」
「考えて動いてたからこの結果だ。お前こそ無駄なことばかりするな。」

 二人の間に冷たい言葉が飛び交う中、アルマは小さくため息をついた。言葉にしなくても、二人の険悪な関係が空気そのものを淀ませている。その重さに押し潰されそうになりながら、アルマは視線を窓の外へと向けた。

 窓越しに広がる荒野は、どこまでも続く乾いた地平線。昼下がりの陽射しが草の間を照らし、遠くの湖面がきらきらと光を反射していた。その光景は美しくも、どこか掴みどころのない幻のようで、アルマの心にぽっかりと穴を空けた。

 彼女は目を閉じ、記憶の奥底へと思いを巡らせる。脳裏に浮かぶのは、王立魔法学院での鮮やかな日々――「七不思議」に挑み、仲間たちと共に試練を乗り越えた瞬間の喜び。笑い合い、涙を流し、手を取り合ったあの時間。しかし、それらの記憶は鮮やかであるほどに切なく、彼女の胸を締め付けた。

 ふと、夏休みに赴いた北国への冒険が蘇る。永久凍土の下には守護者が眠るという伝説。七つの鉱石を求め、命がけの採掘をした日々。あの時の苦労や達成感が、今となっては懐かしい温かさを伴って胸の奥に宿っていた。

 そして、さらに別の伝説が浮かび上がる。それは学院の談話室で、夜更けに仲間の誰かが語ったものだった。月明かりが煌々と照らす夜にだけ咲く、人と人の心を繋ぐという不思議な花――「月光花」。その儚げな物語が、今のアルマの心を不思議と強く揺さぶった。

「そうだ…月光花。」

 アルマは窓の外を見つめ、小さく呟く。険悪な二人の間に、あの花が橋渡しをしてくれないだろうかと期待し、アルマはその花の下へと向かう糸口を探し始めた。
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