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異世界の『医者の嫁』の朝は早い
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異世界の『医者の嫁』の朝は早い。その日、グレイスは朝五時には起床し、音を立てないように家事を始めていた。
――いつもこんなに早いんですか?――
「人手がありませんからね、医療知識がない私も診療所に立っておりますの。診療所に行く前には家のことはしておきたいでしょ?」
そう言って彼女はテキパキと慣れた手つきで家事をこなす。
――元公爵令嬢のグレイスさんには、家事は酷な仕事ではないでしょうか――
「最初は戸惑いましたが、ぜんせ……慣れてしまえば意外に楽しくこなせてますわ」
――なるほど。あ、それは……朝ごはんと?――
「これは主人の昼食ですわ。空いた時間に何時でも手早く食べられるようにしてますの。本当に診療所が忙しくて私がココに来るまでは朝から晩まで何も食べないなんてこともザラでしたのよ。あら、もうこんな時間」
グレイスは慌てた様子で一階の診療所へ走る。時計の針はまだ七時を回ったばかりだ。
――開診は九時からだと伺っていましたが? ――
「ええ、診療所が始まるのは九時からですが、『仕事前にどうしても……』という患者様もいらっしゃるので、八時には玄関を開けるようにしていますの。その前に掃除をしておきたいので七時には診療所に降りてます」
――なるほど。一種のおもてなしというわけですね――
「体調がよくない時にこそ、できるだけ気持ちの良い場所で過ごしていただきたいですからね」
――それも院長の指示で?――
「いえいえ、主人はそんなこと申しませんわ。ただ、医療知識のない私にできることといったらこんなことぐらいですから」
――それは素晴らしい心意気ですね――
「そんなことありませんわ。『医者の嫁』として当然のことをしているまでで……」
「その『情熱なんちゃら』ごっこをしないと朝、お前は仕事ができないのか」
まだ眠そうな表情を浮かべて私を睨むキースさんに私は華やかな笑顔を向ける。そう……『医者の嫁』の生活に密着してくれるインタビュアーなど最初から存在しないのだ。
「あら、聞いていらっしゃったなら声をかけてくださればいいのに。それに声に出すか出さないかで、ときどき日中も脳内では、このやり取りをやっておりますのよ」
「公爵令嬢時代もそんなだったのか?」
少し不満そうな表情を浮かべながらキースさんはそう言うが、内心私を憎からず思っているのを私は知っている。階下に降りてきてくれたのだって、朝の準備をする私を見守るためだ。
「まさか、これを思いついたのは最近ですから」
毎日掃除しているはずなのに何故か朝になると埃っぽくなる床をほうきで掃きながら私は笑顔で否定する。前世の平凡な女子大生だった記憶が戻ったのは、公爵令嬢を辞める直前のことだった。
「こんな貧乏診療所なんかで生活しているから、そんなワケの分からないことを言い出すんだろ。悪いことは言わない。もう御父上もお許しになられている頃だろう。元の生活に戻れ」
「離縁したい程、私のことをお嫌いでしたの?」
拒否の言葉の代わりに私は大きな瞳を潤ませて上目遣いに彼を見上げる。前世の私にはなかった美しい青い瞳をもつこの少女に見つめられたら、どんな男でも拒絶できないに違いない。
「だから……俺達は結婚してないだろ!!」
何度目かになるこのやり取りに私は小さく舌打ちする。何故か目の前の『医者』は、美人で家柄も育ちもよく働き者の公爵令嬢を嫁にする気はないらしい。
――いつもこんなに早いんですか?――
「人手がありませんからね、医療知識がない私も診療所に立っておりますの。診療所に行く前には家のことはしておきたいでしょ?」
そう言って彼女はテキパキと慣れた手つきで家事をこなす。
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「最初は戸惑いましたが、ぜんせ……慣れてしまえば意外に楽しくこなせてますわ」
――なるほど。あ、それは……朝ごはんと?――
「これは主人の昼食ですわ。空いた時間に何時でも手早く食べられるようにしてますの。本当に診療所が忙しくて私がココに来るまでは朝から晩まで何も食べないなんてこともザラでしたのよ。あら、もうこんな時間」
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――なるほど。一種のおもてなしというわけですね――
「体調がよくない時にこそ、できるだけ気持ちの良い場所で過ごしていただきたいですからね」
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「いえいえ、主人はそんなこと申しませんわ。ただ、医療知識のない私にできることといったらこんなことぐらいですから」
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「そんなことありませんわ。『医者の嫁』として当然のことをしているまでで……」
「その『情熱なんちゃら』ごっこをしないと朝、お前は仕事ができないのか」
まだ眠そうな表情を浮かべて私を睨むキースさんに私は華やかな笑顔を向ける。そう……『医者の嫁』の生活に密着してくれるインタビュアーなど最初から存在しないのだ。
「あら、聞いていらっしゃったなら声をかけてくださればいいのに。それに声に出すか出さないかで、ときどき日中も脳内では、このやり取りをやっておりますのよ」
「公爵令嬢時代もそんなだったのか?」
少し不満そうな表情を浮かべながらキースさんはそう言うが、内心私を憎からず思っているのを私は知っている。階下に降りてきてくれたのだって、朝の準備をする私を見守るためだ。
「まさか、これを思いついたのは最近ですから」
毎日掃除しているはずなのに何故か朝になると埃っぽくなる床をほうきで掃きながら私は笑顔で否定する。前世の平凡な女子大生だった記憶が戻ったのは、公爵令嬢を辞める直前のことだった。
「こんな貧乏診療所なんかで生活しているから、そんなワケの分からないことを言い出すんだろ。悪いことは言わない。もう御父上もお許しになられている頃だろう。元の生活に戻れ」
「離縁したい程、私のことをお嫌いでしたの?」
拒否の言葉の代わりに私は大きな瞳を潤ませて上目遣いに彼を見上げる。前世の私にはなかった美しい青い瞳をもつこの少女に見つめられたら、どんな男でも拒絶できないに違いない。
「だから……俺達は結婚してないだろ!!」
何度目かになるこのやり取りに私は小さく舌打ちする。何故か目の前の『医者』は、美人で家柄も育ちもよく働き者の公爵令嬢を嫁にする気はないらしい。
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