愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~

チョコレ

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第四章 解き放たれし影

(3)湖への交渉

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 アルマは、故郷デュフォンマル領から王都に向かう途中、六日目に見かけた一枚の『円環の湖』への道を案内する立て看板のことを思い出していた。確か、そこから南西に向かえば一日足らずで着くという。

 デュフォンマル領から王都までは馬車で七日の道のり。そこから計算してみるに、王都を出発して東に向かい始めた今、一日ほどで月光花が咲くという『円環の湖』に辿り着けるのではないか。アルマの胸には、小さな期待が静かに膨らんでいった。

 しかし、険悪な空気が漂う中、ロクスやカーライルに直接願い出るのは気が引けた。それでもアルマはどうしても諦めきれなかった。思い切って勇気を振り絞り、馬車の前方に座る御者に声をかけた。

「すみません、御者さん。この辺りから『円環の湖』に寄り道することはできませんか?」

 御者は驚いたように振り返り、アルマの顔を見つめた。しばらく考え込んだ後、申し訳なさそうに首を横に振る。

「寄り道、ですか?お嬢さん、それは難しいですね。『円環の湖』は、あの夢幻の森の近くにあります。道を外れれば、迷い込んでしまう危険性が高いんですよ。そしてあの森は、一度迷い込むと、冒険者であってもそう簡単には抜け出れないと言われています。」

 アルマはそれでも諦めきれず、少し身を乗り出し、瞳に熱い思いを宿しながら懸命に説得を試みた。

「円環の湖には、月光花が咲くって聞いたことがあるんです。白銀の夜に金色の花々が咲き乱れる素晴らしい場所だと。せっかく近くを通るのに見られないなんて、もったいないなって思うんです。」

 御者は困ったように眉をひそめ、「そう言われてもねぇ…」と小さく呟いた。

「領に到着次第、必ず追加料金はお支払いします。それで何とかお願いできませんか?」

 アルマの必死な表情に、御者は困惑した表情を浮かべ、苦笑いをしながら答えた。「お気持ちはわかりますが、安全第一です。お客様を危険な場所にお連れするわけにはいきませんよ。」

 そのやり取りを聞いていたロクスが、冷静な声で口を挟んだ。その瞳は鋭く、責任感に満ちている。「アルマ様、あなたを無事に領内まで送り届けることが私の責務です。第三王子からの言付けもあり、王命である以上、余計な危険を負うわけには参りません。」

 ロクスの厳格な態度に、アルマは一瞬言葉を失いそうになった。しかし、心の中で強く願う気持ちが彼女を奮い立たせる。アルマは決意を込めてロクスに向き直った。

「ロクスさん、一日だけです。領に到着するのが一日だけ遅れるだけです。それに、もし何かあれば、責任はすべて私が取ります!」

 その言葉には、彼女なりの決意が込められていた。しかし、口に出した瞬間、彼女の心臓は早鐘のように高鳴る。

「そ、それに…第三王子は、わ、私が強く願ったとなれば、きっと許してくれるに違いありません!」

 最後の一言を口にする瞬間、アルマの顔は熱くなり、思わず頬が赤らむ。婚儀の提案を受けたときのことが脳裏をよぎり、その記憶が彼女の声を少し震わせた。

 ロクスはそんなアルマの真剣な瞳をじっと見つめた。その瞳には一切の迷いもなく、彼女の意志がはっきりと宿っている。

 しばらくの沈黙が流れる。その間にアルマは自分の手をぎゅっと握り、ロクスの返事を待ち続けた。その緊張感が薄霧のように彼女を包み込む中、ようやくロクスが深いため息をつき、口を開いた。

「仕方ありません。ただし、仰ったように一日だけです。それ以上の遅延は認められません。」

 その言葉を聞いた瞬間、アルマの顔はぱっと明るくなった。喜びがその表情全体に広がり、瞳が輝きを増す。

「ありがとうございます、ロクスさん!本当に感謝します!」

 御者も渋々ながら肩をすくめ、「追加料金をいただけるなら、やれなくもないがねえ」と折れた。

 そんなやり取りを横目で見ていたカーライルが、ニヤリと笑いながら軽口を叩いた。「俺にも銀貨を追加、よろしくな。」

 その一言にアルマは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて答えた。「もちろん、同行する時は報酬を払うって約束だから!」

 カーライルは肩をすくめ、軽い調子で笑い飛ばしたが、その笑みはどこか柔らかさを帯びていた。険悪だった空気が、彼の軽口とアルマの笑顔によって、わずかに和らいだように感じられる。

 こうして、アルマの熱意がロクスと御者の心を動かし、一行は湖のふもとにある「円環の村」で一泊し、その夜に湖を目指す計画が決まった。月光花は月の光を浴びて咲くと言われ、それに合わせる以外に道の選択肢はなかった。

 馬車が新たな目的地に向けてゆっくりと進み始めると、アルマの胸には期待と高揚感が膨らんでいた。

「月光花…。カーライルとロクスの二人の心を…少しでも通わせてくれるといいのだけれど。」
 彼女の小さな呟きは、馬車の揺れの中でかき消され、誰の耳にも届かなかった。それでも、その言葉には、これから訪れる奇跡への淡い希望と確信が込められていた。
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